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転生死神と眷属による異世界奇想曲  作者: 田中 てんまる
死の館編
7/33

第7曲 戦いの後に

 

 メイビスは落ち着いて腕を下ろす。動屍(ゾンビ)は一匹残らず、灰となり空に散っていった。村を覆っていた炎も竜巻に呑み込まれ、消滅した。

 この結果に存外、メイビスは満足していた。彼等、かつて勇敢にもアンデットと戦って命を落としたコボルトの戦士達は、その存在を歪められ、魂も心も無い肉人形された。そんな彼等は、ようやくこの地に眠れたのだ。

 これが満足と言わず何と言うのだろう。



「勇敢なる戦士よ、安らかに眠れ」



 手は合わせない。胸の前で十字を切ることもしない。ただ、静かに鎮魂の言葉を告げた。



「終わったか」



 振り返ると見覚えのある顔があった。その落ち着いた動作と表情から察するに、隠れていたコボルトは無事なのだろう。



「ああ、終わった」


「……そうか」



 ジルバは複雑な表情をする。仲間だった者達を救えなかった悔しさを噛み締めると同時に、彼等が安らかに逝けたことへの喜びを感じている。そんな顔をしている。

 ここで、ジルバは大切なことを思い出したように顔を上げる。



「森に残っている戦士達は無事だろうか」



 少し焦ったように問い掛けてくるジルバに、メイビスは、一瞬何のことだったかと思案するも、すぐに答えに行き着いた。



「ああ、奴等なら無事だ。何せ“死の蜘蛛”と呼ばれた奴が護衛だからな」



 そう言い、メイビスは軽く微笑む。背中に六本の脚を背負ったアホ毛の童女を想いながら。



 ◆



 その様子はまさに戦慄だった。

 あの怪しい男が闇に呑み込まれてすぐに、動屍(ゾンビ)が四方八方から現れた。皆、すぐに臨戦態勢になったが、かつての同胞を倒すことに躊躇し、誰も踏み出すことはしなかった。しかし、それで正解だった。


 あの男からノアと呼ばれていた小さな女の子が、静かに背中の蜘蛛のような脚を動かした。すると、一体の動屍(ゾンビ)の首がずれ落ちた。腐敗した血液が噴出され、悪戯に周りを汚した。一同、何が起こったのか分からなかった。彼女が軽く脚を動かしただけで、一体の動屍(ゾンビ)が屠られた。その事実だけがコボルト達に残った。


 一同はその童女を凝視する。何があったのか、何をしたのかを見抜く為に。その刹那、童女の姿は霞にかかったように消えた。一同はさらに困惑し、どこに消えたのかと辺りを見回す。しかし、何処にも彼女の姿は無く、代わりに枝の折れる音や木の揺れる音のみが聞こえてきた。


 気付くと彼女は元の場所に立っていた。まるで、ずっとそこにいたように佇んでいた。しかし、一つだけ違う点があった。さっきまで袖に隠れていた手をだらりと下げていたのに、いつの間にか、軽く両手が胸のすぐ下の辺りに上げられていた。腕を外側に開き、ただその場にたっているように見えた。それでも手は袖に隠れたままだ。

 すると、彼女は静かに呟いた。



「死ね」



 その言葉と同時に彼女は両手をクロスする形で素早く振った。何かを引くように。その瞬間、動屍(ゾンビ)達は皆、血を吹き上げ、バラバラに切断された。

 頭が、胴が、腰が、右腕が、右足が、左腕が、左足が、バラバラに辺りに散らばった。雑草の生えた緑色の地面が紅に染め上げられる。辺り一面、血の海になる。

 その地獄のような阿鼻叫喚の光景を目の当たりにし、コボルト達にある強い感情が生まれる。本能が大音量で警報を鳴らしている。心臓の鼓動が耳障りな程はっきりと聞こえる。心が必死に訴え掛けてくる。

 この生物は危険だと。恐怖が、全身を支配する恐怖が教えてくる。



「……………眠い」



 彼女は小さく呟く。さっきと同じように、静かに、無表情で。その姿は、さっきまでと何ら変わらぬ、幼い童女のものであった。



 ◆



 その後、ノアとコボルト達が帰還した。ジルバは全員が無事に帰って来たことを歓喜していたが、何故か全員何かを怯えるように震えていた。ノアに対して敬語を使っていることと何か関係があるのだろうか。そして、村のコボルト達の生存に誰しもが喜んだ。


 それからしばらくの後、メイビスは奇跡的に損傷の少なかった長老宅に通された。


 ノアは既に限界だったらしく、木の間に作ったお手製ハンモックで眠りについた。そのまま一緒に添い寝をして髪の匂いを嗅いでハァハァしたかったが、そうにもいかず涙を飲んでその場を後にした。


 門を潜ると、中は質素なもので、藁の敷き詰められた寝床、武器を収納する棚、水を溜めた水瓶などがあった。メイビスが案内された先には大きな木製の長方形のテーブルに、四つ足の背もたれのある椅子が二つ、向かい合わせに配置されていた。

 二人が席に着き、メイビスと長老が向かい合う。



「この度は我らコボルトをお救い下さり有難う御座いました。」



 開口一番に長老はテーブルに両手をつき、頭を垂れた。突き出た鼻っ柱がテーブルに着いたまま、頭を垂れ続けた。



「構わん」



 メイビスは謙遜の言葉を述べる。しかし、そこにはなんの感情もこもっていない。ただ、機械的に建前を返しただけだ。



「貴方様がいなければ我々は生きてはいなかったでしょう。貴方様のおかげで我々コボルトは」


「世辞はいい、本題を言え」



 頭を伏したままの長老の動きが停止する。そのまま、停止したまま時間は流れていく。静寂が空間を支配する。しかし、静寂はすぐに崩壊する。



「おい、どうした長老。何とか言えよ。まさかとは思うが、こうして見ず知らずの怪しい男を、感謝の言葉を伝える為だけにコボルトのトップの家に連れてきた、なんて馬鹿なことを言う訳じゃあ無いだろう」



