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彷徨線  作者: 孤独堂
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第四話 電波塔の少女 その④

 翌日の朝、小百合はいつもよりも早い時間に学校に到着した。

 昨夜の小巻の事が気になっていたからだ。

 だから昇降口で運動靴から上履きに履き替える間も頭の中はその事で一杯になっていた。


(頭に生えた耳の様な物を、小巻は直ぐには気付かなかった。つまり違和感を感じなかったという事か。見た目以上に軽い素材って事?)


 この様に考えられる事は幾らでもあったし、考えなければならない事も幾らでもあった。

 結局のところ小百合がその頭を指差して彼女に教え示して以降の事は、パニックに陥った彼女の姿と、暫くしてからの不安の表情しかなかったからだ。


「なっ、なに、これ~っ!?」


 驚きながらも躊躇いもなくその黒くて長い耳の様な物に両手で触れる小巻。

 その様子には思わず小百合は心の中で(おいおい)っと呟いてしまった。

 しかし良く考えればそれが自分から生えているものならば、それは自分自身の一部であるという事な訳だから、躊躇いもなくつい触るという事はそれ程おかしな事ではないのかも知れない。

 そんなどうでも良い事を考えながらも、小百合はパニック状態に陥り始めていた小巻をなだめる。


「大丈夫だよ小巻ちゃん。カチューシャを付ければただのバニーガールの耳に見えるし。それ、セクシーで可愛いよ♪」


「そんなの自分の事じゃないから言えるんじゃない! バニーガールって、そんな風に見えるの? 恥ずかしい! 私まだ中学生だよ。それなのにバニーガールって、あー、鏡、鏡はないの。どんなに変なのか確認したい。鏡は?」


 深く考えず適当に言った言葉は、やはり心には届かない。

 小百合はいとも容易く小巻に言い返されると、有りもしない手鏡をジャージのポケットの中や、背負っていたスクールバッグを下ろしてその中を探るフリ等をして暫くの間過ごす。端から持っていないと言うのは、女子として癪だったからだ。


「おかしいなぁ。いつもは持っているんだけれど、今日は忘れたみたい」


 そしてさも手鏡は女子のたしなみらしくそう言う。

 しかし果たしてそれどころではない小巻に対してそんな小芝居は必要だったのか。


「あーもう! じゃあ私のバッグの中見てみてくれる」


 自分の状況に不安一辺倒な小巻はやはりそんな小百合の小芝居には一切触れないで、そう言うと後ろを向いた。

 背中を向けられた小百合はスクールバッグの留め金を外すと、その口を開きながら目ではすぐ目の前の小巻の後頭部頂上でひらひらとなびいているその耳の様な物をついまじまじと眺めていた。


(確かにこれは生えている様に見えるな。色も少し艶のある黒で、それから良く見ると全体に細かい毛で覆われている様な…このバニーガールの耳、もしかして獣耳?)


「ねぇ、あった?」


 不意の小巻の言葉に小百合は「ひぇっ」と、視線を上から下へと下げて慌ててバッグの中を探す。


「ひぇっ、て?」


「なんでもない」



   ───────────────────────────────



 そんなこんなで探していた女子のたしなみ・手鏡は、小巻のスクールバッグの中にあった。

 小巻はちゃんと二つ折りのコンパクトな手鏡を持ち歩いていたのだ。

 そしてこの時小百合が心の中で、(人との約束はいつも簡単に忘れるくせして、なんでこれは忘れずいつも持ち歩いてるのよ)と考えたのはいうまでもない。

 ※ちなみ小巻が約束を忘れるのはわざとで、忘れたフリをしているという噂も校内の一部ではある。


 そしてその後、月明かりの中、小巻は手鏡で自分の姿をじっくりと眺める事になるのだが、それは意外にもあっさりとしたものだった。


「本当にバニーガールの耳みたい」


 余程酷いもの、恐ろしいものを想像していたのだろう。

 実際に鏡で見た自分の姿はさして大した事はなかったのか、それとも思いの外似合っていた。可愛かったという事なのだろうか。とにかくそう言ったまま小巻は暫く鏡を眺めていた。色々な角度から。


「だから言ったでしょ。セクシーで可愛いって」


 そんなだから小百合は手鏡の事もありちょっと詰まらなさそうな声で言う。


「ああ、うん。そうだね」


 それに答える小巻の声はまんざらでもなさそうだった。

 しかし次の瞬間ある事を思い出すと、途端に顔面蒼白、小巻は金切り声を上げた。


「お母さん! どうしよう…このままじゃ家に帰れないよぉ~! お母さんになんて言えばいい」


 ここで『お母さん』という言葉が出たのは、小巻の家がお父さんよりもお母さんの方が権力を有し、怖いからに他ならない。そしてそれは小百合の家も同じ事なので、この小巻の言葉は、そのまだ薄い胸にすんなりと染み込んで行く。


「ああそうか…お母さんか…」


 直ぐに小百合は考え込んだ。


「どうしよう…」


 小巻はその場で小刻みに震えだした体を自分の両腕でギュッと抱きしめると、そう呟く。

 全く人というものは千差万別それぞれに怖いものすら違う。

 今この場で起きた怪現象よりも、小巻にとっては母親の反応の方が怖いのだった。

 そしてそれは小百合にも大いに理解出来る事なので、「いいよ、私が一緒に行ってあげるよ。そして一緒に説明してあげる」と、彼女は色々考えた末に言ったのである。



 しかし、結論からいうとこれは無用の心配だった。


「あらお帰りなさい」


 道中あーでもないこーでもないと色々母親への説明を考え話し合って来た二人を待ち受けていたのは、いつもと変わらない普段通りの小巻の母親の対応だったからだ。

 だから最初はその対応にビクビクしていた二人も、時間の経過と共に少しずつ冷静さを取り戻し、暫くすると玄関先にいつまでもいるのもおかしいと小巻は家の中へと入り、小百合は自分の家へと向かって帰る事になったのだ。

 つまりは冷静になった二人が出した結論はこうだ。

 家族、若しくは大人にはこの耳らしきものは見えないらしい。という事。

 少なくとも小巻の母親は何も異変を感じる事はなく、いつも通りに小巻に対して接していた。つまり小巻は家庭内では今まで通り普通に生活が出来そうだという事だ。

 では学校では?

 果たして本当に全ての大人には見えないのか? またクラスの他の生徒達には見えるのか? もしかしたら見えているのは自分達だけなのではないのか?

 そんな事を考えると、帰宅した小百合は昨日の夜は殆ど眠る事が出来なかった。


 だから今朝である。

 今朝はいつもよりも早く学校に来たのだ。



        

             つづく



 

 

今回も読んで頂いて有難うございます。

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