第十七話 電波塔の少女 その⑭ 知恵の実
それは昨日の夜からずっと頭にあって、モヤモヤしていたものだった。
はっきりとした形は持たない。そう、丁度昨夜の光の束に包まれた小巻に長い耳が生えたような、そんな具現化されたものではないモヤモヤ。
(でも、やっぱり私にも影響はきっとあったんだ…)
やっと落ち着きを取り戻した小巻を優しい目で見ながら、だから小百合は今、真逆の事を考えていた。
(きっと小巻ちゃんの言っている事は当たっている。だって、今の私ならば分かるんだ。頭の中の容量が以前とは間違いなく格段に違う今の私なら…)
小百合は昨日の夜、小巻の事を心配してなかなか寝付けないでいた時、フッとした瞬間に数字の謎に気付いてしまったのだ。
それは決して今までの生活からでは有り得ない事、見たもの触ったものをそのまま素直に受け取っていたそれまでの自分では気付かない事だった。
(私達の苗字には何故かみんな必ず数字が入っている…何故? そしてどうしてそんな不自然な事に今まで気付かなかったんだろう)
自室のベッドの中で、それに気付いた瞬間、小百合は目に見える形ではないにせよ、自分もやはりあの光の影響を少なからず受けたのだと悟った。それは明らかに以前までの自分よりも数段は賢くなっていると、自分自身で感じられたからだ。ただしそれは、思考能力の向上と言おうか、元々知らない事に関しては相変わらず知らないままなのだが。
とにかくそんな訳で、先程小巻の頭の上の長い耳から発せられた言葉、『ダイ85カイ、サイゲンジッケン、10ニチケイカ、バグハッセイ、バグハッセイ、ロッドナンバー500、ダイ85カイ、サイゲンジッケン、テッシュウ、カイシュウ、ショウキョ、マデ、ノコリ3ニチ』は、今の小百合にとって非常に興味深い内容だった。
何故ならばそこには、『ロッドナンバー500』という言葉が含まれていたからだ。
(ロッドナンバー500…つまりこれは、五百淵先生を指しているのかも知れない。だって私達には必ず数字が付けられているじゃない…そしてバグ発生との言葉…もしかしたら五百淵先生の身に何かが起きていて、今ならば探し出して話を聞けば、この苗字に付いている数字の謎も、小巻ちゃんの頭から聞こえて来た放送の謎も、全てが分かるのかも知れない…)
「ねえ」
いつの間にか小百合の表情は深刻に何かを考える表情になっていたのかも知れない。
気が付くと目の前には仏頂面の小巻の顔があった。
「どうしたの。深刻な顔をして」
だから慌てて小百合は頬を綻ばせて笑顔を作る。
「な、何でもないよ。ただほらあれ、あーあの盗撮事件の事! そうあれについて考えていたの。だってほら、そもそもそれについて話し合う為にわざわざ図書室まで来たんでしょ」
「おー! そうだった! 色々あって忘れてた。で、小百合ちゃんはどう推理した」
小巻は本当に忘れていたのだろう。
小百合の言葉に素直に飛び付いた小巻は、小百合にとっては好都合だった。
何故ならば今考えていた事をストレートに小巻に伝える訳にいかないのは、先程のパニックぶりを見れば明らかだったからだ。
(私の勘違いとかではなく、やはり昨日の光の影響で、小巻ちゃんは性格にも変化が現れている。もしかしたら自分では気付いてはいないけれど、それは私自身にも起こっているのかも知れない。だとしたらやはり小巻ちゃんをなるべく興奮させないようにして、上手く物事を運ばなければ…)
知恵が付くというのは不思議なもので、今の小百合は何事においても探究心が勝っていた。
知の欲求。
「私は…私は五百淵先生が怪しいと思う。やっぱり男だし、中年だし。だから五百淵先生をまず探して、話を聞ければ」
だから彼女の口から出た言葉はそんな言葉だった。
それに対して小巻は目を輝かせる。
「なるほどそう来たか!」
つづく
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