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鳥の謳  作者: 千歳命
4/12

~疑惑~


「だ、だるい――」

「……」

「ううっ、めっさだるすぎですわ……」

「……はいはい。お嬢様言葉にしても、何も変わらないわよ?」

「あうあうあう……。そんなん言うたってええ~!」

「だるいだるい言っていたら、もっとだるくなるからもうやめな?」

「うぅ……」

 ……あんな。ホンマに、天国から地獄へと突き落とされる思いって言うんは誠にあることでして、入院生活からありきたりな学校生活に戻る言うんは、今やウチにとって耐えがたいものになっていたんや。まず始めに厄介やったんは、高校の授業の内容に全く付いていけずに勉強が分からなくなってしもうていたことやった。

「わーい、勉強がサボれるぅ!」

 と、本気で喜んで勉強をサボりにサボりまくっていた結果。入院生活が裏腹と言うか、仇になってしもうて、今はただひたすら授業に付いて行くため勉学に精を出さなくてはならなくなってしもうたんや。こうなるくらいならば、入院中でも少しは勉強しとくべきやったんかなっと後悔してみるも、よもや入院中へ逆戻りする事も出来ひんくってただただ後悔のみが、ウチをせめぎ立てて来る。全く持って、情けないですわホンマに……。

 ほんで次に辛かったんは、クラスメイトが事故の事でウチをからからうことやった。女子のみんなは優しかったりするんやけど、男子がもう……。「傷跡見せろよ」とか、「いい男見つけて事故ってんじゃねえよ」とか。ええい、うるさいわ! ウチのせいじゃあらひんやもん! いやもうホンマに、勘弁して欲しいくらいやわさ……。頼りの綱であるあゆみも、なんや知らんぷりっってなくらい助けてなんかくれひんにゃもん。ほんでもって、梅雨の特徴である高温多湿――つまりは東南アジア辺りのみに起こるじとじと感でもうノックダウン。うん、病院はとても快適やったから身体がついていけひんくなってんやよ。てか、今年は梅雨に入っているにもかかわらず雨があまり降らんといて、この町では早くもヒートアイランド現象が起きているとかいないんやとか。他にもまだあるんにゃけど、面倒やから後は色々勝手に考えてちょうだいな。おかげで午前の授業でもう、ウチの頭ん中はタイヤのパンクよろしく、パソコンのフリーズした感じで真っ白になってマシタ――。

「ふふ、お疲れのご様子ね?」

「ああ……?」

「まあ! 言葉まで忘れるほど?」

「――ふざけとるん?」

「あんた、原始人並みだもの」

「……」

 そう言って、ケラケラとヒトを見下したように言うて来る薄情者のあゆみ。そのあゆみの言葉にさえ、もはやお疲れ気味のウチの耳には届いていいひんかった。

「いいこと教えたげる♪」

「んん……?」

 と、机に頭を預け情けない言葉を出して来るウチに、あゆみは哀れみの笑みを浮かべて見せる。

「……辛い授業が終わるまで、後二時間三十分余りよ。まだまだ辛いことが待っているかもしれないけど、がんばって勉学に励んでちょうだいね」

「ふん、他人事やと思ってからに……。そやけどウチらって、こんなにも辛い学校生活を送って来ていたんやろうか? 今思えば、なんやか信じられひん――」

「そうねえ……あたしは毎日来ているから、そう辛くは感じないけど」

「やっぱり、長く休んだ人には、辛く感じられるかもね」

「不登校になった生徒の気持ちが分かる気がするわ……」

「あんたそんなか弱くないっしょ?」

 そう言うてきたあゆみを、ウチはギロッと睨みつけた。

「慣れでしょ、慣れ」

「うーん……」

 慣れ……なんかなぁ。慣れと言うもんは怖すぎるもので、ホンマ率直に考えて、病み上がりであるウチからしてみれば、普通の学校生活でもかなり辛い。新鮮にさえ聞こえるはずやった先生の言葉が、ハングル語なんやろうか、それともフランス語か何かなん……? ううん、もしかしたら今やもう失われてしもうた古代マヤ語かもしれひん。まるでそう思えてしまうほどに、とにもかくにも理解出来ひんねん。読解不能とはまさにこのことやって、今やウチは外国の授業か、それともアンドロメダにいる宇宙人の授業を受けているんやないやろうか、と言う錯覚さえも覚えてしもうている。それほどまでに、サボることは危険! ってことに、その時初めてウチは気付かされてしもうたわけなんやな。それと同時に、学校生活と言うありきたりな生活から隔離されてしもうとったことに後悔をしてしもうた。いやいや、後悔と言うんよりは挫折に近いかもしれひんかも……。

