第5話 出会い
今、私たちは《王都》コリンキアに向かっている。
「スライムを命がけで倒したと思ったら、木の剣しかドロップしないってどういうことよ。」
「仕方ないじゃないですか。最低級のCランクモンスターなんですから。」
私はスライムにやられそうになったのに報酬が割にあっていないことを抗議する。もちろんフィーナの言っていることはわかる。どんなゲームでも、スライムは最初に出てくるモブキャラ。命がけで戦うような相手じゃない。でも、死にかけたんだよ。少しはお手当とかが欲しい。なのに木の剣1本とごくわずかなお金だけしかドロップしなかったんだもん。そりゃあ怒るよ。本当に救済者させる気があるのか心配だ。
こんな風に愚痴をこぼしながら、私たちは少しずつ王都に向かっている。
王都に向かう理由の1つは、《救済者専用長期クエスト》で、王に謁見するためだ。救済者などの特別な永遠の技がある者は、専用のクエストが配布される。このクエストを達成することで正式に王が私たちが救済者であると民衆に宣言をするようだ。ここから私たちの戦いが始まる。今いるネスティア大草原からコリンキアまでは歩きで半月かかるらしい。全く不便なところにいるもんだ。
そしてもう1つの理由は、救済者としてではなく、冒険する者として行動していくにあたって必要になる手続きをするためだ。フィーナいわく《組合》というものに登録しなければ物資の調達が大変になるらしい。商人達との繋がりに欠かせない身分証明になるようだ。安くものを買ったり、都市に出入りするときに必要で、登録しておけば顔パスらしい。こういうところもゲームの世界みたいだ。
この世界に来て1週間ほど経ち、少しずつ慣れつつあるが、まだまだ分からないことも多い。多く問題がある生活面で特に問題なのが文字。ハングルとも、アルファベットとも取れないあの文字だ。人々が直接話してくる言葉は翻訳機能で理解できるのだが、看板や立て札の文字みたいに刻まれたものは翻訳できないので、困ってしまう。このままでは武器屋に入るのに何時間も無駄にしそうだ。救済者といえども全知全能ではない。フィーナに頼りすぎるのも悪いし、この生活に慣れたら本を買ったり、人に教えてもらって徐々に覚えていこう。
心地よい風が吹き、草原を揺らす。ちょうど真上で、1羽の鷹が風に乗って飛んでいる。その双翼は陽光を反射している。その様はなんとも優雅だ。ふと振り返ると、フィーナが小さな歩幅で距離を作らないように走ってついてきている。自分の世界に入り込んでいて気づかなかった。視線に気づいたのか、それとも私の歩みが止まったからか、フィーナはこちらをみてにこりと愛嬌のある笑顔を向けた。主人の気を害さないための配慮だろうか、不満も文句もこぼさずについてきている。健気だと思うと同時に申し訳なさがこみ上げてきた。フィーナは私の担当になったばかりに不死の能力者となった。それは厳しく辛いことだと思う。どんなにきつくても痛くても死ねないのだから。仕えているのがこんな主人で大丈夫だろうか。フィーナはいつも私のことを思ってくれているというのに。これからはフィーナのことも考えねばと反省する。
また歩みを進めようと前を向く。さっきまではいなかった少女がこちらを見ていた。若葉色のフードをまぶかにかぶっていて、顔は見えない。それは暗殺者を彷彿とさせた。フィーナを見ていたと言ってもここは見渡す限り草原で、ポツポツ木があるが、視界に入ってこないということはないはずだ。少女とは言ったものの、体格で推定することしかできない。あまりにも急に現れたのでエネミーではないかと警戒する。フィーナは怖がって私の背に隠れてしまった。普通はそこで戦い方のチュートリアルをするんじゃないのか。そんなツッコミをいれている間にも少女は確実に距離を縮める。ついに手の届く範囲にまで迫って来ていた。
「お前は誰だ。敵なら容赦はしない。」
と震えていることを悟られないように出来るだけ声色を低くして問うた。そして木の剣を取り出して少女に向ける。さっきまであんなにいらないと思っていたものがここで役立つとは思っても見なかった。剣を振れる自信はないが、威嚇にはなるだろう。剣を向けられた少女は、フードをとり手を上げた。そこには、大人びた感じとあどけなさが混在する少女の顔があった。しかしその顔は、無表情で感情が全く読めない。あくまでも剣を向けられているのに、声を上げるどころか動じることさえない。
