第十五話 雲の外の人々 その③
「拡散?」
五更は思わず聞き返した。
それならば自分ででも出来るのではないかと思えたからだ。
「そう、拡散だ。君が何処まで私の話を信じているかは知らないが、有識者といわれる人は、全ての通信が監視されていてね。ほら、この写真の入っていた封筒も実際に郵送されて来たものなんだ。メールとかで画像添付なんてのは極めて危険だからね。そんな訳で私も一応有識者の一人だ。私が自分で直接SNSで拡散するのは極めて不味い。だから何でもない何処にでもいる学生の一人である君に頼みたいんだよ」
「何処にでもって…」
その言葉に少しカチンと来た五更はついそう言葉を漏らすと、だから少し意地悪する様に教授に尋ねた。
「でもそれならば、名のある教授である先生が、出版社やテレビ局にでもそれを持ち込めば良いんじゃないんですか? 結局の所その写真を世に出したい訳ですよね。かえってツイッターとかのSNSなんかじゃ、誰も信用してはくれないんじゃないんですか」
「はぁー」
その話に御芋教授はがっかりした表情で溜息をつく。
「君は本当に私の話を都市伝説だと思っているようだね。一時巷で騒がれたエドワード・スノーデンの話は本当さ。我々は常にアメリカに監視されているんだ。現にスノーデンがロシアに亡命した後に誰が大統領になったか覚えているかね。当時はその大統領にロシア疑惑などというものまで浮上していたじゃないか。だから彼の言葉は本物なのさ。あれは彼の存在があっての出来事さ。そして今の内閣を見たまえ。あの宇宙ステーションの事故の後、半径五十キロの住民の避難と、雲の中の人達の遺族に関する問題などで内閣が総辞職した後だ。なんだいあの明らかにアメリカと繋がっている顔ぶれは。あんなのは第二次世界大戦後の戦犯が釈放されて総理や大手新聞王になった時と同じだ。間違いなく我々は誘導されている。だからマスコミに流したんでは駄目なんだ。ツイッター等から情報を開示して国民の興味を先ず煽らなければ。大きな話題になれば、そうすればマスコミもメディアも扱わない訳にいかなくなる。それに一度ネットで拡散されたものなら、例えアメリカでも全てを削除する事は至難の業だからな」
「なるほど、先生は相当色々とお詳しいようですね」
御芋教授の話を聞き終えた五更は、唇の隅を軽く上げると、今度は何やら満足気に微笑んでそう答えた。
「なに?」
その態度に気分を害する御芋教授。
「しかし先生は大国の立ち居地というものを理解していない。例えばアメリカが一国で世界を支配しようとすると、本気で思いますか」
「それはどういう意味だね?」
何やら嫌な予感を感じた御芋教授はそう言いながら席を立つ。
「世界は広い。中国アメリカそしてロシアと、この三大国で世界を分け合って支配する事の方がお互いにとって合理的だとは思いませんか」
「……」
御芋教授は言葉を失った。
詰まる所そうなると世界は敵だらけという事になる。
「つまりそうなると、あのドーナツ雲に関する計画も共同計画だとでもいうのか」
「Zee計画ですか? それに関しては僕は何も知りません。管轄外ですから」
「かん
ピュン!
教授が口を開き、話そうとした瞬間、その音は鳴った。
それはテーブルの下、五更が握っている消音銃が発砲した音だった。
足にその弾を受けた教授は直ぐに意識が朦朧とし始め、ゆらゆらと揺れてはその立っていた場所に崩れ倒れる。
それを確認した五更は冷静に、そして丁寧にそのテーブルの上の写真をもとあった封筒の中に入れると、それを小脇に抱え、それから穿いていたジーパンのポケットからスマホを取り出して、何処かに電話を掛け始めた。
程なく繋がる電話。
「ああ、私です。回収成功しました。発信者はそちらのTU教授です。直ぐに身柄を拘束して下さい。それから御芋教授は色々と知っている様ですので、現在眠らせています。ですのでこちらも至急清掃車の用意を。はい、お願いします」
電話が終ると、五更は椅子から立ち上がり、倒れている御芋教授の側へと向かう。
「アメリカがこの国をどうしようとしているかなんて、知る訳もないが…やれやれ、随分と都市伝説が好きな教授だな。学生として張り付いてはいたが、興味がないフリをし続けるのも大変だったぜ」
しかしこの時五更は大事な事を見逃していた。
教授は最初に「君達に頼みたい」と言っていたのだ。
そして「君達」を指す人物もまたこの部屋に呼ばれて、既にいたのだった。
つづく
次回から話はまた雲の中に戻ります。
いつも読んで頂いて有難うございます。