「もうダメやわあ、お姉はぁん……」

 ウチはまるでか弱い妹を演じるように、あゆみに助けを乞おうとした。

「は?」

「助けてえさ……」

「あはは、ワタシに助けなんか求めてどうするのよ?」

「こう言うのは、自分の問題でしょ? 自分でなんとかしなきゃ」

 ええ、そやね。

でも、確かにそうかもしれひんけど……。

そやけどあゆみが、このクラスで一番にウチの事情と言うんを知っているわけで、そやからあゆみがウチにとっては一番頼れるんやないの。

そう言おうとしたら先を読まれてしもうていた。

「いいえ、違うわね。それより、彼に助けてもらった方が断然良いっしょ」

「彼――?」

 あゆみの言葉に、ウチはふいに頭を持ち上げ眉をひそめてみた。

「そう、祐一くんって言う子によ。年齢は違うかもしれないけど、その子はもう十八歳の年上なんでしょ? なら、ワタシなんかよりも勉強出来ると思うし何より、かなでと同じ境遇でワタシなんかよりも、もっとかなでの気持ちが分かってくれていると言う気がするのよね。うん、と言うかポンカンジュースでも彼に買っていってあげれば、きっと喜んで手伝ってくれると思うわよ?」

「まあ、確かに――」

 そう考えて見せ、ふとウチは浅からぬ疑問を思ってしもうた。どないしてあゆみは、祐一くんのことを知っていてるんやろうかと――。

「ねえ、あゆみ――」

「なに?」

「どないして、祐一くんのことを知っているん……?」

「――」

「それに自分、あゆみに祐一くんがウチらよりも年上やってこと、教えていたっけ? それだけやない、彼がポンカンジュース大好きやってことも――」

 そのウチの問いかけに、あゆみは何故かクスッと不敵な笑みを浮かべて見せる。

「――何言っているのよ? かなでってば、もう頭が耄碌してしまったの? いろいろと教えてくれたじゃないの。それに、かなでの行動は単純明快で分かりやすいのよねぇ。嘘が吐けないと言うか……とにもかくにも、こちらが知りたくないことまで嫌と言うほど丸分かりになってしまうのよ。どうせ今日も、通院をこじつけにして会いに行こうとしているつもりなんでしょ? バレバレなんだからね」

「えっ――」

 ピンポイントな正解に、ウチは驚きあふれてしもうた。そうや、ウチはこの辛くてきつい授業が終わった後に、通院と言う名目上で病院に行き祐一くんに会いに行こうと思っていたところなんや。

「なっなんで、そこまで分かるんっ!?」

「入院してホントに頭が耄碌しちゃったの……? だから、かなでの行動が、単純で分かりやすいって言っているんじゃん。さっきからずぅっと上の空で――、授業が早く終わって欲しいみたいにそわそわした態度を取っちゃってさ。もう、いつ先生に見つかって『私の授業がそんなにつまらないか?』て、怒られやしないかってあたしの方が、気が気でなかったんだからね?」

「う――」

 この時初めて、自分の性格と言うもんを呪いたいと思ったことはあらへんかったな。

「まあ、別に良いじゃないの。知っているのはどうやら今のとこワタシだけみたいだし、邪魔する気も何もさらさらないし」

 ん?

 あれ、ホンマにそうなん?

 ホンマにホンマに、そうなん?

 何か隠しているんやあらへんの?

