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俺もとうとう異世界に来たが親切なんてあったもんじゃない  作者: 迦具土楽文
始まりの章~修行~
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俺が何をしたというんですか

 八月十五日、今日は終戦記念日だ。戦争から七〇年近く経った今の子供には馴染みが薄く、俺としては正直何の感情も抱かない。しかしそれでも黙祷するのが日本人というもので、俺もそれに習って黙祷する。ブーー、と不安になる音と共に頭を下げて目を閉じる。「ご冥福をお祈りします」と心の中で唱えながらブザーが鳴り止むのを待っている。冥福を祈るものなのかすら知らないし、学校でも習った覚えがない。間違っていたとしたら今の教育制度が悪いというだけの問題だ。


 目を閉じてから十分は経っただろうか。何も見えないから感覚が狂っているけれど、それにしてもあまりにも長い。長すぎる。去年まではこんなに長くなかったはずだ。一向に鳴り止まないブザーに俺は不安感を抱いた。そしてまた一分。鳴り止まない。俺はとうとう恐ろしくなって目を開けた。明るい世界が飛び込んできて、ブザーが遠のいていくのが分かる。


 目の前に広がっているのは青々とした草木が生い茂る森だった。先ほどまで鳴いていなかった小鳥のさえずりがどの方向からも聞こえている。何度目を擦ってみても、ここは森だった。


「どこだよ、ここ……」


 思わず口から出た声は震えていた。俺は、怖いのか。いや、そりゃ怖いよな。変なところに突然いたんだから。


 俺は完全にパニックになっていた。


 俺は手足に力を入れて、立ち上がろうとした。腰が動かない。体を支えようとする腕はガタガタと震えて、体重をかけるとひじが曲がってしまう。何度試しても俺は立ち上がることが出来なかった。


 俺が四苦八苦していると、草が擦れる音が近くで鳴った。動物だろうか。大型の動物だったら。ここが、もしライトノベルやゲームで見かけるような異世界で、魔獣がいたなら。逃げることも、身を守ることもできない俺はあっさりと殺されてしまうのではないか。冷や汗が出る。髪の毛や服がべったりとして気持ち悪い。


 ガサガサと草を掻き分けてくる音はだんだんと俺に近づいてきていた。それは人が進む速さにも似ていた気がする。人であって欲しい。俺は腰を引きずりながら願っていた。


 音の正体は、そのシルエットが確認できるほどに近づいていた。明らかに人ではない大きさだ。二メートルはあるのではないだろうか。大きいという事は熊か、それとも得体の知れないものか。どちらでもいい。どうせ俺はこの場で死んでしまうから。


 俺の目の前に現れたのは熊にも似た生物だった。明らかに熊ではないのはその生物が防具を着込んでいて、更に頭の目はたった一つ、ギョロついていたからだった。


 俺は咄嗟に確信した。ここは異世界である。そんな事を考える俺は、パニックでどうしようも出来なかった。命乞いしたところでどうにもならない、あの鋭そうな爪で俺は引き裂かれてしまうだろう。


 諦めて俺はその場に寝転がった。すると奥から勢い良く近づいてくる音が聞こえてくるのに気がつく。その速さは何かが走っているのか、とにかくゆっくり近づいてくる様子ではなかった。音の正体は直ぐそこまで来ているはずだ。しかし木々が邪魔して、俺からは死角になっていて何がいるのか分からない。


 俺の死角から一体の影が飛び出した。それはどう見ても人型で、小柄だった。その人影は、不気味な生物の前に立ちはだかると、小さく何かを唱え始める。お前も死んじまうぞ……。そう言おうとしても、俺の張り付いた喉は仕事をしなかった。擦れた叫びにも似た声が、小さく飛び出ていく。


 そんな俺に構うことなく人影はずっと呟いているままだった。呟きが終わると、人影が光りだす。それは炎にも似た明かりだった。人影は長い髪の毛を靡かせながら、不気味な生物に何かを投げつける。


 何かをぶつけられた不気味な生物は燃えながら吹き飛んでいった。ぎりぎり、腹の辺りに火の玉が見える。……火の玉? そう思って目を擦って見直すと、そこには生物の焦げた死体が落ちているだけだった。きっと見間違いだろう。俺は方針気味に人影に向き直った。


「大丈夫?」


 人影……緑色の髪の毛を靡かせた少女は俺を心配そうに覗き込む。青く空のような目の色はキラキラと綺麗だったが、その目付きは俺を咎めるものだった。


「……分からない」


 今度はハッキリと出てきた声で俺は返事をした。分からない。俺が置かれている状況も、俺の身体の状態も、本当に何も分からない。


「変なの。そんな軽装で森に入るって、追われてたの? それとも命知らず?」

「……気がついたら、ここにいた」


 少女は信じられないといった顔で俺を見る。俺にだって信じられない。


 俺が補足しようと口を開いた時、世界がゆっくりと回っていく。いや、正しくは世界が回っているんじゃなくて、俺が見ている世界が回っているのだと思う。頭が真っ白になっていって、俺の視界は真っ暗な闇へと誘われて行く。


 俺の意識は途切れてしまったのだった。

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