第17曲 魔鎌なオカマ
セリフの多い回です。
現在、メイビスは死の館、改め『冥府の館』に帰還していた。
流石に死の館のままでは物足りないので、あれでもないこれでもないと知恵を振り絞って考えた結果、この名で決定した。
一応眷属達に、これでどうだろう?と聞いてみたが、全員が口を揃えて、イイネ!を連発した。あいつら絶対口裏合わせてたな。オルフェウスだけは天然だろうけど。
メイビスが廊下を歩いていると、目の前からある物が近付いてきた。
それは、忙しい人を床掃除から解放するヒーロー、部屋のすみずみまで綺麗に、塵や微細な埃すら取り除くお掃除人。そのスモールでスマートなボディは家具の隙間にも入り込み、つぶらな瞳は一粒の埃も見逃さない。
そう、その名もロボット掃除機ルンバ────
「あー、メイビス様ー」
───ではなくカオス・スライムモード。
目の前のカオスはいつものような人型ではなく、片手サイズのミニマムスライム状態になっている。しかし、糸目は変わらない。
これはカオスのスキル《分裂》による効果で自身を分裂して増やしているのだ。
この状態のカオスはお掃除に最適で、取り込んだ埃などは身体の中で分解するのでとっても便利で、まさに忙しい主婦の味方である。
「カオスか」
「はいー。どうですかーぴかぴかですよー」
カオスの言う通り彼(彼女)が通って来た道は塵一つなく、本当に光り輝いていた。スライムの体液はワックスにでもなっているのだろうか。
「うむ、文句の付けようもない出来だ。よくやった」
そう言いながらカオスを片手に乗せ、頭を撫でた。
「えへへー」
すると、カオスはその身体を物理的に蕩けさせながら喜んだ。
「この後、眷属達を会議室に集結させる。カオスも準備しておけ」
「はーい」
緩み切った口調でカオスは返事をし、ぴょいんという擬音と共に手から降り、去っていった。それは、どこぞのメタルなスライムが逃げる様子に似ていた。
◆
カオスと戯れた後、メイビスは会議室に向かう。カツカツと廊下に靴の足音が響く。
眷属達には既にこの旨を伝えている筈なので、今頃、席に着き、主の到着を待ち侘びていることだろう。
暫く歩くと、『会議室』と書かれたプレートの掛かる扉が見えてきた。メイビスはその扉を開き、中の様子を確認し、満足気に微笑を浮かべる。
そこには楕円形のテーブルを囲むように配置された椅子に、時計回りにオルフェウス、パンドラ、テレサ、カオス、リーベ、ホルン、ファナ、メデューサ、ノアの順で座る眷属達の姿があった。
「揃っているな」
それだけ呟くと、メイビスは空いている一番豪華な椅子に腰を下ろした。
「皆、今回の戦いはよくやってくれた。ありがとう」
メイビスは眷属達の働きぶりに労いの言葉をかける。その言葉に偽りは無く、本当に今回皆はよくやってくれたと思う。
「そのようなお言葉、我等には勿体ない!」
「いやいや、これぐらいの労いはあっていいと思うけどー?」
「黙れクズ、労いではなく制裁を加えられたいか?」
「へーあーそうなんだー。つまり君はメイビス様の慈悲深くて素晴らしいお言葉を否定するんだ!」
「何だとクズ」
「何だよバカ」
「あぁん!?」
「はぁん!?」
そのまま立ち上がり互いの胸ぐらを掴み合うのは毎度お馴染みオルフェウスとパンドラ。労いの言葉から喧嘩に発展するとは一体どういうことなのだろうか。
「いいゾーもっとやれーっス」
おいそこ煽るな。
メイビスはため息をつきながら頭に手を当てた。取り敢えずはこの二人を止めなければならない。
「やめろ」
メイビスは少し威圧をかけながら静止の言葉を告げる。メイビスからすれば多少の威圧、されど眷属二人にとっては大き過ぎるものだったようだ。
二人の身体がビクリと震え、顔が青ざめていき、手足が震える。二人の身体はモロにその重圧を受けているが為に、効果は抜群だ。
メイビスは頃合を見計らい、威圧を解き、それと同時に二人の身体から力が抜ける。
「申し訳ございません!」
「あはは、ごめんごめん。にしてもプレッシャー半端ないぜ」
それでもすぐに立ち直れるのは彼等くらいだろう。
「はぁ、今回集まったもらったのは労いもそうだが、我々のこれからについて話し合う。だが、その前に紹介しなければならない奴がい」
「ハァーイ♪」
突如、メイビスの言葉を遮り、テーブルの上に何者かが現れた。
それは、オールバックの腰まであろう黒い長髪に、ぴょこんと前に跳ねたアホ毛、黄色い眼の鋭い目付きを丸眼鏡で緩和させ、ピシッと燕尾服を着こなした男がいた。
眷属達はそれぞれ身構え、すぐに迎撃出来るよう準備している……と思う。
何故断定では無いかと言うと、確かに皆顔付きこそ警戒を表しているが、パンドラはポケットに入ってたビー玉、オルフェウスは予備の眼鏡、テレサは包帯、カオスはバケツいっぱいの水、リーベは薔薇のブーケ、ファナは食べ終わった林檎の芯、ホルンは新品の林檎と、各々がそれら役に立たない物を投げようと投擲姿勢をとっているからだ。いや、ホルンはファナに差し出している。どうやらただおかわりを渡そうとしているだけのようだ。ちなみにノアに至ってはテーブルに突っ伏して寝ている。
