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転生死神と眷属による異世界奇想曲  作者: 田中 てんまる
死の館編
9/33

第9曲 復讐の遠吠え

演説が光る回です。そう思えない場合は作者の能力不足です。



 


 現在時刻は夜明け前。集落の広場には片手に石斧を持ち武装したコボルトの軍団が正方形に立ち並んでいる。縦に十列、横に十列で並び、ぴったり百人いる。ピリピリとした身を焦がすような緊張が周囲に立ち込めている。

 その様子を広場から少しばかり離れた木にもたれかかりながら観察していた。



「メイビス様、眷属達の準備は完全に、完璧に、寸分の狂いなく済ませてございます。」



 報告に来たのは眼鏡と神父服が特徴のガーゴイルだ。いつになく真剣な眼差しで跪く彼をメイビスは一瞥する。



「ああ、分かった。コボルト達にはくれぐれも気付かれるな」


「はっ」



 その言葉と共に彼は森の中に消えゆく。彼もまた指定の配置につきに行く。その様子を見送り、メイビスも計画が滞り無く進んでいることに安堵を覚える。

 視線を戻すと、軍団となったコボルトの中から一つの影が近づいて来ることに気付いた。一見誰も同じような外見のコボルトだが、あの毛並みには見覚えがあった。



「ジルバか。なかなかに壮観だな」


「ああ、そしてこれを作り出したのはお前だ」


「ああ、そういえばそうだったか」



 眷属達の報告を受けた後、その足で長老の下へ向かった。長老は突然の来訪者に驚きはしたが、丁寧かつ卒のないもてなしをしてくれた。時間が惜しかったので何の雑談も世間話もせず即刻切り出し、夜明けに死の館を襲撃することを伝えた。長老は暫時沈黙し、やがて静かに、しかし重々しく決断した。その結果がこの通り。いや、結果ではなく過程というのが正しい。



「貴様はコボルトを率いる戦士長なんだから士気の上がる言葉でも掛けてやったらどうだ」


「いや、残念ながらそれを言うのは俺じゃない」


「ならば長老か。大変だなトップというのも」


「いや、お前だ」


「ああ、私か……………………………ふぁ?」



 メイビスの頭にハテナが大量生産される。

 これは実際おかしな話だ。戦いの前の演説は身分の高い者と相場が決まっている。それを部外者に任せるというのだ。血迷ったとしか思えない。

 一体どこの誰がそんなことを。とりあえず探りを入れるか。



「いやいや、何故だろうか?」


「長老がお前にやって欲しいからそうだ」



 長老オォォォォ!!

 心の中で叫ぶ。探りを入れた瞬間犯人が割れた。ミステリ小説も驚きの展開の早さだ。



「よしっ、じゃあ早速頼む」


「仕方が無い、ここは私の生涯を掛けて見出した“正しい幼女の愛で方”講座をするか」


「やってみろ。次の瞬間には首が飛ぶぞ」



 変なことを口走らないよう警戒の視線を向けているジルバなど今はどうでも良かった。正直、今まで演説(スピーチ)などやったことがないので勝手が分からない。それにコボルトがこんなぽっと出の男に「頑張ってね」と言われても心に響かないどころか士気の低下すら有り得る。最悪、暴動が起きかねない。だがまあご指名ならば仕方ない。催促したのもこちらなのでやらない訳にはいかない。

 そんな半ば投げやりな気持ちでコボルト達の前に向かった。彼等の真ん前に到着し、立ち並ぶコボルト達を見た。そして、気付いた。さっきまではずっと後ろ姿を見ていた。だから勝手に彼等は勇敢にもアンデットに立ち向かおうとする戦士なのだと、そう思っていた。



 しかし、それは全くの思い違いだった。



 コボルト達の顔は浮かばず、小刻みに震える者や青ざめる者ばかりで、中には、両手を目の前に組み、祈りを捧げる者さえいた。彼等が抱いているのは、同胞を殺された恨みでも、大敗を決した屈辱でも、故郷を燃やされた怒りでもない。彼等が抱いているのは恐怖だ。未知なる化物への恐怖なのだ。それがどれ程、惨めで愚かで恥晒しな感情なのかも知らずに。

 これはいけない。このままでは()()()()()()

 なるほどどうして、俺がこの場に立つのは正解だったようだ。


 メイビスはコボルト達を見渡す。素性の分からない怪しい男が自分達の前に立つという突然の展開にざわめきが生じる。その光景はまるで締まらない全校集会のようで、それ程に彼等が幼稚な存在にこの時は思えた。

 故に、かましてやった。



「皆さん、御機嫌よう。まずは私の話を」



 にっこりとしたセールスマンのような笑顔を浮かべるメイビスだが、コボルト達のざわめきはまだ残ったままだった。そんな中、メイビスが人差し指を空に向けて立てた。



 《爆裂(バースト)



