第19曲 『夢ですよ』
祭りとテストが被ることの悲しさよ。
そして、遅れてごめんなさい
「こんばんは」
声が聞こえる。
何も無い真っ白な空間に呑気な声が響いている。
「いや、こんにちはかな?それともおはようございます?まぁ、どうでもいいか。初めまして、メイビス・クライハート」
そして、彼女は現れた。いや、もしかしたら最初からいたのかもしれない。
病的なまでに白い肌、艶やかなロングの黒髪、純黒のセーラー服、真っ白なスカーフ、黒のニーソックス、自分と同じようなハイライトの無い真っ黒な瞳。
そんな黒で染め上げられた彼女は微笑を浮かべ、こちらを眺めながら佇んでいる。
「私は──」
そして、掴み所のない不思議な雰囲気を纏う彼女は、己の存在を告げた。
「ラスボスです」
ひたすらに微笑を浮かべながら。
◆
「何?」
メイビスは困惑していた。見覚えの無い真っ白な空間に自分ともう一人、黒で全身を統一した女がいるからだ。
ここは何処だ、何故自分がこんな所にいる、この女は誰だ、何故メイビスの名を知っている、他に誰もいなのか。
そんな疑問で頭の中が埋め尽くされる。そして、何より不可解なのが先程の言葉、自らをラスボスと名乗る彼女は一体何者なのだ?
「そんなに深く考えなくていいですよ」
そんなメイビスの思考を見透かしたように目の前の女は告げる。これにメイビスは顔を顰め、彼女を睨む。
「貴様は何者だ」
「ですからラスボスですよ」
「巫山戯るな、この世界にラスボスがいるとすればそれはこの私、メイビス・クライハート以外にありえない」
そう、ありえないのだ。この世界、AROの世界においてラスボスはただ一人、自分以外にあるはずが無い。ならばこそ分からない。彼女が一体何者なのか。
「ええ、その通りです。この世界が本当にAROの世界なら、ね」
「ッ!!?」
メイビスは絶句した。それはつまり、ここはAROの世界ではないというのか?いや、確かに心当たりは幾つもあったし、予想もしていた。
AROにカーデットというモンスターはいないし、フリギア王国、ベスキド帝国、シャルラーラ公国という国も存在しない。
これらの事柄から導ける答えは一つ。
AROの世界に転生したのではなく、AROのキャラが別の世界に転移した。
AROというゲームの世界に自分が転生したのではなく、AROのゲームキャラ達が別の世界に転移し、自分はそこでメイビス・クライハートに転生した。
つまりはこういうことなのだ。
確かに予想はしていたが、突拍子が無さ過ぎて早々に可能性から除外してしまっていた。まさか、それが真実だとは思いもしなかった。
しかし、問題はここでは無い。自分でも薄々勘づいていたし、時間が経てば自然とこの答えに行き着いただろう。
問題は何故こいつがAROを知っているか。
何故だ?どうしてそれを知っている?この女が自分と同じような転生者だとしても、AROを知っている筈が無い。
何故ならAROはまだ開発途中だからだ。
確かに、自分が死んだ時点ではもう殆ど完成していたが、それでも知っているのはおかしい。
それに、こんなキャラはAROには存在しない。もし、転生出来るのはAROのキャラだけなのならこいつが転生者である可能性はゼロに等しい。
ならばこの女は何者だ?
「何故、AROを知っている……」
「貴方が知っているからですよ」
「どういうことだ」
「分かりませんか?まさかこれが現実だとでも思ってるんですか?だとすれば、貴方はどうしようもない虚け者ですねぇ」
彼女はやれやれと両手を上げ、お手上げだと言わんばかりに首を振った。すると、彼女はメイビスに接近し、互いの顔を近付け合う。その貼り付けられたような微笑が、何処か艶めかしく妖艶に思えた。
「夢ですよ」
「……何?」
「ですから、これは全て貴方が見ている夢なんです。常識的に考えて下さいよ。いつの間にか見覚えの無い真っ白な空間に見知らぬ女と佇んでいる。そんなの夢に決まってるじゃないですか」
目の前の彼女はそう言い切った。まるで、それが当たり前のことであるかのように、淡白に、淡々とメイビスに告げた。
「貴方の夢だからその登場人物である私が貴方のことを知っているのは当然ですよ。故に、私は貴方が知っていることなら何でも知っていますよ。そうですね、例を上げるならカーデットとの戦い。いやー、あれはお見事でした、まさか闇を用いてカーデットを呑み込んでしまうとは、天晴れとしか言い様がありません。自分のことのように興奮しましたよ。いや、貴方の夢なのだから自分のことなのでしょうか?まぁ、どうでもいいか」
彼女は一息で言い切り、再度メイビスを見やる。その顔は相変わらず微笑を浮かべているが、口の端が更につり上がっているように見えた。
「おやおや、どうしましたメイビス。そんなにこの光景が夢なのがショックですか?私は貴方の恋愛対象には含まれない筈ですが……」
「確かにこれが夢だというのは衝撃を覚えるが………あれ、今ロリコンって言った?ロリコンって言ったよね?」
「さて、何のことやら」
さっきまでとは打って変わって目を背ける彼女にメイビスは問いかける。
「そんなことより、今は私のことの方が大切だと思いますが?」
「ああ、それもそうだ。これが夢だとしたら貴様は私の一体何なのだ?」
「そうですね。貴方の中に眠る人格の一つとかでしょうか?それとも貴方が作り出した虚像でしょうか?
