第28曲 昇級試験
「じゃ、お仕事の説明でもしましょうか」
窮鼠のその言葉からメイビス達は板張りの廊下を歩いていた。足を床につける度に軋む音が廊下に響く。鶯張りというやつだろう。この音で外敵の侵入を報せるという原初的ながら効果の高い防犯性能を持っている。
ふと、ローブの裾を引かれ、振り向くと後ろを歩いていたパンドラが此方を覗き込んだ。
「ねぇねぇメイビス様。さっきの犯罪件数とかどこで調べてきたの?」
窮鼠にも聞こえない音量で耳打ちするパンドラに、メイビスは同じくパンドラにしか聞こえない程度の音量で応えた。
「前にリーベが捕まった時があったろう?その時に詰所の保管室に入り込んで情報を盗んできた」
「わぁー、抜け目なぁい」
そう、これを窮鼠に知られれば、リーベの存在が知られ、芋づる式に付いてきていた眷属のことが知られてしまう。
故に、窮鼠に気取られないよう、一般人でも分かる犯罪件数までで話を終わらせたかったが、殺人の中でも強姦殺人の割合が高いといった詳しい情報を話してしまったので、詰所の情報を盗み取ったことはバレてしまっているだろう。こうなればリーベのことが知られないよう祈るのみだ。
歩き始めて少しすると、窮鼠が振り返ることなく口を開いた。
「歩きながらですが、軽くお仕事の説明をしますね。我々【溝鼠】の活動の多くは法に触れるものです。武器の密輸、違法魔道具の開発、魔獣の飼育、及び研究などなどで、その中でも大半を占めるものが───暗殺」
「ふむ」
「対象は依頼人により様々ですが、主だったものは王国貴族。対象に辿り着くまで護衛の抹殺や制限時間などクリアすべき条件もたくさん有ってとても辛いお仕事ですが、皆さん頑張っている為、我々の存在はバレてはいません」
「一応聞いておくが、しくじればどうなる?」
窮鼠は振り返り、後ろに手を組み上半身を傾け顔を近付けるという可愛らしい仕草をしながら此方を見据え、笑顔で口を開いた。
「クビです♪」
メイビスはその言葉を聞くと、薄気味悪い笑みを浮かべた。まるで、死という言葉を嘲笑うかのような笑みを。
実際は、『そりゃ仕事しくじればクビだよね。前の仕事に比べればホワイトだから無問題』、と的外れなことを考えているだけだが。
「それは恐ろしい。肝に銘じておこう」
言葉とは裏腹に笑みを浮かべているメイビスに、窮鼠はその笑みを深める。そうこなくては雇った意味が無い、とでも言わんばかりに。
ちらりとパンドラの方も見た窮鼠だが、話を聞いても物怖じせずに相変わらず笑顔を浮かべているパンドラを見て、安堵したように前を向いた。
そして、廊下の突き当たりにある扉の前で彼らは足を止めた。その扉はここに入って来た時のような鉄製の扉だが、それよりも分厚く、大きいものに見える。
「おっと、お話ししてる間に着いたようですね」
窮鼠の傍にいたタナカが、その重たい扉の取っ手に手をかけ、軽く引いていく。すると、扉が開かれ、中の様子が露となった。
目に入ったのは、只々だだっ広い灰色の空間。遥か彼方に見える壁に、東京ドームと同じくらいの高さの天井、部屋を構築している灰色のタイル。
そして、ナイフやクナイ、仕込み杖などの暗器を持ち闘い合う、否、殺し合う人間達。
「これは……」
「訓練……ではありません。彼らは、正真正銘の殺し合いをしています」
「ここは一体どういった部屋だ」
「ここは『研修生訓練室』という名称ですが、その本質は全くの別物。ここは『選別の間』。我々がスカウトしてきた世界各地の暗殺者や武闘家、拳法家などなど。それらを三十分間殺し合わせ生き残った方々を正式に雇う。それを行う為の部屋です。いわば、昇級試験の会場ですね」
「ほう、これを私達にやれと?」
「はい」
平然とそう答える窮鼠にメイビスは溜息をつく。これはまた面倒な試験だ。
「参加は一人ずつでお願いしますね」
その言葉でパンドラとの共闘という選択肢も出来なくなった。しかし、メイビスはこれを面倒としか思っていなかった。ざっと見ただけでも五百は優に超える武装した人間を前にしてもメイビスの余裕の表情は変わらない。
それを確認した窮鼠は、メイビスに気付かれないように嫌らしい笑みを浮かべる。その目には嗜虐心が宿り、不敵に輝く。
「では、昇級試験に参加するにあたって条件を定めますね」
「条件?」
「はい、情報通りだとすれば貴方の力は強大すぎるので、制限を設けさせて頂きます。よろしいですか?」
「ああ、構わん。そうでもしなければ辺り一面焦土と化すからな」
