ご招待(前編)
ゴールデンウィークの真っただ中の天気の良いある日、俺たち一家と、荘太、雅之、そして有希ちゃんは、豪華な屋敷の門の前にいた。
門が自動で開くと、玄関の前に、中山家の執事の高柳さんがいた。
「ようこそお越しくださいました」
事の始まりは、一週間前にさかのぼる。
雅之の家に高柳さんが訪ねてきた。
高柳さんは、一通の封筒を俺に手渡すと、帰っていった。
そこには、俺たち一家と、雅之と有希ちゃんあてに、中山家の別荘へ招待する旨が書かれていた。
指定されている日付は、ゴールデンウィークの真っただ中だ。
荘太の母親の罠かとも思ったが、荘太の話によれば、荘太の母親と弟は、ゴールデンウィークは決まって海外の父親のもとに行くそうなので、それは考えられないらしい。
それにしても、急に招待されたところで、最近すごく多忙な翠先生の予定は合うのだろうか?
「あー、それね、聞いてるよ!」
招待状を見た翠先生の第一声はそれだった。
「い、いつの間に?」
「だって私、執事の高柳さんとメル友だし」
翠先生、いつの間に、執事さんとメル友に……?
そして、今に至るのであった。
俺たちの前を歩いていた高柳さんが口を開いた。
「本来であれば、本宅にご招待すべきところなのですが、今回は、静香様には内密にご招待させていただいておりまして、本宅の方の警備をかいくぐるのはなかなか厳しいものがありましたので……」
「別荘とはいえ、警備の目は厳しいのでは?」
高柳さんの言葉を受けて、思わず雅之が言った。
「それが、このゴールデンウィーク中は、たまたま、警備のものが休暇を取っておりまして、たまたま、昨日から、防犯カメラが故障しておりますので、空き巣など入らぬよう、我々が、警備がてら、別荘の管理をしに参った、ということになっております」
そう言うと、高柳さんは、ウインクした。
このおじさん、もとい、執事さん、一見厳格そうなのに、茶目っ気しか感じない……!
高柳さんに連れられるまま俺たちは屋敷の中を歩いていた。
歩いていて、いくつか気づいたことがある。
別荘とはいえめちゃくちゃ広い。
そして、どこもかしこも掃除が行き届いている。
「いらっしゃいませ、荘太様、お帰りなさいませ」
すれ違う使用人たちも、みんな、丁寧に挨拶して……。
「おはようございます。
愛想よく丁寧に……。
「ようこそお越しくださいました」
挨拶して……。
「荘太ぼっちゃま!」
「荘太様!」
「本当に荘太様がお戻りになっていらっしゃるわ!」
使用人どれだけいるんだ?
「今回は少数精鋭のはずですが……」
予想外に使用人がいたためか、高柳さんが不思議そうに首を傾げた。
「あなたとごく一部のスタッフだけ、荘太坊ちゃまにお会いできるのは不公平とは思いませんか?」
そこへ一人の女性が現れた。
メイド服を着てびしっとしているさまは、とてもベテランの風格がある。
「これはこれは、メイド長、わざわざ本宅からこちらまで?」
少し驚いた様子の高柳さんがメイド長さんを見て言った。
「ええ、みんな、荘太坊ちゃまの元気なお姿を拝見したいと申しておりましたので、あみだくじではずれを引いた一人を残して全員こちらに来ております」
それで、たくさんいたのか。
ていうか、その一人、何かかわいそう……。
「高柳、ここからは、そちらの執事副長に案内を任せて、あなたは、本宅に残る一人と交代してきなさいな」
「そんな!」
「私たちを謀ろうとした罪は重いですよ!」
「いや、ちゃんと、順次会えるようにする手はずで……」
「本日のシフトにはそのようには決められておりませんでしたよ!」
「うっ……」
「それでは、私めがここからはご案内させていただきますね」
高柳さんが言葉を失ったところで、執事副長と呼ばれた高柳さんよりは幾分若い男性が現れた。
「執事副長の高柳です」
「こっちも高柳?」
「はい、執事長の高柳と、メイド長の息子です」
「あれ?こっちにこんなにたくさん使用人さんがいて、静香さんと亮太君には誰がついて行ってるの?」
次々と現れる使用人さんを見た翠先生が思わず言った。
「海外に行かれるときは、向こうにもスタッフがおりますので、専属SPと、静香様付きの使用人のみ連れていかれておりますよ」
執事副長の方の高柳さんがにこやかに言った。
「あなた、何ぼさっとしてるんですか、早く、任務を遂行してきてくださいな」
メイド長の奥さんに尻を叩かれるような形で、呆然としていた執事長の方の高柳さんは、俺たちに会釈してその場を辞していった。
その去っていく後姿は、何とも寂しげだった。
『皆、荘ちゃんが大好きなんだね』
あまりの歓迎ぶりを見た灯里がそう『言う』と、荘太は『そうかな?』と、『声』で言いながら、小さく頭を掻いた。
荘太が照れてる!
何か珍しく荘太が照れてる!
「明くん、ニヤニヤして、どうしたの?」
俺の様子に気づいた翠先生に言われ、とっさに俺は、
「いや、荘太君、人気者だなと思って……」
と言ったが、猫かぶりモードの荘太に「そんなことないですよ」と、にっこり微笑みながら一蹴された。
猫かぶりモードだと照れないんかい!
大きなテーブルのある広間に通された俺たちは、それぞれ席に着いた。
支えがあればお座りができるようになった灯里にも、椅子が用意された。
「簡単ではございますが、昼食をご用意させていただきました」
高柳(息子)さんが言うと、次々と美味しそうな料理が運ばれてきた。
「おいしい!」
「おいしいです!」
「うま!」
俺たちや雅之たちが口々に言う中、翠先生が言った。
「これ、荘ちゃんが作ってくれたのとおんなじ味だね!」
その言葉に、ふと、使用人さんたちの間の空気が凍り付いた。
「み、翠先生、いつの間に荘太の手料理を?」
「え?明君が入院している間だけど?」
そうだった!
「あの……」
不意に、高柳(息子)さんが、俺たちの会話に割って入ってきた。
「そのことは、奥様や大奥様には、特に奥様にはご内密にしていただけますでしょうか?」
「荘ちゃんにも言われているから、ちゃんと内緒にしているよ!」
翠先生があっけらかんと言うと、使用人さんたちの中の空気が少し和らいだ。
『みんなぱくぱく食べてるの美味しそう!』
灯里がうらやましそうにそう言ってきょろきょろした。
「あれ?灯里ちゃん、歯が生えてきてる!」
荘太の言葉を受けて、灯里の口を見てみると、確かに、歯が生えている。
「ほ、本当だ!」
『荘ちゃんが一番に気づいてくれた!』
はっ!またしても、荘太に、一番を持っていかれた!
「荘ちゃんが一番灯里のこと見てくれてるもんね」
翠先生まで!
「明くん、美味しいお料理冷めちゃうよ?食べないの?」
美味しいはずのそのお料理は、その日の俺には何故かしょっぱい味に感じられた。
久しぶりの投稿なのに、かったるい内容で申し訳ないです。
きっと、これが、スランプと言うやつなのでしょう。