第十八話 電波塔の少女 その⑮ 落とし穴
「じゃあ何処へ行く」
面白い事を見つけた様な興奮した顔でそう訪ねる小巻に、小百合は少し思案した。
「そうね…」
顎に手を掛けて唇を覆う様にしながら、小首を傾げて考える小百合。
果たして何処に行けば五百渕先生に会えるのか。それが問題なのだ。
「とりあえず職員室は?」
だから待ちきれずに小巻が口を出す。
「そこは今先生達が多分会議しているでしょ。でも確かにそこに五百渕先生の姿が無ければ怪しいという事にはなるけれど…ううん、五百渕先生に限らずその場にいない先生は怪しい事になる…確かに容疑者は絞れるね」
「もしかして私って頭良い? じゃあ職員室に行って九木沢先生を捕まえよう!」
「だから九木沢先生は何処から出て来た。それに職員室に行くとなると見つからない様に外から中の先生達を確認しなくちゃいけないよ」
小百合は自分の言葉に調子に乗る小巻を軽く戒める様に言うと、ではどうすべきかとまたも思案する。
「なーんか小百合ちゃん考えてばっかり。いいからさっさと行ってみようよ。時間だってなくなっちゃうよ」
そう言うより早く、小巻は図書室の外へと向かい歩き出していた。
「あっ」
だから慌ててそれを追う小百合。
思わず声を漏らしたのは小巻が言った『考えてばっかり』が引っ掛かったからだ。
(やはり私も変化している?)
漠然と思っていた事に関して小巻から指摘を受けた小百合は今、扉を開けて階段を早足で下り始めている小巻の後を追いながら頭の中は自分の事でいっぱいになっていた。
(以前より賢くなっている様な気がする。いや、賢くなっていたとして、それは以前までの私の思考を凌駕する事になるのだろうか? それまでの私では思いも付かない事を思いついたり考えたりする事は、既にかつての私ではないって事? 私って一体なんだろう? 根幹、根本の部分が同じ考え方なら私は私のままだと言って良いのだろうか? それとも昨日と今日の私では違うのか? でも待って。普通に生きていても知識や経験は少しずつでも増えて来る。普通に生きていても昨日と今日の私だって何かしら成長はしていて違うはずだ。そう私達は日々成長し変化する…で、そうだとしてもやっぱりその中でどの私が本当の私なんだろう。私って…一体なに?)
それはもう堂々巡りの目くらまし、自分にかけた永遠に解けない魔法だった。
そんな事が小百合の頭を駆け巡る中、体は学校の廻り階段を中間の踊り場を過ぎて更に下へと駆け下りる。
そして二階から一階へと下りる頃には早足で下りていた小巻にも小百合は追い着いた。
小巻は頭の上の黒くて長い耳をゆらゆらと揺らしながら、何がそれ程面白いのか興奮した面持ちで、隣に並んだ小百合の方を一瞬たりとも見る事もなくただ前だけを見て階段を下りていた。
(本当にウサギみたいだな。まるで『不思議の国のアリス』だ)
懸命に下りる小巻はここでまた小百合との差を少しつける。小百合はその逆のゆるキャラでもイメージしたのか一瞬そんな事を思った。
(小巻ウサギの後を追っていたらとんでもない世界にでも連れて行かれたりして。まさかね)
しかし現実とは奇妙なもので、時折そんな風に思った確率性の低い出来事が事実起こる時がある。
そんな偶然世界の為せる技がその時確かに起きたのだ。
なんと、一階まであと数段という所で階段及びその周辺は崩落していたのだ。
それは確かに先程までは見えなかったし無かった。
だから黒々とした先の見えない陥没した様な穴に気付いた時にはもはや小巻の足のブレーキは間に合わなかった。
「ぎゃー!」
断末魔の叫び声と共に穴の中へと落ちて行く小巻。
小百合はほんの一瞬の差で手すりに手を掛け足は間に合わずに穴へと突き出しながらもお尻を階段の踏み板に着いた状態で難を逃れた。
「はぁはぁはぁ」
しかしあまりの事に呼吸は荒く動悸も早い。
そして色々な不安が全身を包んで行く。
「小巻ちゃーん!」
泣き叫ぶ様に穴の奥めがけて叫ぶのだけれど、聞こえて来るのは反響して返って来る小百合の声だけだった。
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その頃雲の外近郊、在日米軍特殊観測ラボラトリー。
「リバー500、第三モニターに何か映りました! 動いています!」
つづく
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