 じっと睨み付けてそう尋ねようと思ってみたけど、これ以上何かあゆみにしゃべってしまうと、また墓穴を掘って尻尾のようなモノをつかまれてしまう気がしてしまい、ウチは慌てて口を噤んだ。

 すると五限目の始まりのチャイムが、高々と鳴り響いて来た。

「さ、もうちょっとよ。気合い入れて頑張りなさい」

「ふえ~い……」

「やれやれ――」

「あとでサクラハウスのショコラアイス奢ってあげるから――」

「にゃにゃっ!? ホンマ!?」

「気合い出た?」

「うんうん!」

 ちなみにサクラハウスのショコラアイスは、言わずと知れた地元の名産品であり、濃厚なアイスでJK――女子高生には人気なんやで。

「そ、じゃあ頑張りましょ?」

「ほーい!」

「あ、ちなみにだけどさっきの冗談だから♪」

「え」

「奢らないから、自分で買ってね♪」

「早いよ!?」

「あはははっー」

それを合図にあゆみや友達たちがいそいそと、自分の席へ戻って行く。その様子をぼぅっと眺めていたウチはまだ、あゆみがどないして最近妙に突っ掛かって来るんか疑問に思ってしまい、仕方があらへんかった。そりゃあ、ウチの一番の親友なんやから突っ掛かって来るのは当然かもしれひんにゃけど……。けど、それは高校に入ってからや――正確には、あゆみとウチがここの高校を受験した時からやった。

 あゆみとウチは同じ中学校にいたんやが、三年まで全く面識も同じクラスにもなったこともあらへんかった。しかも全校生徒六百人をゆうに超えてしまうマンモス学校(あ、死語やなw)やったから、同じクラスの子とでも影が薄いと全くと言って良いほど分からへんねん。で、三年の時にようやく一緒のクラスになったわけなんやけど、残念ながらウチはその時はあゆみのことなど気にも留めてあらへんかった。だいたい中学三年は受験で、それどころやあらへんかったんも一因やもんな……。それでそのまま受験戦争が始まったわけなんやけど、まあ生徒たるもの受験が終わって卒業までは、ピリピリと神経を尖らせておかなくちゃああかんっ! と言うわけで、ウチらは当然のごとく、卒業まで神経をピリピリと尖らせられていた。そう言うわけで、ホンマにあゆみのことは中学時代全く知らへんかったんや。そう、グループやって別々やった。ほんで受験の時にあゆみと会ったわけなんやけど、幸か不幸か受験のその時ウチは、消しゴムを忘れて困り果てていたんやな。するとあゆみが「あたし、消しゴム二つ持っているの。良かったら貸してあげるわよ」と言ってくれて、おかげでウチもあゆみも今の高校に受かって、ほんでウチらの友情は始まったと言うわけや。

 簡単やけどこう言う経緯で、ウチらは親友になったんや。ただ、親友にはなったんやけど親友の期間が短いために、ウチはまだあゆみのことをあんまり知らへんねん。あゆみ自身があまりしゃべりたがらないせいもあるかもしれひんにゃけど、それは仕方ないと思うんや。やって、誰だって秘密の一つや二つはあるものなんやし。そんなわけで、そのままズルズルとあゆみをあまり知らないままでいる。でもこれが、ホンマの友達のままでいられる条件やってウチは思っている……と言うか確信やな。あまりくっつきすぎると逆に、些細なことでケンカしてしまうもんやから。やから微妙に少しばかり離れた関係でいられればうまく行くと言うわけや。

 でも、そやからなのかもしれひん……。

 時折あゆみが、まったくの別人に見えてしまう時があるんは……。

 ま、そんなことはどうでもええんにゃけど。

 そう思うと、またウチはぼぅっとしながら祐一くんのことばかり考え込んでしもうていた。

 この時からすでにウチは「恋」と言う不治の病に冒されてしもて、中毒ってやつになっていたのかもしれひん……。



「シャボン玉がしてみたいなぁ――」

 ようやくウチのギプスが外れた、ある日のことやった。まあギプスが外れたと言うてもまだ抜糸はすんでいいひんにゃけどね。ウチがいつものようにポンカンジュースを買って病室に入って来るなり、ベッドにいてる祐一くんがそう窓の外を眺めつつ、ふいにぼやいていたんや。

その言葉にウチは、

「ほえっ――?」

 と、思わず目を丸くして素っ頓狂な声を上げてしもうた。

するとその言葉に祐一くんはハッとして、

「……一体何時からそこにいたんですか!?」

 と、怪訝な顔をして問い質して来る。どうやら今日の祐一くんは、あまりご機嫌が優れない様子のようや。それとも、ウチにさきほどのぼやきを聞かれたんがそんなに嫌やったんやろうか?

