#019 『 束の間の休息 』
毎日投稿4日目!! ♪(´ε` )
領主に任命され数週間、カーナヴォンからホーリーヘッドへと戻ってきた俺はエクトルより引き継いだ農奴たちを主にグレイシー島から持って来たジャガイモをホーリーヘッドの近くにある農村を使って育てさせていた。
当初、栽培をするべく農奴たちにジャガイモを見せたところ、怪訝な顔をされながら何度も「これを栽培するので?」と聞いて来た。
その際に何度も「そうだ」と短く応えながら徐々に額に太く青筋が張ると俺の怒りを買わないように一目散と散らばり始め田畑を耕し始めた。
本来、名目上ではあるものの領主の田畑は領内全てに広がる田畑がそうであるのが一般的ではあるが、領内には領主の他に領内に住む多くの人々が存在している。
そのため実質的に領主専用の田畑というのは領内全域でも少ない傾向にある。
そして、旧エクトル領でもそれは変わることはない。
それはさておき、領内で暮らす人々の多くは前世で言うところの第一次産業者こと農業従事者であるが彼らには彼らの生活があり、その生活を維持するべく親の職業をそのまま引き継いでいることが多い。
そんな彼らの思考というのは挑戦という言葉からかけ離れた非常に保守的なところにある。
下手に冒険して収入が低下すれば文字通り、明日の食い扶持がなくなる。そうした不安が常に彼らの脳内に住み着いている。
そのため今回のような新作物の栽培には必ずといっていいほどに“補償”が求められる。
故に俺は補償として、一部租税の免除を掲げ人数を集めたわけだが、布を被せて隠していたジャガイモを見せた瞬間、そのほとんどは何かと理由をつけて離れていった。
そうして残ったのは皆、領主こと俺専属の農奴だけだった。
加えて農奴も職務上仕方なくとでも言わんばかりに残ってはいたものの、感情的には納得など一切していなかった。
「食糧難を救える」「食うに困ることはない」と告げたとしても彼らの感情は動くことはなかった。
彼らからしてみれば、若い領主というのはどうにも経験不足である一方で自信過剰であり猪突猛進に見える傾向がある。
とは言え、彼らも彼らで身分社会であるこの社会の法則を守るわけにもいかないために、乗り気ではないものの危害を加えられないために動く。
まさに、保身的で受動的。
封建主義のデメリットとも思えるそのデバフに当初、俺は頭を抱えた。
領主権限を使い、強制的に彼らを動かす案はあったもののそれでは暴君のようになってしまい、領民は今以上に怯えて暮らす事になる。
それを危惧した俺はかれこれ数日間に渡る説得及び話し合いで農奴が求める最低限の補償を定める一方で実験農業の導入を認めさせた。
本来、農業で生産される作物は主に消費作物と商品作物の二種類しかないが、そこに俺は実験作物なるものを導入した。
実験農業や実験作物は読んで字の如く。主に、現地では未だ普及していない作物の栽培から効率的な栽培方法の確立、栽培した際に得られる収穫量、原始的品種改良などの実験を行うために導入した政策の一つであった。
そもそも農民にあるのは“失敗への恐怖”であり、もっと厳密に言えば“収入の低下への不安”だ。
そうした不安を払拭できないままに「ああしろ」「こうしろ」と命令口調に告げれば逆効果にしかならない。
そのためにも一度、実験作物を通して成功する所を見せれば、農民は我先に状態で奪い合うことは想像に容易い。
こうして従来作物とは違う作物を領内で普及すれば、将来的に食糧難になる可能性は低まり、飢饉という最悪の状態から抜け出せることも容易になる。
そうして説得した俺であるが今まさに眼下に広がるのはその実験農業のジャガイモ畑。
すでに芽が発芽しており、残すところは収穫までの間、盗まれることなく育てることである。
「これはアルトス様、久方ぶりです。この度は、ご足労をお掛けして申し訳ありません。」
と言いながら一礼するのは、俺が提案した実験農業の最高責任者である白髪交じりのブラウンの髪をもつ壮年の男性だった。
優しい笑みを浮かべながらも、しっかりと整った身嗜みをするこの男性に俺は短く応えた。
「いや、とてもそのようなことはありませんよ。それよりも、どうですか経過の方は?」
