第9話 『Wait Forest 100年の歳月』
「それでは以上でギルドの説明は終わります。何かご質問はありますか?」
前と変わらない受付嬢さんの言葉。長々としたギルド規約、初心者冒険者へのサポート内容など一字一句間違いなく紡ぐ彼女は、2度めだからこそ優秀なんだろうなーと思わされた。
「一ついいですか?」
「黙って大丈夫ですって言えよ」
え?
聞き間違いだろうか、今何やら乱暴な言葉が聞こえた気がしたのだが。
しかし受付嬢は変わらずニコニコと笑みを絶やさずにいる。……気のせいだったのだろう。
「……宿屋の場所教えて欲しいのですが」
「かしこまりました。地図などお持ちでしょうか?」
今度は丁寧に対応してくれたため、アイテムリストに入っていた地図を取り出し受付嬢へ渡す。
カリカリカリと恐らく宿屋の場所を書き込んでいるのだろう、羽根ペンで地図に黒い文字が書き込まれてゆく。
「はい、私おすすめの宿屋を書き込んでおきましたのでよろしければどうぞ」
「ありがとうございます」
ギルドから北東に位置する宿屋。……?
「あの、隣に花町とあるのですが」
「……」
「あの」
「……」
……おいこら。
この受付嬢には前回と変わって登録書面を代筆をお願いしたのだが、まさかそれで文字が読めないと思ってあからさまな嫌がらせ?をしてきたのか。
「次の方どうぞー」
「待てやこら」
場が悪いと判断したのか受付嬢はしれっと冒険者を呼ぶ。しかし私の後ろには誰にもいない。
「う、受付嬢への暴行は!冒険者登録を取り消されますよ!」
「ほっほーう」
だったら今すぐにでも殴ってやろうか。大声でまるで自分が暴行を働こうとしてるような物言いに、そんな考えを抱いてしまうが、冒険者になれなければ、本当に体を売る事でしか生きられなくなりそうなので必死に堪える。
怒りを叩き付けるように、既に持ってきていた依頼書をカウンターへ勢いよく置く。
魔物関連の依頼は問題があったばかりなので、東の森にある薬草採取の依頼だった。
「これ受けるのでお願いします」
不本意そうな受付嬢だが、依頼書を隣にあった水晶へかざす。たちまち依頼書は淡い光を灯しながらただの白紙へ変わる。代わりのように水晶には文字が浮かんでいた。
「確かに受注致しました。ご武運を」
仕事はしてくれたことに安堵しながら、素早くギルドから離れる。
微かに聞こえた舌打ちは聞こえない。聞こえない。
◇ ◇
カルーンから東に位置する、東の森と呼ばれる慰安の森。それは魔物は一切出ないことで有名な森であった。
だが、魔物はなのだ。
森の入口から点在する幾つもの墓。プレイ時代からその異様な雰囲気に多くの人々が恐怖し、森を無くして欲しいと言った声が挙がっていた。
しかし、私は、トッププレイヤーだった人達は知っている。この森がどのような所だったのか。
「実際に見ると雰囲気あるなー」
まだ入り口だというのに、森から漏れる雰囲気は背筋を冷やす。
しかし、この森が本当はどのような目的をもって存在しているのか知っているため恐怖などといった感情はなく、むしろこの雰囲気が未だあることに安堵をしていた。
だからこそ、東の森から採取してきて欲しいという依頼書が山積みになっていることは、どうしても心が痛かった。
「それじゃぁ生きますかね」
魔物はいないのに、腰鞘から引き抜いた短剣を力強く握りしめる。
森に足を踏み入れた途端、私の背後は突然生えた木々の蔦に道を遮られる。
それに対し思わず笑ってしまう。
「あぁ……まだ待っているのか」
思わず思い出してしまい、目頭が熱くなる。
意思をはっきりと持ち、短剣をより一層強く握り、そこからは一気に走った。
◇
