第6話:髪と瞳
生き残りだった『三番』は今や亡く 『六番』に覚醒の兆しは無い。
──残るは『番外』ただ一人。
「──なるほど。それがアルの様子がおかしかった原因ってワケか……」
両親の助けによって逃げることに成功した俺とアルは、教会に留まっていたユダと合流し、事情を説明して協力を仰ぐことにした。
「正直、話が大きすぎて実感が湧かないんだけど──いいよ。手を貸そう」
「ありがてぇ。お前が居てくれるなら心強い」
ほっと一息吐く。ユダなら付いて来てくれると信じていたが、今回は状況が状況だ。断られても仕方ないと考えていただけに、ありがたい。
「ふふふ、嬉しいこと言われちゃったし? 早速仕事しちゃいますか!」
そう言ったユダは、懐から携帯用の杖を取り出した。父さん特製の超小型──性能の劣化を最小限に、筆程度の大きさまで縮められた逸品だ。
「アル、抵抗しないでね?」
「うん。いいけど、何をするの?」
「それは結果が出てからのお楽しみ」
ユダがアルに杖を向けると、彼女の魔力が励起した。対象の魔力を利用した魔術行使……相手の同意があって尚、成功させられる者は少ない高等技術だ。
「──うん、手ごたえは完璧。エンデ、千里眼で確認お願い」
「……これは、凄いな」
「え、何? 私、何されたの?」
「アル、お前──髪と瞳の色が変わってるぞ」
特徴的な白い髪は金髪に。血色の瞳は碧眼に。
これならば、少なくとも一般人には彼女が『炎の依代』だと判断する術はないだろう。
「えっ、えええええぇぇぇ!?」
驚くのも無理はない。髪や瞳の色には、種族固有のものもある。だからこそこれらは、種族──ひいては国の象徴にもなり得るものなのだ。
そこにこんな魔法の存在が知れたら、国家規模の面倒事が……
……いや、今はアルテミシアの命が最優先だ。この魔法について考えるのは、この件が片付いた後でいい。
「うんうん。最高の反応をありがとう。
さて、次はエンデだよ。じっとしててね?」
「俺は別に──」
「いやいや。君の髪と瞳だって、アル程じゃあないにせよ、珍しいことに変わりはないんだよ? ささ、大人しく首を出してくださいな」
「……分かった。やってくれ」
そうして頭を差し出すと、ほどなくして体内の魔力が弄られる感覚。
「よし、成功だよ!」
「ふむ。どれどれ?」
氷の魔法で鏡を作って確認してみると、俺もアルと同様金髪碧眼の、一般的な原人種の見た目になっていた。
「エンデと、お揃い……」
アルは自分の髪をいじりながら、頬を朱に染めていた。
俺は黒髪に愛着があったし、白い髪のアルも好きだったが……そう言われて悪い気はしない。
「──コホン。二人共、仲が良いのは結構だけど、時間が無いこと分かってるよね?
特にエンデ。今後の計画、どこまで決まってるの? 君が指示を出さないと、僕達動けないんですけど」
「あぁ、スマンスマン。まずは北──ブーゲンビリアに向かうぞ。詳しい話は移動しながらだ」
*
実のところ、炎を破壊するだけなら今すぐにでも可能だ。
では何故、それをしないのかと言えば……端的に言って、無駄だからである。
終わりの炎は加護として与えられた。なら、それを生み出した神がいる筈だ。
その神を殺さない限り、何度でもアルテミシアに炎は宿るだろう。だから今は、放置するしかない。
故に俺達はまず、誰が炎を生み出したのかを知る必要がある。
しかし、現状の手掛かりは相手が『世界を滅ぼす力を持つ神』というだけ。
まぁそれだけでもとびきり上位の神であることは確定するため、敵の本拠地はほぼ確実に『神界』ということになるが……俺達は、神界に行く術を持たない。
だから第一目標は、『神界の存在と協力関係を作ること』
幸い、その方法には一つ当てがある。
知り合いに、十二神の寵愛を受けている女性がいるのだ。
──神界序列第六位『裁決神』リブラ。
秩序と公平性を司る神霊。
理不尽を嫌う彼女と、彼女に力を与えた、かの神霊ならば。アルの味方になってくれる筈だ。
……ということで、彼女が居る教会に直接行ければいいのだが。徒歩ではどれだけ急いでも、あそこまで着くのに三日はかかる。馬車は契約にかける時間も金も無いから論外。転移魔法は、俺とユダの魔力量だと距離があり過ぎて不可能だ。
アルテミシアならできないこともないが……心が落ち着いてない、今の彼女にそれをさせるのは危険過ぎる。
ブーゲンビリアは今日中に歩いていける距離で、治安がいいため中間地点として利用するだけだ。
「なるほどねぇ……じゃあ勝負は、僕達がその人に協力を取り付けるまで、生き残れるかってところだね」
「そうだ、俺達は戦わない。ただ生き残ればいいんだ。しかもお前のおかげで、想定以上に身を隠しやすくなってる。意外となんとかなりそうだろ?」
「……うん。だといいんだけど」
「大丈夫だ。ブーゲンビリアはもうすぐそこ──」
── ほら、二人共無事だろう? アンタの弟子も居るみたいだし、なんとかなりそうさね
── ……うむ、安心したわい。では逝くか、エリザよ
「……エンデ?」
「何かあった?」
「……いや、なんでもねぇよ。早く宿とって休もうぜ?」
早歩きで、先陣を切る。今、二人に顔は見せられない。
(あぁ、なんとかするさ。安心しろよ。何があっても、アルテミシアは俺が守るから)
万感の思いを込めて、誓いを此処に────