「アルトス様のおかげでとても経過自体は順調に進んでいます。とは言っても、収穫は当分先ですが……。」
苦笑しながら応える男性に俺は「仕方ない」と励ましながらポンと肩を叩くとそれに反応するように「そう言って何よりでございます。」と言いながら再度、男性が頭を下げ、一礼した。
「これが成功し、食糧難がなくなるといいんだがな…………。」
一人、実験農業を見渡しながら呟く俺は脳内で成功後の算段を考え始めた。
この実験農業が成功すれば、ジャガイモは領内に広く普及することになる。
その際に、誰も手に取らなくて仕方なく独占状態となったジャガイモとその種を通常よりも割高でこれまた独占販売することで、実験で掛かった経費の一部を賄う。
そうすれば、あれよあれよという間に領内には、農民たちがよく食べるライ麦や納税用に育てる小麦の他に、腹持ちが良く保存の効くジャガイモが栽培され、食糧難の発生リスクや飢饉による餓死者は大幅に低下することとなる。
そうなれば今回解放し減少傾向にある穀物庫は再び、豊富な食料が貯蔵される。
また、ジャガイモによる大幅な食糧生産が可能となれば、ジャガイモを使った前世のポテトチップスのような料理などが食べられる他、隣国に食料を輸出し外貨を稼ぐことも容易になる。
まさに、ジャガイモ様様な状態に俺は少し浮かれていた。
しかし、このジャガイモの普及による食糧生産能力の向上が後に領内に戦火を撒き散らすことになることを見逃していた。
「アルトス様。そろそろ定時報告が……。」
フィンの言葉に「もうそんな時間か。」と驚きながら応えると男性の方を振り返り、口を開いた。
「というわけですまない。とりあえず、毎週欠かさず実験の報告を頼む。予算等も憂慮するが水増しはするなよ。」
短略的に告げながらも釘を刺すように一瞬睨むと男性は額に冷や汗をかきながら急いで一礼した。
その後すぐに馬に乗りホーリーヘッドへとフィンと共に駆け、実験農業園を後にした。
ホーリーヘッドの北に位置する城門をくぐり抜け、ホーリー城へと入城するとそこには数人の文官がわんさか集まっていた。
「フィン、馬の方を頼む。」
同じく帰ってきたフィンに短く告げると、俺は馬を降りてそのまま文官たちがわんさかいる入り口へと向かった。
まるで記者達に囲まれる総理大臣のように、周囲を文官達に囲まれ騒がれながら城の廊下を進む。
もみくちゃにされながらもやっとのことで会議室へ着くと文官達を落ち着かせながら一人一人の持ってきた資料に目を通す。
俺が資料に目を通す間、文官達にはメイドから一杯の水を与えられた。
文官達はそれをグイッと飲み干すと落ち着きを取り戻し、先程の態度とは一転し会議室の椅子に座るとあれやこれやと資料をまとめ始め、俺が全ての資料に目を通すのを待った。
数十分後、全ての資料に目を通した俺は一杯の水を軽く飲むと初めに、今後起こるであろう領内の諸問題について話し始めた。
「これより先には色々とやることがある。そうした中で、まず率先してやりたいのは兎にも角にも、領内の整備だ。」
領内の整備と聞いて、一部の文官達は考え込んだがそれを無視して俺は話を続けた。
「先ずは治安だ。先月くらいから取り掛かっているこの問題ではあるが、未だ改善の見通しが立っていない。領内の盗賊達は他領からの移民の増加に合わせて増加している。一応、騎士団としてもとどめている方ではあるとの報告があるが……いまいち効果が薄いように思える。
他にも海賊がここ最近、現れているとの報告も上がっている。船籍などは不明らしいが、もしかしたら隣国のエリン王国による偽装ということもあり得る。早急に対処が必要だ。
何か意見があるものは率直に言ってくれ。」
目を通した資料を会議室のテーブルに置きながら告げる俺に、文官達は唸った。
側から見たら十五年しか生きていない青年が文官達のまとめた資料に全て目を通し、その具体的な問題点を挙げたのだがら唸るのも無理はない。
一人、また一人と視線を向けながら告げる俺に文官達は何も言い返せずまるで固まったかのように会議室は静寂に包まれた。
その状態を見て、俺は文官達の中でも比較的若く新たに財務を担当することとなったロタールへと話しかけた。
「ロタール。海賊の件だが、もし、エリン王国が絡んでいるのならば軍の船を二、三隻くらい動かさねばなるまい。そうなれば多かれ少なかれ財政に響くだろう。よって予算的にどうだろうか?」
