村娘
『親愛なるお父さんへ
今日も村は平和です。これもお父さん達がお国 の兵役の仕事を頑張ってくれてるからよね? 四年間もお父さんに会えないのは少し寂しいけどお国の為なら仕方ないもんね……
叔父さんと叔母さんがとっても親切にしてくれているので生活には困っていません。叔父さんは少し厳しいところがあるけど森での狩の仕方を一からやさしく教えてくれたし、叔母さんのおかげで村に伝わる伝統料理をいくつも作れるようになったのよ! 二人のことは大好き。もちろん他の村の人たちにもお世話になってるのでお父さんが帰ってきたら二人でお礼をしに行きましょ。
今日が何の日か分かる? 私も今日で16、成人しました。大人の女になったのよ。綺麗になった私を見て腰抜かさないように気をつけてよね。家事だって一人で何でもできるんだから。そうだ、帰ってきたら私のフルコースを作ってあげるわ。楽しみにしててよね。
あと一週間、お仕事頑張ってください!
愛を込めてあなたの娘アリスより』
父への手紙を書き終えた少女は机の上に羽根ペンを置いた。
アリス=ルイス、16歳。
王都から遠く離れた辺境の村に住むごくごく普通の村娘。母親はアリスが産まれてすぐに病死してしまい、アリスが12になるまで父親に男手一つで育てられたせいか、小さい頃から花摘みやままごとなどはせず、同年代の男の子に混じって鬼ごっこをするような活発な少女にすくすくと育っていった。
今現在、父親は隣国との国境警備の兵役に就いているためアリスは一人暮らしをしている。村は100人いるかいないかといった小規模なもので、そのおかげか村人同士の結びつきが強く村全体が一つの家族のような関係を形成している。そのためアリスは年頃の女の子の一人暮らしとしては充分すぎる暮らしを送れていると言っていい。
お父さんが兵役に就いてから三年十一ヶ月と二十四日。つまり今度の日曜日にお父さんが村に帰ってくるのだ。
自作の日めくりカレンダーを破くと7の数字が姿を現わす。このカレンダーはお父さんが家を出た翌日に作った。四年間分の日にち、1460から1までの数字が順番に書かれていて、毎朝これを一枚ずつ破いていくと数字がどんどん若くなっていき、そして紙が無くなった日に父親が帰ってくるという物である。まあ、正確には国境から村まではまるまる三日かかるのでカレンダーとぴったりにお父さんが帰ってくるわけではない。その三日を含めて今度の日曜日なのだ。
この日めくりカレンダーで少しでも寂しい気持ちが慰められればと思って作ったのだが、今思えばむしろ逆効果だったのではと思ってしまう。
机の上の手紙を封筒に入れる。すると封筒が眩い光に包まれた。これは郵便局が提供しているサービスだ。
戦時中は貴族や商人などといったごく一部の人間しか字の読み書きが出来なかった。そのため手紙を書くという行為自体が非常に珍しく、書いたとしても手紙を盗まれたり紛失したりと送り相手に届かないことも多々あったらしい。そこで当時の人々は手紙の封筒に魔法で封をして相手に届くまでに他の人に中身を見られないようにした。効果は絶大なものだったが誰しもが魔法を使えるわけではない。
終戦後、平和になった世の中では手紙の需要は増え続け、その一方で魔法使いの少なさが深刻な問題になった。そこで郵便局が四十年前にあらかじめ魔法をかけた封筒を販売し始め、それが大ヒット。その魔法というのは受取人の欄に書かれた名前の人間以外は手紙の封筒を開けることが出来ないといったものだ。それにより今現在、手紙は一般的なものになっているというわけだ。
「あっ! もうこんな時間、郵便屋さんが行っちゃうわ」
手に取るとパン、スクランブルエッグ、トマトスープといういかにもな朝食が用意したダイニングテーブルの横を素通りし、玄関までかけていく。お腹が音を立てているが今は急がなくては。こんなど田舎には郵便屋さんは週に一度しか来ないのだ。これを逃したら先にお父さんが帰ってきてしまう。
体当たりに近い形で玄関の扉を開くと家の中に日の光が差し込み薄暗い室内が色を取り戻す。
「行ってきます!」
扉を勢い良く閉めお日様の匂いを思いっきり吸い込む。
今日もまた平凡な一日が始まる。