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鳥の謳  作者: 千歳命
8/12

~たった一度の悪いこと~



「……よっしゃ、準備はええやろうか?」

翌日の朝。五階ナースセンターの様子を伺いそう尋ねてみると、パジャマの上に上着を着ている祐一くんが「ええ……」と少しばかり緊張した面持ちで頷いて来た。ウチはそれを見て祐一くんのそっと手を握り締めてやる。

 祐一くんにとって初めてのことやから、緊張しとるのかもしれひん。

「大丈夫、平常心でいけば意外とバレひんもんやから」

「はい……」

 実はこれからウチら二人は、病院を抜け出して海に行こうと計画しているところなんや。まあ普通なんやったら、病室の窓から抜け出すなんて方が定石で簡単なんかもしれひんにゃけど、あいにくのところ祐一くんもウチもあんま高いところ好きやないため、それは断念せざるえんかった次第や。てか、最近の病院の窓てそんなに開かひんのやよ。なんや、落下防止とか自殺防止らしい。そんために、ウチらは看護師さんにバレひんように作戦を練っているわけなんやけど、病院の外に出るにはまずこのナースセンター前を必ず通らなければならひんのや。

 うざったい。

 が、これも患者さんのため思うたらしゃーないな。

「ほな、行くで?」

「はい」

 ウチを先頭に歩き出すことにした。

 歩いている最中、なんやか足元がふわふわした感じがしていて、祐一くんもそう感じているらしくてドキドキと心臓の高鳴りが止まらへんかった。

 まあ、今ものすごい悪いことをしているんにゃから仕方ないんやけれど……。

 平常心や、平常心やねんと自分にも言い聞かせてみる。

 ふとナースセンターの受付前に差しかかる。ちらりと横目で中を見て見ると、受付にいる看護師さんらは何かの作業をしていて俯いていた。

 ……うん、これやったら大丈夫や。今なら余裕で切り抜けられる。

 そう思っていた、矢先やった――。

「あれ、二人とも何している……の?」

 本間先生との話しが終わったんか、ウチらの前に突然あゆみが現れて来てしもうたのである。

「――っ!」

ヤバッ……! そう思った瞬間やった。

「っ!? 相模さん! なんでこんなところに、大人しくしていないとダメですよ!?」

 受付にいる看護師さんがはっと気付いて、そう咄嗟に言って来たんや。

「アカンッ! 走るで!?」

「はっはい!」

その言葉に、もはや迷っている暇はあらへんかった。

 ウチは握り締めていた祐一くんの手をひっぱると、前に立っているあゆみの横を咄嗟に抜きさった。

「えっ? ちょっ、あんたたち――!?」

「ごめんや、あゆみ――!」

 そう謝ると、ウチはあゆみの背中を追いかけて来た看護師さんに向かって、思い切り押してみた。

「はわわーっ!?」

「……っ!」

あゆみは突如ウチに背中を押されてしまい、バランスを崩しながら看護師さんと鉢合わせになってぶつかる。それを見たウチらは、「今や!」と一気に駈け出した。

エレベーターやと追いつかれる可能性があるため、祐一くんの体調を気にしつつ階段を使いまず五階から二階へと下りていく。そこから、普段は使われていいひん非常階段をわざわざ使って一階へと下りる。さらに、ロビーは待ち伏せされている場合があるため、裏口へと回ることにしてみた。

裏口は普段、緊急搬送の行き来があるためなんか、駐車場みたいになっていた。

しかしながら普段はがらんとしているため、監視の目はゆるい。

「はあ……はあ……はあ……」

「祐一くん、大丈夫……?」

「は、はい……。ひさびさに走りましたのでちょっと心臓がドキドキしてますが」

「ちょっと、あゆみには申し訳ない気が、します……」

 息を切らしながら祐一くんが、ちょっと申し訳なさそうに言ってきた。

 ウチも少し申し訳なかった。けど――。

「仕方、あらへんわ――。あゆみのこと気にしとったら、つかまっていたかも分からへんかったし……」

「そう、ですね。でももう、追って来ないんじゃ、ないでしょうか……?」

「そう、やね……」

 祐一くんの体のことも考えて、少し立ち止まってみる。やはり祐一くんはかなり辛そうな表情をしていたんやが、ウチが気にして見ているのに気が付くと、強がりなんか満面の笑みを浮かべて見せてくる。

「ホンマに大丈夫……?」

「ええ――」

 祐一くんが息を整えたのを見て、タクシーを捕まえようとしたその瞬間やった。

「――いた! 待ちなさい、あんたたち!」

 と、なんとあゆみが追って来ていたのである。

「げげげっ!」

「あゆみっ!」

さすがあゆみやな。きっと、ウチらの計算を読んで連れ戻しに来たに違いあらへん。しかしながら、ウチらもここで大人しくつかまるわけにはいかへんのや。

ウチらも慌ててタクシーを捜す。すると、今さきほどお客さんを下ろしたばかりのタクシーが目に止まる。慌てて出て行こうとしたタクシーを止めて、先に祐一くんを乗せ、ウチはあゆみに向かってこう言い放った。

「ごめんネ、あゆみ! そやけども、海を祐一くんにどないしても見せてあげたいんや! 夕方までには必ず戻ってくるから!」

 ほんでウチもタクシーに乗り込み、

「すんまへん、出してください!」

 と、運転手さんに言ってのけた。

 その合図とともに運転手さんが無愛想に無言で頷き、ウチらを乗せたタクシーがゆっくりと走り出した。

「――っ!」

 タクシーはどんどんと加速して行き、ウチらを追っていたあゆみが後ろで何か叫んでいた。が、もはや小さい影になっていき良く聞こえひんかった……。

「ぷっ、くっくっくっ!」

「ひっひっひっ!」

「はっはっはっはっー!」

 緊張の糸が切れたんか、突如祐一くんがそう笑ってきた。

「うふふふ」

 ウチも耐えかねて、何故か笑ってしもうていた。

 実のところ、あゆみには悪いことをしたなと思ったんにゃけれど、こんな風にもドキドキワクワクしたのが楽しくって、仕方なく笑ってしもうたんや。

きっと、もう二度と出来へん経験かもしれひんから……。

「どうやった? 祐一くん」

「怖かった……! 怖かったですけど、なんだかスカッとしてとても気持ちが良いです!」

 その言葉に、やって良かったと少しやけ楽になり、ウチはなんやか救われた気がした。

 タクシーの窓ガラスを開け放ち、祐一くんが楽しそうに外を眺める。

ウチらを乗せたタクシーが青い空の下元気良く走り、風をどんどんと切っていく。爽快やった。

「ありがとう、かなでさん!」

 そう言ってくれた祐一くんの言葉が嬉しくて、ウチはなんだか舞い上がりそうになっていた。と、同時に少しばかり不安もあって素直には喜べへんかった。

何かあったら、迷わず真っ直ぐに帰って来るか、近くの病院にでもかまわないから行きなさい――っ!!

あゆみの、最後に叫んでいたあの言葉がふと蘇える……。

 そやけども、大丈夫やよね……?

 二人でなら、きっとどんな困難にも乗り越えていける……よね?

 しかしながら、祐一くんの元気そうな笑顔を見ているとその不安も、途中で吹き飛んでしもうていた。

ウチらはこうして、病院を抜け出すことに成功し海へ出かけたのやった――。



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