#031 『 人材 』
今日から第二章です!( ^ω^ )
即位してから早くも二週間。
俺は一人、孤独に戦ってきたこの長きに渡る戦いに終止符を打つべく、手持ちの印章をバンと机の上に広がった最後の羊皮紙に叩き込んだ。
「これで……終わった……。」
薄暗く、それでいて散らかった政務室でこと切れたかすり声で呟く中、俺は仕事後の達成感に浸る間も無く、椅子の背もたれに全身を預けた。
この二週間、俺は凡そ一人で領内にある全ての政務書類に目を通しては許可を出し、また現状の資源や財源などの確保に努めた。
それもこれも、この世界に––––少なくとも俺の知る限りでは––––俺以上に数学的な知識を持った人間がいなかったためだった。
貴族や豪族の中では、教育を受けてきたためか数字を扱うことのできる才能を持つものは多い。
だが、そんな者たちに“簿記”ができるかと言えるかと言うとそうでもない。
まず、教育を受けて来たであろう多くの貴族達は、そもそも四則演算ができればいいとしか思っておらず、また数少ない文官肌の貴族達や大商人達は単式簿記までならいざ知らず、複式簿記は皆できなかった。
故に、彼らの力を借りて早々に資料完成なんて夢物語を早々に捨て、俺は孤独に政務室に引きこもり、資料と軽食の持ち込み以外での面会を拒絶した上で、二週間と言う長い月日の間、数字と格闘しあっていた。
そうして出来上がった新たな資料を元に俺は当初計画していた内政を進めるべく政務室前の廊下にて交代で待機させていたメイドに部屋へと入らせるとすぐさま命令を下した。
「これらの指令書を、各々早馬を使って送ってくれ。そして、できれば甘いものが食べたい、頼めるか?」
メイドは俺の命令を聞くと深々と丁寧なお辞儀した上で「畏まりました。」と短く応えると羊皮紙の束を抱えながら部屋を後にした。
一人、部屋に残った俺ははぁ〜と肺に溜めた空気を吐き出すとすぐさま次の仕事へと移る。
脳内を回転させながら、現状を把握する。
即位と同時に併合したグレイシー島のおかげで税収は安定しており、食料も十分とまではいかないもののある程度備蓄する余力はあった。
加えて、グレイシー島に住む島民は一万人の人口を抱えていた。
そんな俺は、グレイシー島の地理を考え、島民に今は使われていない城の改修・修繕工事を命じらせると共に、グレイシー島のインフラ整備を行った。
インフラ整備は莫大な時間と費用はかかるものの持続可能な公共事業としては最適で、仕事がない者が多い中世の世においてはその者たちを大量かつ長期的に雇える事業は将来的な国家収益となるために投資としては申し分なかった。
また、グレイシー島のインフラ整備を急いだのは軍港として最適な場所に位置するからであった。
アイリッシュ海にポツンと存在するグレイシー島は周囲を海で囲まれてはいるものの海の向こう側は本土のアルビオン島とエール島の二島しかない。
つまり、エール島とアルビオン島を結ぶ海路上にグレイシー島があるのだ。
ここを抑えることができれば、アルビオン島からエール島に物資を送ることもできれば、その逆も可能となる。
しかも、敵がこの海路を使うことができなくなる上で、使ったとしても莫大な通行税を支払わなければならない。
故に、将来的な収益を生む可能性があるグレイシー島のインフラ整備は可能な限り早く済ませておきたかった。
とはいえ、ここは古代末期から中世全盛期並みの科学水準しかない。そのため、インフラ整備を行うといっても人手も足りなければお金も足りない。
また、俺の想像するような建築物を建築できるだけの科学的な基盤がそもそもあるかどうかも疑わしい。
そんな思考を巡らせながら俺は政務室の天井を眺め、一人呟いた。
「何はともかく、人材だな……。」
とちょうどいいタイミングでコンコンとノックの音が部屋に響き渡り、先程のメイドがエールとウェルシュケーキを持ってきたことで俺は思考をやめて、席を立つとソファに腰を下ろし、久方ぶりの休憩をとった。
◇・◇・◇
休憩を少しばかり挟んだ後、俺はオリヴィア、マーリン、エクトル、ケイを呼び出すと即座に本題へと入った。
「人材がいない……。」
会議室で一人、嘆くように告げる俺をよそに、マーリンはワインを飲み、オリヴィアは若干引いた態度を見せる。
エクトルはうーんと考え込むように顎髭を触り、ケイに至っては先ほどマーリンのワインを持ってきたメイドを口説いていた。
まさに各々の性格が実によく表されている場面ではあるもののことこの場合においては俺は青筋を立てるしかなかった。
だが、怒り怒鳴り散らしても彼らは変わらないだろうと悟ると深呼吸して話を続ける。
「何をやろうにも人材は不足している。今回は特に文官だ。」
「とはいえ、前回も募集して募らせたはずでしょ?」
「ああ、前回は“数”を求めたからな。だが、各々のレベルが低すぎて最早、数という問題ではない。質を最優先とした人材が欲しい。」
オリヴィアと俺の会話にエクトルが口を挟む。
「それはわかります。ですが、いささか文官を優遇しすぎではないでしょうか? 元より我らが領は力で統治しております。故に猛者は多く、民も強い者を求めています。今回のような事態では、特に。」
今回のような事態か……。
エクトルの言葉を聞き、俺は腰を椅子におろすとしばし考え込んだ。
こと数十日前に齎された王国の崩壊、そして三王国の独立。
秩序が崩壊した世の中で再び戦乱の嵐が吹くのはよくあることだと思っていたものの実際に体験すると内戦はただの目の上のたんこぶでしかない。
発展するにも、平和をもたらすにもどうしても戦が必要となり国力を落とす。
これでは皆まとまることなど出来るはずがないが、そんな内戦にもメリットがわずかばかりある。
それは政敵を殺すことが出来る点だ。
前世の世の中では政敵はあの手この手を使い、弱体化させないといけなかったがこれでは時間がかかり過ぎてしまう。その点、内戦による処刑であればこれらを容易く行える一方で自分もされるリスクを伴う。
比較的短時間かつ効果的に国を発展させるために俺はどちらの道を歩めば良いのだろうか。
力を振るわぬ君主か、力を振るう君主か。
ここは前世とは違う。この世界に前世の常識は当てはまらない。
そう考え俺は意を決したように目を開け告げる。
「力が必要というなら見せるまでのこと。今は何よりも国力の増加をしなければならない。弱い足腰では強国は成り立たないからな。
ともかく、急ぎ人材を募集したいのだが……どうだろう?