「あ、ごめんんさい……。さっき来たばかりやねん」

「そう、ですか――。ボクがぼやいていたこと、聞いていました?」

「さあ……? それより、もう外は暑くなって来てはったなぁ」

 しらっとそう言って暑そうなしぐさをして見せると、病室のドアを閉めて松葉杖を置き、祐一くんのベッドの横にあるパイプ椅子に「よっこらせ」と腰を下ろしすことにした。

って、こらっ……!

「よっこらせ」て、なんやおっさん臭い掛け声やん!

 ウチまだ加齢臭ないんやからねっ!? ピチピチのJK、いわば女子高生やねん!

 そう自分にツッコミを入れつつ祐一くんをよくよく観察してみると、別段祐一くんは機嫌が悪いわけでも、良いわけでもないように見受けられた。やっぱり、油断してしもうてウチに聞かれたことが、めっさ恥ずかしくて嫌やったんかもしれひん。

 良かったわー。

「で、シャボン玉がどないしたんやって?」

 パイプ椅子に深く座り、ウチはそう何事もあらへんかったように祐一くんに尋ねてみた。

「やっぱり、聞いていたんですね……」

 あ、ギロっと睨まれてしもた。

 けど、ウチはもう気にしない。

「ウチはこう見えても案外、地獄耳なんやよ」

「ほんで? シャボン玉が?」

「あ、はい……窓の外で、子供たちが楽しそうにシャボン玉を飛ばしていたものですから。それを見ていたらついつい、ボクもしてみたくなっちゃって――」

 そう言う祐一くんの表情が、少しばかり赤くなっていた。どうやら、子供っぽいことにやはり少し照れているようである。その可愛げに頬を赤くさせる祐一くんの様子に、ウチはいつもの愛しさを感じて優しげに微笑んで見せた。

「むぅ……今、笑いましたか?」

「う」

 微笑んでいる所を目ざとく見付けられてしまい、ウチは何故かそう祐一くんに文句を言われてしもうた。

「別に、笑ってひん笑ってひんよ」

 ウチがすました顔で否定して見せる。しかし、それがどうやら裏目に出てしまったようやって、祐一くんはウチが笑っていると勘違いしてしもうたらしい。

「ま、別にいいんですけどね……」

 そう言って祐一くんは、ぷいっとそっぽを向き落胆してみせる。

 あーあ。

 やっぱり、男の子は可愛いや女々しく思われるんは嫌なんやな……。

「またそない言うて落胆するんやから……。全く、そう言う意味で祐一くんを笑ったんやあらへんって言うているんにゃけどねえ」

「はいはい」

「ほい、ポンカンジュース買って来たんやから元気出してえさ」

「いいんですよ、弁解しなくても……」

「祐一くん……」

 最近こんなやり取りが多くなって来たように感じる……。これも男の子の、情緒不安定な波の現れなんやろうか。最近はポンカンジュースではご機嫌が取れなくなってしもうて来たから大変や。

「すみません、脱線しましたね」

 そやけどもポンカンジュースを口にし、祐一くんがなんとか笑顔を見せて来た。

いや別に、ウチはあんまし気にしていいひんからええんにゃけどね……。

そう思うて、ふとベッドの横にあるテレビ台を見てみるとやった。お見舞いでもろうた品なんか、本物の大きなポンカンが三つほど置かれてあった。

「なんででしょうね、時々こんな風に自己嫌悪に陥ってしまうのは――」

「……」

 時おりウチよりも大人びた顔をして見せては、そう言って来る祐一くんの言葉にウチは何も答えることは出来ひんかった。祐一くんが背負っているもんが、めっさ重たく大きく感じられる――。

「……そない言えば、シャボン玉がしたいんやったっけ? 分かったわ、それやったらウチが買うて来たる」

 そう言ってウチは、松葉杖を手に取るとシャボン玉を買うために「よっこいせ」と、またゆっくりと腰を上げた。その言動に、祐一くんが「すみません」と申し訳なさそうな顔をして見せる。

