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俺もとうとう異世界に来たが親切なんてあったもんじゃない  作者: 迦具土楽文
始まりの章~修行~
5/12

出会って一日で惚れられる訳がない

 俺はガタゴトとテーブルに物が置かれていく音で目が覚めた。ぼやける視界でテーブルを見ていると、緑色の塊が上機嫌に物を置いていた。その直後、いい香りが嗅覚を刺激した。これは焼いたパンの匂いだろうか。俺は目を擦ってよく見てみる。目玉焼きとサラダとソーセージ、それとバゲットのようだった。昨日あれだけ食べたにも関わらず、俺の腹は小さく鳴っている。


「おやおや、食い意地張ってるね~! 向こうで顔洗ってきなよ、それから朝ごはんだ!」


 ユアはにんまりと笑って言うと、丁度やかんが鳴った音がする。ユアは少し急ぎ足でキッチンへと引っ込んでいった。俺も起き上がって、痒い頭を何回か掻きながらユアに指差して貰った方へ向かう。どうやらそこはユニットバスになっているようだった。


 ここでユアが風呂を……。と思うと少し興奮するが、そんな邪な気持ちを持ったまま生活するのは危ない。俺は気持ちを切り替えるために水を探した。洗面台と蛇口はあるが、肝心のつまみが見当たらない。蛇口の側面に魔方陣が刻んであり、もしかすると記号を唱えて水を出すのかもしれない。


 であるとすれば、俺は水の出し方を知らない訳だ。


 俺は微妙に心地の悪い思いをしながら、ユアがいるキッチンヘと向かう。そこには昨日と同じように髪をポニーテールにして、お椀にスープを注いでいるユアが立っていた。スープはコンソメのようで、オレンジ色に玉ねぎのようなものが入っているのがまた食欲をそそる。じゃなくて。


「ユア、水の出し方が分からない……」


 俺は正直に告げる。既に17歳で水の出し方が分からないというのは恥ずかしいが、異世界人なので仕方ない。


「え? あぁそっか! そうだよね! ごめんごめん、あれそのまま水って言えば出てくるんだよ」

「マジかよ」

「うんうん本当」


 物は試しで言ってみれば良かったと後悔するが、あの時は水という発想すらなかったから後悔するだけ無駄である。俺は項垂れながら踵を返し、再び洗面台へと向かった。


 この世界では普通らしい蛇口の前で、ユアが近くにいないのを念のため確認して仁王立ちをする。よくもやってくれたな水道め。思いっきり恥をかいたじゃないか。


(無知を人のせいにするなんて最低だな!)


 そう、水道の声が聞こえた気がする。もちろん声優は俺である。悲しい俺の妄想だ。フッ、俺はもう先ほどの俺とは違うのだ。パワーアップしているのだ。水道なんて既に攻略済みである。


「水!」

(くうう、小癪な!)


 俺は気合を入れて唱えると、その蛇口からは透明な水が湧き出てくる。多すぎず少なすぎず、まさしく適量が流れてきている。そういった調整も出来るのだろう。魔法って凄いな。でもこれ、少しだけ出したいときとか、大量にほしい時とかはどうするんだろうな?


 何はともあれ、これで俺は顔を洗うことが出来た。目やにも完璧に落とせて爽快だ。俺は洗顔と共に必ずするのがうがいだ。唾液で粘ついた口内を水で流すのが気持ち良い。異世界で初めて水に触れたこともあり、俺の気分はどんどん上昇していった。


「止まれ」


 そう唱えれば水はスッと勢いを無くして止まる。一々言うのはめんどくさいし恥ずかしいが、水滴も落ちずに止まってくれるあたりはありがたい。


 スッキリした俺は上機嫌でリビングへ戻る。先ほどより、スープとお茶が用意してあって準備万端の様だ。ユアは既に座って、俺が席に着くのを今か今かと待っているようだった。


「遅いよヒトロ! ほら、早く食べよ」


 そう言ってユアは急かす。


 朝飯もやっぱり美味そうで、これから暫くはこんな飯が食えるのかと思うと期待が高まる。そう思いながら俺は席に着いた。


 俺が席に着いたのを確認したユアは、昨日のようにさっさと食べ始めてしまった。パンにバターを塗って美味しそうに食べるのが俺の食欲をそそる。俺も早いところ食べることにした。


 本当に一般的な朝食だったが、使っている素材が良いのか、今まで食べてきた料理とは比べ物にならない程に美味しかった。食べ終わった後のこの満足感、充実した気分、最高である。


「さ、お腹も膨れたことだ。暫くしたら街に行くから準備しておくんだよ」

「街へ?」

「そう! ヒロトの服も買わなくちゃいけないし、特訓に必要なものとかも見なくちゃいけないからね」

「デートみたいだな」


 俺が正直にそう言うと、ユアにはありえなかったようで少し馬鹿にしたように笑い始める。流石に俺も唐突過ぎたと、思い返して吹き出してしまった。俺たち二人は肩を震わせて笑っている。


「私としては、親戚の子を預かってる気分だよ」


 どうやら完全に脈は無いらしい。悲しいけど、仕方が無い。俺が必ずこれから惚れさせると胸に誓って食器を片付けていく。


 そういえば、服を買うと言っていた。俺のこの服装はこの世界では考えられないらしいし、当然だろう。でもあの見るからにオシャレな街にこの服装で入るのは躊躇(ためら)われるなぁ……。好奇の目に晒されることを考えると俺の気分はどんどん沈んでいく。


 いやしかし、ユアは特訓に必要なものを見るとも言っていた。これからの事を考えると、つまるところ武器や防具の事なのだろう。異世界の武器ってなんなんだろう。日本生まれとして考えるのは有名ゲームのように西洋の武器だ。どんな歴史を歩んできていたとしても、柄に刃がついているというのは基本的だろう。でもセンスは元の世界とは大分違ってくるかもしれない。俺は武器や防具に期待を寄せて気分を上げていった。


「上機嫌だね、ヒロト」

「武器とか防具、どんなのがあるのか気になるんだ」

「そんなものなの? あ、でもヒロトは平和なところから来たんだっけ。武器ってだけで目新しいのか」


 図星だった。銃とかナイフとかは日本じゃなければ普通だったんだろうけど、日本は銃刀法違反というのが存在し、本物を見る機会はとても少ない。代わり映えが無くとも、武器というだけで憧れの対象である。


「あんまりはしゃいだら人の迷惑になっちゃうからね?」

「分かってるよ!」


 俺に対するユアの扱いは完全に子供らしい。いつか必ず、男らしいところを見せてやるからな!

次回、とうとう街へ繰り出します。

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