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鳥の謳  作者: 千歳命
6/12

~心友~

「――海へ行きたいなあ」

 カップアイスクリームのスプーンを口に咥えながら、祐一くんが窓の外を眺めつつふいにそう呟くように言って来たんは、ちょうどウチの学校が夏休みに入ってすぐのことやった。

 世間さまでは『夏や! 海や! 水着や!』て言う、使い古されている……て言うか、もうダサダサのフレーズが盛り上がっている頃、ウチは入院してしまっていたこともあってか補習のため制服姿で相も変わらず、祐一くんの病室に行っていた。

「ほへっ、今なんて言ったん――?」

 きょとんとしたように、ウチもスプーンを口に咥えてみせながら祐一くんに尋ねてみた。

「海へ行きたいって言ったんです。いわゆる、デートってヤツですね」

 と、祐一くんが反復してくる。その意外な言葉に、ウチは少しばかり目をパチクリさせてしまった。と言うのも、ずっと入院している祐一くんから『海』と言う言葉自体が出てくることにも驚いた。やけれど、ぶっちゃけ『デート』って言う言葉自体にも、すごく驚いてしまったからやったんや。

「なんで、また急に……?」

「海、嫌い……でしたか?」

「ち、違うねん! 別に、嫌いとか反対ってわけやないんやよ? ただ、ただやね――」

そう、ホンマにウチは別に、嫌いや反対って言うわけやないんや。嫌いや反対って言うわけじゃないんにゃけど、そのぅ……ほらやっぱり海と言ったら水着姿になるのがお決まりなわけやって、女の子としてはボディラインとかはめっさ気になるわけやないの。特に今年の夏は、入院していたもんやからめっちゃ油断してたし、それに好きな男の子と一緒に行くんやったら、なおさらや。

また今年は、なんやかんやとバタバタしていて今流行の新しい水着も買わへんかったわけやし……。

てか、怪我した足は完治したものの傷跡がめっさ醜くてさらけ出せないて言うんが、本音かもしれひん。

そうドギマギしてしもうていると、祐一くんはアイスを食べ終えてウチに対しこんなことを言って来はった。

「あ、そうそう。勘違いしているかもしれませんが、海へデートと言ったって別に泳ぎに行こうと言うわけじゃないですからね? そもそも、ボクはカナヅチで泳げませんし……まあ、海の絵とかを描きに行くだけですよ?」

「え――? あ、ああ、うん。うん。別にそれくらい、分かっていた……わ」

「本当ですか?」

「も、もちろんやっ!」

 早とちりに恥ずかしくなってしまい、照れ隠しにアイスをがばがば食べて過ぎて頭がキーンと痛くなってしもうたのは、内緒。

そやけども、どないしよう……。

 ウチは祐一くんの願いを叶えるべきなんか、少し迷ってしもうていた。

 と言うのも夏休みに入ってからここ最近、祐一くんの発作が日増しに多くなってきているからやった。ちなみにこの病院から海までは約二十五キロ、時間にして一時間近くかかる長旅や。祐一くんの負担を考えてしもうたら、うーん……やっぱ簡単に「ええよ」とは賛同しにくかったんや。

 ちらりと上目遣いに祐一くんの顔を見てみると、祐一くんは窓の外の空を寂しげに眺めていた。

「担当医の本間先生が、ええって言ったら……やね?」

「もちろんです」

 結局そう言うしかあらへんかったんにゃけど、それでも祐一くんはすごく嬉しそうにウチに対し笑顔を見せては喜んでくれた。

「すごく楽しみですね」

「そう、やね――」

 祐一くんを落胆させたくないなと正直思っていたんや。そやけれどもそんな思いとは裏腹に、祐一くんの身体は日に日にやせ衰えて来ていて、不安でしかならへんねん。そう言えば昨日も、夕食をほんの少ししか口に出来ていいひんかったし……。

 昨日もまた強い薬を投与させられていたから、めっさ苦しいんはもちろんよう知っている。知っているんにゃけど――、祐一くんを支えているこちらとしては気が気ではあらへんかった。

