第10話:荒ぶる少女と女神の気紛れ
鉄壁の龍を相手に如何なる手段で戦うか……
ここが第二の分岐点。
博打か、裏技か、王道か。
『主人公』になれなかった少年の選択が、未来を決定することになる。
己では勝ち目がないと判断したアクアは、何もただアルテミシアが龍化する様子を眺めていただけではない。その間に、打てる手は打っていた。
── エンジェリカ、アンタ今どこで何してる? ちょっち手を貸して欲しいんだけど、いいかしら?
── お、お姉様!? 今私は貴女様の神殿で執務中ですが……お姉様こそ、今どちらにいらっしゃるのですか!?
── ブーゲンビリアで依代の娘と交戦中よ
── んなっ、何故そんな危険なことを!? どうして貴女様はいつもいつも────
── あー……文句なら後で聞くから。
それよりも、心配してくれるならアンタの力を貸してくれるかしら?
── うぅ、ぐ、ぐぬぬ……承知しました。今そちらに向かいます
── あぁいや、アンタ今私の神殿に居るんでしょ? ならそのままそこに居てくれるかしら? 住民をそっちに避難させるから、対処をお願いするわ
── ……あぁなんだ、そういうことですか……いや、そうですよね。だって、お姉様が勝てないなら、三大主神と戦神以外じゃ勝ち目が無いことと同義なんですから。いくら『終わりの炎』が強力とは言え、流石にそれはあり得ないですよね
── …………そうね。だから、後のことは任せたわよ
── はい、お任せください! 我ら従神一同、貴女様の帰還を心待ちにしておりますので!
── ……ふん、お役所仕事なんて二度と御免よ。私に帰る気はないから、そのつもりで
── そんなぁ、お姉さ────
念話を切り、アクアは嘆息する。
(……何か変ね……普通に考えたら、戦神が出てきても不思議じゃない状況でしょうに。今思うと、私が最初から全力を出さなかったのもおかしいし……
なんというか、炎の脅威を正しく認識できてない気がするのよね……)
「──ァァ゛ア゛ア゛ア゛!」
(ヤバッ、考え事してる場合じゃなかったわね!)
アルテミシアが吐いた『炎』の息を間一髪で避けたアクアは、住民を避難させるべく行動を開始する。
『ブーゲンビリアの全住民に、神界での一時的滞在権を付与。
〝神王特権〟により、必須工程『最高神の承認』を代行。皆様方、良い旅を』
アクアは一撃必殺の攻撃を回避しながら神言を紡ぎ、見事住民の避難を成功させた。
(問題はここからなのよね……)
依然として、アクアには龍化したアルテミシアへの有効打がない。
(……まぁ、全く手が無いワケじゃなし。やるだけやってみましょうか)
アクアは転移魔法でアルテミシアの背後に回り、続けて黒魔法を行使する。
(地に足を付けてるなら、足裏は炎で覆われてないと見たのだけれど、どうかしら?)
地面から、砂鉄の槍が発生する。
それは────龍化したアルテミシアの足を縫い止めた。加えて、ダメージに怯んだことで炎の鎧が一瞬剥がれる。
(──好機! ここで仕留めるっ!!)
その一瞬で、町一つ潰せる魔力が放出され──圧縮される。
そして炎の鎧が復活するより早く、アクアの魔弾がアルテミシアに放たれた。
(やったかしら?)
魔弾によって発生した砂塵の向こうを注視し、様子を伺う。
……アルテミシアの影は動かない。
(……ふぅ、終わったみた────)
──アクアが気を抜いた瞬間、アルテミシアの影が消えた。
(──っ!?)
アクアは反射的に転移魔法を用い、距離を取ると── 一拍の後に、彼女が立っていた場所に大穴が空いた。
(…………相手の呼吸を読んで、死角になる上空に転移して大火力をぶっ放す、ねぇ……しかもそのまま飛行魔法で滞空してるし。あの娘本当に理性トンでるのかしら?)
「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! ! !」
アクアがまだ生きていることを確認したアルテミシアは、咆哮を上げながら突進する。
(うん? この距離なら黒魔法のが早いでしょうに……
まさか魔力量が多過ぎて制御できないから、通常規模の魔法は使えないのかしら?
