第3話:終炎の種火
かつて、千里を見通す『眼』を持つ者がいた。
──あぁ、それだけなら別に珍しくもなんともない。
ただ不可解なことに、その『眼』は未来や過去すら見通したと言う────
「遅い」
成人式の式場となる教会の前──そこに、仁王立ちをしている少年が居た。
彼の名は『ユダ・ゼラニウム』
俺とアルとは同い年の親友。つまり彼も、今日が成人する日。だから俺達は、同じ時間に儀式を受ける約束をしていたのだが……
「一応聞いておこうか。何か言い訳はあるかな?」
ユダは怒っていた。彼にしては珍しいことに、目に見えて不機嫌だ。
まぁ、待ち人が一時間以上も遅れて現れたら、誰だってこうなるだろうが。
「悪い。日の出前に、山まで走り込みに行ってたんだけどな? そこで父さんと母さんに会ったんだ。んで模擬戦に誘われて、そのまま熱中し過ぎて遅れた」
「む、ルー爺とエリザ婆との模擬戦……? なるほど。てっきりまたアルの盛大な寝坊かと」
「……む、失礼な」
「そういうことなら許しましょう」
「……え、無視?」
しかし、彼の怒りはあっさりと収まった様子。
ずっと不機嫌でいられても困るが、これはこれで大丈夫なのか、少し心配になる。
それと、アルは自業自得なので放置でいい。
「ユダ、もうちょっと怒っても良いんだぞ?」
「むむ? 実はエンデって被虐趣味?」
「前言撤回。久しぶりに拳で語り合おうか」
「ちょっ、止めてよ冗談だって!
……別に儀式は時間指定じゃないし、本音を言うと、今までルー爺を独占しちゃってた負い目もあるからさ……」
「あぁ、そういう」
なんというか本当に、俺の親友達はお人好しが過ぎる。
「気にすんなって、何度も言ったろ。父さんがお前を弟子にしたのは、お前がこの村で一番、白魔術を学ぶ意欲と才能があったからなんだしよ」
「でも……」
「でももヘチマもねぇ! ほら、とっとと中入って、貰うモン貰って帰ろうぜ!」
「うわっ、引っ張るなよ! おい、エンデ!」
俺は二人の手を取り、教会に向かって歩き出した。
──こうして、最後の平穏が過ぎていく。
*
「ふむ。来たか」
白髪赤目の少女、アルテミシア。
『終わりの予言』における、炎の依代と同一の特徴を持つ者。
彼女を発見してから十年、常に監視をしてきたが、今のところあの娘に異常は見られない。気になる点は、せいぜい人間にしては魔力量が多過ぎるくらいか。
「何もなければ、それで良いのだが」
彼女は今、成人式に来ていた。我々神霊の誰かが、彼女に加護を下賜することになる。
「ふむ。一人目は、奴か」
黒髪黒目の少年、エンデュミオン。
アルテミシアに最も近い少年。
「……よし。ならば貴様には、私の『眼』をやろう」
──『千里眼』
読んで字の如く、千里先を見通す力。動体視力も限界以上に向上し、訓練すれば透視もできる。
数ある加護の中でも『当たり』の部類だと、人間達は言っていた筈だ。
「その眼でしっかり、彼女のことを見張るがいい。私はもう疲れたのでな……」
加護を通じて、彼の視界に接続できるようにした。これで私の負担も減るだろう。
「だがまぁ最後に、彼女が得る加護くらいはこの眼で直接見届けてやろうか」
そう呟いた、その瞬間。
『視たな』という声と同時に、眼から『炎』が噴き出した。
「──なっ、ア゛アァぁぁぁぁ!?!?」
消える、消える、消される。
『炎』は眼から始まり、反射的に患部を押さえようとして触れた両手にも伝染した。そしてこの四点から、私の存在そのものを焼滅すべく全身に燃え広がろうとする。
このままでは燃えて消えて無くなって、薄れて消えて死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ────
「こう、なったら……!」
だからそうなる前に、私は患部を切り落とすことを選択した。
「──はぁっ、はぁっ、クッ……」
切り離された腕と目は、地に落ちる前に跡形もなく消滅した。
痛覚は遮断しているが、酷い倦怠感だ。この短時間で、魔力の八割は持っていかれたか。身体を維持するだけでも辛い。
だが────
「遂に見付けたぞ、レーヴァテイン……!」