灯里の事情
灯里ちゃん視点です。
決して怪しくはありません。
皆さん、こんにちは。
笹岡灯里と言います。
パパの「あきら」の一文字と、ママの「みどり」の一文字を取って、いい感じに繋げて漢字をあてたってママが言ってました。
少し前からママがお仕事に復帰して、代わりにパパがお休みをとっています。
今日もパパと、お出かけです。
「鍵よし!財布よし!携帯よし!灯里、可愛い!」
ママとお出かけの時は「すぐそこだからいいよね!」と、そんなに確認することなくお出かけだったのですが、パパはやたらと確認します。
『パパ、なんでそんなに確認するの?』
「そりゃあ、灯里とのお出かけに、不備があったらいけないからだよ!」
パパ、いつものお出かけにそんなに張り切らなくても……。
あっ!
『パパ、手土産は?』
「あ!忘れてた!」
あんなに確認してたのに……。
私のパパはちょっとうっかりしている時があります。
「危うく手土産忘れるところだったな!」
そう言いながら手土産を手にパパは戻ってきました。
「っと、灯里の安全ベルトがまだできてないじゃないか!」
そう言うとパパは私の体にベルトを着けました。
正直、ベルトに締め付けられる感じはあまり好きじゃないんだけど、パパがどうしてもと言って聞かないので、仕方なく私はされるがままにしました。
パパは私が乗ったベビーカーを押して道路を歩いています。
パパと向かい合わせになった状態で、進むタイプのベビーカーなので、後ろ向きに進むけれど、いつもこの状態なので、特に気にはなりません。
私を時折のぞき込みながら歩くパパは、心なしか今日は少しおしゃれをしています。
今日のパパの服装は、購入からコーディネートまで、すべてママがやってくれました。
それは、昨日の夜のことでした。
「明くん」
帰ってきたママが、神妙な面持ちでパパを呼びました。
「はい!」
いつも、ママや私が呼んでからのパパの動作はすごく素早いです。
荘ちゃんの話ではお仕事の時よりもずっと素早いらしいです。
「明日、何着てくの?」
「え?特に何も考えて……」
それを聞いたママはずいっとパパの方に身を乗り出しました。
「明日からくたびれたTシャツと、穴が開いたところを縫い合わせた靴下は使用禁止!」
「そんな!」
「洗ってあって清潔なのはわかってたし、雅之君も荘ちゃんも文句言わないでいてくれたから黙ってたけど、明日からは有希ちゃんもいるのよ!」
「そ、それじゃあ俺は何を着たら……」
おろおろするパパに、ママは三つの紙袋を差し出しました。
「明日からはこれと、これと、これを、袋に入っているとおりのコーディネートで着てちょうだい」
「あの、今までのTシャツと合わせたりとか……」
「明くん、センス良くないから、その通りのコーディネートで着てね。それ以外のものと合わせるのは却下!」
『パパ、今日の服カッコイイね!』
「そ、そうか?」
パパはまんざらでもなさそうです。
パパは、単純なので、これでしばらくの間はママのコーディネート服を着てくれそうな気がします。
という思惑もあったけれど、本当に今日の服装は、パパがかっこよくみえるなぁと、思ったのも事実で、いつもより一割増しのパパを見つめていた私は、ふと、あることに気付きました。
『あれ?パパ?手土産は?』
「あーーーっ!」
どこかに落としたかと慌てるパパに、『私に安全ベルトを着けたときに何処かに置いたんじゃない?』と、伝えたら、パパは私を連れて大急ぎで家へと引き返しました。
……私のパパはたまにうっかりしている時があります。
手土産を手にして家を出たパパは、そのままダッシュで公園へ向かおうとしだしました。
『パパ!カギ!』
「あ、そうだ、鍵、忘れてた!」
パパは一度頭が真っ白になると、いつもはやらないミスを連発してしまいます。
鍵をかけたパパは、今度こそ猛ダッシュで公園へと向かいました。
もうすでに、荘ちゃんのバスの時間は過ぎています。
ガタガタ揺れるベビーカーの中で、私は生まれて初めて安全ベルトの有難みを身をもって知りました。
このままじゃ、私の身が危険な気がする。
でも、パパに止まってって言ったら今の勢いのまま急停止されそう……。
どうしようかと思っていた時に、急にパパが視界から消えました。
同時にずさーっと激しくパパがスライディングしている音が聞こえて、パパは転んだんだなと悟りました。
ただ単にパパが転んだだけだったら、私のベビーカーはこのまま猛スピードで駆け抜けそうなのに、ベビーカーはゆっくりと速度を落として止まりました。
『灯里、大丈夫か?』
ベビーカーの取っ手をパパよりも小さい手がつかんだかと思うと、目の前に、私の知っている人の顔が現れました。
『荘ちゃん!』