いやでも、それって無駄な被害を出さないためだし……もしかしたら本当に理性が残ってるのかもしれないわね。ちょっち試してみますか!)
「──降参するわ。もうアナタ達を狙わないから、止まってくれるかしら?」
アクアが一旦足を止めて両手を上げ、戦意が無いことをアピールすると────
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ ! !」
「ア、ハイ。やっぱり普通に暴走してるのね」
……やはりと言うべきか、獣と化したアルテミシアにはただの『隙』としか認識できなかったらしい。
しかしそれでも先の失敗を学習し、足裏も炎で覆っているアルテミシアを見て、アクアは苦笑いするしかなかった。しかも既に傷は塞がっている。
(……でもよく見ると建物には被害が出てないし、野生動物も巻き込まれてないのよねぇ……)
理性を失った時の行動こそ、人の本質であるのなら。無意識にまで刻まれた他者への配慮は、慈愛か自戒か──いずれにせよ、アルテミシアという少女の本質は、これ以上ない程の『善性』だった。
「…………勿体ないわね。貴女みたいな娘を殺しちゃうのは」
「──その言葉に嘘はありませんね?」
二人の少年が、アクアの前に躍り出る。
────次の瞬間、龍が地に堕ちた。
「うっそ、コレ重力魔法!? なんで炎に消されてないの!?」
「対象を彼女ではなく、彼女の上空に設定しました。これによって、彼女に空気を消して窒息するか、重りに縛られるかの二択を強要したのです」
「なるほど……可愛い顔して、意外とソロモンみたいな厭らしい戦い方をするのね、アナタ」
アクアの疑問に答えたユダに対し、アクアは感心しながらもおちゃらける。
「そう言う貴女も、幼い見た目に反してかなりの使い手と見ましたが?」
「あら、もっと大人な姿がお好みでしたらそうしますわよ?」
「お前ら冗談言ってる場合かっ! 俺達の魔力量じゃあ長くは抑えられないぞ!?」
「えっ、そうなの?」
「ハハハ……実は僕も、こう見えてあまり余裕はありません」
未だ危機を脱していないことを悟ったアクアは、再び意識を戦闘用のものに切り替える。
「──で、どうやってアレを元に戻す気?」
龍化を解く方法は二つ。
気絶させるか、魔力切れまで追い詰めるかだ。
彼らの選んだ方法は────
「──僕が『奥の手』を使って、気絶するまでタコ殴りにします」
「炎の依代相手に肉弾戦!? 秒で消されるわよ!?
……そんなことをするくらいなら──私に賭けなさい」
「……どうする? エンデ」
「待て、少し考える」
今、彼等には三つの道がある。
成功する期待値が三割程度しかない、ユダの『奥の手』を使うか。
実力が未知数のアクアに賭けるか。
将又──エンデュミオンがこの場で炎を破壊するか。
ユダに頼るのも、アクアに頼るのも、結局は博打になる。だがエンデには、確実にこの場を切り抜ける方法があった。しかし……
(…………今炎を破壊したら、確実に元凶から警戒される。今はまだ駄目だ)
そして、彼が選んだ結論は。
「──決めた、お前に賭ける」
エンデュミオンは、『アクアに頭を下げた』
それを受け、彼女は好戦的に笑う。
「任されたわ」
── 王権神授、〝全王特権〟
アクアの頭上に手をかざすと、三つの光輪が出現した。
金色の光輪──〝神王〟の王環。
漆黒の光輪──〝魔王〟の王環。
白銀の光輪──〝冥王〟の王環。
それは、三大主神直属の眷属であることを示す光輪。
「『魔力押収令を、全世界の知的生命体に!』 さぁ、我慢比べをしましょうかっ!」
アルテミシアの魔力が、アクアに吸収され始める。
──瞬間、宿主への干渉を受けた『炎』がアクアを燃滅させんとする。
アクアは世界中から掻き集めた魔力の海によって、それを阻止すべく奮闘するが……特権による魔力供給より、『炎』の方が僅かに速い。
(ああぁぁぁもうっ、想像の百倍キッツいわねコレ!
よくもまぁコレを死ぬまで耐えて観測し続けたわね、クロノスッ!)
だがこのペースなら、アクアよりもアルテミシアの魔力が尽きる方が先だ。
──『これなら、いける』
誰もがそう思ったその時────
──アクアは、龍に捕食された。