第七話 電波塔の少女 その⑦ 盗撮事件
「えっ!?」
小百合の言葉に思わずその肩越しに中を覗き込む小巻。
しかし中は普通の個室のトイレで、一見しておかしな所は見あたらない。
「どこどこ?」
緊迫した空気の中、だから小巻は和式便器の前の方を中心にキョロキョロと見回しながら、小百合へと尋ねた。
きっとそんなのは前方から撮ろうとしているに違いないと想像したからだ。
「どこ見てるの小巻ちゃん。こっちだよ」
しかしそれは相当な見当違いだったらしい。
小巻に対してそう言って小百合が指差した先は、後ろの壁の下の方だったからだ。
「えっ、後ろなの!」
あまりにも意外だったのか思わず声を上げた小巻は続けて小百合の指差す方を凝視しながら話を続ける。
「そしたら何、その盗撮変野郎は女子中学生のお尻の穴でも撮ってた訳?」
「さあ、何が目的なのかは分からないけれど…いつからあったんだろう。私このトイレは使った事ないと思うからまだいいけど、もう何人も犠牲者は出ているのかも知れない…」
「いやいや、目的はどう見てもお尻だよ。盗撮だし変態だし。しかしホントだね…もしかしたら、私は使ったかも知れないな~このトイレ。覚えてないけど。それに確かに後ろなら最初に気付かないとあとからではなかなか気付かないかもね」
二人はそこにある盗撮用のカメラらしき物を眺めながら暫くはそんな風に考え話し合った。
女子トイレの中は最初に確認した通り二人の他には誰もいないようで、静かに二人のヒソヒソ声だけが僅かに響いている。
そんな中、ハッと我に返ったのか小百合は突然小巻の顔を見ると、至極当然の事を言う為に口を開いた。
「とにかく大至急この事を先生に知らせよう」
それに対して小巻はやはり、言われてその事に気付いたという風に激しく首を縦に振った。
「うん!」
だからそう話がつくと、二人は駆け出す様に女子トイレを後にする。
残されたのは個室トイレの、パーティションの様に下が少し開いて、隣と床が繋がっている壁のその隙間から覗いている縁どりの黒い丸くて小さな内視鏡の様なカメラレンズ。
しかしそれは二人が去った今、隣の個室へとズリズリと何者かによって引き戻され初めていた。
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慌てて戻って来た二人が教室の引き戸を引いた時、静寂の中にあった生徒達は一斉にそちらを振り向いた。ただし担任の八千代薫を除いて。
「先生!」
「はい、遅刻」
その教室の空気にも気付かぬままに、入ると同時にそう叫んだ小百合の声に対する最初の先生の反応がそれだった。
「いや、あの…」
だから虚をつかれた様な感じになった小百合は思わずそれまでの勢いも忘れて口ごもる。
「小巻さんも遅刻ね。早く席に座りなさい」
小百合の後ろから現れた小巻にも先生の容赦ない声は飛ぶ。
しかも先生は教壇の上、生徒達のいる前方を見ながらそう言っていて、小百合たちの方は一瞬たりとも振り向いて見るなどという事はなかった。
だから小百合は先生は怒っているのだとその空気感から感じて、トイレでの出来事をなかなか口に出来ないでいると、意外にもその後ろに立っていた小巻の方が平然と口を開いた。
「先生大変です。女子トイレが盗撮されています。カメラがあるんです」
それは叫ぶ様な声ではなくて、普段先生に何かを報告する時の様な、極めて冷静な普段通りの声だった。
「えっ?」
それには先生も何の事かと一瞬理解出来ず訊き返す。
それから数秒後、今度は言っている意味が理解出来たのだろう。それまでとは違い、隣の教室にまで聞こえるのではないかという様な声で今度は叫んだ。
「えっ~!」
それが事実だとすれば学校全体としても大問題である。しかも薫先生は普段から教職員トイレ以外にも生徒達のトイレも頻繁に使っていたのだ。だからこの「えっ~!」は、そんな意味合いも含んだ「えっ~!」だった。
「ど、どういう事なの?」
だから先生はここで初めて二人の方を振り向くと、わなわなと震える唇でそう尋ねた。
「私達見たんです。個室トイレの後ろの壁の、床との間の少しの隙間の所にカメラが挟まれているの。それってやっぱり盗撮ですよね? トイレだし、カメラだし」
それに対して今度は慌てて小百合が口を開く。
そして話が筒抜けで聞こえている教室の既に席に着いている男子や女子の間からは、徐々にざわめきが起き始めた。
その中には面白がって嬉々としている男子生徒もいれば、想像してか恐怖に震えている女子生徒も少なからずいた。教室全体が盗撮騒動の話題で十人十色の騒ぎになりつつあったのだ。
だから薫先生も素早く行動に移さなければならないと思った。
「わかった。じゃあとにかくそのカメラがあったトイレに行きましょう。案内してくれる? それから他の先生にも一緒に来てもらった方がいいわね。隣の五百淵先生に頼もうか…いやいや、女子トイレだから男の先生は不味いか。ここはやはり女の先生に一緒に来て貰って…それから誰か職員室に、教頭先生あたりには一応伝えておかないといけないよね。じゃあそっちを五百淵先生にお願いして。う~ん、それで一緒に来てもらう女の先生は誰にしようかな~本当は五組の担任の十部節子先生のが仲良いんだけれど、こういう時はやっぱり学年主任をしてらっしゃる千川絹代先生のが良いのかな~」
「「先生~!」」
案内してと言われた二人が教室の前の廊下から先生を呼んだ。
独り言が長くて待ちくたびれたからだ。
ちなみに小巻の長いウサギの様な耳は、やはり誰にも見えていない様だ。
つづく
いつも読んで頂いて、有難うございます。