第18曲 奇想曲は奏でられる
何も言い訳はしない。
ごめんなさい。
その後、メイビスは全員を席に着かせ、何とか話し合いの場を完成させた。それに至るまでに、ジャダと眷属達への説教を試みたが、相も変わらず聞く気が無いようなのでかるーく脅したら全員大人しくなった。
おかしいな、ただとびっきりの笑顔で『死にたいの?』って聞いただけなんだが。
何はともあれ、会議は何とか続行可能となった。
「これから行われる会議だが、このジャダを中心として行う」
「なんでっスか?」
「ジャダがこの世界の地形、国、事情を把握しているからだ」
「ソノ通りなのデス♪」
そう言いながらジャダは懐からある物を取り出し、テーブルに広げた。それは紙に山や川の絵が施され、国を記号で表した地図だった。
「おぉー良いもん持ってるっスねー」
「何故貴様のような男女がそのようなものを持っているのだ?」
「ンフフ、ひ・み・つ♡」
その尖った牙を横に並べ不敵に笑うジャダは、そう言うだけで後は何も語らない。恐らく、過去の使い手が死んだ時にくすめたのだろうが、何故言わないのだろうか。やはり、過去の使い手に何か思うところがあるのだろうか。
余談だが、後に理由を聞いてみたところ、『だって年齢バレちゃうモノ♪』と供述していた。
地図を広げたジャダは、懐から羽根ペンを取り出し三つの国に丸印を付けた。
「コレから私達が行くとしたらこの三つの内のどれかネ」
そこには、三竦みのように位置する国があった。ジャダは三つの国を眷属達に確認させる。
「この三カ国はどれも人の治める国なんだけど、それぞれお国柄が違うのヨ。マア、それを今から私が説明するんだけどネ」
すると、ジャダは地図にある三つの国にそれぞれ名前を記していく。
「まずこれが【フリギア王国】。今から三百年くらい前に建国された国で、種族差別がないから魔族以外なら入れるワ。それからこの国には組合の本拠地があって、冒険者登録とかが出来るわネ。」
「次にこれが【ベスキド帝国】。これは比較的に新しく建国して百年も経ってないわネ。この国には二つの騎士団があって、『聖騎士団』と『魔剣士団』で別れているワ。ちなみに一般人の入国は不可能ネ」
「そして最後に【シャルラーラ公国】。ここは一番古株で建国から千年の歴史があるけど、それももうすぐ終わるワ。この国を治めているのは能無し貴族で、各国に戦争ふっかけてて、奴隷制度を採用しているせいで国民の殆どが奴隷。その内革命が起きて潰れるか戦争に負けて滅ぶワネ」
ジャダは一息つくと、メイビスの方を向いた。
「さてと、メイちゃん様はどれがイイ?」
問いかけて来たジャダに、メイビスは思案する素振りすらなく答えた。
「【フリギア王国】だ」
「やっぱりそうよネー♪」
ジャダもこの回答を予想していたらしく、当たったことが嬉しいのか常に浮かべている笑みを濃くさせる。
「今、我々に必要なのは情報だ。ジャダ一人ではそれにも限界がある。故に、組合という情報の集まる場所のあるフリギア王国に行くが、ジャダ、その前に聞いておこう」
「アラ、何かしら?」
「この国には何があるんだ?」
「ンフフ、やっぱり気付いちゃった?」
「当然だ。フリギア王国の説明だけ私達に都合が良過ぎた。これでは是非行ってくれと言っているのと同じだ」
二人のやり取りに眷属達は首を傾げる。その様子を見たメイビスはジャダに説明するように促す。
「実はね、フリギア王国には『ルミナス学園』っていう学園があるんだけど、そこに『勇者』がいるらしいのヨ♪」
「勇者だって!?何それ何それ面白そう!!なら魔王もいるよね!?ね!ね!」
