第4話:少年は不可能に抗う
不可能を可能にする存在が『主人公』であるのなら、彼はきっと──『主人公』ではないのだろう。
「──ッッ!?」
「……アル、どうした?」
アルテミシアは加護を貰った直後、突然目を見開いて震え始めた。
そして次の瞬間、彼女の首が飛んだ。
(────は?)
あまりの衝撃に一瞬思考が停止するが、すぐにこの感覚に覚えがあることに気付いた。
これは──『未来視』だ。
しかし、これはおかしい。千里眼は自動で効力を発揮する加護ではない筈だが……
「……エンデ」
「なんだ?」
声をかけられ、思考を一旦打ち切る。今は何より、アルのことだ。
「朝のお願いのこと。アレ、やっぱり忘れて」
「……どうして」
「実はずっと、アナタのことが嫌いだったの。もう加護は貰ったし、これでやっとアナタとお別れできる。もう顔も見なくて済むから清々するわ」
そして言いたいことだけ言った彼女は、出口の方向へ歩き出した。
「……おい、待てよアル」
「嫌よ。急用を思い出したから、急いでるの」
「そうか。でもこれだけは聞いていけ」
「……」
彼女が立ち止まった。幸いなことに、一言二言くらいは聞いてくれるらしい。
「この程度で認識を変えるほど、浅い付き合いじゃあないだろこのバカがッ! そんなに俺は頼りないか!?」
それに対し、アルは。
「──じゃあエンデは、私のために十二神を皆殺しにしてくれる?」
振り返ったことで見えるようになった彼女の顔は、滂沱の涙でグチャグチャになっていた。
体感時間で何万年と生きているくせに、俺はこの時、彼女の感情を正確に推し量れなかった。
ただ、その発言が先のものとは違い、本気であることだけは理解できた。できてしまった。
──俺は、十二神に勝てるのか?
考えるまでもない。不可能だ。一柱に対し俺が百人いても、手傷を負わせることすらできないだろう。
単体でそれだけ差がある奴等を、十二柱も相手にする? そんなこと、無理に決まっている。
この場面はきっと、嘘でも『できる』と答えるのが正解なのだろう。
だが俺は──彼女に嘘を吐けなかった。
「……さよなら」
沈黙という名の返答を受け取った彼女は、俺達の前から姿を消した。
*
「────ほぉ? それで自ら我のところまで来るとは……殊勝なことだな」
教会を出た私は、近くに住んでいる山の神──『狼神』ヴォルグの元へ転移していた。
この身に宿る『もう一つの加護』の影響で、私は自殺ができない。
故に、知り得る限り最強の神である彼に事情を説明し、殺して貰おうと考えたのだ。
「一思いに、お願いします」
「うむ。最後に確認だが、やり残したこと、言い残したいことはあるか?」
「…………いいえ、何も」
「……そうか。では、さらばだ」
狼神様が爪を振り上げたのを見て、ゆっくりと目を閉じる。
(……ごめんね、エンデ)
心の中で、彼に謝罪した。
炎の発動は、私の意思とは関係なかった。
私さえ世界の焼滅を望まなければ、大丈夫だと思っていたのだ。
──認識が、甘過ぎた。
既に一柱の神霊を焼いてしまった。私はもっと、早く死ぬべきだったのだ。
……だけど本当はもっと、貴方と一緒に────
「──っせるかぁぁああああ!!!」
黒髪の少年が、私の前に躍り出る。
命を刈り取る凶爪に、少年は土の剣を叩き付けた。
剣は砕けたが、狼神は止まった。
────神の一撃を、只人が防いだのだ。
いや、それだけではない。
少年は地面から無数の土の槍を発生させ、ヴォルグを後退させた。
「……貴様、何者だ?」
この偉業を成した、彼の名は────
「──エンデュミオン・クロッカス」