鬼ごっこ
薄暗い木々の間を全速力で駆け抜ける。
「こらー、待てー」
叔母さんからもらったロングスカートは枝に引っかかりところどころ破れてしまっている。さっきからうさぎの白い背中は見えているのだが一向に距離が縮まらない。
金髪の村娘と白うさぎの鬼ごっこというシュールな光景が薄暗い森に活気を与えている。
「手紙を返しなさーい」
突如足元に違和感。
「うわっ」
次の瞬間、木の根につまずき頭から草むらに突っ込む。縦に2、3メートル落ちたような感覚。そのまま縦に三回転して背中を思いっきり打ちつけ大の字に倒れる。
「うげっ」
鈍痛が走り可愛くない声を上げながらその場にうずくまる。
「あ痛たた」
暖かい光。痛みを我慢してうっすらと目を開けると……
そこは草原だった。
さっきまで駆け回っていたジメジメした太陽の光も地面に届かないような暗い森ではなく見渡す限りの草原だった。
「ここは……」
スカートの泥を払いながら立ち上がり、落ちてきた方を振り返る。どうやらここは洞窟のようだ。入り口に枯葉などが積もり落とし穴になっていたのだろう。別に登れない高さではないが……
まったく、今日はつくづく付いていない。
そこまで考えてふと気づく。
どうしてこんなにも明るいのだろうと。
洞窟内部の草原。それだけでも十分奇妙なのだが、その中心に一際目を引くモノがある。
光源。太陽のように思えるそれは常に眩ゆい光を放っている。大きさは3メートルほどで見た目はクリスタル。中で何かが燃えているようだ。しかしそれは炎ではない。赤色でもなく青色でもない。黄色でもなければ緑でもないその色は見るものすべてに安らぎを与える。
「きれい……」
そんな言葉が思わず口からこぼれる。
これはいけないモノだ。五感が警鐘を鳴らしている。しかしそれとは別にもっと近くで見てみたいという欲求が湧き上がる。
背後で草をかき分ける物音。
「だれ?」
恐る恐る背後を振り向く。するとそこには封筒をくわえた白ウサギがちょこんと行儀よく座っていた。
「あなただったのね、もー、驚かせないでよ」
白ウサギはアリスを素通りして光源に近づいていく。
「こらこら、こんなとこで遊んでちゃダメでしょ。ほら、手紙返して」
白ウサギを片手で抱き上げ口から手紙を取り上げる。
「いっしょに帰りましょ、昨日の残りでよかったらあげるわよ。帰ったら伯父さんに聞いてみましょ」
独り言のように白ウサギに話しかけながら落ちてきた穴の方へ向かおうと一歩を踏み出す。
グキッ!
足をくじいてバランスを崩す。勢い余って180度方向転換。そのまま光源の方へと倒れこむ。
バタンッ!
気づけば光源に手紙を押し付けながら倒れ込んでいた。ウサギはなんとか無事のようだ。
「もーなんなのよー」
涙混じりの声で愚痴をこぼす。
ピキピキ……
「へ?」
ピキピキピキ……
「ちょちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
手紙を押し付けられた所から光源のクリスタル部分に大きな亀裂が入っている。それはどんどん広がって……
ピキピキピキピキピキピキ…………
バリンッ
膨大な光が爆発を起こす。
アリスはウサギを強く抱き抱えながら固く目を閉じた。