第十二話 電波塔の少女 その⑫ スピーカー
チャイムの様な音が鳴り終わって、小百合が驚いていると、小巻が口を開いた。
「あれ、もう一時限目終ったの? 今チャイムが聞こえた様に思えたけど」
しかし小百合はそれには直ぐには答えられなかった。
何故ならばまだ、その大きな耳から伝達した振動を指先に感じていたからだ。
(間違いなく今音は、小巻ちゃんの頭の上のこの大きな耳から発せられた。つまりこれは音を聞く為の耳ではなくて、音を発する為の物だという事? スピーカー!? だとしたらこれは…一体何処と繋がっているのだろう)
「ねぇ」
「えっ?」
いつまでも質問に答えない小百合に業を煮やしたのか、小巻が声を出すと、思わず考えに耽っていた小百合は我に返る。
「だからチャイム」
言いながら一時限目が終ったと思っているのだろう小巻が、椅子から立ち上がろうとするから、先ずは小百合はその肩を上から押さえてそれを制した。
それから言葉を選ぶように口を開く。
「あのね、小巻ちゃん。まだ一時限目は終っていないよ。ほら、本貸し出しのカウンターの上の時計を見て。まだ私達が来てから二十分と経っていない」
「でもチャイムが。小百合ちゃんにも聞こえたよね」
カウンターの上の時計の方を見ながらも、それでもまだ腑に落ちない小巻。
それも無理のない事だ。確かにチャイムに良く似た音は鳴ったのだ。
それは小巻だけではなく小百合自身もはっきりと聞いている。
「だから違うの。チャイムだけれどチャイムじゃないの」
他にどう言えば良いのだろう。
この発見に驚き興奮しながらも、その先の見えなさに怖さも感じているのだ。
小巻に恐怖を感じさせない様に伝えなければならないと思うと、小百合にとってやはり説明するという事はかなり難しい事だった。
「なにそれ」
そんな小百合に相変わらず根が呑気なのか、小巻は軽くけらけらと笑いながら突っ込みを入れた。
だから小百合はちょっとだけカチンと来ては乱暴に言う。
「小巻ちゃんの耳からなの。その黒くて長い大きな耳からチャイムの様な音が鳴ったの」
「嘘」
それには驚いたのか流石の小巻も両手を上に上げると、その大きな耳に触れようか触れまいかワナワナと手を震わせた。
そしてそんな様子を見ては、小百合は自分の言動に反省する。
そんなつもりではなかったのだ。
もっと本当は驚かせない様に上手く言うつもりだったのだ。
しかし現実は小巻の言葉や態度にカチンと来て、半ば意地悪の様にストレートに伝えてしまった。
それは善人でありたいと常日頃から思っている小百合にとって、自分自身衝撃的な事だった。
(何故だろう。さっきも図書室に来るという事に自分の中で納得がいかなくて、嫌な自分が姿を見せた。そして今も…ちょっと前まではそういう事は簡単に諦めて気持ちを切り替えていられたのに…これは自分の我が強くなって来て、嫌な人間になって来ているという事?)
そんな事を考えながらも小百合は小巻の様子に今度は即座に気持ちを切り変えた。
きっと不安の中にいる小巻の気持ちを、少しでも和らげてあげないといけないと思ったからだ。
(そうだ、彼女は物忘れが激しくて、周りが面倒を見てあげなければいけない様な存在なんだ。優しくしてあげなければ)
だから今度は優しく声をかける。
「大丈夫だよ。きっとその耳の様な物は、電波を受信して発するスピーカーみたいな物なんだよ。きっと今のは放送室とでも混線しただけなんだ。だからチャイムの様な音が鳴って。かえって良かったじゃない。その耳の正体が判明して」
爽やかに微笑みながらそう語る小百合の言葉からは、しかし先程自分がしてしまったそのバニーガールの様な耳を折ってしまった行為については、一言も触れられていなかった。
そしてそんな小百合の気持ちとは裏腹に下から睨み付ける様な小巻の目。
「スピーカーって何よ! じゃあ何、これからは授業中とか給食中とかに私の頭の上から突然チャイムが鳴ったりする事がある訳。そんなのみんなが一斉に私の方を振り向くに決まってるじゃない。先生だってビックリして私の方を向く。私はこれまでもこれからも大人しく穏便に人生を遣り過ごそうと思っていたのに、それじゃあ寧ろ注目の的じゃないの! 何処が大丈夫なのよ~!」
(小巻ちゃんが大人しく穏便に…いやいや、あなたその結構思った事を素直に言う性格が災いして既にクラスの女子からは有名人ですから)
小巻の言葉に小百合は思わずそんな事を思いながらも、しかしまたも自分の説明の仕方が悪かったのかと怒り叫ぶ小巻を見ては反省して、再度優しい口調で話しかけようと口を開いた。
「でもね、小巻ちゃん。その耳がラジオの様に電波を受信して発するスピーカーの様な物だと分かった事は大きな進展だと思わない。突然音が鳴ったという事は、その音を止める方法もきっとあると思うの」
言いながら、小百合には考えがあった。
先程間違えて耳を横に倒してしまった時、確かに『カチッ』と言う何かのスイッチが入った様な音を聞いたのだ。
(つまりこれがスピーカーならば、もう一度耳を横にしてスイッチをオフにすれば良い筈)
「ちょっと、もう一度調べさせて貰ってもいい」
だから小百合はそう言うと、下からまだ睨んでいる小巻を横目に再度その黒くて大きな耳へと手を伸ばそうとした。
まさにその時だった。
ガーーー
突然耳から流れ出すノイズ。
そして機械的な声。
『ダイ85カイ、サイゲンジッケン、10ニチケイカ、バグハッセイ、バグハッセイ、ロッドナンバー500、ダイ85カイ、サイゲンジッケン、テッシュウ、カイシュウ、ショウキョ、マデ、ノコリ3ニチ』
つづく
いつも読んで頂いて、有難うございます。