ジャダの言葉にパンドラが尋常ではない勢いで食い付いた。身を乗り出し、目を輝かせるパンドラにジャダは微笑みを返した。
「もちろん☆魔王どころか大魔王ヨ♪」
「うわー!!大魔王だなんて、何だよそれ何処の英雄譚だよ!本当僕得だよ!物語が始まる予感!」
「落ち着け、パンドラ」
席から立ち上がり、はしゃぐパンドラに落ち着くようにメイビスは促す。すると、まだ冷めやらぬ興奮を何とか押さえ込み、パンドラは席に着いた。
「なるほど、勇者に大魔王か。この二つの勢力も調べなければな。もし相対しても極力戦闘は避けろ、無理なら頃合を見て逃げろ。これは勇者や大魔王だけでなく、その他まだ未確認の勢力にも言える。分かったな?」
『はっ!』
メイビスの命令に眷属達が声を合わせて返事をする。しかし、メイビスの命令はこれだけでは終わらない。
「それから、今後の方針についてだが、極力私達の存在を隠匿する方向で行く。理由として、これに至っては単純、人員不足だ。今いる戦力は眷属にコボルトだけ、これでは勇者や大魔王といずれ戦うことになったとしても余りにも少数だ。故に、十分な戦力が揃うまでひた隠す。これを私達の方針とする」
『はっ!』
普段は自由な眷属達もこういう時は従順に従うので、そこはメイビスも助かっていた。
そして、メイビスは一度息をつき、自身の身体を落ち着かせる。これから話すことはメイビスにとっても苦渋の決断だった。それでもやると決めた、聞かなければならない。
「そして、皆に最後に問おう。この先何があろうとも、どんなことがあろうとも、私に、付いて来てくれるか?私の、眷属でいてくれるか?」
彼等がもし、無理にメイビスに従っているのなら解放したかった。例えそれが彼等と離れることになろうとも、それが彼等の望みであるならば、聞いてあげたかった。だからこそこれは苦渋の決断だった。
メイビスの言葉に、眷属達が固まり、暫くすると皆がその顔に笑みを浮かべた。
「勿論です!」
「当然だぜメイビス様☆」
「おいおい、当たり前過ぎるぜ」
「私も付いていきますー」
「今更っスね」
「ファナもついてくー」
「ああ」
「付いてくに決まってんだろ!」
「……………眷属なら……当たり前」
「ッ!」
眷属達の返答に、メイビスは胸が締め付けられるような錯覚に陥る。彼等は認めていたのだ。このメイビス・クライハートを主人として、家族として。それがどれだけメイビスの心を救ったか分からない。どれだけ幸福だったか分からない。少なくとも、途轍もなく大きいものだろう。だからこそ、メイビスは心に決めた。
“何があろうとも、眷属を守る。”
彼等に救われたから、彼等を護ろう。彼等に敵対するものすらいない世界にしよう。
「そうか、ならば与えよう。眷属の証を」
すると、突如眷属達に紋章が浮かび上がった。それは紅く、円の中に九つの角があり、線がそれぞれの角を繋いでいた。所々にギリシア文字が刻まれている。
オルフェウスには手の甲に
パンドラには掌に
テレサには舌に
カオスには胸に
リーベには太腿に
ファナには腹に
ホルンには腕に
メデューサには目に
ノアにはうなじに
それぞれ紋章が浮かび上がっている。
「これより死神の眷属改め、《九つの人格》と名付ける。そして、我々に敵対するものの全てを蹴散らし、排除し、滅ぼし、この世界に君臨しよう」
『はっ!』
彼等を守る為に、全てを手に入れる。
彼等を守る為に、全てを破壊する。
彼等を守る為に、この身すら差し出そう。
彼等と共に、この世界で生きよう。
「さぁ、世界を始めよう」
ここから奏でよう。
何者にも縛られない気まぐれ者達の曲を。
奇想曲を。
「私置いてけぼりネ………」
完全空気のジャダさん。