「……そう言えば、病院の売店には売ってなかったん?」

「はい。一応、覗いてはみたんですけどね……」

 ああ、なかったんやね。

 きっと、外でシャボン玉しているあの子たちが買占めたんかもしれひん。

 ウチは祐一くんの表情を見て頷いて見せた。最近の大きな高機能病院には、コンビニのような売店があるんやけど。ここの病院にも、小さいながらも売店はあった。そやけど小さいのと子供があんま入院してひんと言うこともあってか、品揃えがとても悪くてほとんど誰も利用していいひんて言うんが現状。

「了解。それやったら、今から買いに行って来るから大人しく待っといてな?」

 そう言って病室を出て行こうとしたウチに対して、祐一くんはスケッチブックを抱え込んで見せると、

「よろしくお願いします」

 と、笑顔で応えてくれた。その言葉にウチもたまらず微笑んで見せる。すると、担当の看護師さんがウチと入れ替わりで入って来た。「あ、ども」「こんにちは」その担当の看護師さんに軽く挨拶を交わしつつ、病室を出る。

 ウチは毎日学校が終わる度に、自分の足の治療を済ませると真っ直ぐ寄り道もせずに祐一くんのいる病室にやって来ては、朝から晩まで付きっ切りで祐一くんに学校や興味のある外の話しを良くしてやっている。誰かに強制されてやっている、と言うわけやなくてや。むしろ、あえて自分から進んでこの役を買って出ていた気がする。

最初はもちろん、そんなことやっているウチに祐一くんや担当の看護師さんもあんまし良い顔をしてはいいひんかったんや。それはまあ、部外者なんやから当然なんかもしれひん。そやけども、最近はけっこう打ち解けて来たように感じてしまうんは、ウチだけやろうか。やって、祐一くんが怒った顔や困った顔、少し泣きべそになった顔、祐一くんの生活の一部をウチは見ることが出来たんにゃから……。

まあそう言うわけでウチは、今ではもうすっかり居候よろしく、面会時間がとっくに過ぎていたとしても図々しく祐一くんの元に来ているんにゃけれども、祐一くんはいつもウチに優しく最後まで話しを聞いてくれて迎え入れてくれた。面会時間過ぎていたらホンマはいけひんのやけど、祐一くんが許しているからと担当の看護師さんも目を瞑ってくれている。そやからウチは通院をこじつけにして、祐一くんにいつも会いに行っていると言う訳なんや。

「でも、抜糸はそろそろやな……」

「そうなったら、来んでいいし」

もちろん、通院していると言うのはホンマの事やからついでであってこじつけではないんにゃけど……。ううん、やっぱり祐一くんに会いたいがためにウチは病院に行っているんやから、立派なこじつけなんかもしれひん。まあそやっても、ウチは全然かまわひんにゃけどね。

そう言うてまうほどにウチの頭の中は、祐一くんのことでいっぱいで仕方があらへんかった。

じっとりと背中が汗ばんで来ては、フツフツとワタシの額に浮かんだ汗が頬を伝って流れ落ちて来る。

うぅ~、今日は一段と暑いように感じる……。

もうちょい、祐一くんの病室で休んでからいけば良かったかも。

松葉杖も、ホンマはもういらへんし返すべきかも。

時間がもったいあらひんからと、すぐに出て来たことをウチは少しばかり後悔していた。そうこうしているうちに、病院から一番近くにあるコンビニが目に付いた。ウチはジリジリと照り付けて来る太陽を避けるかのように、勢い良くコンビニの中に非難をすることにした。

「ふぅ――っ」

とコンビニの中に非難したウチは、ようやく水を得た魚のごとく大きく溜息を付いてほっとした。

クーラーがすでにガンガンと効いていて、コンビニの中はとても涼しかった。火照った顔に渇いた涼しい風が心地よい。が、しばらくすると涼しすぎて冷たくなった汗が肌に張り付いてきて寒さをとたんに感じてしまう。ウチはそうなってしまう前に、慌ててカウンターの横を通り過ぎると奥の棚を順に覗き込んでみた。

「あ、あったあった」

そう独り言のように言うて、ウチはちょっと派手目な赤紫のプラスチックの筒に入れられたシャボン玉液を手に取ってみた。うむ、間違いなくシャボン玉や。

ん。おや、こっちのは――百九十八円で、こっちは二百三十六円?