まぁ、どうでもいいか」
「良くない」
「と言われましても、私自身私をどう説明すればいいかよく分からないんですよね。やはり貴方の死神の部分を司っているのでしょうか……」
「今完璧に言ったな。死神と書いてロリコンと言ったな」
「うるさいですよ、ロリコン」
「ロリコンと書いてロリコンと言われた!?」
何故か一度で二度の攻撃を食らった気がする。彼女が自分の中の一人だと言うならそれを知っていることは納得出来るが、面と向かってロリコンと言われるのは精神的にキツいものがある。
「まあ、今回はこのくらいにしておきましょうか」
「待て、まだ話は終わっていないぞ!」
「まあまあ、どうせ夢なのでまた逢えますよ」
そう言いながら彼女はにっこりと微笑んだ。それと同時にメイビスの視界に黒い靄がかかり、目の前が見えなくなって行く。
「ああ、そうだ、名前を考えてませんでしたね。そうですねぇ………よし、私の名はレーヴと今付けました。これからはレーヴと呼んでください。それではまた、夢の中で逢いましょう」
そして、メイビスの視界が黒で染まった。
◆
メイビスの視界には黒が広がっている。上体を起こし、周りを確認すると、黒が基調の壁、如何にも豪華な家具、黒と紫で彩られた天蓋ベッド、隣で眠るノア、どうやら自身の寝室で眠っていたようだ。
「夢…か……」
先程の光景、レーヴと名乗る女は結局何だったのか、本当に自分の中にあるもう一人の自分なのか、疑問は尽きないが夢であったのは確かだろう。ならば何も気にすることは無い、所詮は夢なのだから。
そう、気にすることは無い……無い筈なのだが……。
『ラスボスです』
あの言葉が、耳にこびり付いて取れない。何故かは分からないが、それが本当のことに思えて仕方ない。そんなことはありえない、ラスボスは自分だ。ラスボスはメイビス・クライハートなのだ。それに、あの言い方ではまるで……
この世界ではメイビス・クライハートが主人公だと言っているようではないか。
「ありえないな」
メイビスはそう言い、自分で嘲笑する。AROではラスボスで、この世界では主人公など、冗談が過ぎる。
「…………んぅ……………メイビス様?」
隣で眠っていたノアが顔を此方に向ける。未だ眠そうでいつも半分開きの目が、より閉じている。
「………おはよう、ノア」
「……うん…………大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
どうやら、心配されるような顔をしていたようだ。情けないものだ、たかが夢に深く考え過ぎるものではないな。
「……………なら……いい」
そう言いながら、ノアは上体を起こし、メイビスに身体を預ける。こてん、と寄りかかって来る様子は天使そのものでとても愛らしい。
「ありがとう、ノア」
自然と口からその言葉が出てくる。それは、メイビスの心の支えの中でも大きいノアには当然だった。
「ところでノア、私は一人で寝ていた筈なのだが」
「………………逃走」
瞬時にベッドから飛び出し、壁に糸を貼り、空中浮遊するように逃げるノア。
「待て、立体機動で逃げるな!何処の調査兵団だ!」
そして、それを追い掛けるメイビス。
今日も冥府の館は平和である。
◆
真っ白な空間にその女は佇んでいる。
「そうですよメイビス。貴方が主人公で私がラスボス。それがこの世界での貴方と私の役割」
そう言いながら、女は笑う。まるで、全てを嘲笑う悪役のように。
「貴方と私はいつの日か相見えて殺し合う。それは避けようのない事実であり未来。果たして、生き残るのはどちらか」
そして、真っ白だった空間は黒に呑まれていく。やがて、空間全てが黒で染まった。
「まぁ、どうでもいいか」
そして、女は暗闇に消えた。
文化祭が近付いて来た為ペースが保てないかも知れません。ごめんなさい。
(あれ?ずっと謝ってる気がするのは気のせいか?)