育休終了?
一年というのはあっという間で、もう俺の育休二年目は終わろうとしている。
思えば、今年は、師走に雅之と有希ちゃんの結婚式があったり、忙しかったな。
いや、でも、灯里の可愛らしいドレス姿も見られたし、有希ちゃんも綺麗だったし、あれもあれでいい思い出だ。
インターホンが鳴った。
「お邪魔します!」とお行儀良く表れたのは荘太だ。
見ると、背中にランドセルを背負っている。
「あら、荘ちゃん、約束通り、ランドセル見せに来てくれたの?」
「はい」
最近はカラフルなランドセルが多いというのに、荘太のランドセルは普通の黒色のランドセルだった。
「もっとこう、カラフルな奴にでもするかと思った」と、俺がボソッと呟くと、荘太が『俺はそんなにチャラくない』と『声』で否定しつつ、「一番黒が落ち着いたんです」と、猫かぶりの返事も忘れていなかった。
「でもね、明君、黒一色とはいえ、さすが、中山家だわ。この革、すごくいいやつよ……」
翠先生は、荘太のランドセルに夢中だ。
「と、ところで、灯里ちゃんは四月からどこの保育園に行くの?」
あまりにも翠先生がランドセルに集中していたからか、荘太が不意に話題を変えた。
「へ?」と、間抜けな返答をする俺。
「え?」と、勢いよく振り返る翠先生。
「まさか、明君、保育園の申請し忘れた?」
「……」
「し忘れたのね?」
「…………はい」
時はすでに三月。
もはや、手遅れの状態だった。
翌日、帰宅した翠先生は、上機嫌だった。
「明君、育休延長して大丈夫だって!」
ついでに、みんな、全然気にしてなさそうだったから、安心して休んでよさそうだよ、と翠先生は言ってくれたが、俺は、NICUに復帰したとき居場所がないんじゃないだろうかと、不安がよぎっていた。
こうして、俺の二年の予定の育休は、さらに一年延びて、また一年、灯里と一緒にいられる時間が増えたのだった。
「パパ、私のランドセルは?」
荘太がランドセルを見せに来て以来、灯里はよくそんなことを言う。
「灯里はあと四年くらいしたら、ランドセル買おうな!」
「じゃあ、灯里には、ランドセルの代わりに、このリュックサックで!」と、翠先生が、灯里サイズのリュックサックを灯里に渡した。
「わー!私のランドセル!」と、灯里はリュックサックを背負ってぴょこぴょこ飛び跳ねた。
こんな些細なやり取りが、数日後の騒動につながるとはその時の俺には思いもよらなかった。
その日は荘太の入学式の日だった。
さすがに、名門私立の入学式に俺たち庶民が潜入するわけにもいかないので、我が家は普通の平日のはずだった。
灯里が、有希ちゃんの結婚式の時に来たドレスを着て、リュックサックを背負って、「パパ!入学式、行こう!」と言い出したのだ。
「え?」と、俺が、間抜けな返事をすると、「だって、灯里、もう、ご本読めるし、字も書けるし、足し算も引き算もできるし、英語もできるもん!だから、荘ちゃんと一緒に小学校行くの!」と、灯里は自信満々に言った。
「でもな、灯里はまだ二歳だろう?小学校は、荘太と同じ年の子しか行けないんだよ」
「嫌だ!灯里も小学校行く!ランドセルもあるもん!」
灯里は引かない。
「パパなんか知らない!灯里は自分で小学校行くもん!」
そう言って灯里は玄関を飛び出した。
何とか追いついた俺が灯里を捕獲して、家に連れ戻した。
灯里は俺の腕の中で暴れて泣き叫んでいる。
「私も、小学校行くの!荘ちゃんと一緒に行くの!」
「だから、それは出来ないんだって……」
そんなやり取りを一日中続けた。
そんな日に限って、いや、大体最近毎日ではあるが、翠先生が、三ダメトリオの尻ぬぐいのために、帰宅が遅かった。
今日ほど、三ダメトリオが憎らしいと思えた日はなかった。
ていうか、俺が育休三年目ということは、三ダメトリオも配属三年目のはずなのに、なんで、未だに翠先生に尻拭いしてもらってるんだ!
灯里に泣かれながら、三ダメトリオに腹を立てていると、ようやく翠先生が帰宅した。
「ママ!」
灯里は、帰ってきた翠先生に抱き着いた。
「パパが意地悪する!」
「パパ、何やったの!」
翠先生は、俺を睨みつけた。
俺、悪くないのに……。
「いや、灯里が、自分も小学校に入学するって言って聞かなくて……」と、俺が言うと、翠先生が、「そっかぁ、灯里は天才だから、今から小学校に行ってもできちゃうもんね」と、謎の納得をした。
「でしょう!でも、パパが……」
「灯里と同じくらい、荘ちゃんも天才よね」と、翠先生が灯里の言葉をさえぎって言うと、「うん!」と、灯里は満足げにうなずいた。
「あんなに天才な荘ちゃんでも、六歳の四月までは、小学校に入るのを我慢したのよ、同じくらい天才な灯里も、あと四年くらい、へっちゃらよね?」
「うん!」
どうやら灯里は、翠先生の説得で納得できたようだ。
もうネタが尽きてきたというのに、まさかの育休延長で、一番作者がどうしたものかと思っています。




