第十三話 雲の外の人々 その①
20XX年。
高度四百キロメートル上空に浮かぶ国際的な宇宙ステーションが、地上に落下するという事故が起こった。
当時ステーション内にいた乗組員は5名。アメリカ人の男女1名ずつと、ロシア人の男女1名ずつ。そして日本人の男性が1名だった。
事故の原因はいまだ不明。ただし、外部からの制御が不能だった事は当時ネットやテレビのニュース等で大きく騒がれていた。
落下地点は富士山を望める西日本のとある町。
核を保有していたと噂もあったこのステーションの落下爆心地は、深夜の二時十五分、本州全体をまばゆい光で包み、巨大なキノコ雲を発生させた。
しかしながらそのキノコ雲の頭上に巨大なドーナツ状の雲が発生すると、事態は思いの外想定された被害よりも小さな規模で収まるという奇跡を起こした。
直径十キロメートル程あるその真ん中の抜けたドーナツ状の雲から真っ直ぐ下の地面まで、まるでシールドでも施されているかの様にその外側は全く被害がなかったのだ。そしてその代りに町を一つ呑み込んだその雲の内側、つまり円筒形の境界部分では、そこだけでも六十キロシーベルトアワーの放射線が検出された。これは一瞬でDNAが破壊される被爆量であり、つまるところこの中が現在どうなっているのかは、考えるまでもなかった。
さて、この奇妙なドーナツ雲により日本は被害を最小限に抑える事が出来た訳だが、謎は多く残っており、その事が呼び水となったのかは分からないが、事態は思わぬ方向へと傾く。
国際的な宇宙ステーションの落下から三日、国連はこの落下地点を国連の監視下に置く事を明言すると、それに反発したアメリカは中国・ロシアの侵攻を警戒してか、日米同盟を盾に在日米軍・在韓米軍の三分の一をドーナツ上の雲の外側にぐるりと配置し、それをアメリカの管理下としたのだ。
これには当然中国・ロシアからは猛烈な抗議が起こり、その年の日本海及び太平洋沿岸では自衛艦・アメリカ艦隊と中国・ロシアの艦隊による一触即発の気運が高まりを見せた。
また、国内でもアメリカの対応に関しては疑問視する声が多く囁かれ、特にドーナツ雲直下付近をアメリカ軍が警備・管理するのに対して、自衛隊がその後方、更に五キロ後ろから囲む様に警護するという図式は問題視されていた。
何故日本は自国の問題なのにこんなにもアメリカの言うなりなのか?
その疑問はそもそもの国際的な宇宙ステーション落下の報告からずっと続いている疑問でもあった。
アメリカが宇宙ステーションの制御が不能で、現在落下しつつあると全世界に発したのは高度百キロメートルに達した時だった。それは既に衝突まで一時間を切ったタイミングだ。もはや落下予測地点を知らされても当の地域の人達に逃げる時間はないに等しい。しかも国際的な宇宙ステーションであるにも関らず、この件に関してはJAXAもロシア連邦宇宙局も、更に欧州宇宙機関でさえも、この事故に気付いていなかったというのだ。
おかしな点は他にもある。
そもそも地球は七割が海であり、今までも人工衛星の類が地球に落下して来た事は多々あるのだが、それらの殆ど海であり、今回の様な人の住む都市部への落下は初めての事なのだ。しかもその場所がアメリカが計画的に動き易い日本。
つまり「これは何かある」と日本人が考えるのは当たり前なのかも知れない。
更にこれを裏付けるかの様に、まことしやかに囁かれる噂。
それは2013年ロシアに亡命した元NSA、CIA職員エドワード・スノーデンが語っていた事だった。
日本はアメリカに盾突く事が出来ない。アメリカは日本の中枢をブラックアウトにする事が出来ると言った内容だった。つまり日本の送電網・通信網などあらゆるライフラインのシステムにはアメリカが介入しているという事だ。
それが今、ドーナツ雲の外の日本人にとっては、とても信憑性の高い話に思えてしまえる様な状況が続いていた。
それが五年前の出来事…
つづく
いつも読んで下さる皆様、有難うございます。