おお、やっす! 何やら眠っていた関西人の血が騒ぐわっ!

なら断然、こっちの安いのがお買い得――ってか、めっさ可愛すぎ!

うああぁー……、小っちゃい子供用っぽいなぁ。ピンクピンクで、もろ動物の模様をこしらえたような。

可愛すぎて祐一くん嫌がるかも……てか、それ以前の問題にならへんか心配やんな。

値段的には、理想なんやけど――けど。

やっぱ、祐一くんには……くくくっ! 手が、手が伸びひん!

でぇいっ! 値段なんか、気にしていられるか―いっ!

などと自分の中で格闘しウチはそれをようやく手に持ち、レジへと向かおうとした。すると、そう言えばテレビ台にポンカンがあったことをふと思い出した。別に張り合おうとかそんなつもりやあらへんかったんにゃけど、気になったのでレジに行く前にポンカンがあらへんかちょっと確かめてみた。が、それらしきものは見当たらひんかった。やっぱりちゃんとした青果店やないとあらへんみたいやね。見舞い用の果物はあるけど、それは高すぎて手が届かひん。しゃーないか、と思い仕方なしにレジに向かうことにした。

レジに行くと奥の小部屋から店員が出て来て、めっちゃけだるそうな顔付きをしつつ「二百三十六円になりまーす」と言うて来はった。そやけど、なんやか声もはきはきしておらず、しかも手は投げやりっぽく動かしている。みたところウチと同い年くらいの男子高校生で、茶髪に耳にはピアスをしている。シャボン玉を買いに来るやなんて、バカかって思われてしまわれているんやろうか? とさぞかし心配していたんやけど、別にそんなんではなくて、ただ単純にこの店員がやる気がないだけのようやった。しかも、欠伸までウチの前でして来はったんや。

 ちょっちょっと、客の前で欠伸なんかしてええの……?

 店長か先輩か、客の前で欠伸したらアカンて教わらなかった?

 なんや世間で騒がれとる、あの問題店員やないよね?

 と、ウチは呆れ果ててしまうも、やはり店員は一向に気にしていない。

「……シールでいいっすか?」

 は? だるいからって、シールでいいかとか聞くんやないっ!

「いいえ! 袋に入れてください」

 すると、やった。ウチに聞こえているか聞こえていないかの小さな声で「ちっ」と、舌打ちをしてはった。

「――っ」

 ホンマ、失礼な店員やわー。

 よう、ここの店長は彼を採用しはったなー。

 いくらウチが温厚でも、これはさすがにクビにさせるわ。

 と、なんやか頑張る人が報われひん現代と言う時代をひしひしと感じつつも、ウチは仕方なくお金を払い袋に入れてもらってコンビニの外に出ることにしてみた。

 あーあ、このお店はまもなく潰れるんやろうな。

 そう感じつつ、歩き始める。

 相変わらず、太陽はジリジリとウチの肌を焦がすように照り付けて来る。そろそろ衣替えで夏服の季節やな。いつもの制服とちごうて肌が露出するから、祐一くんには刺激的で大丈夫やろうかな―なんて、冗談半分楽しみに思いつつ、ウチは額から垂れてきた汗を拭って病院へと戻ることにした。

 暑かった外から再び病院へと戻って来て、祐一くんの病室に入ろうとしてみた。すると、少しばかりドアが開いていることに気が付いた。あれっ? 誰か来ているんやろうかと気になって、そっと病室の中を覗いて見てみるとなんと、祐一くんの他にもう一人誰かが病室の中にいる気配がした。

 ああ、さっきの看護師さんかな思うたけどそのお見舞いにきはった人は、祐一くんと仲良さそうにしゃべっては祐一くんのために、お見舞いのポンカンの皮を剥いてあげていたために、どうやら看護師さんではなさそうやった。

 一体誰なんやろう……?