「あっ、はい! ええっと、そうですね。率直に申し上げまして予算的には厳しいかと。
軍艦の種類によって中の兵数は異なりますから正確なことは申し上げられませんが相手がただの海賊風情であればそのような対処で構いません。
その程度であれば予算的にもどうにかなるかと。ただ、海賊に紛れたエリン王国の軍船となれば話は変わります。
エリン王国は近年、海軍の方に力を注いでいるという情報がありますように、いつもの海上での小競り合いでは収まるとは思えません。故に、軍船を二、三隻派遣して牽制することはできましょうが、被害が大きくなる可能性があります。そうなれば、被害の度合いにも依りますが大幅な赤字が出ると予想します。」
「なるほどな。さすがロタールだ。」
正確とはいかないまでも的確に応えるロタールに俺は感心した。
先ほどまで、誰一人として話さなかった状況でここまで分析し資料と照らし合わせるのはまさにロタール自身に文官としての才能があるからだと改めて思い知らされた。
当のロタールも「お褒めに預かりありがとうございます。」と俺の言葉を受けて、一礼したが即座に会議の議題へと戻った。
ロタールの発言以降も俺が議題を出しては文官達に発言させ、解決案をまとめることで会議はとんとん拍子に進んでいき、最後の方では分け隔てなく文官達が互いに話し合って解決案を模索していた。
エクトル時代において、文官の評価は低く見られる傾向があった。
それは領主であるエクトルが武家貴族であったことと、当初の王国も戦乱に巻き込まれていたために統治力と言うよりも統率力を評価する傾向があったため、どうしても文官が表へ出ることが難しかった。
そのため多くの人は文官よりも軍人を目指し、軍の功績を求めた。
その結果、各地の文官の質は低下し、内政は徐々に破綻し、国が衰退することとなった。
故に俺は領主になってすぐさま文官の立て直しを図った。
その際に幸か不幸か、穀物庫の解放政策によって新たに移民が他領から逃げるように旧エクトル領へ集まった。
その中には文官達が少なくない人数がおり、数少なくて最低限しかいなかった文官達を大量に起用して、従来の文官を入れ替えた。
その時に多少、反発などはあったものの対して大きくなることはなく、そのまま沈静化したことで、事実上立て直しが成功し文官達の質もエクトル時代と比べれば多少なりとも向上した。
しかし、文官の大量起用によって財政は火の車状態となったことで財政健全化が得意なロタールを呼び戻し、新たに旧エクトル領ことアルトス領の財政健全化を命じた。
こうして俺の代から新たに文官を評価する流れが生まれたことで、移民の中には他領での出世が望めなくなった文官達が日に日に集まるようになり、後に起用するために試験の導入を宣言するまでになっていた。
文官達との会議が終わり、やっとのことで一息できると思った俺は会議室を後にするとホーリー城の中庭へ移る。
そこで、もはや日課となった訓練を始めた。
毎日、一時間くらい行うトレーニングの内容は主にカカシの人形を敵に見立てて、訓練用に特別に作らせた刃の潰れた重い鉄剣を振るうというごくシンプルなモノだった。
だが、常に基本となる型を求められる運動のため、訓練にはもってこいだった。また、訓練中、時々不意に現れるエクトルとの模擬戦や筋トレ、弓の試し撃ちなども行うことがあった。
そうした中で今日は、いつもと同じように剣を使って訓練をしていた。
身体の正中線に沿ってドッシリと構える訓練用の剣に集中しながら、訓練用の木製カカシに二撃、三撃と剣を叩き込む。
剣の刃が潰れているために木に食い込むことなく剣技を叩き込めるのは訓練には理想的である。
そんなどうでもいいことを考えていると突如、背後から重たくも正確な一撃を喰らう。
訓練用の剣を手に前屈みに倒れこむ俺に一撃を喰らわせた人物が静かに告げる。
「私とお手合わせお願いします。アルトス卿。」
そう言って、現れたのは同じく訓練用の剣を手に取った、黄金に煌めく長い髪と燃えるような紅い瞳のした美少女ことオリヴィア姫だった。
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