~時間は戻れない~
モクモクモクと流れる雲を突っ切るかのように、タクシーは府内の国道をひた走っている――。途中、自然に出来た森のトンネルを抜けると、ガタンッと一瞬道が粗くなり蛇のように曲がりくねった道に出てきて、祐一くんが「わっ!」と驚いてしもうた。
県道に入ったんですよ。と運転手さんにそう説明されると、恥ずかしそうに大声を出したことを祐一くんは悔やんでいた。そやけれどもウチが「ええやんか、可愛らしかったでぇ?」と可笑しそうに言ってあげると、何故かぶぅっと脹れたような声を出してみせくれる。祐一くん曰く、ウチは男の子の気持ちが分かっていいひんらしいんやが、それすらもウチは――てか、まあ大抵の女の子はさっぱり分からへんやろうな。
うねりくねるような道を越えると、今度は大きく昇りになった道路に出る。今度は一気に下り坂になり、滑るように防風林抜けるとそこは海だった――。
眼下に、水平線の青い景色が何処までも彼方に浮かぶ。
「すごーい! これが全部海なのですか?」
海沿いを走るタクシーの窓を全快に開け放って見せ、今日初めて海を見ましたと言いだけに、そう祐一くんが喜びいっぱい嬉しそうに驚いてみせる。
「そうやで!」
波がうねるようにウチらに飛び付いて来るように向かって来ては、ススィッと引いていく。波の大きさは一定ではなく、大きくなっては小さくなり、また小さくなったかと思えば、今度は大きく跳ね上がったかのように大きく波打つ。その圧倒的な力に魅了されつつ横切るように、ウチらは目的地の砂浜へとずんずん進んでいく。
「あ、あれは何ですか?」
ふいに、窓を眺めていた祐一くんがウチに向かってそう言って尋ねて来た。その言葉に、
「どれえぇぇ?」
とウチも首を伸ばして祐一くんが、尋ねてきたものを見てみる。
「あれぇ! 岬に何か白い建物が建っている、あれです!」
そう言われて見てみれば、なるほど確かに岸壁の上、岬の方に白い建物がぽつりと建っていた。純白のように真っ白で、でも何処かしら寂しさを感じさせる建物。それが海側の岬に、ひっそりとたたずんでいた。
「ああ、あれは……教会ですね。灯台のような建物に見えますが、立派な教会です。ほら、建物の屋根の上に、十字架らしきものが立っていますでしょ?」
と、運転手さんがそう説明をしてくれた。
その言葉に、
「教会……」
と、祐一くんがオウム返しに尋ねて来た。
「どないしたん?」
「……あの、すみませんが教会に寄ってみませんか? 実は一度で良いから、教会の中にも入ってみかったんです。もちろん、無理なら――」
「教会の中へいってみたいんやね? なんやそれくらい、別にかしこまらなくても全然かまわへんよ。運転手さん、お願いできはりますか?」
「分かりました」
ウチの言葉に、タクシーの運転手さんは答え一路協会へと向かうことになった。
教会の前で待ってもらい、ウチらは教会の敷地内へ入ることにした。
教会は運転手さんがいわはったように、灯台のような建物やった。
祐一くんと一緒に、教会の中へと入ってみる。
教会の中は、とても神秘的やった。教会の中はひっそりとしており、空気が重たく感じられた。しかしそれでいて、ほっとさせられるような雰囲気もあった。
「すごいなぁ……」
ウチは目を丸くしてみせながら、天井を見上げてみた。天井には、昔をしのばれるゴシック様式と言う色彩が施されている。ほんで中央の真ん前にある祭壇の上に見える聖母マリア像が、太陽の光が差し込んできたステンドグラスに煌びやかに照らされて、ウチらを微笑ましく見据えている。
それがまさに、教会の神秘さやった。
「空気が澄んでいますね……」
「ほんまやわ……」
祐一くんの言葉に、ウチは相槌を打つ。
そのまま、ウチらは食い入るかのごとくそれらを眺めていた。
「おやおや、いらっしゃい」
ふと、声をかけられてウチらは慌てて我に返り、
「あ……どうも」
「こんにちは……」
と、ドギマギしながら曖昧な返事をしてみる。神父さんか牧師さんやろうか、声を掛けて来たんはまるで黒い法衣みたいなんを身にまとい、無精ひげを生やしたおじいさんやった。
「すいません、勝手にお邪魔してしまって……」
「いやいやいや。なぁに、かまいませんて。こんな辺ぴな所に建てられた教会なものだから、なかなか人が来なくてねぇ。マリア様も、ひさびさの来客にきっとよろこんでおられることでしょう。さあさ、わしにかまわずゆっくりして行ってください」
そう言ってひげを生やしたそのおじいさんは、あごひげを撫でつけてはにこやかに微笑む。
にぃっと笑って見せた歯が、少し欠けていてなかった。
「はぁ……」
「ほな――」
ウチと祐一くんは少しばかり躊躇いつつも、言葉に甘えることにした。
「ところでお前さん方は、もしかして恋人同士か何かかね?」
そのおじいさんの突然の発言に顔を見合わせて、ウチらはお互い頬を染めては恥ずかしそうに俯いてしもうた。
「ふんふん、なるほどなぁ……。そう言えば、この教会が建てられた由来を知っていなさるかね?」
その言葉に、ウチらは二人とも首を横に振ってみた。
「ふむ、それじゃあ老いぼれじじいを楽しませる一興と思ってここは一つ。悲しい恋の物語をしてしんぜよう」
そう言うとおじいさんは、長いすによっこいせと座り懐から神様に仕えるものらしからぬ煙草の箱とを灰皿を取り出しては、なんとその箱から出した煙草をくわえてみせたのである。
「あ――」
言うておくけど、教会の中はもちろん火気厳禁なんや。なんやけども、その人は躊躇わずに煙草を吸おうとしていた。
