第1曲 俺と転生と死神
初小説でございます。どうか面白おかしく読んであげてくだせえ。
その日、俺の務める下請けゲーム会社では、納期の迫ったプロジェクトに社員全員が追われていた。
深夜だというのに帰宅しようとするものは誰もいない。
ある者はひたすら無心でキーボードを叩き、ある者は虚ろな目で天井を見つめている。
このオフィスだけ気持ち良くなる粉でも出回っているんじゃないかと不安になる。
ここにいる者の中で正気を保っているのはキャラクターデザイナーである俺と後輩である門田の二人だけだった。
俺と門田は、現在開発中のオンラインゲーム、
「アナザー・リアル・オンライン」通称AROの登場キャラクターの作成を任された。
門田が勇者側、俺がモンスター側を担当することになった。そこからはもうありとあらゆるモンスターを考え、PCに描き起こし、台詞を考え、モーションを組み込んだりした。門田も勇者やその仲間や物語の主要人物や村人を考え、PCに向かっていた。
今の俺の仕事は十体のモンスター、
アラクネ、スライム、クラーケン、ベヒモス、ガー ゴイル、アルラウネ、リッチ、ドッペルゲンガー、ゴルゴーン
そして、ラスボスである、死神。
これらの伝説上のモンスターをゲーム用にリメイクすることだった。
初めのうちはまだ余裕があったが、徹夜三日目でその余裕は跡形もなく消滅した。更に俺が最後にまともな睡眠を取ったのは二週間前である。労働基準法なんてなかったんだ。そして、モブキャラ担当だったメンバーは見るも無残な屍と化した。
ちなみに、門田はとうの昔に仕事を終わらせ、力尽きたモブキャラ担当のヘルプに入っている。
先輩より優秀なのはどうかと思う。
「あー、そろそろマジで眠気がヤバいんで会話しましょう、先輩」
眠気が限界を突破したであろう門田は、最早開いているのか閉じているのか分からない双眸で、PCに向かったまま声を掛けてくる。
どうやら此奴上司であり先輩である俺を眠気覚ましに使おうというらしい。
何たる不敬。ええい、首をさしだせぇ!と、言いたいところだが俺も限界などとうに超えているので凄まじく眠い。なので許す。
「先輩は願いが一つだけ叶うとしたら何にします?あ、俺はこの仕事が一刻も早く終わって欲しいです」
「俺は……そうだな。自分の作ったキャラに囲まれてたい」
「メルヘンチックですねー、先輩らしいです」
「ははは、そうかそうか。宜しい、首をさしだせ。願いを叶えてやろう」
「すいませんでした!!」
カッターナイフ片手に狂気の笑みを浮かべながら門田の方を向くと椅子から降り、すぐさま土下座で謝罪&命乞いをしてきた。
門田よ、次はないぞ。
しかし、思えばこの仕事を始めたきっかけはそれだったな。子供の頃は絵を書くのが好きで自分の作ったキャラを自由帳の上に書き記していた。少し成長すると、設定を付け、キャラ付けをしたりもした。ただ自分が思い描いた理想の存在に囲まれたくて、それだけが目当てだった。だからこの仕事に就いた。この仕事なら、夢を叶えられると思ったから。
なのに、いつからかな、夢がただの作業になってしまったのは。
「先輩、大丈夫ですか?」
唐突になんだ。 人が感傷に浸っている時に。
後輩に心配されるような人間性はしていないはずだ。恐らく、多分、十中八九。
「先輩、ずっと寝てないじゃないですか」
「あぁ、大丈夫だ。ちゃんと川の向こうの爺ちゃんにはこの仕事終わるまで渡れないと伝えておいた」
「大丈ばなかった!!」
「ん?何だ爺ちゃん、まだ逝けないって言ったろ。いや、もうゴールしていいんじゃよ、じゃなくて。あれ?婆ちゃんもいたのか。はぁ、しょうがねぇ。偶には里帰りするか。おーい、今逝くぜぇ」
「逝っちゃ駄目です!その里は帰ったら駄目な里です!それは輪廻の輪に還る的なあれですからぁ!!」
