表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

クリスマスの夜に

「翠先生、こんな感じで大丈夫でしょうか?」

 部屋の飾りつけを終えた俺は、翠先生を振り返った。

「大丈夫大丈夫、そんな、気を遣うことないよ」

「気を遣うことないことないですよ!」

 俺が気を遣うのには訳があった。

 今日は、灯里の誕生日の時には、来られなかった、翠先生のお母さんが、やってくるのだ。

 ついでに、俺の両親も来るが、それはどうでもいい。

 翠先生のお母さんが我が家に来るのは初めてなのだから、気を遣うのは当然だ。

「だって、私と二人暮らしで全然気にしてなかったお母さんなんだから、大丈夫だよ」

 だからと言って、今、家事を任されている俺としては、やはり気を遣うわけで……。

 そんな俺たちの会話を遮るようにインターホンが鳴った。


「はーい!」と、言いながら翠先生が玄関に向かって歩いていく。

 灯里がそれを真似して「はーい」と言いながらとてとてと玄関に向かって歩いて行った。

 俺も、もう少し飾りつけをしようと用意したオーナメントを床に置いて、灯里の後をついて歩いて行った。

「翠さん、おひさしぶり!」

 やってきたのは俺の両親だった。

「あら、灯里ちゃん!」

「おお!灯里ちゃん、もう立てるのかい?」

「灯里、こんにちはできる?」

 そう言われた灯里は、翠先生が「こんにちは」と言うのに合わせて、少しひざを曲げて、頭をぺこりと下げ、また、膝を伸ばして、得意げに微笑んだ。

 若干独特ではあるが、今の灯里の精いっぱいのこんにちはの挨拶だ。

 両親には、初孫のこんにちはが、とても愛おしかったらしく、玄関に入った時点ですでに灯里にメロメロになっていた。

「あれ?明、いたの?」

 俺の存在を忘れるほどに。


「灯里ちゃん、じいじだよ!」

「じーじ!」

 灯里は俺の父親に向かって言った。

「灯里ちゃん、ばあばですよ!」

「ばーば!」

 灯里に呼んでもらえて俺の両親はご満悦だ。

「ママ!」

「灯里、じーじとばーばが大好きだからすぐ言えるようになったね!お義父さん、お義母さん、お茶、置いときますね」

 翠先生が、俺の両親のところに来たところで、再びインターホンが鳴った。

 もしかしたら、翠先生のお母さんかもしれない!

 俺が「はーい」と言いながら玄関に向かうと、再び灯里が俺についてきた。

「まーちゃ!」

「灯里ちゃん、こんにちは!」

「ゆーちゃ!」

「灯里ちゃん、こんにちは!」

 雅之と有希ちゃんの二人に言われて、灯里は、また、こんにちはのお辞儀をした。

 すでに灯里にメロメロの二人は、灯里と手をつなぐと、リビングに消えていった。

 翠先生と話していた両親が、雅之と有希ちゃんに気づいたらしく、皆で会話を始めた。

 灯里は、ちゃっかり有希ちゃんの膝の上に座っている。


 再び、インターホンが鳴った。

 今度こそ、翠先生のお母さんだ!

 今日のメンバーの中で、唯一俺のことを空気以上に扱ってくれる、翠先生のお母さんだ!

