元気系少女の作るスタミナ飯(肉)
あまりにも早い飯回。牛肉食べたいですね。
彼女がリビングから去って、やることのない俺は寝かせて貰っていた部屋へと戻った。
テレビやラジオの様に、音を発信する機器が無いためこの家はとても静かである。耳を澄まさなくても、包丁を使う音だったり、ユアの可愛い鼻歌だったりが聞こえてくる。それ以外であれば外から聞こえてくる鳥の鳴き声だろうか。本当に静かだった。
試しに耳を澄ませて何が聞こえるか探ってみると、先ほど言ったものと、水が流れる音が聞こえてくる。それ以外には全く聞こえず、どうやらユアは本当に俺を一人で運んできたらしい。なんと言う力持ちだろうか。確実に俺よりも筋力があるだろう。そういえば強化の魔法、だとか言っていた気がする。
つまるところ、この世界には魔法がある訳だ。その魔法がゲームやライトノベルのようにバンバン使えるものなのか、現実世界で信じられていた魔術の用に儀式を必要とするのかは分からない。俺を助けてくれた時の火の玉――実際にはユアの影で隠れていて何がどうなっているかは分からないが、一瞬火の玉が見えた気がするので火の玉と呼ぶことにする――は呪文のようなものを唱えて発動していたように見えた。しかし、先ほどの話では転移の魔法は高度な技術を必要とするらしい。どっちつかずでなんとも頭の痛くなる話だ。
そもそも、何で俺はこの世界にいるんだ。終戦記念日の黙祷で、って縁起が悪くないだろうか。しかもお盆の最終日で送り火をする日だったと俺は記憶している。もしかしてここはあの世……。いや、流石にそんな馬鹿な話あるわけが無い。あの世であれば、命の危険に晒されるわけが無い。
ならば何故俺はこの世界に来たのだろう。俺が見たことのある話では、何の宗教かも分からない神が現れて、死んだから転生とか転移とか、あるいはこちらの世界で儀式をして連れてこられるというのが専らな話だった。彼らはとにかく何かしら理由のある異世界転移だったと思う。しかし俺は何だ。神が現れなければ異世界に呼ばれた理由もない。完全に迷い込んだ状態だ。まだ神とかが現れていれば帰る見込みもあっただろうが、迷い込んだなら帰る見込みも希薄である。
俺はそこまで考えて、背筋が冷たくなるのを感じた。
このまま、母親にも、父親にも、友人にも会えないのだろうか。そんな事ないと否定するが、その恐怖はいつまでも頭に残り続けた。
「ご飯できたよー!」
ドアの奥から聞こえてくるユアの明るい声に、俺の意識はサッと切り替わる。何て良いタイミングで現れてくれるんだろう、ユアは。このままネガティブになっていたってどうしようもない。大丈夫、どうにか道はあるはずだ。
「はーい!」
俺は出来るだけ明るい声を出してリビングへと向かった。
ドアを開けると、俺を待っていたと言わんばかりに目を輝かせているユアが立っていた。腰まである長い髪の毛を、先ほどはそのまま流していたが今は後頭部でくくってポニーテールにしている。さっきまでの重たい印象から、スッキリとした印象に変わって、これはこれでグっと来るものがあった。
少し落ち着くために晩飯の方を見ることにする。リビングの中央に位置するテーブルの上には、とてもデカい肉を二枚乗せた皿が二皿、ボールに入った葉野菜一つ、それとジュースだろうか? 紫色の飲み物が置かれている。凄まじいインパクトがある晩飯だった。
「す、すごいな……」
「へへ、あの街の特産なんだ。ギューフィって言う魔獣の肉で、量があって美味いんだ!」
ユアは得意げに語りながら席に着いた。習って俺も席に着く。それにしてもデカい。日本で見るステーキの平面がティッシュ箱だとすると、この肉は一枚で雑誌の少年マガ○ンくらいある。厚さも三センチはあるんじゃないだろうか。ユアの方の肉をチラ見すると俺の肉よりも一センチは確実に厚い。しかし表面の面積は俺のよりも一回り小さかった。俺のは広い分薄く、ユアのは狭い分厚くなっているようである。均等にした方が楽なのでは、とは思ったがきっと事情があるのだろう。
席に着いたユアはさっさと肉にナイフを立ててフォークで頬張る。まるでリスの様に膨らむ頬は可愛らしいが、食ってるものが食ってるものだ。勇ましくてこれこれで惚れる。
俺も一口、と思ってナイフで切ってフォークで口に入れる。結構油がきつそうに見えたが、意外とスッキリしていて食べやすい。しかし量が多いな……。味は牛肉に近かった。俺が以前日本で食ったようなスーパーの牛肉とは比べられないほどに味がしっかりしていて臭みも無い。一度噛むごとに肉汁が出てきて幸せな味だ。これはタレをつけて食べても一層美味いんじゃないか。今食べているのは塩と胡椒、にんにくで味付けされたものだ。
あまり期待はせずにテーブルを見回してタレを探す。……やっぱ無いか。いや、ユアが何か手に持っている。それはビンの様だった。中にはとろみのある液体が入っているようで、ユアはそれを肉にかけて食べていた。アレがきっとタレだろう。
「ユア、それ貰って良いか?」
「ん、どーぞ」
ユアは片手で肉を食べながらそのビンを渡してきた。こちらをちらりとも見ず肉に齧り付くのを見る限り、どうも食い意地が張ってるらしい。目は本気だが、上機嫌さが伝わってくる笑顔が可愛くて微笑ましい。そんな事を考えながら、俺はユアに貰ったタレをかける。
このタレはソースに近かった。塩辛くて、肉との相性は抜群だ。日本育ちの俺としては、醤油ベースのタレの方が好きだったが、今度からこのソースに変わりそうだ。こんなの今まで食べたことが無い。美味い。異世界ってネットの影響で不味い飯ばっかり食べてる印象だったが、これは認識を改めなければいけないだろう。
夢中で食べ続けていたら、あのデカかった肉はあっという間に姿を消した。途中途中で食べていた、レタスに似た野菜やトマトに似た野菜も、すっかり姿を消している。渋みと酸味がある紫色のジュースも一滴も残らずに飲み干してしまった。こんなに幸せに飯を食べたのは一体何年ぶりだろうか。
「ヒロト、良い食べっぷりだったね! 美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があったってもんだ!」
「ありがとう。とても美味かった!」
「そりゃ良かったよ」
ユアは満面の笑みで満足そうに呟いた。
ユアの容姿設定(仮)です。後に変更して削除する場合がありますが、現在はこのようなものを脳内で想像しています。
イメージが崩れてしまう場合がありますので、見る際は自己責任でお願いします。
http://13607.mitemin.net/i257506/