 そう思うと、嘘を吐いたようでちょっと申し訳ない気がしてならへんかった。

 するとふいにドアをノックする音が聞こえ、

「おにい、まだ生きてるー?」

 と、元気良くあゆみがお見舞い品を持って病室に入って来た。

「なんだ、かなでも先に来ていたんだ」

「うん……、お邪魔しているわ」

 そう言うと祐一くんが口を尖らせて来た。

「全く、実の兄に対して『まだ生きてる?』とか言う発言は不謹慎ですよ」

「あはは、別に生きているんだから良いじゃん」

 笑ってごまかし、あゆみはウチが出して来たパイプ椅子に腰を下ろす。

「お詫びに、じゃーん。本通りにある洋菓子店『エトワール』の生クリーム乗せプリン」

「わはっ♪ あそこのプリン?」

 あゆみが見せて来た箱にウチはめっさ嬉しそうに目を輝かせて見せる。ちなみに洋菓子店『エトワール』の生クリーム乗せプリンはめっさおいしいとの評判やって、でもすぐ売り切れてしまいなかなか買えひんねん。祐一くんもその箱の中を見て、おいしそう思ったんか生唾を飲み込んでいた。実は祐一くんも意外と甘い物好きとのことらしい。

 大丈夫やよ、ウチは気にしひんから。

 てか、一緒に甘いもの食べられるてええやんな。

「あ。でも二人はすでにアイスを食べていたみたいだから、いらないかしら?」

「――っ!」

 その言葉にウチと祐一くんは目を大きく見開いてしまう。

「ちょっ、それとこれとは――」

「そ、そう――」

『別腹!』

 ウチと祐一くんの言葉がみごとにハモった。

「あははっ! はいはい、分かっているってば♪」

「それにしても、見事にハモったわね。シンクロ率高すぎだわ」

「……」

「……」

そんなこんなでウチら三人は、仲良く一緒になってプリンを平らげることにした。

 最近、こうやって三人仲良く病室で一緒にいることが多くなっていた。それと言うのも、あの時あゆみが全部ウチにぶちまけてくれたおかげなんやと思っているし、また自分もあゆみに対し思いを全て話せたおかげででもあるんやって思っている。祐一くんもそうやった。あの時はまだ、お互い遠慮してしまっていたもんやから、妙にギクシャクしてしまっていただけかも。そやけど今はホンマに、お互い本音を言い合えるほど。あゆみがいなければこんな風になってなかったんやと、ウチはあゆみに対し密かに感謝していた。もちろん、口にしては言わひんやけどね。やって口にして言ってしまうと、あとであゆみにからかわれてしまうか、なんや重み言うんがあらへんもん。

「あ、そうそう」

 プリンの味を噛み締めながら、祐一くんがあゆみにふと思い出したように言って来た。

「実は今度、かなでさんと海へデートしに行く約束をしたんです――」

「……っ!」

ヤバっ……! とその瞬間、プリンを頬張っていたウチは咄嗟に思ってしもうた。

 と言うんもその言葉に、一瞬あゆみの目の色が変わってしまった気がしたからやった。もしかしたら怒られてしまうんやないかと冷や冷やしていたんにゃけど、あゆみは何故か怒ってなんかいいひんくって、むしろ笑顔で「そう、それは良かったわね――」と祐一くんに言っていた。

「へへへ、羨ましいだろ?」

「べーつにー」

「あたしはおにいよりも、もっと格好いい人とデートするもん♪」

 それにウチはほっと安堵してみるも、まだ油断は出来ひんかった。

 すると案の定、あゆみは本間先生に行けるかどうかと、外出届の手続きをしに行くと言い出してきて、「あ、かなでも付いてきて」とウチも一緒にと病室の外へと連れ出そうとしてくる。はぁ、仕方があらへんよね……と覚悟を決めて一緒に病室から出た瞬間、怒られると身構え怯えてしもういていたウチに対し、なんとあゆみは肩を落とすように大きな溜息を吐いて来た。

「――!?」

「兄がまた少し、やつれているように見えたわね……」

「あ、うん――」

「食事とか、ちゃんと摂っているの?」

「昨日、ちょこっとしか夕食を食べひんかったの……」

「そう――」

 ウチと違うてあゆみはこの頃、毎日祐一くんに会いに来てひんもんやから、変わってしまった祐一くんの身体に驚いてしまったんやろうな。そう思ってしまうと、ウチもやるせない気持ちいっぱいで仕方があらへんかった。