人材を民から求めるのは?」
笑みを溢すように告げる俺にオリヴィア、エクトルは目を見開き、ケイはこちらを見ずとも硬直する。マーリンは先ほどまで飲んでいたワインを放してはテーブルに置いていた。
「正気ですか!? 民から臣下を募集するなど!!」
予想通りの反応に俺は反論する。
「ああ、正気だとも。」
「平民などに何ができるというのです!? 清く正しい忠誠心に厚い貴族で良いではありませんか!」
「それは夢物語です、オリヴィア王妃。」
オリヴィアの横に座りながらワインを円を描くように揺らすマーリンが俺の代わりに言葉を返す。
「清く正しい忠誠心に厚い貴族……。私は長らく生きていますが貴族はどこまでいこうと貴族です。そこに忠誠心はありません。あるのは、上部だけの薄っぺらい忠誠に自分の利益を得ようとする人の皮を被っただけのただの狼です。」
「マーリン、流石に今の発言は言葉がすぎる。」
怒気を強めて言う俺にマーリンは一瞬驚くと笑みを浮かべ謝罪する。
「申し訳ありません。王よ。」
「さて、話を戻そう。俺は貴族に忠誠心はないとは思わないが、少なくとも求める人材の特徴に貴族が合わないと言うだけだ。」
「求める人材の特徴?」
「そうだ。俺が求める人材は突出した才能を持つ人材だ。
その点、貴族は良くも悪くも平均的だ。平民よりは教育、武術などは優れてはいるものの突出した才能を開花できずにいるものが多い。
特に俺が求める分野においてな。」
「突出した才能。それを平民から探すと?」
「ああ、我が領内での貴族の数は限られている。つまり貴族だけでは意味がない。もっと多くの数から才能ある者を見出し臣下に加えたい。
また、貴族は色々としがらみが多いからな。いつ敵に回ってもおかしくない貴族よりも平民出身の何もない者の方が信頼できるからな。」
そう告げるとオリヴィアやエクトルはバルド侯を思い出す。
貴族の中でも優秀な人材だったバルド侯の最後は謀反の罪による斬首だった。
そのあっけない最後にオリヴィアは終始処刑を下唇を噛んだまま眺めた。
理想と反する現実を見てオリヴィアは苦しんだ。
理想をよしとする中で生まれ育ったオリヴィアにとって現実は過酷そのものだった。今日の味方が明日も味方である保証はどこにもない。
そんな当たり前とも思える現象を受け止めるなど、まだ十五歳ばかりの乙女には早過ぎた。
「わかりました。ですが、私は信じたいと思います。貴族の方々を……。」
「わかった。では、貴族にも突出した才能を見出した者にも新たに臣下に加わる権利を与えよう。」
そういうとオリヴィアは席を立つとドレスを持ち上げて礼を取ると会議室を一人で出ていってしまった。
シーンと静まりかえる会議室の中、俺はため息を吐くと再開するように口を開く。
「では、決を取る。議題は先程の通り、此度の人材募集について。
突出した才能を持つ者を領内全域で募集し、平民よりも募集することに賛成の者は挙手を!!」
「はい」
「へい」
「はい」
マーリン、ケイ、エクトルの三者に加えてオリヴィアの棄権によって人材募集は決まり、この内容は領内全ての主要都市に発布された。
後日、人材募集を発布された都市には他領からの名のある傭兵や腕っぷしに自信がある者、一攫千金を夢見る平民や大出世を狙う豪族の子息達が集まりわんさか賑わう様を数日間見せた。
◇・◇・◇
そして、人材募集をしてひと月。
俺は目の前に集まった才能ある者達を眼下に収めながら、ホーリー城で作られた簡易的な木造の玉座に座る。
そこには女性一人に男性二人の計三人の人物が膝をついていた。
「面をあげよ。」
短く命じる俺に応えるように三人は一斉に顔を上げて俺を見上げる。
それを合図に傍で進行役を務めるエクトルが話を始める。
「この者達が此度の人材募集にて才を見せたもの達です。」
「してどのような才が?」
「まずは––––」
そういいながら三人の紹介が進んだ。
まとめると、一人目は幾多の戦場を経験したであろう将の才を持った型破りな騎士。二人目は情報戦を得意とする謀略の才を持つ盗賊の若手女頭。三人目は建築に優れた土木の才を持つ男だった。
「して、諸君らは何を望む?」
威風堂々とした王様のような佇まいで告げる俺に三者三様の表情を浮かべる。
あるものは力を。またあるものは赦しを。
そして、あるものは夢を求めた。
「よかろう。その希望を叶えてやる。」
そう告げて、俺は高らかに宣言した。
「これより先諸君らは“我が国の主力”だ。」
こうして、後の歴史にアルトス王に仕え、王国を影から支えた十傑と称される英雄の内、三人が集まった。
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