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俺もとうとう異世界に来たが親切なんてあったもんじゃない  作者: 迦具土楽文
始まりの章~修行~
9/12

顔も性格も良い奴はきっとモテるんだろうな

 ずっと飲み続けていた青年は、暫くして顔を上げた。先程より柔らかくなった表情に、俺は一度安堵した。さっきまで死にそうだった青年は、少し薄幸そうに見える程度まで回復していた。たった水だけで凄い奴だな。


 少し落ち着いたのか、青年は俺の支えを離れた。しかし倒れて動けなくなるほど消耗していた体はすぐに回復するわけでもなく、青年はフラりとバランスを崩してしまった。俺は咄嗟(とっさ)に青年を支えなおす。この青年は俺に何度ヒヤヒヤさせるつもりなんだ。


「すみません……椅子まで連れて行ってもらえますか」

「分かったよ」


 青年は足を動かせるようで、先程よりもずっと楽に運ぶことが出来た。近くのベンチへ青年を座らせる。


 座った青年を良く見てみると、薄幸そうな顔はしているが着ているものはどうやら良い物らしい。所々の金や銀の装飾、身に着けている貴金属、帯剣の鮮やかさ。どっからどう見てもお坊ちゃんのようだ。だがお坊ちゃんが公園で行き倒れるか? この青年の謎は増すばかりである。


「本当にありがとうございました。このお礼は必ず致しましょう」

「いや、いい。別に水飲ませただけだからな」

「あそこで倒れてから結構経ちましたが、助けていただけたのはあなた一人です」

「結構ってどれくらいいたんだよ!」

「ああ……大体一刻ほどでしょうか」


 青年は公園の中心にある時計を見てそう答える。今から一刻……とすれば五刻の時だ。俺の基準で換算すると二時間。随分可愛そうな青年だ。


「このご恩はいつか必ずお返ししますね。僕はヨハネ・フォン・ゼベダイと申します。どうぞお見知りおきください」


 ヨハネ? また聞いたことありそうでない名前が出てきたぞ。ヨハネってあれだろ、聖礼者ヨハネと使徒ヨハネだろ。俺聖書で見たことあるぞ! でも聖書って俺の世界の概念だろ、何で異世界でも聖書キャラクターの名前が使われるんだ?


 いや、そんなどうでもいい疑問はともかく。


「俺は酒木……あー、ヒロト・サカキ。そんな畏まらなくていいから」

「でも……」

「それ以上かっこいい物言いはやめてくれ。頼むから!」


 そう、このヨハネという男、格好が貴族風なだけあって敬語で畏まられるとめちゃくちゃ絵になるのである。それはもう悔しいほどにだ。アイドルでも見ているんじゃないか、ってほどに圧倒されるのである。


 俺が凡人だと改めて認識することになるから、是非煌びやかなムードを改めて欲しい。


「え、あ、分かった。ヒロトはどこに住んでいるんだ?」

「この街の端の家に居候中だ」

「そうなんだ。是非お礼を持って寄らせて頂きたいんだけど……」

「ダメだ! 絶対来るな、来るんじゃない! そんな大層な事はしてないから!」


 俺は必死に撤回して貰えるように頼む。腕をクロスさせてバツを作るが、ヨハネに理解して貰えるだろうか? とりあえず却下だ、却下。


 ヨハネは困ったように俺を見る。困っているのは俺の方だと唱えたい。


 ヨハネは悩むように頭をキョロキョロ動かしている。普通の人がやったら完全に不振人物だが、イケメンがやるとそれさえも爽やかに流されてしまいそうでひたすら悔しい。


 何度もぐるぐる回していた頭は、俺の背後を見つめて一度停止した。俺の後ろには時計が建っている。ヨハネは何か怖いものでも見たかのように顔を青くした。さっきだって見ただろうに、可笑しな奴だ。


 俺が不思議そうに見ていると、ヨハネはバネの反発の様に勢い良く立ち上がった。その拍子にまたフラついて、俺が支える。何で俺はこう何度もコイツを支えねばならんのだ。しかしヨハネはさっきとは違ってすぐに俺から離れてゆっくりと歩き出す。その様子は何か焦っているようだった。


「ごめんヒロト! このお礼は必ずするから! また会いましょう!」

「お、おう」


 俺としてはもう会いたくない。なんと言うか、めんどうくさそうだ。


 ヨハネの姿が見えなくなってから俺はベンチへと腰掛けた。ユアはまだかな……。未だトイレから帰ってこないユアに思いを馳せながらだ。


 結局ユアが現れたのはそれから十分ほど経ってからだった。ユアは少し頬を膨らませて怒っている。その姿もまた可愛らしい。


「もう、どこ行ってたのさ!」

「公園にはずっといたけど?」


 この公園は小さい。俺なんかはすぐに見つかるはずだ。


「うぅ……もういい! 待たせたのは私だしお相子だもんね」


 俺が姿を消したというのは決定事項らしい。別に俺そんな離れていないはずなんだけどな! 筈なんだけどな! そんなこと言っても多分しょうがないだろう。気分を切り替えてくれたようだし、それでいい。


「さぁ次は晩ご飯の材料調達だ!」

「おー!」


 笑顔で腕を上げたユアに吊られて俺も腕を上げる。何だか俺の気分も一瞬で塗り替えられてしまったようで、ユアの頼もしさを実感する。ユアは俺の太陽みたいな女の子だ。


 食材を売っている市場はこの公園から海の方向へ進んだところにあるらしい。日によって売っている食材が違って、たまに珍しい食べ物も入ってくるのだとか。


 ユアが楽しそうに語る内容の一部を抜擢すると、どうやら貝柱がとても大きい貝だったり、平たくて目がギョロついた不気味な魚があったりするらしい。後者の魚は結構美味いらしい。


 俺は期待を胸にまだ見ぬ市場へ向かった。

【補足】

異世界なため、刻の数え方は和時計と大きく異なります。

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