はっ!危ない危ない。もう少しで渡り切るところだった。門田よ、助かった。しかし、爺ちゃんも婆ちゃんも幸せそうだったなぁ。やはり天国は良い所なのだろうか。後、四十年くらいしたら逝ってみるか。
そして、気付いた。自分のノルマがもう終わりかけまで来ていたことに。一心不乱にやっていたせいか気付かなかった。しかし、これで漸く徹夜地獄から解放されるのだ。正直、飛び跳ねたい程嬉しい。
後はここをこうして。よし、これで終わ……り……。
「あ……れ………?」
突如、自分の世界が歪んだ。見ている光景全てが歪曲し、身体の力が全て抜け落ちたような感覚に襲われる。次の瞬間、身体に衝撃が響いた。鈍い痛みで、自分が椅子から崩れ落ちたことを理解した。
「先輩!!」
不安を色濃く醸し出した聞き慣れた声が耳に響き、倒れたであろう俺の身体を揺さぶる。それが、門田であることは直ぐに分かった。
「……………うぅ」
意識が朦朧とする。思考がはっきりとしない。頭痛が酷い。吐き気もする。身体が熱を帯びているように熱い。
流石に無茶をし過ぎた。
倒れるまで気づかないなんて俺も馬鹿だな。
「先輩、しっかりして下さい!」
「誰か!早く救急車を!」
「門田…俺の方、ギリギリだが完成したぞ…」
そう、俺は倒れる刹那、なんとかキーを押した。それで、俺の担当する仕事は全て完了。
これで俺の役目は果たせた。
「そんなこと言ってる場合ですか!」
そう言った門田の顔は真剣そのもので、俺のことを本気で案じてくれていた。
これだけで良い後輩を持ったと思ってしまう俺は甘いのかもしれない。
「あとは……頼ん………だ……………」
最後の力を振り絞って、作成キャラの提出、俺の抜けた会社の穴埋め、その他もろもろ全てを頼んだという意味を込め、この言葉を伝えた。
こうして俺の意識は途切れた。
◆
「……様」
声が聞こえる。
耳元で誰かが囁くように呼び掛けてくる。
それはまるで、母が幼い子供に話し掛けるように優しく、愛に満ち溢れていた。
「メイビス様ー、起きて下さーい」
目を開くと目の前に美しい顔があった。
柔和な笑みを浮かべるその穏やかな顔は俺を見ると、嬉しそうに笑う。
「目が覚めましたー?」
この人は一体誰なのだろうか。会ったことの無い他人のはずなのに、とても既視感がある。まるで、普段から共にいたような、そんな感じさえする。それにメイビスという名前も何処かで聞いたような、否、見た気がする。
とりあえず上半身を起こそう。
そう思い、体を起こした次の瞬間、俺は絶句した。
目の前に広がるのは森だった。
普通なら、自分は会社にいたはずなのに、とか、ここはどこだ、とか思うのだろうが俺は違った。俺にとって今、それよりも驚いていることがあった。
「やっとおきたー」
「目覚められたのですね!」
「お目覚めっスねぇ」
「おはよう」
「おせーぞ!まったく」
「起きたねー、アハハ」
「随分眠っていたじゃーないか」
「…おは」
そう口々に挨拶を放つ彼等を俺は信じられないものを見るような目で見つめていた。というよりも、実際に信じられなかった。
彼等は知らない顔ではない。というよりも、何度も、何度も見てきた顔だった。当然だ。彼等の顔が、容姿が俺の作ったキャラクターにそっくり、否、そのものだったのだから。
彼等は俺が作ったキャラクター達だ。
そして、思い出した。
メイビスとは誰なのか。
「まさか……」
俺は自分の体を見やる。
黒のローブを着ており、爪が黒く染まっている。
そして何より、黒かったはずの髪が、雪のように白くなっている。
これは、俺の作ったとあるキャラの特徴と一致していた。
俺が作った最高にして最強のキャラクター、AROのラスボス、死神 メイビス・クライハートに。
訂正が多いのですが、大目に見てください。そして次回も是非ご覧下さい。