第8曲 眷属達 全員集合!
長老宅を後にしたメイビスは、近場の木の裏へ急いだ。先程までの堂々とした立ち振る舞いはどこへやら、今はこそこそという擬音の似合う動きをしていた。そしてまわりに誰もいないことを確認してから小さく叫んだ。
「まじ怖かったーー!!」
先程まで感じていた恐怖を言葉にしてその場で叫んだ。
「なにあのジジイ眼光えげつない!レーザービームだったよ、あれ完全にレーザービームだよ!だってストレートでドキドキしたもん!心にシュワリと突き刺さりそうになったもん!」
メイビスは溜め込んでいた思いを一気に吐き出した。それはもう盛大に吐き出した。吐き出し過ぎて酸欠になった。息を整える。
一度思いの丈を吐き出すと、存外、すっきりするものだった。
しかし、今回も上手く誘導出来たものだ。我ながら自画自賛が止まらない。もう既に脳内でファンクラブが出来ている。それもそのはず、あんな某闇金業社長のような男(牛じゃなくて犬だけど)にこうして契約を結んだのだから。その手の業界なら伝説になるだろう。
無理矢理コボルトを屈服させても良かったが、それではいつか反旗を翻される。誇り高いコボルトなら確実に謀反を起こす。それ故の同盟。裏切らせない為の口約束。それこそがこの契約の本質だ。
実際に動くのはほとんどが俺と眷属達だ。そして、その後改めてコボルトを手中に収める。
なーに、方法なら両手で数えきれないくらいにはある。ノープロブレムだ。
頭の中でシミュレーションを終え、顔を上げ真っ正面を向く。すると、この木の一つ向こうに、木の間にハンモックを取り付け眠る童女が見えた。自然と足がその童女の下に赴く。
眼前に寝息を立て、安らかな表情をした白銀の髪の彼女がいる。白い糸を編んで作られたハンモックに身を委ね眠っている。思わず彼女の頬に手が伸びる。彼女の頬を優しく撫でる。柔らかく、ふにふにとした感触が五指に伝わる。
「可愛いなぁ、愛おしいなぁ」
この世界に来てからずっと気を張り詰めていた。警戒し続けていた。眷属に幻滅されないようにと傲岸不遜な口調を偽った。コボルトを引き込む為にと性格を偽った。一時だって気を抜かなかった。しかし、今この瞬間だけは緊張の糸が緩まる。心が穏やかになる。優しい気持ちになる。さながら子を愛でる親のように。
ずっとこうしていたいがそうもいかない。一度眷属達を集めなければならない。
「休憩はここまで、気を引き締めるか」
メイビスは人差し指を頭に当てる。そして、眷属達全員をイメージする。
《伝達》
『眷属達よ、我が下に集え』
指令を出した刹那、眼前に眷属達が横一列に跪き現れる。そして、代表してオルフェウスが口を開く。
「お呼びでしょうか、メイビス様」
「ああ、皆、立って良い」
地に膝をつけていた彼らはゆっくりと立ち上がる。その様子を確認したメイビスが、重たい口を開けようとしたが、メデューサがそれよりも先に口を開いた。
「って、なんでノア寝てんだよ!」
その場にいた全員が意表を突かれる。眷属全員が集合している中、ノア一人だけ未だハンモックに身を委ね、眠っていた。
しまった、起こすの忘れてた。
「起きやがれこの寝坊助!」
メデューサがノアの胸ぐらを徐に掴み、激しく体を揺さぶる。
何故だろう。デジャブを感じて仕方ない。
すると、ノアの目が鋭く光る。
「……うっさい」
案の定、ノアの眠りを阻害したメデューサはノアの見事な糸技によって木に縛り上げられた。糸が編み込まれ縄になっている。なんと今度は亀甲縛りだ。
いつの間にあんな緊縛術を覚えたのだろう。けしからん。
「な、なんだよこの縛り方!離せコンニャロー!!」
「あっ、これあたしがこの前教えたヤツっスね」
お前が元凶か。Sを流行らせるなSを。