「急に出てきてしまって申し訳ありません。私は、使役者のビオラ=クリスティアと言います。今、この辺りから字の読み書きを習いたいという願望が聞こえたので参りました。」
と見た目にそぐわない言葉遣いで少女は言った。ビオラと名乗るこの少女は、相手の願望を知ることができるらしい。ということは私たちの心の声も筒抜けになるということか。慎重に行動しなくては。そんなことを思っていると、『ポーカーフェイス』と『策士』というスキルを鈴の音とともに獲得した。しかし私が口を開くより先に
「今、無心でいないといけないなと思いましたね。信用していただけなかったでしょうか。」
とリアルタイムで読まれてしまうから困りものだ。このままこの子を悲しませたままではいけないという良心の呵責から少女の話を聞くことにした。近くにあった木かげに移動し、草の上に座る。
ビオラは、陶器のような白い肌に、妖艶さをもみせる黒髪をアシンメトリーにカットしている。瞳も黒く、いかにも日本人といった顔つきだ。フィーナはフランス人形のようで可愛らしいが、ビオラは清楚といった印象だ。まさにモデルのようだ。年は15歳だという。中学3年生といったところか。私とあまり変わらない。この世界に来て初めて同世代と会って話をした。ただ話しただけなのにそれだけで心強い。地球での生活では味わったことのない青春を謳歌している。ただそれだけで嬉しい。
そして肝心のビオラの能力は、相手の願望を見ること。あくまで願望を映像としてみるのみであり、感情までは読みきれないらしい。
「ビオラさん。私に読み書きを教えてくれるの?」
やっと本題に入る。ちょうど困っているところだったので、彼女さえよければお願いしたい。ビオラは、躊躇うことなく、
「ええ。私自身の学びにもなりますので。」
と答える。文字通り即答だ。なんていい子なんだ。言葉遣いといい挙動の1つ1つといいビオラはとても大人だ。きっと良い家に生まれ、良い教育を受けてきたのだろう。しかし、教えてもらうからには私も対価を払わねばなるまい。こんな律儀な子の気持ちに私はどうやって応えればいいのだろう。また心を読んだのだろう
「不躾なお願いですが、対価として、私を旅のお供にしていただけませんか。」
と頬を紅潮させて言う。その返答に私はしばし開いた口が塞がらなかった。文字を教えている間は、ついてこないといけないから、きっと今のお願いは、その後も連れて行って欲しいというものだろう。とても嬉しかった。その反面、彼女を私たちの戦いに巻き込みたくなかった。とりあえず、なぜそれを希望したのかを問う。きっと何かメリットがあるはずだ。ここで聞いておかなければ、あとから怪我をさせるかもしれない。
「先日、貴方がスライムを倒すところを見ていました。あんなに強い方と一緒なら、私の本懐も果たすことができましょう。それがお願いした理由です。」
おかしい。そのとき、周りに人はいなかったはずだ。だから暴走した。なのになぜスライムをを倒したところをビオラは知っているのだ。そんな心を見透かすようにビオラは言う。
「私の能力使役者は、視認できる動物と意識をリンクさせられるのです。貴方の戦いは、烏となって空から見ていました。先ほども鷹となっておふたりのもとに参りました。」
なるほど。経緯は理解した。しかしビオラの言う本懐とはなんだ。本懐について問うも答えてはくれなかった。そこが分からなければ私がどうしたら良いのかも分からない。それに私たちは救済者だ。巻き込まれないと言う保証はない。
考えていると、機械音とともに○と✖️の書かれた表示が現れる。ビオラを仲間にするか否か選択せよと言うものだ。これは、相手から送られてきたメッセージらしい。右端にタイムリミットが表示されている。やはり何度見ても選択は考える時間をくれないようだ。理由はともあれ、私が文字を覚えたいので、○を押し、ビオラを仲間に入れた。
仲間になったことを知らせる通知がきて、フィーナだけだった《パーティゲージ》にビオラが追加される。それを見たビオラはそんなに嬉しかったのかこの上ないほどニコニコしていた。はじめに見せた冷静さは微塵もなく、本当に子供のそれだった。これからは3人で頑張っていこう。そしてビオラの本懐を遂げて、私たちも使命を全うするのだ。
こうして王都への旅がまた一歩進んだ。しかしまだまだ道は続く。
最近忙しくてなかなか投稿できずすみません。
次回も読んでいただけると嬉しいです。