第2話:終炎の少女と予言の神
一人を切り捨て、十人救う。
きっとそれは、正義の行いなのだろう。
しかし 『お前がその一人になれ』と言われた時、身を投げ出せる者は、どれだけいるのだろう────
『みんなみんな、きえちゃえ』
少女がそう口にした途端、世界が白に染まった。
──否。これは、白い『炎』だ。
あぁ……消える。消える。消される。
過去を知る者達が、今を生きる者達が、未来を守る者達が……みんな、みんな、消えて行く。
そうして世界が焼滅していく様を、私は──
『視たな?』
突如、眼球に激痛が走った。
下手人は如何なる手段か、私の『未来視』に感付いたらしい。
だが、それがどうしたと言うのか。
伝えなければならない。滅びの運命を、その原因と共に。
だから私は、観測を続行した。直感で分かるのだ──おそらく今観測を止めたら、二度と奴の尻尾は掴めない。
……体が消えていく。今すぐ眼を抉り取れば助かるかもしれないが、観測に拘り、このまま魔力を消費し続けたら、私は己の存在を維持できなくなってしまうだろう。
……それでも、止めない。私がやらなければ、あの未来が確定してしまう。
だから、私は────
*
──最悪の、悪夢を見た。
「なんで、よりにもよって今日……」
今日は私にとって、15回目の元旦。記念すべき、成人式の日。
だけど同時に、家族と離れ離れになる日でもある。
夢の中で見た私は、絶望し切った顔をしていた。その時私の側に、家族はいなかった。いなかったのだ。
「……ダメよ私。これからはもう、一人で生きなきゃいけないんだから!」
己の頬を張って、自分を鼓舞しようと試みる。
だが、それでも。
「やっぱり嫌。独りは、イヤ……!」
涙が溢れるのを止められない。昨日までに決めた覚悟はあっさりと崩壊し、足が動かなくなってしまう。
そうして一人で泣いていると 『コン、コン、コン』と、控えめに扉を叩く音がした。
「……アル、入っていいか?」
「──ッ!」
相手が誰なのか理解した瞬間、私は返事もせずに扉を開け、衝動に任せて彼に抱きついた。
「…………何があったのかは、聞いていいのか?」
私は、無言で首を横に振った。
「分かった。じゃあ聞かない」
その後しばらく私は泣きじゃくっていたが、彼は本当に何も聞かず、ただ胸を貸してくれていた。
「落ち着いたか?」
その声からは、純粋な優しさだけが感じ取れた。
突然抱きつかれて、理由も説明されず、ただただ号泣され続けたのだ。少しくらい嫌な顔をしてもいいだろうに……彼は、露程の悪意も抱いていないらしい。
「うん、ありがとう。もう大丈夫」
「そうか。また何かあったら言えよ? 俺にできることなら、なんでもやってやるから」
「……ホントになんでも?」
「おう。できる範囲で、だけどな」
「なら一つ、お願いが──
…………いや、ごめん。忘れて」
「なんだよ気になるじゃねぇか。とりあえず言うだけ言ってみろって」
「でも……」
「いいから」
……衝動的に口を開いてしまった一瞬前の自分を殴り飛ばしたい。
だって、今から言う『お願い』は──
「……この先もずっと、私と一緒に居てくれる?」
──普通に聞いたら、『愛の告白』に他ならない。
「でもっ、『そういう意味』じゃないから! これはただ、ちょっと寂しくなっただけっていうか……!」
……今絶対、顔真っ赤だ。
いや、彼のことが『そういう意味』で好きなのは確かなのだけれど。
告白するのなら、こんな泣き落とし染みた方法は取りたくない。
「あー、うん、分かった。分かったからちょっと落ち着け。
というかそもそも、そのくらいで勘違いするほど俺は自意識過剰じゃねぇ」
「……なら、いいけど」
……しかし、これはこれで気に食わない。少しくらい、動揺してくれてもいいだろうに。
「……それで、返事は?」
「はいはい──それがお前の望みなら」
「……バカ」
それでもやはり、嬉しいものは嬉しい。感極まって、再び彼の胸に飛び込んだ。
……彼の落ち着いた心音は、やはり私を異性として認識していないことを知らせてくる。
それは少し悔しいが……今は、これで十分だ。
だって、彼が側に居てくれるなら、それだけできっと──私は世界を焼かずに、済むのだから。