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転生死神と眷属による異世界奇想曲  作者: 田中 てんまる
死の館編
6/33

第6曲 コボルト村の戦い

作者の予定により、投稿ペースが遅くなる可能性があります。ごめんなさい。

 


 ◆



 稲妻のような勢いでジルバは駆けていった。つい先程までメイビスの目の前にいたが、今では豆粒程の大きさになっている。



「もうすぐだとは思っていたが、こんなにすぐだとはな」



 このままジルバ一人を行かせては危険だ。恐らく大量のアンデッドがいるはず、自分が付いていかなければジルバは死んでしまう。しかし、ここにいるコボルト達を放っていくわけにもいかない。だから、信用出来る彼女に彼等を任せよう。



「ノア、私はジルバを追う。貴様はここにいるコボルトを護衛を頼む」


「………歯向かう者は?」


「鏖殺だ」



 一片の迷いも無くメイビスは言い切った。黒く染まった含み笑いと共に。



「分かった」



 ただ一言、ノアは返答する。しかし、そこには一切の妥協を許さない確固たる意志が宿っている。何があってもやり遂げる。そんな想いが肌にぴりぴりと伝わってくる。



 《空間の歪(ゲート)



 メイビスの目の前の空間に小さな歪みが生じる。そして小さな空間の歪みは周りの空間を歪めていき、扉程の大きさに成長する。

 この魔法は転移の上位魔法であり、特定の対象の半径十メートル以内に一瞬で移動することが可能となっている。

 コボルト達はざわつき口々に畏怖の言葉を述べている。そんな中、ノアだけは軽く右手を上げ、左右に交互に振りながら見送りをしている。玄関で仕事に行くお父さんをお見送りする娘のようだ。メイビスは目の前に出来た薄っぺらい円形の闇に体を呑み込ませていく。そして、闇はメイビスを完全に呑み込み、円の中心に収束していき、瞬く間に消えた。そこにはもう何も残っていなかった。



 ◆



 メイビスは静かに佇む。周りは炎の明かりで赤色に染まっている。側には雷撃を浴び、黒焦げになった動屍(ゾンビ)が卵が腐ったような酷い匂いを撒き散らしている。

 幸い、ジルバは無事だった。ゲートを出たらアンデッドだらけという展開を予想していたが、ここで黒焦げになっている一体だけだった。しかし、村に火を放たれているとは想定外だ。

 アンデッドの弱点は基本的には火と光だ。時に例外として火も光も効かないアンデッドもいたりするが、少なくともこいつはそうじゃない。そんな特別なものでは無い。いや、コボルトにとっては特別なのだろう。何故ならこの動屍(ゾンビ)はコボルトの死体を元に作られているからだ。



「最初の襲撃で死体を持ち帰った理由はこれか」



 しかし、雑魚であることに変わりない。この程度のアンデッドなら千体来ようと負ける気は微塵もしない。全員纏めて魔法の餌食だ。それよりも気になることがある。村に残っていたコボルトは何処に行ったんだ。火事の起こっている建物の中に留まっているとは思えないが、どこかに逃げて行ったとも思えない。



「考えても無駄だな」



 《探知(サーチ)



 メイビスの頭の中にゲームのマップのようなイメージが現れる。この探知(サーチ)は周りの様子を探知する魔法で、頭の中に直接辺り一帯の情報が流れ込むようになっている。

 メイビスの頭の中にコボルトの位置情報が流れてくる。脳内マップに青い点が無数に現れる。村の中にコボルトが一箇所に集中している場所があるようだ。メイビスは顔を上げ、その方角を確認する。そこには、周りの住居とは違い、他の住居よりも一回り大きく造られた建物が建っていた。



「ジルバ、あれはどういった建物なんだ」



 地面に膝をつけたままのジルバはメイビスの急な問いかけに驚き、ゆっくり立ち上がり、不思議そうに答える。



「村の食料貯蔵庫だがそれがどうした」


「村にいたコボルト全員が入れる広さか?」


「そこまで広くは無かったが…いや、確か地下にも貯蔵庫があったはずだ。そこならあるいは……」



 メイビスは確信を得る。コボルト達はそこにいるのだ。恐らく動屍(ゾンビ)の襲撃を受け、急いで地下に逃げ込んだのだ。もしかすると、最初の襲撃から対策を考えていたのかもしれない。どちらにしろ賢明な判断だ。



