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荘太の事情

 まだまだ灯里ちゃん視点です。

 確か主人公だったはずの笹岡とかいう人の存在感がおおむね空気になりかかっています。

 猛スピードで進むベビーカー。

 さらにパパが転んで大ピンチ!

 そんなところに間一髪で颯爽と現れたのは、私の大大大好きな荘ちゃんでした。

『灯里、大丈夫か?』

『荘ちゃん!』

「いてて、荘太、遅くなって悪かったな!」

 パパが、呑気に立ち上がりました。

 意外と見たところ無傷です。

『あんな猛スピードで走って、灯里に何かあったらどうするつもりだ!』

「あんなに走ったら、危ないですよ!」

 荘ちゃんの得意の飴と鞭でパパに喝を入れています。

「いや、遅刻したらまずいかなと思って……」

 パパは、年下の荘ちゃんに怒られてバツが悪そうです。

「えっと、じゃあ、行こうか」

 気を取り直したらしくそう言ったパパは元来た道を引き返そうとしました。

 荘ちゃんは、困惑した様子で立ち止まっています。

『パパ、今日はそっちじゃないでしょ!』

 私に言われて、パパは、はっとした様子で、足を止めました。

『パパが手土産を忘れたから遅刻したのに、何で忘れるかなぁ……』

 思わず『声』が漏れてしまいました。

『やはり遅刻は笹岡のせいか』

 黙っていた荘ちゃんが、不意に『声』で返事をしました。

「なっ!」

 思わず大きな声を出したパパでしたが、周りの人が怪訝そうに振り返ってのに気づいたみたいで、慌てて「あ!今日からはこっちじゃなかったな」と、取り繕っていました。

 パパのわざとらしい独り言を聞いても眉間にしわが寄ったままの主婦が、パパの背後にいることは言わないでおきました。

 そして、私のベビーカーを押したパパと荘ちゃんは、今度は公園の方向へと歩き始めました。

 そう、そこは、私が、初めて荘ちゃんに『出会った』あの場所です。


 それは、まだ、私がママのおなかの中にいた時のことでした。

 その日は、ママの患者さんのお葬式の日でした。

 お葬式の帰りに、患者さんの親戚らしき人達が患者さんの悪口を言っていたのを聞いてしまったママは(もちろん、その場で黙っていられずにケンカを売っていましたが)、むしゃくしゃしていました。

 そして、むしゃくしゃしていた勢いで、マイホームを購入してしまいました。

 マイホームの契約と、支払いを済ませたママは、不意に正気に戻って頭を冷やそうと、新しいマイホームの近所を歩き始めました。

 何だか悲しい空気をまとった人がいるのを感じました。

 どうしようもなく、心に突き刺さるような悲しい空気でした。

『ねえ』

 思わず私は、悲しげな空気の方に向かって話しかけました。

『ねえ、泣いてるの?』

『泣いてなんかいない』

 悲しい雰囲気の方から『声』が返ってきました。

 おなかの中にいるお友達とも、生まれたばかりのお友達とも違う、何だか落ち着いた『声』でした。

 泣いていない、とは言われたものの、悲しい雰囲気はそのままです。

『じゃあ、心が泣いているんだね』

 自分の中で、納得のいく答えを見つけて、そっと『呟き』ました。

 何でかわかりませんが、悲しい雰囲気がほんの少しだけ和らいだのを感じました。

 私は、知らない誰かを悲しい気持ちからほんの少しだけ救えたのかもしれないと思いました。

 そう思うと少しだけうれしい気持ちになりました。

 また会いたい、いや、きっと会える、そう思いました。

『また、来るから、また、お話ししようね』

 だから、私は、悲しい気持ちの人にそう告げました。

 それが、私と荘ちゃんの出会いでした。


 荘ちゃんと仲良くなって数カ月たった時、私は荘ちゃんの悲しみの原因を知ることになりました。

 荘ちゃんは、荘ちゃんのお母さんから虐待を受けていたのです。

 そして、荘ちゃんは、いい子じゃない自分がいけないのだと、自分を責めていたのです。

 私は思いました。荘ちゃんは決して悪くないと。

 それでも、荘ちゃんがお母さんを想う気持ちも、間違ってはいないと。


 虐待が発覚したのち、荘ちゃんは、おばあちゃんの不在時は、雅之君の家で勉強することになりました。

 もう、私たちの家は、荘ちゃんのお母さんが場所を突き止めてしまったいるから、今まで通り私たちの家で勉強するのが難しくなってしまったからです。


 そして、今日からまた荘ちゃんのおばあちゃんが出張にいってしまうそうで、私たちは、また、雅之君の家に向かっています。

「こんにちは」

 雅之君の家のドアを開けて出てきたのは、有希ちゃんでした。

 有希ちゃんは、名門高校で、英語の先生の育休代替で働いていて、すごく評判が良かったそうですが、育休を取っていた先生が戻ってきたため、辞めたところでした。

 有希ちゃんの実力が、荘ちゃんのおばあちゃんにも認められたため、再び、荘ちゃんは雅之君の家で勉強できることになりました。


「お邪魔します!」

『パパ!手土産!』

「あ、これ、つまらぬぁいものですが……」

 パパ、何でそこで噛んだの?

「あ、わざわざすみません」

「あ、俺じゃなくて、翠先生のチョイスだから、たぶん、ちゃんとセンスのいいやつだと思います!」

 パパ、その、コメントしづらい付け足しは、必要だったのかなぁ?

「有希先生、お世話になります」

 王子様モードの方の荘ちゃんがそう言うと、有希ちゃんは、ちょっとほほを赤くして「下の名前で呼ばれちゃった!」と言った。

 有希ちゃん、苗字がいつどこで変わるかわからないから、下の名前で呼んだだけなんだから!

 雅之君がいるんだから!

 私の大大大好きな荘ちゃんにときめいてもいいけどあげないよ!


 荘ちゃんのお勉強が始まった。

 私は荘ちゃんのそばでごろごろしながら、荘ちゃんと有希ちゃんに過ちが起きないように監視をしています。

 パパが、かなり手持無沙汰な様子で、立ち尽くしていますが、正直もうどうでもいいです。

「あ!」

 不意にパパが言いました。

「洗濯物、片づけておきますね!」

 パパ、それは余計なお世話……。

 と、思った直後、パパは、いつもママの洗濯物を片付けるノリで、有希ちゃんの下着を手に取ってしまいました。

 目にもとまらぬ速さで有希ちゃんが駆け出して、パパの手から下着を奪い取りました。

 荘ちゃんが少し笑いました。

 それでも、荘ちゃんには、何だか悲しい空気が漂っています。

 きっと、まだ、荘ちゃんのお母さんと二人きりになる環境にしてはならないと判断されている現状が悲しいんだと思います。

 それが悲しいと思うということは、荘ちゃんは、まだ、お母さんとの関係を修復することをあきらめてはいないんだと思います。

 それでも、悲しい気持ちが強くなりすぎてしまったら、いつか荘ちゃんが悲しい気持ちに飲み込まれてしまうような気がして、私は心配です。

 だから私は、荘ちゃんの悲しい気持ちを和らげてあげたいのです。

『パパ、ヘンタイ……』

 そのためには、パパをけなすことくらい、どうってことないです。

「明おじさん、初日からセクハラとか駄目ですよ」

 私の『発言』に乗っかって、パパに冗談を言う荘ちゃんの悲しい気持ちが少しだけ和らいだ気がしました。

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