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1話:『生きた小説ってこういう訳じゃないと思うんですけどね!?』


 「おう、助手。久しぶりだな」


 "先生"は今日も日がな一日、煌々と点灯した液晶画面の前でぐうたらしていた。のだろう。

 圧倒的ナード臭。比喩ではなく、実際に嗅覚をヘヴィーに刺激してくるナード臭である。床と机に複数転がるビール缶の一つにみっちり詰め込まれて更に上に盛られたタバコにカップヌードル、シンクに虚しく転がるカップ焼きそばのパッケージ。机の下に打ち捨てられた、2Lの水のペットボトル。首元が黄ばんでよれたTシャツと薄っぺらなズボンは四日前に訪れた時と同じもの。

 前述のカップ麺類二つで四日生存できる瘦せぎす体型であるから皮脂の分泌でさらなる嗅覚への攻撃を食らうのは免れているが、肩に散らばるフケはビジュアル的に最悪だ。


 「これ言うの100回目ですけど、作業効率が低いのを嘆くなら掃除したらどうなんです?」


 僕は食料と45Lゴミ袋の入った袋を置く。"先生"は口から火の付いたタバコを離す。


 「こう返すのも100回目だが、これでいいんだよこれで。どこに何があるかは把握してんだよ」


 喋りながらもくもくと口から煙を吐き出す"先生"に、どこに何があるかってゴミしかねーじゃねーかゴミしか鶏ガラ野郎、の言葉をグッと堪えるよく出来た後輩である。


 「で、進捗はどうなんです?」

 「進捗ダメでえーす。キャラが動きますえーん」


 僕は堪え切れないため息を吐き出した。"先生"はキーボードのdeleteキーを数回押した。



 目の前の——見た目だけは天才肌な芸術家然とした——自堕落男は、大学の先輩だった人物である。

 過去形を用いた事でおおよそお察しだろうけれど、最終学歴は大学中退となっている。


 今の肩書きは、新人web小説作家。複数の単発公開の短編をインターネットで公開している。

 夢は長編ファンタジー小説で一山当てる事、と豪語している。


 ——つまり、擁護しようのない、無職である。


 「いやどうするんですか。長編で一山当てるも何も、書かなきゃ何にもならないじゃないですか」

 「ほーん?」


 爬虫類然とした低温の目玉がこちらを向く。

 わあやらかした。この人のどこの琴線に触れたか知らないし知ったこっちゃないがやらかした。舌鋒だけは鋭くやり込めてくるぞアーメンと心の中で十字を切った。


 「珍しくせっつくな助手クン。そんなに俺の長編が見たいのか、ん?」


 おっと口元が上がっている、これは喜んでいるのか? これは大変喜んでいるときの仕草だ間違いないこれは! これは喜んでいるー! ワアーッ!(オーディエンス大盛り上がり)と脳内のアナウンサーが実況を挟む。怒らせるよりは遥かにマシなレスポンスであった。

 平和主義的な僕は、余計な訂正をして無闇に人の機嫌を損ねる事を好まない。先輩の浮かれポンチ解釈に乗っておくことにする。


 「まあそりゃ、あんたの世話代生活費の報酬ぐらいは期待してますよ。ここまで世話しておいてなんの成果も得られませんでしたじゃ困ります」

 「正論だな。しかし励みにはなる」


 "先生"は液晶画面に向き直り、顎を撫でる。


 「しかし、登場人物が生気に欠ける。長編を走り抜ける体力のある登場人物が書ける気がしない訳だ」

 「しない訳だ、キリッ。とか言われましても、実際走らせるのは先輩じゃないですか。キャラクターは勝手には動きませんよ?」


 "先生"は椅子の背もたれに体を預け、肩を竦めてやれやれとやってみせる。非常に拳を一発入れたい顔面をしていた。


 「実にバカな事を言うな、チミぃ。二次元と言えど、物語の作者が創造するのは、一人の人間なんだぜ? そいつの理念ならどう動くか。それを常に考えてやって、条件の許す限りそう動かしてやらないと、『生きた物語』にはならないってもんなのさ」


 いつもの言葉遊びめいた言い訳だと聞き流していたが、なんとなく含蓄のある事を言っている気がする。


 だって、自分で読む小説なら。与えられた筋道をこなすだけの、道義的なだけの主人公なんて、読もうとは思わされない。

 主人公の論理、感情、責任、立場、葛藤、そして選択。一人の生きた人間にしか決められない歩みを見るために、僕たちは文章を読むのだ。

 与えられた筋道しか選べない、RPGとは訳が違うのだ。

 ——もちろん、状況が状況。発言者が発言者なので、やはり言い訳にしか聞こえないのだが。


 「正論ですけども、肝心のキャラの構想すらできてないんだったら話にならないじゃないですか」

 「上手い事言うな」


 意図せず洒落になっていた。


 「それなんだが……」


 "先生"は背凭れに肘を乗せて、反対の手の親指で喉仏を撫でた。爬虫類の目玉が液晶画面の白い輝きを反射する。


 「お前を、」


 骨と皮だけで構成された手がキーボードに伸びる。


 「主人公にしたら……」


 軽やかにタイピングされる文字。


 「どうかと思ってな」


 気取った仕草の代表格、高らかに押されるエンターキー。




 ————————————



 ——僕が描写される。僕の要素の骨子として、剣士と、いくつかの魔法の技能と、複数の秘密が構成されていく。レオンハルト・エーデルフェルトという名前と、鳶色の髪と金の瞳、赤を基調とした衣類が描かれる……違う。《僕》に、書き加えられている。

 僕は大学生としての自我を持っている。違う、それは《僕》の方で。

 僕は突然白紙の中に放り出された。違う。白紙じゃない。村だ。故郷の村。馬小屋牧草の山清流。違う。《僕》の故郷は確かに田舎だけれど、それは東京に比べたらってだけで。こんなに農村農村してないし。いや、ここは僕の故郷のエルム村で……そうか。

 今の僕は、二つの記憶が混ざり合っている。



 ————————————





 ——斯くして、この世界(物語世界)に、主人公は生まれた(描写された)

 タイトルは後輩君の心の叫び。


 ものぐさな割に文章力(物理)が高い字書きによって、哀れ小説内に自我を転写された後輩君。彼の冒険はどうなるのか!

 ……がメインテーマの、メタ視点持ちの非転生主人公がファンタジー世界でなんかラスボス的な巨悪を倒すまでの物語。


 便宜上レオン君、後輩君っぽい自我を持ってるだけの、文字として描写されなければ行動出来ないキャラクターに過ぎません。でも自我を持った生きた人間なので、思考は地の文として現れます。

 後輩君本人は、ドヤ顔の先輩に「はいぃ? 何抜かしてるんです?」と呆れ返ってますが、もう小説には必要無い描写なので省きます。


不定期更新。次回は未定。

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