「ジルバ、君は地下のコボルトを救出するといい。私は彼等をもてなさなければならない」


「何を……ッ!?」



 ジルバは驚愕の表情を見せると同時に警戒を強固なものにする。いつの間にか動屍(ゾンビ)の集団に周りを囲まれていた。恐らく村の周りの森の中に身を潜めていたのだろう。動屍(ゾンビ)共は炎に照らされる村の中を鈍い動きで、だが確実な足取りで進んでいく。そんな中メイビスは軽く嘲笑する。



「さあ、早く行くといい」


「………彼等を元に戻すことは出来ないのか」


「無理だ」



 メイビスは断言した。一切の希望を見せず、無駄に期待を抱かせることも無くきっぱりと明言した。



「一度動屍(ゾンビ)になった者を救う術は無い。最早、滅ぼすしかない。動屍(ゾンビ)とはそういうものだ」


「そうか………分かった、ここは頼む」



 ジルバは食料貯蔵庫に向かって駆け出す。その姿はすぐに大きな建物の中に消えた。それを見届けると、メイビスは動屍(ゾンビ)共に視線を配る。



「さて、どうやって滅ぼそうか」



 そう言うメイビスの顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。



 ◆



 メイビスはただ傍観する。自らに迫り来る悍ましい化物に気にも留めず、それどころかその化物をどう殲滅しようかと考えを巡らせている。それは、ジルバとの

 契約を果たす為である。しかし、メイビスは楽しんでいた。楽しんでしまうのだ。どんな魔法を使おうかと遊び道具を得た少年のように興奮し、どんなことになるだろうと研究の結果を待つ科学者のように心踊らせる。


 ふと、メイビスは顔を上げる。ただ少し動屍(ゾンビ)の様子を確認しようとしただけで特別な意味は無かった。しかし、ここでメイビスは初めて彼等の表情を目の当たりにした。


 泣いていた。涙を流していたのだ。最早命を奪われ、感情も心も無い木偶の坊にされた彼等が、動屍(ゾンビ)されたことを嘆き、かつての同胞を襲撃したことに絶望し、涙を流している。

 メイビスは興奮で熱を帯びていた脳が急速に冷えていくのを感じる。罪悪感で胸が押し潰されそうになる。確かにメイビス・クライハートは残忍で血も涙もない悪者だ。しかし、それはメイビスであって「俺」では無かったはずだ。


 俺は心まで死神になってしまったのだろうか。



「………違う」



 俺はメイビス・クライハートだ。それと同時に俺は俺だ。表裏一体、メイビスが表で裏が俺。外見がメイビスでも心は俺だ。なんてことは無いただの一般人だ。

 それでいい。それがいい。



「柄にも無く自分を見失ってたな」



 メイビスは静かに微笑む。それは不気味な笑みではなく、穏やかな微笑み。紛れもない「俺」のものだった。



「さて、やるか」



 それにしても彼等を出来るだけ苦しまないよう滅ぼすにはやはり火が有効だ。火の魔法を使った方がいい。それはいいとしても、まだ問題は残っている。村に燃え盛るこの火を鎮火しなければならない。このままでは火は、周りの森に燃え移る。その為、早く動屍(ゾンビ)を滅ぼさなければならない。



「いや、待てよ」



 あれなら一度に動屍(ゾンビ)も火も何とか出来るかもしれない。



「………試す価値はあるな」



 メイビスは右手を軽く上げ、魔法のイメージを固める。風を一点に集束させ、成長させていく。やがてそれは、あらゆるものを呑み込む旋風となる。



 《竜の巣(サイクロン)



 メイビスの目の前にこの世のものとは思えぬ程、圧縮された竜巻が現れる。大きさにしてはとてつもなくなく小さなものだ。しかし、見上げるとそれはどこまでも続いている。細く、長い竜巻が留まり、土も草も何もかもを吸い寄せる。


 やがて竜巻は村を包み込んでいた炎さえも呑み込み、白かった竜巻は炎を纏い、紅く輝く。風は更に周りにいた動屍(ゾンビ)すらも吸い寄せる。一体の動屍(ゾンビ)が竜巻に呑み込まれ、炎にその身を焼かれる。風に吹かれ勢いを増した炎には身を焼き尽くすくらいの火力など十分にあった。一体が吸い込まれると次々と動屍(ゾンビ)は燃え盛る竜巻の中に吸い込まれ消えていく。


