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彷徨線  作者: 孤独堂
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第十四話 雲の外の人々 その②


 国際的な宇宙ステーションの墜落事故から五年。

 現在。

 宮城県仙台市、東北東大学は東北でも有数の偏差値の高い大学だった。


「そう言えば昔、名古屋に首都機能を移転する小説がありましたけど、当時はまさか東北で決まるとは誰も想像していなかったでしょうね」


 東北東大学社会学部人間文化学科の御芋教授の部屋に呼ばれていたゼミの二年、五更はテーブルに置かれた珈琲をカップから一口啜ると、今巷で話題になっているという事からそんな話を教授へと振った。

 宇宙ステーションの墜落事故以降ずっと、首都機能移転・各省庁の分散は国会でも話題になっていた案件ではあったのだが、つい最近、やっとそれが首都機能を東北に移すという方向で閣議決定されたのだ。


「何て事はない。アメリカの指針に従ったのさ。あいつ等はあの雲から兎に角日本人を遠ざけたいらしいからな」


 それに対して御芋教授は五更に背を向ける様に、整理された自分の机のデスクマットの上のA4の白い封筒を取りながらそう答えると、今度は振り返り、更に続けて話し出した。


「君達は都市伝説を何故そういう噂が出来たのか、流れたのかという事を中心に普段授業では着目しているが、それは詰まる所フォークロワ〈伝承〉を時間の経過と共に変化して来たものとして、その内容は疑ってみている場合が多い。今回もそうだ。私達がアメリカの存在を意識する程、君らは意識していないだろ」


 話しながらヨタヨタと歩く御芋教授の両手には先程の封筒が水平に持たれていた。

 そしてそのまま五更のいるテーブルまで来ると、向かい合う様に使い慣れた自分の椅子へと座る。


「はぁ、ですけどこれは日本国内の話じゃないですか。どれ程アメリカが力があるからと言って、国益を損なう様な案件なら国だって受け入れないでしょ。これはやはり現内閣が自分で考えて出した内閣閣議案なんじゃないですか。大体この後の国会で審議とかもある訳ですし。他所の国の影響でこんな大事な事は決めないですよ」


「ははははは。若い人はそういう風に思うのをリアルと感じる。極力つまらない所で話を収めればリアリティがあると感じる。詰まる所私達老人が警戒しているアメリカの動きは考え過ぎで、何にでもアメリカの関与を付けたがるのは都市伝説という訳だ」


「いや、そういう訳ではないですけど…」


 御芋教授は仮にも自分の師事するゼミの先生である。そう思うと五更は少しばかり困った様にそう言った。

 しかしこの六十を過ぎた位で既に頭髪のない初老の大学教授御芋は、そんな五更の様子を見ては更に満足気に笑っていた。


「いや、私に気を遣う事はない。それで良い。寧ろそうだからこそ君達に頼みたい事がある訳だから」


「頼み事?」


 満面の笑顔でそう言う御芋教授とは反対に、五更はそうは言われても気を遣わない訳にもいかないといった困り顔の引き攣った笑顔でそう尋ねた。


「そう、この封筒の事なんだがね」


 それに答える様に御芋教授はそう言うと、楽しそうにテーブルの上に置いた封筒の上に両手を出しては、その指でピアノの鍵盤でも叩く様に封筒の上を叩き出した。



   ─────────────────────────────────────



「福島県の会津大学に、TU教授という人が客員教授でいた時があってね。彼は専門は機械知能システムの方なんだけれども、趣味でテンプル騎士団の研究もしているんだ。アメリカ人なんだけれど、元はトルコの方の出だというのも関係があるのかも知れないね。ま、そんな訳で客員中の会津で戊辰戦争について知った彼は、甚く東北を好きになってね。ほら、テンプル騎士団も会津藩も、忠誠を誓ったものに裏切られた様な形だろ。テンプル騎士団は異端教徒、会津藩は朝敵とされてその住む土地も奪われた。だからさ、こんな物を回してくれた。無論会津大学経由だが」


 話しながらA4の封筒の中を弄る御芋教授。

 そしてその手は二枚のB5サイズの写真を掴んで出て来た。


「これは…」


 椅子から腰を浮かし、テーブルに乗り出す様に写真へと顔を近づける五更。

 しかしそれは、どうにも何が写っているのかはっきりとしない、まるで目の粗いドット柄の様な写真だった。

 だから五更は「何ですか?」と思わず尋ねようかと思っていたのだが、その前に御芋教授の口の方が先に動いた。


「雲の中の写真らしい。良く見てくれ。なんか奥に壁の様な物があり、手前には二本の足の様な物が見えないか。それとこちらのもう一枚。こちらも奥には同じ様な壁が全く同様に写っているのにこちらは足の様な物は写っていない。つまりこの二枚が固定撮影で同じものを撮った写真ならば、この二本の足の様な物は、何らかの生物の足という事も考えられる訳だ」


 確かにそう言われて見ると、はっきりと輪郭を持たないその二枚の写真は、五更の目から見ても奥の壁の様な部分は角度から何から全く同じ様に思えた。


「し、しかしあの中にはそもそも誰も入る事が出来ない筈ですよ。四年前のアメリカの調査結果でもあそこは表面の放射線量が六十キロシーベルトアワー、温度が1200℃で、更にそれが中心に向かって上って行くと確か言っていました。だから防護服はおろか宇宙服でもそれは」


「しかしアメリカは潜入に成功したのさ。どういう方法を使ったのかは無論分からないが、それでもZee計画に名を連ねているTU教授がアメリカ政府を裏切ってまでもこちら側に情報を流してくれたんだ。信じない訳がない」


 Zee計画とは、アメリカがドーナツ雲関連で行っていると言われている実験の総称だとされていて、それもまた都市伝説の如くネット上で色々囁かれている名前だった。

 だから五更はその名前が出たあたりから正直この話も眉唾ではないのかと思うと、ちょっとだけ口をへの字にして、そして再度尋ねた。


「それで、教授が僕に頼みたい事って何ですか?」


「簡単な事だ。これを雲の中の画像としてツイッター等のSNSで拡散して貰いたいんだ」





              つづく

いつも読んで頂いて有難うございます。

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