「……なんで、兄とあんな約束したのよ?」

「う」

 キター! やっぱり、その話やった……。

 別に攻めていると言う感じであゆみは尋ねていいひんかったけれど、日にやせ衰えていく祐一くんを見てめっさ苦しく辛そうな顔しながら、ウチに尋ねて来た。

「ごごめん、断りきれひんくて……」

「はあ~……ったく、もう」

 あゆみがまた大きな溜息を吐いてくる。

 気持ちは、分からんでもあらへん……。

「そ、そやけども……っ! 一応本間先生に、海へ行ってええよって言われたらねってことには、したんやで!?」

「そんなの、当然でしょ……? まさかあんた、医者の承諾なしで外出しようとか思ってたわけじゃないでしょうね?」

「そんなこと、全然あらへんよ――」

「本当にー?」

「う、う」

 そう弁解して見せると、ふいにあゆみがウチの顔を睨み付けてきた。

「……でもね。例え先生が許可したとしても今の兄の身体を思うと、本当は何処にも行って欲しくないとあたし自身は思っているの――」

「……」

「――ごめんなさい、妹失格ね」

「ううん、そんなことあらへんわ! もしも、もしもウチがあゆみやったら多分同じことを言うていた、と思う……」

 その言葉に、あゆみが困ったような表情で笑いかけてくれた。

 そうや……あゆみも、ホンマのところ祐一くんのことを心配しているんやもん。

 心配で、ホンマに心配で仕方がないんや……。

 やから、あんなこと――。

「やっぱり、かなでに任せて良かったわ――」

「えっ……?」

「なんでもないわ――。それより、海へデートしに行けるかどうかダメ元で本間先生に尋ねてみることにしましょ?」

「――」

 あゆみの言葉に、ウチは目を大きく見開いてしもうた。それに気が付いたあゆみが首を傾げてくる。

「? どうしたのよ?」

「あ、いやぁ……。さっきまで反対していたのに、海へデートしに行けるかどうか本間先生に尋ねに行くなんて言い出したもんやから」

「ちょっと驚いてしもうたんや――」

 ウチがそう理由を言って見せると、あゆみは呆れ果ててしまっていた。

「……別に、海へデートしに行って良いなんて言っているわけじゃないのよ? あたしは今でも反対だから」

「あ、さよか……」

「……でも、それはあくまで兄の身体を気遣ってのあたしのワガママ。――本当のところは兄とかなでの二人が、幸せになってくれたらいいなとは思っているわ。だったらあたしは、出来るだけのことはしてあげなきゃいけないでしょ?」

「あゆみ……」

「ムカつくけど」

「あ、あゆみぃ……」

「冗談よ冗談」

「うん、分かってたわ」

「……やっぱムカつく」

「――」

 正直、ウチも不安でたまらへんかった。でもそんなウチの不安を、あゆみはいつも取り除いてくれた。弱気になるウチのお尻を、いつもペチンて叩いてくるんや……(ホンマに叩かれたら嫌やねんけど)ホンマに、頼りがいのある義理の(あゆみ)――になるんやっけ? んん? 義理の姉? どっちが誕生日早いっけ?

「……これから、こんなことは日常茶飯事になるかもしれないわね。かなでにも、少しは教えていかないとね。わざわざ、毎日来てもらっているんだし」

「うぅー……、一生懸命頑張るわ」

「……うん。がんばれ、未来のお嫁さん」

 ふいに、あゆみがこそっとウチの耳に囁いて来た。

「にゃっ……!? 何を――!」

その瞬間ウチはそう叫ぼうとしてしまって、病院の中だと気付き慌てて口を噛んでしまい、痛そうにしながらも噤んで見せた。そんなウチの慌てる様を見て、あゆみは可笑しそうに笑う。

「ふ、ふざけてるん!?」

「まさか」

 未来のお嫁さん――。

 そんなキャッチフレーズみたいな言葉を思い出す度に、顔が真っ赤になってしもうてウチは恥ずかしくて仕方があらへんかった。

「ま、あくまで(仮)の、だけどねw」

「なんやねん! その(仮)てぇ」

 一方のあゆみは、純粋なウチをからかってご満悦やった。

全くもう、あゆみは……っ!

 でも、そう思う一方で、あゆみの背中には時折寂しさが浮き出ていた。

 ホンマはこうやって、寂しさや辛さ、苦しみを紛らわそうとしているに違いないんやろな……。

 誰にも、本性を見せへえせんで……。

「……あゆみ」

「ん? 何よ?」

 振り返ったあゆみは、いつもと変わらぬ顔やった。

 結局ウチはそんなあゆみに対し、何も言えひんくなってしもうていた。

 情けない……。

「……」

「どうしたのよ? あ、もしかして仕返しでもする気? いいわよ、かかってきなさい」

「……しいひんわ、そんなん」

「じゃあ、何よ?」

 そうあゆみが言った瞬間、ウチは前にいるあゆみを抜いて振り返ってみた。

「――なんでもあらへん。それよりも、早く聞きに行こう?」

「はいはい」

 そう言うとウチは、あゆみに気付かれないよう唇を噛み締めてみせた……。



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