 祐一くんとこんなにも仲良しやなんて……。

 ちょっと嫉妬みたいなんを感じ、ダメやダメや思いつつもそっと中を覗き込んでみれば、その人はなんやか見覚えのある後ろ姿であった。

 あれ……?

 あれれ……?

 まさか――。

 じっと目を凝らして見てみれば、見覚えがあるのも当然。なんとその人とは、ウチの親友である高畠あゆみやった。

「――っ」

「うふふ、元気にしてるようで何よりね」

「なかなか会いに来てくれないから、待ちくたびれていましたよ」

「あたしもいろいろあってねー」

 ウチはわけが分からず頭が混乱しまくっていた。

 どないして、あゆみが……!?

 なんやか、胸騒ぎがして仕方があらへんかった。

 知り合い、やったん……?

 え、でも。前に、知らなさそうにしていた、はず――。

 え、え?

 もしかして二人の仲を、隠していた……?

 なん、で? なんで隠す必要が――。

 ちょっ、まっ――。

「ほら。またもらってきたわよ」

「ん。悪いです」

 そう思っているとふいに、あゆみは祐一くんにポンカンを差し出して来た。しかも、それを祐一くんは嬉しそうに受け取っているやんか……。

 ああ――……。

 なんやの、仲睦まじいやなんて……。

 まるで、まるでホンマもんの夫婦みたいやんか――。

 ウチはそんなん二人の仲を見てしもうて、もうどうにも居たたまれなくなってしもうていた……。

「くっ……」

 そして気が付けば、ウチは病室には入ろうとはせずに、そのまま逃げるかのように病院から飛び出していた……。

 涙を、ポロポロと流しながら――。

 なんで? なんでって? そんなん……。

 そんなん――。

 決まってるやないのッ!

「――待って!」

「――」

 病院から飛び出そうとした時やった。ふいに、ウチのあとを追いかけて来ていたのかあゆみがそう叫んで呼び止めて来たんや。

「……」

 そやけどもウチは足を止めようとはしいひんかった。

「待ちなさいってば!」

「――ッ!」

 すると今度は突如、あゆみに腕をつかまれてしまいウチは仕方なしに足を止めさせられた。

「……」

 そやけど、ウチはなんや居心地の悪さからあゆみの顔をみいひんかった。仕方ないと、あゆみがウチの顔を覗き込んでくる。

「やっぱり、かなでだった……。病室の外に、シャボン玉の入った袋が置いてったからきっと、そうなんじゃないかなって――」

「……」

 その瞬間、ウチはまたどないしようもなく涙を零してしまった。

「あ――」

 ウチの泣いている姿に、あゆみは全てを理解したんやろう。

「今まで黙っていて、ごめんね――」

 と、申し訳なさそうにウチに謝って来た。そやけども、ウチはあゆみの顔を見ることが出来ひんかった……。ほんで泣いているウチのままでは、祐一くんに合わせられひんからとあゆみに促されるまま、ウチらは病院内にまた入り院内にある休息室の長いすに、二人そっと腰を下ろすことにした。