しかし、もしあの時ノアが起きたら俺もああなってたのかな。そう考えると背筋が凍る。
そんな物思いに耽っている間も、縄は締め上げられメデューサの体に更に食い込んでいく。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!ヤダー!!これヤダー!!離ぜぇぇぇ!!」
今までとは泣き方が違う。まるで変態のオッサンに無理矢理抱きつかれてるような嫌悪と恥辱と危機感を孕んだ泣き方だ。幼い子にこの泣き方をされると大人は辛い。街中でされるとお巡りさんが駆けつけてくるから余計に辛い。昔、迷子の幼女に親切心で話し掛けたらあの泣き方をされた。その日の夜は静かに電気コードを首に掛けたが、明日仕事なのに気付いてやめた。
「ノア、そろそろやめてあげろ。その縛り方は惨い」
例の如く渋々緊縛を解除する。
よかったよかった。画的にも幼女が縛り上げられているというのは色々不都合があったから。
とりあえずこれで眷属全員集合完了だ。
「まず、皆ありがとう。次に、調査結果を教えてくれ」
まだるっこしい前置きは省いて簡略化しよう。今はとにかく情報が欲しい。
すると、右から順に眷属達が答え始めた。
「あはは、西を見たけど何も無かったよメガネ砕けろ」
「森の東側を調べましたが、これといったものはありませんでしたパンドラ死ね。」
「何も無かった……」
「いやー行けども行けども木ばかりだったから退屈しちゃったぜ」
前半二人が喧嘩してるけどそれはスルーしよう。やはりかなり広い森なのか、これといった報告は無かった。
「おいしいのあったよー」
「お水ありましたー」
「最適な縛り方見つけたっスー」
「うん。後半働いてねぇな」
ろくでもないものばかりだった。最後の奴は本当に何もしてない。余計なことしかしてない。誰とは言わんが。
そういえば、さっきのは七人、ノアは共に行動していたから免除して、あと一人残っている。すると、眷属達の視線がこちらに向けられていた。いや、正確にはつい先程緊縛を解除され、嗚咽を漏らしながら胸板に顔を埋めている少女に向けられていた。
「………ぐすっ………ひぐっ……………変な屋敷なら見つけたけど」
その言葉に思わず鳥肌が立つ。それだ、その情報が欲しかったのだ。
「その情報さえあれば十分だ。良くやった、メデューサ」
自分の体に張り付いたメデューサの頭を優しく撫でる。先程まで嗚咽を漏らし、目に涙を浮かべていた彼女だが、頭を撫でるとその表情がみるみる回復していく。十秒も撫でれば目の輝きも態度も完全復活した。
「えへへー!やったやった!メイビス様に褒められた!」
満面の笑みと共に飛び上がる彼女の姿は人間と変わらない子供のものだった。
しかしまあ、本当に大手柄だ。その建物は十中八九アンデットの本拠地で間違い無い。場所さえ分かれば後はやりたい放題好き放題。コボルトを嗾けてもいいし、眷属が潰すも自由だ。いっそのこと魔法で消し炭にしてもいい。
しかし、今回ばかりはそんなことはしない。そんな勿体無いことはしない。実は前々から、ジルバから話を聞いた時から決めていたのだ。
「我が眷属達よ。次なる命令だ。目標はメデューサが発見した屋敷の占拠。無傷の状態で占拠しろ、どうしても無理な場合はそうでなくても良いが極力傷つけるな。開始は日の出と共に行う。夜の闇が明ける瞬間に叩きのめす」
メイビス・クライハートにはそれ相応の拠点が必要だ。それに相応しい物件の情報が手に入った。ならば後は行動に移すのみだ。
「さあ、根こそぎかっさらうぞ」
死神とその眷属は不敵に口角を吊り上げた。
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