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温和な魔王はお嫌いですか?  作者: シリコンババア
第一章 復活
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時の流れ

頬がくすぐったい。

意識の覚醒。

第一に目に映ったのは白くモコモコした物体。それはベースティアの頬を舐めている。

魔兎。魔力のある物に集まる兎、要は魔獣だ。

追い払おうとするが左腕は肩から下が、両足は膝から下が存在していない。

脇腹には包帯がグルグル巻きにしてあり、何者かが治療した跡がある。


木目の荒い天井。どうやら俺はベッドに横になっているようだ。一見したところここはただの民家に見える。


「ここは、いったい」


片目が見えているところからしてどうやら幻獣化が解けかかっている。

幻獣化とは魔力を常に消費することにより己の種の特徴を最大限に発揮させる魔法のことである。

幻獣化に要する魔力は莫大なものではあるが俺にとっては大したことない。

つまり、今現在、俺の幻獣化が解けかかっているという事実はそのまま俺が相当弱っているということへの証明となる。


「これは一度幻獣化を完全に解く必要があるな」


心を研ぎ澄ませ、大きく酸素を吸い込み、そして肺から二酸化炭素を吐ききる。


「解除」


途端に角、牙、翼、皮膚が灰となり崩れ落ちる。そして灰の中からは色白な人間の皮膚が現れ、ついには白髪赤目の人間の男へと姿を変えた。


幻獣化に消費していた魔力を体の回復にまわす。魔力はほとんど空ではあるが無理をしてでも両手両足を一刻も早く再構築しなければいざという時に対応出来ん。

次に脇腹だ。かろうじて血は止まってはいるもののいつ傷口が開くか分かったもんじゃない。

さらに四肢が再生している間に状況を整理しなくては。そのために記憶を辿る必要があるな。

俺は確か洞窟の中で目を覚ました。そしてそこで誰かと会話をし……


人影。

反応が遅れた。

咄嗟にベッドの横のペン立てに刺さっていた羽根ペンを手に取り、人影を押し倒し腕を背後にねじり拘束。羽根ペンを背中に突きつける。


「えっ?」


疑問符を付けた声を漏らしたのは女だった。いや、少女と読んだ方が良いのかもしれない。


「お前は何者だ? 此処はどこだ? そして何故俺は此処にいる?」


左腕の再生は終わっているがまだ両足が使える状態にまでは至っていない。勢いで飛びかかったはいいがどうすれば。

仮にこの家に他にも人間がいた場合こいつを人質に取ったまま足が回復するまでの時間を稼ぐ。たが残りの魔力量を考えると再び幻獣化して空を飛んで逃げる事は難しいだろう。

考えろ、考えろ、考えろ、考えろ…………


「あの、私、貴方の敵じゃないです」


金髪青目の少女の震える声が耳に届く。


「あのなあ、俺はお前が誰かって聞いたんだよ。余計なことは喋るな、質問に答えろ!」


「わ、わ、わ、私はアリス、此処は私の家であなたが怪我をしてたから応急処置だけど手当をしていたの。あの、それが気に障ったのならごめんなさい。余計なお世話だってことは分かってるわ。でもあのままじゃあなたが死んじゃうから」


何かが切れたように気が抜ける。呆れて声も出ない。


「お前が俺を助けたのか? いや、そんなはずは。お前が?」


拘束していた手を緩め、ペンを床に投げ捨てる。そのままベッドに倒れるように寄りかかり目を覆い隠す。


「本当はあの場でちょっと手当するだけだったんだけど、あなた気を失っちゃってすぐに雨まで降ってきて洞窟の中に水が入ってきたからあのままじゃ危ないって思ったの」


アリスは立ち上がると俺が寄りかかっているベッドに腰掛けた。

沈黙。

アリスが口を開く。


「あの、洞窟の中にいるときはその、なんというか人間じゃないみたいだったけど、だから、えっと、その、あなたこそ何者なんですか?」


自然と笑いが込み上げる。そしてため息混じりに呟く。


「魔王ベースティアって知ってるか?」


応答はない。

いったい何がどうなっていやがる。

俺は世界を震わす魔王だぞ。魔獣たちの王。人類史上最強最悪の敵。


「あっ、小さいころに読んだ絵本に出てきた悪者の名前がそんな感じだった気がする」


絵本? 俺が絵本?


「たしか勇者様に倒された怪物の名前がベースティアたったと思う、たぶん」


そうだ、俺は勇者ギルフォードに倒されたはずだ。


では、俺は何故此処にいる?


まさか完全破壊術式の失敗。

いや、だがそんなことはあり得ない。

完全破壊術式。聖剣という一振りの剣に無数に刻まれた古の魔法。それらが相互に干渉し合って生まれる最高火力。どんなものでも過程をすっ飛ばし死へ直結させる。

かすりでもすれば即死は免れない。

完全破壊術式は確実に俺に当たった。

それならば何故……


いや、待てよ。

あくまでも推測だが相互干渉のバランスが崩れたとは考えられないだろうか。そう仮定すれば全ての説明がつく。

封印魔法と転移魔法。

おそらくそれらのバランスが崩れたためこのような中途半端な結果に終わった。

高度に計算された魔法ほど少しの綻びで簡単に壊れる。その綻びが何なのかは分からないがその綻びに生かされたということか。

まあ、今はそれは置いておこう。


「アリスといったな。戦況は今どうなっている?」


アリスは困惑気味に答える。


「対魔王戦争のことを言ってるの? 何十年も前に魔王軍が降伏して終わってるわよ」




「戦争が終わっている?」



肩の力が抜け、乾いた笑いが込み上げる。


「ククククッ、ハハハハハハハ…………」


降伏? 負けた?

全てがどうでも良くなってきた。


「アリスよ、今は何年だ?」


「ニコライ期32年たけど」


頭がぼんやりとする。


「ニコライ期? セシル王はどうした?」


「御歳79歳で亡くなられたわ」


それじゃあ、俺は50年間も眠っていたってことか?

圧倒的無力感。

両足の再生が完了し立ち上がる。


「ふざけるな!」


怒鳴り散らす、他でもない自分自身に。


「何千何万何億という兵士を死地に送っておいて自分は50年間眠っていました、だと」


壁に立て掛けてある姿見を睨みつける。


「いい御身分じゃないか」


花瓶を叩き割り吠える。


「何が繁栄のためだ、何が平和のためだ。結局俺は何も出来ちゃいない。口先だけの無能だ!」


沸き上がる怒りは止まらない。


「こんな俺を信用してくれていた部下を犬死させた」


言葉にならない。

自分一人の命で償えるときはとっくのとうに過ぎ去っている。


「すまない、取り乱した。少し外の空気を吸ってくる」


深呼吸をして冷静さを保とうと努力する。

一人で考える時間が必要だ。


「外は雨よ?」


そんなアリスの言葉を振り切りベースティアは雨降る夜に飛び出した。

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