「はーい!」と、俺が玄関に向かうと、灯里もついてきた。

「ごめんね、予定してた電車に乗れなくて!あら!灯里ちゃん、こんにちは!」

 灯里が、こんにちはのお辞儀をすると、お義母さんも笑顔になった。

「こんにちは、灯里ちゃんのおばあちゃんよ!」

「ばーちゃ!」

 灯里に呼ばれて、お義母さんはさらに笑顔になると、灯里とともにリビングへと向かった。

 リビングの扉を開けると、お義母さんは「あ!」と言った。

 きっと、俺の飾りつけに感動して……。

「雅之君、その隣の子、だれ?」

 あ、お義母さんは、有希ちゃんと初対面だったか。


「そういえば、灯里ちゃんは、明くんのことは何て呼んでるの?」

 お義母さんが素朴な疑問を口にしたのは、夕食を食べ終わったころだった。

 言われてみると、今日は父ちゃんと呼ぶ気分ではなかったらしく、一度も呼ばれていない。

「あ、明くん、そろそろクリスマスケーキ食べたいな!」

 なぜか動揺する翠先生。

「そうだね、兄貴のケーキ食べたいな!」

「お手伝い必要ですか?」

 なぜか、雅之や有希ちゃんも、話題をそらそうと必死だ。

「いや、灯里は、調子いいときは俺のこと、父ちゃんって……」

「え?」

「えっ?」

「えっ??」

 翠先生、雅之、有希ちゃんが、驚いたように言って、俺もつられて「え?」と言い返した。

「えっと、うん、ケーキ食べよう!」

 翠先生に言われて、俺は、ケーキを冷蔵庫から出した。

 灯里も食べれるように、易しい味付けのケーキだ。

 テーブルにケーキを持っていこうと、歩き出した直後、俺は、自分が床に置いたオーナメントに滑って、ケーキと一緒に転んでしまった。

「あ!」

「ケーキが!」

 皆、俺よりもケーキの心配ですか……。

 だが、確かに、ケーキは見るも無残に大破していた。

 ケーキまみれになった俺は、着替えて前進洗ってくるように言われて風呂場に押し込まれた。

 俺がさっぱりして戻ってきたころには、ケーキは片付いていたが、室内にはどんよりとした空気が立ち込めていた。

「あの、もう一回ケーキを作りますので……」

 そう言いかけた時、インターホンが鳴った。

 もう、来るべき人は、全員そろったはずだが。

「はーい!」

 灯里の条件反射のような可愛い出迎えに、どんよりした空気がわずかに和らいだ。

 灯里とともに、翠先生も玄関へと向かった。

「とーちゃ!」

 灯里に呼ばれて、俺が向かうと、そこには荘太と荘太のばあちゃんがいた。

「急に出かけなければならなくなってしまって、荘太さんも連れて行こうかと思ったのですが、どうしても、灯里さんにクリスマスプレゼントを渡したいと……」

「一人くらい増えても大丈夫ですから、荘ちゃん、しばらく預かっておきましょうか?」

 翠先生に言われると、荘太のばあちゃんは、申し訳なさそうに、「それでは、お言葉に甘えて……」と言いながら、執事の高柳さんを呼んだ。

「本家のシェフにケーキを作らせましたので、よろしければ皆さんで……」

「喜んで!」

 翠先生をはじめ皆の顔が輝いたのは言うまでもない。


「よし、今度はそーっとケーキ様をテーブルに運ぶわよ!」

 そう言われて、雅之が、もらったケーキを慎重にテーブルに運んでいる。

 俺は、人数分の皿とフォークを持ってきていた。

 灯里はと言うと、荘太が着た瞬間から荘太にべったりだ。

 灯里は何かを荘太に言おうとしている。

「と、とー、そ、そーちゃ!」

「灯里ちゃん、やっと荘ちゃんって言えたね!」

 灯里の声に反応して翠先生が言った。

「サ行は発音が難しいですもんね」

 そうか、サ行が言えなかったから、今まで、荘太のことを呼べなかったのか。

「今までは、荘ちゃんじゃなくてとうちゃんに……あっ!」

 テーブルにケーキを置き終えた雅之がそう言うと、口をつぐんだ。

 ん?

 今まで、父ちゃんって、呼んでいると思っていたのは、もしかして、荘ちゃんって呼びたくて呼べなかったやつなのか?

 いや、そんなはずない!

 俺は、灯里のもとへと駆け寄った。

「灯里!パパの子とも呼んでくれ!」

 そう言いながら、灯里にほおずりしていると、ご機嫌で遊んでいた灯里がおもちゃを置いて叫んだ。


「パパ!イヤ!」


 それが、灯里の記念すべき最初の二語文であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