 長老は伏せていた頭を上げる。重々しく、思い詰めたように、ゆっくりとメイビスを見据える。



「その通りでございます」



その顔には様々な感情が込められていた。屈辱、羞恥、憤慨、それらの感情が長老の中で渦巻いていることが容易く読み取れた。



「単刀直入に申しましょう。我等コボルトを助けて頂きたい」


「敵は?」


「アンデッド共とその親玉、と言えば十分でしょう」


「ああ、十分だ」



 メイビスは軽く一息つく。この先、ここから先が難問だ。ここからは一挙手一投足が先の展開を左右する。

 逆に言えば、ここさえ乗り越えてしまえば後は単純な仕事が待っているだけだ。いや、仕事ではなく作業の方が適当だ。



「ああ、いいだろう長老。引き受けよう」


「本当ですかな!」



承諾の言葉に長老は年甲斐も無く、身を乗り出し、子供のように目を輝かせる。その姿がコボルトがどれほど追い詰められているかを如実に表していた。



「ああ、私がアンデッドもその親玉も滅ぼそう」


「有難う御座います。どれだけ言おうとも感謝の言葉が足りません」


「では長老、()()()()()()()()()()



 長老の顔が一気に険しいものへと変わる。恐らくこの展開を予想していたのだろうが、あまりにもどうしようも無いことの為、目を背け、思考の片隅に置いていたのだろう。すると、長老は重々しく口を開いた。



「何分、資源の少ない貧相な村なので一度に返せるかどうか分かりませんが、何年掛かっても必ずお納めします」


「違う」


「では、村の生娘をご所望ですか。残念ながらそれは」


「違う!」



メイビスは強く否定の言葉を告げた。その振舞いはメイビス・クライハートとして堂に入っており、長老はその姿に萎縮した。



「そんなものではお前達が十年、百年納め続けようと返せはしない」



 長老は目を見開き、驚愕の表情を見せる。それはつまり、メイビスは金で動かず、女で動かないということだ。ならば、この衰弱し切ったコボルトに何を望むというのか。



「そんな!?では一体何を捧げればよろしいのですか!」



 長老のその糾弾にメイビスは軽く微笑み、非常に、無情に、無慈悲に告げる。



「全てだ。お前達コボルトの全てを寄越せ。金も武器も服も家も食料も領地も命も、一つ残らず私に寄越せ」



 長老は歯を食いしばり、肉球に汗を滲ませ、手を強く握り思案する。彼にとってこれは難し過ぎる選択だ。

 拒めば、アンデッドに滅ぼされ、呑めば、コボルトの全てを奪われる。どちらにしろコボルトに待っているのは破滅だ。こんな時、プライドの高いコボルトなら必ずこう答える。



「お断りだ!そんな、そんなものは最早家畜だ。家畜として飼い殺されるくらいならさっぱり滅びた方がましだ!!」



 長老は余裕が無くなり、我を忘れている。それ程までに激情している。それ程までに苦しい選択をしたのだ。本来ならばこの時点で交渉はお終いだろう。そうか、ならば勝手に滅びろと捨て台詞を吐いてこの場から出ていっただろう。しかし、メイビスはこの回答を望んでいた。



「ああ、その通りだ。ならばこの要求は破棄だ。改めて言おう。私と協力しよう」



 長老は驚愕の表情を見せる。その表情には見覚えがあった。かつて、ジルバに交渉を持ち掛けた時も確かこんな顔をしていた。



「私はコボルトを助けない、協力なのだ。つまりは同盟。対等な立場ということだ。見返りも何も要らない。これ以上願ってもない条件だと思うが?」



 身を乗り出し、長老は目を見開き、口をぱくぱくと動かしていた。やがて、息をつき、落ち着いた表情で座り直す。覚悟を決めたようだ。



「ええ、それでいいいです。それが最善だ」


「ならば交渉成立だ」



 長老は溜息を吐き出す。耐えかねていたストレスから開放されたように、ゆっくりと吐き出す。その顔は先程からすればかなり柔んでいた。



「ジルバに忠告されておりました。あの男との交渉は心臓に悪い、と。全くその通りでしたな」


「クハハハハ、人聞きの悪い」



 張り詰めた会談の場は既に無く、そこは最早、談笑の場へと姿を変えていた。そんな中、長老は少し思い詰めたように切り出した。



「アンデッド共を率いる死の館の主人とやらは確実に化物です。アンデッドを従えるなど神話に出てくる死神(グリム・リーパー)でしか知りません」


「貴方ならば勝てますか?」


「勝てる」



 メイビスは全く表情を変えることなく、それが当然のことであるかのように言い切った。それは、虚栄では無く、本当にそうだからこそ来る自信だった。



「さて、そろそろ出るか。話し合いも終わったことだしな」



 メイビスは椅子を引き、立ち上がる。毅然とした態度で長老に背を向け、門を潜ろうとする。すると、後ろから、お待ち下さい、と呼び止められた。



「最後に聞いてもよろしいですかな。貴方は一体、何者ですか」



 メイビスは軽く口角を釣り上げ、笑みを見せる。そして、堂々とした態度で返答する。



死神(グリム・リーパー)



 それだけ告げると、死神は門の向こうに消えた。



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