うん、やっぱりこれ巫山戯てるな。
「ンフフ、皆随分元気ねェ」
「やめろ、各々武器(?)をしまえ。ファナ、林檎の芯はゴミ箱に捨てなさい。投げようするんじゃない。リーベ、それは大切な時の為にとっておくんだ。それからノアは起きなさい」
メイビスは各々に注意を呼び掛ける。その内幾つかは絶対に今する注意ではないと思うが気にしたら負けだ。
「えーと、じゃあまず自己紹介から」
もう学校にやって来た転校生を紹介する教師のような言い方になってしまったがメイビスは気にしない。気にしたら負けなのだから。
「ハァーイ、皆はじめましてぇ、この度メイちゃん様の所有物となりました。魔鎌なオカマ、ジャダちゃんデス☆」
「おい待て、その自己紹介は誤解を招くから」
所有物という単語に焦りを覚えながら、メイビスはジャダを止めようとするが、時既に遅し。一番気取られたくない相手に聞かれてしまった。
「……………へぇ」
その呟きの聞こえた方向にブリキ人形のような動きで首を向けると、そこにはいた。どす黒いオーラを発しながら佇む鬼の幻影を見せるノアが。
「……ノア、その手の縄は一体……」
「……………………………レッツ束縛」
「待て、話せば分かる」
自らの糸を編んで作った縄を振り回し、メイビスを縛ろうとしているノアと、必死に止めるメイビス。もしこれを許せばメデューサの二の舞となることだろう。
何とかノアを窘め、席に座らせることに成功する。
「ふぅ、改めてこいつはジャダ。先に言っておくがこいつは生物ではない」
その言葉にテレサが目を細め、ニヤリと口を歪ませる。それはまるで、面白いものを見つけたと言わんばかりの研究者としての顔だった。
「へぇ、これだけ生物らしい行動をしていながら、生物ではないということは、何らかの物質に魂が宿った存在、そして、先程の自己紹介で言った《魔鎌》。これらから推察するに鎌に魂の宿った所謂【魔武器】かな。いやー興味深い存在だねぇ」
メイビスが説明しようとしたが、全てテレサに言い当てられてしまった。流石は白衣を着ているだけある。あんまり関係ないけど。
「その通りだテレサ。ジャダは今回の敵大将、カーデットの武器《魔鎌・死神の鎌》だったが、カーデットが滅んだことで使い手がいなくなり、私を新たな使い手に選んだということだ」
「ンフン♪」
ジャダはテーブルから降りると同時に、鎌に変身し、メイビスの手に収まる。その様子に他の眷属は「おおー」と歓声が上がり、それが嬉しいのか鎌が小刻みに震えている。
そして、また人型に変身する。
「皆ノリがイイわねー、サービスしたくなっちゃう♪」
そう言いながら、頬に手を当てるジャダの「サービス」に背筋が冷えたのは気の所為ではないと思う。
「今回はこのジャダを中心に会議を……」
メイビスは会話を方向転換させる為に、話し始めた。
「ジャダちゃんっていうんだー。僕パンドラっていうんだ!宜しくね!」
「俺はオルフェウスだ」
「おいおい、オルちゃんそれだけかよ。もっとはっちゃけようぜ。私はテレサ宜しくねぇ」
「リーベっス。仲良く出来そうで嬉しいっスよ」
「カオスですー。よろしくお願いしますー」
「ファナだよー。りんごたべる?」
「ホルン」
「メデューサだぜ、宜しくな!」
「…………ノア、宜しく」
しかし、いつの間にか自己紹介大会に発展していた。メイビスの話は誰も聞いていない。
「アラアラ、人気者ネ♪」
ジャダも嬉しそうに会話を弾ませている。確かに眷属達とジャダが仲良くなるのは嬉しいことだが、会議を進めなければいけないな。
「話を進め……」
「ジャダちゃん肌綺麗だねぇ。何か良い物使ってるのかい?」
「わーほんとですー」
「ソンナコトないわよ、強いて言うなら日々のケアネ」
「蛇にもした方が良いのか?」
おっと、どうやら話が弾んでいるようだ。うんうん、仲睦まじいことは良いことだ。しかし、会議を進めなければいけないしな。
「話を……」
「花の蜜の美容液は肌にいいっスよ」
「アラ、本当?あたしも使おうかしら」
「それは私も使いたいねぇ」
「いいっスよー」
「蛇にも効くのか?」
うん、確かにお肌のケアは大切だね。でも会議も進めないとね。
「話……」
「ソレにしてもそこのメンズは中々にレベル高いわネ♪」
「フッ、やはり分かる者には分かるようだな。このクズとは違う」
「うん、そうだね!岩石眼鏡とイケメンじゃあ天と地の差だよね!」
「あぁ!?」
「はぁ!?」
「コラコラ、喧嘩しちゃダメヨ」
「ホルンおかわりー」
「はい」
「ZZZZZZ…………」
うん、君ら。
「話聞けやあぁぁぁぁぁぁ!!!」
余りに話を聞かない眷属達に対して、演技を忘れ怒鳴った自分は悪くないと思うメイビスであった。
次回に続きます。
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