「たばこ……」
「あ、あの! ご神職の方ですよね? こ、ここ、火気厳禁……ですけど」
「ん? ……ああ、もちろん吸っちゃあダメじゃな。大丈夫、くわえているだけじゃよ」
そうおじいさんは言うんにゃけれど、ウチらが止めひんかったらきっと吸っていたかもしれひん……。
「ま、お座りな」
その言葉に、ウチらも長いすにちょこんと腰を下ろすことにした。
「それはそれは、悲しい恋の物語じゃ。……もう、六十年も前になるかのぅ――。太平洋戦争がちょうど終わった頃じゃった。その頃はな、まだここらにも小さいながらも立派な村があったのだよ。もちろん、今はもうないがねぇ。で、その村には戦争から帰ってきた若い立派な男が一人と、村長の娘である女が一人おったんだ。二人は、恋人同士だったんだがなぁ……。ある日のことだった、男は村長やみんなに自分を認めてもらおうといつものように漁へと出かけていた。が、不運にも大嵐にあってしまってのぉ……。その後嵐は納まったが、男は二度と戻っては来なかった――。嘆き悲しんだ女は、しかし男が帰ってくることを信じて疑わなかった。例い魂だけでもきっと戻ってくると信じて疑わず、毎日男と会っていたちょうどここの場所に、小さいながらも灯台を建てたんじゃ。そして女もその灯台に住み、男がいつでも帰って来ても大丈夫なように、また男が迷わぬようにとずっと灯台を照らし続けていたんだ。結婚もせずにな……」
火のない煙草をおもむろに灰皿へ磨り潰すと、おじいさんはもう一度煙草をくわえては、結局火をつけて一服してしもうた。ほんでおもむろに、聖母マリア様を眺めながら、こう切り出した。
――てか、吸ってるやんっ!
てな、野暮なツッコミをウチは喉まで出かけてなんとか堪えた。
祐一くんも言いたそうな顔やったけど、雰囲気壊さんとこ思うてか、仕方なしに黙っていた。
「……一方、男の方は実は死んでなどいなかった。しかも、漁にも出ていなかったのじゃ。実を言うと、女の両親である村長に男は結婚することを反対されていたんじゃよ……。もちろん、男は最初それに反発していた。しかしながら、当時は家柄の違いがあったからなぁ。女は村長の孫で、男はただの漁師……。結局、男は女を諦めざる得なかったのだ。けど、男もただでは諦めなかった。女と駆け落ちしようとまで思っていたんじゃ……。じゃが、男はその前につかまってしまい駆け落ちに失敗し二度と女に会えぬよう、村から追放されてしまっていたのじゃ。……それから、四十年くらいたったある日だったかな? ひょんなことから女を諦めたはずの男が、なんと再びこの村に帰ってきたんじゃよ。立派になってなぁ……しかしながら、時が遅すぎた。村は悲しいことにすっかり廃れてしまい、女の暮らしていた灯台も寂れてしまって無人になってしまっていた――。そして待ち続けていた女は二年前に病気になってしまい、そのまま帰らぬ人となってしまっていた――」
煙草がじりじりと短くなって行く。
「男は嘆き悲しんだ……。何故なら、男が帰って来た理由はかつて女との果たせなかった約束を果たそうと思っていたからなのじゃ――。もし鳥のように翼があり、もっと早く彼女に逢いに行けていたならば……。そこで男は、女の骸を弔う為にかつて女が住んでいた灯台を改築して、教会を作り上げた――。ちなみに男はその後女を追うように死に、灯台の隣に眠っている女の隣に葬られているそうじゃ――」
そう言い終わると、おじいさんは何故か哀しげに煙草を一気に吸い込んでは、ゆるゆると煙を吐く。
「なんだか、悲しい……お話ですね」
おじいさんの話しに、そう祐一くんがぽつりと言って来た。
「……そうじゃな。もともと灯台にまつわる話しには、悲しい話しがどうしても多い……。それは、海が神秘的で何者よりも深い慈愛に満ち満ちており、灯台も少なからずその影響を受けておるからなのじゃと、わしは思う。さて、これでこの教会が出来た理由が分かったじゃろう? ここはもともと、灯台だったのさ。それがこうして、今の教会になったと言うわけじゃ」
「……」
もう少し、もう少しだけ女の人に時間があったならば……。
そないして、男にもう少しだけ鳥のような翼があったならば……。
もしかしたら、あるいは――。
自分らとおじいさんが話してくれた物語とが重なってしまい、ウチは胸が締め付けられる想いで噛み締めていた。
時間はかぎりあるものなんや……。
そやから、今を大事にせなアカン。
今というこの時間を、大切にせなアカンと教えられた気がした。
「……たいくつな時間に付き合わせて、すまんかったの」
「いえ、すっごくためになるお話でした……」
祐一くんがそう言ってお辞儀をする。
「ウチも……めっさ考えさせられて勉強になった気がします」
ウチもそう言って、おじいさんに礼を言う。
「いやいや、わしの方こそありがとう。すごく楽しかったわい」
「それじゃあ、そろそろ……」
そう言って立ち上がり、ウチらはお暇することにした。
「気を付けてな……。そなたたちに神の祝福があらんことを」
おじいさんがふと、十字を切ってはにかんで見せる。少しばかり欠けた歯が、今までにないほど良く見えていた。その時何処か、おじいさんは涙を拭って見せたような気がしてウチは「……あれ?」と少し疑問に感じたんにゃけど、別にあえて不思議に思うこともないと思うたので、そのまま見過ごすことにした。
ほんでウチらは、待たせていたタクシーにまた乗り込み灯台のような教会を後にすることにしたんやった……。