 しばらく竜巻は炎を纏い、留まり続けた。やがて、竜巻はその勢いを無くし、炎と共に消えていく。村を包み込んでいた炎も消え、村を襲撃していた動屍(ゾンビ)もその場から消え去った。


 そして、そこにはメイビス以外、誰もいなくなった。



 ◆



 ジルバは建物に飛び込み、地下への入り口を探す。中には畑で収穫した小麦が袋の中に蓄えられている。木の板で造られた床を注意深く見渡すと、一箇所だけ、他の木とは違う材木の箇所を見つけた。



「あれだ!」



 ジルバはその部分を探り、鉄製の鈍い鋼色の取っ手を見つけ、上方向に扉を開いた。そこには石製の階段が造られており、降りれるようになっていた。ジルバは急な階段を四足歩行で駆け下り、自らの同胞のもとへ急いだ。すぐに階段は終わり、その先には石製の扉があった。ジルバは体を使い、タックルをするように肩で重たい扉を押していく。石と石の擦れる音が地下の貯蔵庫に響く。そして、ようやく扉は開いた。その中には、村に残っていた老人女子供がひっそりと身を潜めていた。



「皆、助けに来た」



 さっきまで不安そうな顔で身を隠していたコボルト達は、そんなことなど忘れたように、各々、安堵と歓喜の表情を見せた。ジルバはその光景に思わず気が緩む。すると、コボルト達の中から一人の老人が、杖をつきながら前に出た。



「ジルバや、来てくれたか。すまんのう」


「何を言うか長老。俺が来て当然だろう」



 長老と呼ばれるそのコボルトは弱々しく、蚊の鳴くような声でそう言った。無理もない。襲撃を受け、ひたすら地下で襲われる恐怖に耐えていたのだ。いや、それよりもかつての同胞が動屍(ゾンビ)にされ、村を襲って来たという事実の方が辛かっただろう。

 ジルバはここにいるコボルト達全員に目を通す。きょろきょろと、落ち着きなく首を振り、辺りを見回す。



「安心せい。お前の妹は女衆が保護しておる」



 その様子を見兼ねた長老が、ジルバの目当ての彼女の無事を報告した。ジルバはここでようやく自らも安堵する。ついさっきまで表に出さぬよう、気を張っていたが、不安で仕方がなかった。



「良かった」



 妹まで失わずに済んで良かった。その言葉の本来の意味としてはこれが正しいだろう。



「皆、ここから出よう。付いてきてくれ」



 ジルバは彼女等に外に出るように促した。コボルト達はその言葉に頷き、ジルバは地下室を後にする。その後ろに老人女子供がぴったりとくっついて、ジルバとコボルト達は地上に向けて足を進めた。


 ジルバは扉を開き、地上に戻った。扉を勢い良く開き、飛び出した。ジルバは建物の外を目指す。あの不思議な男がどうなっているかを確認する為に。外に溢れ返っていた動屍(ゾンビ)がどうなっているか見る為に。


 ジルバは建物を飛び出し、外を見た。そして、目の前に広がる光景にジルバは言葉を失った。竜巻が村の火を吸い込み、炎を纏っていた。そして、その炎の竜巻に動屍(ゾンビ)が呑み込まれては焼け尽きていった。あとからやってきた連中も何が起こっているのか分からず、固まっていた。


 そんな中、長老は一人ジルバのすぐ側までゆっくりと重たい足取りで進んでいった。



「ジルバ、あれはなんだ?」



 ジルバは沈黙する。ジルバ自身、彼が何者かよく分かっていない。つい数時間前に会っただけの魔法を使う怪しい男。ジルバに分かっているのはそれだけだ。

 しかし、ジルバにも彼について分かっていることが一つだけあった。それは彼を構成する内の一つだが、彼にとっての全てとも思える一面だった。



「救世主だ。幼女好きのな」



 ジルバは軽く笑う。そこにはもう、悲しみも警戒も絶望も無い。ただその一時だけ、ジルバは小さく笑っていた。



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