 突如、メイビスの真上の空中が光る。するととんでもない爆発が起こった。爆風がコボルト達を襲う。しかし、上空での爆発だった為かそこまで酷いものでは無かった。



「聞け」



 爆音によりざわめきが止み、誰もがメイビスに注目する。さっきまでの笑顔はもう無く、今は鋭い目付きでコボルト達を睨め付けていた。それはメイビスの持つ様々な顔の内の一つ、支配者の顔だった。



「貴様等は恥ずかしくないのか?」



メイビスは問う。



「仲間を、友人を、親を、妻を、子を殺されても何も思わないのか?」



メイビスは問う。



「いざ武器を取っても殺されることばかり考え、震えて身動きも碌に取れない糞以下の臆病者共か?」



 メイビスがいくら問うても返事は無い。コボルト達は俯き、拳を握るばかりで誰も言い返そうとしない。辺りは静寂に包まれる。やがて、ポツリとメイビスは呟く。



「このままで良いのか?…………仇を取りたくないのか?」


「取りたいにきまっているだろ!!!」



 コボルトの軍団の中から一人が叫んだ。コボルト達の視線が一斉に移動する。しかし、叫んだコボルトはそんなことには目もくれず言葉を続ける。



「討ちたいに決まっているだろ!このままで良い訳ないだろ!」


「そうだ、このままで良いはずない。俺の妻を殺した奴らを皆殺しにするんだ!」


「ああそうだ、俺の息子を殺した奴らに裁きを下してやる!」


「俺は親友だったあいつを殺した奴らを許さない!」



 この一人のコボルトの叫びに感化され、声は波紋のように広がり、どんどん大きくなっていく。今までの憎しみが、恨みが、屈辱が蘇ってくる。



「ならば皆で復讐だ」



その言葉にコボルト達が静まる。しかし、未だに心に芽生えた度し難い負の感情は鎮まらない。



「今度はこちらが殺してしまえ、壊してしまえ、犯してしまえ。塵芥一つ残さず消し炭にしてしまえ。聞こえるだろう散っていった者達の怨嗟の声が。苦しい、恨めしい、許さない、と叫ぶ彼等の声が!さぁ、あの子の恨みを晴らせ、あの人の無念を晴らせ。殺せ!壊せ!応報しろ!!」



 一人一人、様々だったコボルト達の負の感情がこの言葉で一つに纏まる。復讐という言葉が心を支配する。

 復讐という目的がコボルト達を団結させる。もうそこには、恐怖に震えていた者は一人もいない。そこにいるのは復讐に心囚われた狂戦士(バーサーカー)だけだ。



「さあ戦士共、夜明けだ」



 空が白けだし、明るさが増していく。そして、コボルト達が空に吠える。コボルトの遠吠えが、戦いの合図が轟いた。



「私からは以上だ。ご清聴ありがとう」



 そう言い残し、メイビスはコボルト達の前から退く。腰の辺りまである白い髪を風に揺らしながら、ジルバの下へ向かう。コボルトの戦士達は皆、昂り、興奮しているが、流石に戦士長だけは落ち着いた様子で仁王立ちしていた。



「話の上手い男だ。戦士達の心をこうも容易く掴んだのだからな」


「違う、心を縛ったのだ。復讐という血錆びた鎖でな」


「………俺も父親を殺された。」



静かに、ジルバが語り出した。その顔には悲しみが表され、拳が固く握られた。



「俺の父は前の戦士長だった。しかし、アンデットの凶刃にかかり命を落とした。その後は、息子だった俺が当然かのように跡を継いだ」


「奴等が憎いか?」


「ああ、憎い。だが俺は復讐には囚われない。お前の言葉に俺の心は縛られはしない」



 メイビスは軽く微笑む。ジルバが歩き出し、二人がすれ違う。



「そうか、ならば後は任せた」



 その言葉を聞きとめて、ジルバは戦士達の前に出る。興奮状態にある戦士達を見据え、ジルバは大きく口を開き、叫んだ。



「目標、死の館の糞アンデット共!!死んでいった奴らの分だけ奴らに地獄を見せてやれ!!コボルト戦士部隊、出陣だあぁ!!!」



 ウオォォォォォォ、という怒声が森に響く。木の幹を振動させ、枝を揺らし、葉が落ちていく。大地を踏みしめ、コボルト達は戦場へ向かった。



 ◆



 演説(スピーチ)を終えたメイビスは、さっきまでもたれ掛かっていた木に向かう。木の側まで来ると、上から影が落ちてくる。軽やかに着地したそれは、ノアだった。



「計画は………順調?」


「ああ、順調だとも。さあ、私達も行こうか」


「新しい………お家♪」



 メイビスとノアは森に入り、そのまま森の中を進んで行く。二つの影はそのまま森の中に消えた。



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