「では、制限する内容として
・全魔法の禁止
・刃を落としていない武器の使用禁止
・制限時間を十分に変更
これらを守って頂きますね」
「ふむ、良いだろう」
「ありがとうございます。では、あちらの控え室で準備をお願いします」
窮鼠の指差す方向には扉があり、そこが控え室だと分かった。それが分かるとメイビスは早速控え室に向かう。
「武器などは控え室に大量に置いてありますのでその中から自由に選んで下さい」
「ああ、分かった」
窮鼠の言葉に振り返らずに応答し、そのまま控え室の中に入った。
あるのは休憩用のベンチに籠に入れられた刃の落ちた武器の数々に衣服を吊るす為のロッカーに姿見だけ。
メイビスはローブを脱ぎ、ロッカーに入れた。今回は近距離戦が主戦なので、魔法耐久の高いローブは置いていく。もちろん、《施錠》の魔法も忘れない。盗られればたまったものでは無いからな。
ふと、メイビスは姿見に映る自身の姿を見る。筋肉のついた身体にぴったりと密着している装飾が施された黒のタンクトップのようなインナーに、ベルトで拘束されたようなパンクな黒のボトムス。
動きやすさに問題は無い。ルックスにも問題は無い。依然死んだ目のままだ。
そして漸く、メイビスは籠の中にある武器を物色する。
籠の中にあるのは、刀、槍、斧、ナイフ、クナイ、仕込み杖、鞭、鉤爪、鎖鎌、大鎖鎌、手裏剣、脇差、太刀、小太刀、ヌンチャク、トンファー、大剣、曲剣、双剣、ロングソード、ショートソード、レイピア、棍棒、ハルバード、フランベルジェ、三叉槍、ギロチン、黒ひげ危機一髪……。
「なるほど、黒ひげで遊んでいた奴がいることは分かった」
これらは一体誰が使うのだろうか?
少なくとも黒ひげ危機一髪で人は殺せないと思う。人間を黒ひげにして黒ひげ危機一髪をすれば殺れるとは思うが。
とは言ったものの気になってしまう。好奇心を抑えきれず、試しに黒ひげ危機一髪の玩具に備え付けの剣を突き刺してみた。
バキュンッ!!
黒ひげが射出された。弾丸並のスピードで。
「何故だ」
壁に眼帯と髭を携えた人形が突き刺さっている。どうやら人形は鋼鉄で出来ているようだ。見れば、樽の穴の部分から新たな黒ひげ人形せり上がってきて装填されていた。
どうやらこれは黒ひげ危機一髪型ピストルのようだ。
開発班、何を血迷った。
面白いのでとりあえずポケットに閉まっておこう。
「さて、どれにするか」
窮鼠の言った通り武器は種類も量も大量にあった。サイズごとに違う籠に入れられていたり、刃が落ちているものと落ちていないもので分かれていたりしている。今回使うのは刃が落ちているものだ。
メイビスは軽く頭を使うと、籠の中にある一つの武器を手に取った。
「ふむ、これにするか」
手に取ったそれを軽く振り、身体に馴染ませる。
職業変更のスキル《転職》
全武器の使用を可能にするスキル《戦士の御手》
全武器の熟練度を極限まで高めるスキル《戦神の御業》
この三つのスキルにより武器は完全に身体に馴染む。少し反則な気もするが、魔法は使っていないので規則の範囲内だろう。
「さて、準備は整った。パンドラが見ているのだ。主人として無様な真似は晒せないな」
今から行われるのは五百人以上の殺し合い。誰が誰を襲うとも分からぬ惨劇だ。故に、バラける。そして、混戦となる。となれば、この殺し合いで重要なのは目立たないことだ。出る杭は打たれる、今回の戦いではそれが顕著に現れるものだろう。ならば、目立たず、騒がず、バレないように一人ずつ刈り取っていくに限る。
作戦は『いのちだいじに』だ。
作戦内容も決まり、メイビスは完璧に準備を終え、遂に控え室から飛び出した。
そんなメイビスが最初に目にした光景は──────
───確実に此方をロックオンしている参加者の皆様方だった。
「何故だ」
作戦が『ガンガンいこうぜ』に強制変更された。
《施錠》
鍵を掛ける魔法。効力は術者の能力によって変化する。無論、メイビスがかければ最早誰にも開くことの出来ないものとなる。
《転職》
職業を変えるスキル。あくまで職業なので種族は変えられない。
《戦士の御手》
全ての武器を使用可能にするスキル。どれだけ重い武器だろうと、呪われていようと、これさえあれば楽々使える。
《戦神の御業》
全ての武器の熟練度を極限まで高めるスキル。どんな武器だろうと達人並どころか戦神並に扱える。
《強制ガンガンいこうぜ》
『いのちだいじに』でいこうと思った矢先にこれ。
『 メ イ ビ ス は に げ ら れ な い ! 』