数十分走った所で、ようやく探していたものは姿を現す。
「と、とまりなさいよ!」
「やだよっ」
ようやく慣れた体を動かし、現れた彼女を飄々と避け、その先にあった黒い木の幹に短剣で一本の傷を入れる。
「な、なにすんのよ!?」
しかしその言葉を無視し、また走る。その背には彼女が必死に浮いた体を動かし追ってきていた。
ちょっと楽しくなってきたかも。
すぐにもう1本の白い木を見つけ、今度は2本の傷を入れる。
「やめてよぉ!」
必死に追う彼女は既に息切れしていたため、その言葉は悲痛に満ちた声であった。少し罪悪感を感じる。
そしてまた走る。背にはよろよろと追う彼女。スピードを少し落とし、私の事を見失わないように走る。
「うぅぅ……っ 何なのよぉ……っ」
一部のプレイヤーを悶えさせた声は未だ健在なことに、やはり笑ってしまう。
そうして、ようやく目的であった琥珀色の大樹に辿り着く。
「BPとBP製マント装備してあったから大分早くつけたなー」
「ふぎゅ!? あ、あんた、ねぇ……!?」
立ち止まった所で、追ってきていた彼女は大樹にぶつかって止まり、非難がましい声を向けてくる。
そこでようやく彼女の姿をしっかり見ることが出来た。
白いワンピースだけを着た澄んだ黒い髪を肩まで伸ばしている少女。
緑の瞳で、思わず懐かしさを感じ泣きそうになる。
本当に自分は涙腺が弱い。
「な、なんで泣きそうになってんのよ……」
「わ、わるい。君が懐かしすぎて」
「はぁ!?な、なによそれ!口説いてるの!?」
「ごめん、素だわ」
確かに口説いてる……と言うか馬鹿にしてるとも取れる事を言ってしまった。反省。目元を拭い、改めて彼女を見つめる。
その顔は少し呆れ顔であった。
「おひさ」
「私はあんたのことなんて知らないし、知ってたら八つ裂きにするわよ」
「はじめまして」
「馬鹿にしてんの?」
「どっちならいいの!」
思わず笑ってしまう自分には非はない。多分。
「何なのよもう……あんたみたいな女の子供なんて知らないわよ……」
そう呟く彼女は、寂しげで。ちょっとふざけすぎたと分かり、ちゃんと向き合う。
「フィリス」
「……ふざけてその名前出してるなら、殺すわよ」
彼女からにじみ出る殺気は本気と書いてマジだ。体をすくませてしまうが、目だけはしっかりと見つめ返す。
「今はシルフィって名前名乗ってるけど、女性になったけど、時間一杯空けちゃったけど、本物だよ。メルリィ」
「……右手には少しの勇気を」
その言葉を紡いだメルリィの視線は、微かに私の持っている短剣へ向けられる。
「左手には確かな愛を」
メルリィの左手には、かつての主人の銀の懐中時計が握られていた。
「「心には忘れない記憶を」」
いつの日か決めた合言葉。それを確かに2人で紡ぐ。
「嘘……」
「嘘じゃない」
幽霊となっても人を待つメルリィは、涙を零していた。
「何で、戻ってきちゃうのよ……思い出しちゃったじゃない」
「ごめん。待たせた」
「何年待ったと思ってるのよ……貴方が消えて100年も過ぎてるわ……」
「じゃぁあいつらも98年待たせてるじゃない」
「100年の歳月なのが重要なのよ。おかえりなさい、フィリス」
100年愛した人を待つ。それは私じゃなくて主人に言って欲しい言葉だと思いながらも、告げる。
「ただいま。メルリィ」
慰安の森。それはパートナーと呼ばれた少女が、亡くした主人をいつまでも大樹の元で待ち続ける森。
メルリィはその場所を荒らされるのが嫌で、人払いの魔術を施し幻覚で墓などを見せていたのだ。
幽霊として格の高い彼女の魔術は、人だけではなく魔物さえも払い、ここには自然の植物しか群生してい森であった。