 そこであゆみは、ウチの涙が止まるまで待ってくれた。

「……本当にごめんね? とにかく勘違いして欲しくないのだけど、あたしと彼は別にそんな関係じゃないのよ?」

 何が、そんな関係やないのやろ。

 あんなん、楽しそうにしとったくせに……。

 ウチの涙がようやく止まり気を落ち着かせると、開口一番あゆみは困ったような顔をしながらそないなことを謝って来た。

「……」

「本当に、ごめん……」

 二人の間に何があるんか全然知らひんために、ウチはそのまま黙って聞いているしかあらへんかった。

「――兄妹なのよ。実は、あたしたちは」

「へ――?」

「正真正銘、血の繋がった兄妹なの」

「――」

 突然の告白に、ウチは驚きあふれるしかなかった。と言うのも、あゆみには兄妹はいないと聞かされていたからやった。

「もっともあたしが幼い頃に、両親は離婚しちゃってたんだけどね」

「……っ!」

「だから兄と呼んでいた覚えも、妹だと言う自覚もあんまりなかったけれども――。きっと何処かで兄として、甘えてしまっていたのかもしれない」

 そない言うあゆみが、何処か遠くを見つめる……。

 ふと以前、彼の面影が誰かに似ているなと思っていたことを思い出し、ウチは納得がいった。

 ああ、彼のこと何処かで見たことあるな思うたら、あゆみの顔にそっくりやったからなのか……。

 ウチにも妹が一人いてるけれど、知り合いに「似てるね」なんて言われたことは多々あった。ウチはそんなん、似てるとは思わへんかったんにゃけど……。

「かなでには、もっと早くに言っておくべきだったわね」

 あゆみはぽつぽつと、自分たちのことを語り始めた。

 あゆみが祐一くんと再会したのは、ウチらが高校受験を終えたすぐの時やったらしい。

 そうか、つい最近のことやったんか……。

「今の今まで父親と二人暮しで、母親や兄とかはいないだなんて聞かされていたもんだったから――」

「で。突然兄が出来てしまって、あたしも実のところ未だに戸惑っていたのよ……」

「ごめん――」

「あ、かなでは全然気にしなくて良いのよ? 元はと言えば、あたしが黙っていたせいなんだから。でもその両親も、今じゃ天国にいるんだけどね……」

「――え?」

「バカな親たちよ。自分たちを犠牲にしてまで、息子や娘を大学までやろうとしたんだから……」

「……ご冥福を祈るわ」

「ちょっ、勝手にあたしの両親を殺さないで!」

「へ? いやでも、さっき今天国にって――」

「天国は天国でも、空って意味なのよ」

「は――?」

 聞いたところによると、ご両親は海外をただいま駈けずり回っている最中で、もっか飛行機の中にいるとのことらしい。

「……な、何をしているん?」

「父は日本の外務省関係者。母はその秘書として仕事をしているわ」

「え……」

 ちょっ、いいとこのお嬢さんやったん!?

「二人が海外に赴任になってしまったもんだから、あたしが兄のお見舞いに行く羽目になったのよね」

「……」

 へいへい、さよか。

 ちょいと内心ムカついていたことは黙っておく。

「……ま。そう言うわけだから、あたしと彼は別にそんな関係じゃないのよ」

「うん――」

 そやけどもそう言うたあゆみが何処か悲しげやったんは、多分気のせいなんかやないと思う……。

「本当に、ごめんなさい……」

「あ。ううん、ウチの方こそ突然に泣いちゃって――」

 そう慌ててウチが言うて見せると、あゆみはやっとすっきりしたと言いたげな表情をして見せる。

「良かった。それじゃあ、今後とも兄のことをよろしくね」

「あ、うん。でも、ウチなんかでよければやけど……」

 そう言うと、なんやか祐一くんのこと全面的に任されたような気がしてしまい、さっきまで泣いていたのが嘘のように笑ってしもうていた。あゆみもそれにつられてか、笑ってくれた。

「だいぶん、泣いた跡も消えて来たようね。多分待ちくたびれていると思うから、そろそろ兄のところに行ってあげて。ほら、シャボン玉」

「あ、そやね――。あゆみは、どないするん?」

「あたしはそろそろ帰ることにするから。兄にもそう言って病室から出て行きたわけだしね」

「……分かった」

「兄こと、頼むわね?」

「――うん」

 そう言うわけで、ウチらはそこで別れることにした。病院を出て行くあゆみの背中が、なんやか小っちゃくて寂しげな感じがした――。


「……お待たせ」

 祐一くんに、あゆみと会って泣いていたなんてことを悟られないよう気を付けつつ、ウチはそう優しく声を掛けて、祐一くんの病室に入ることにした。するとその言葉に祐一くんは振り返っては、「ああ、待っていました!」と喜び溢れんばかりの笑顔を浮かべて見せてくる。その祐一くんの笑みが、ウチにとってはめっちゃくちゃ嬉しくて安堵してしまい、ちょっとだけ優劣感を覚えあゆみになんやか申し訳なかったんは、ちょっとだけ内緒や。

 そのウチの行動に、祐一くんもめっさ嬉しそうに破顔してみせ子供のように早くしたいとせがんで来る。「しゃーないなあ」とそこでウチは祐一くんにシャボン玉を渡すと、病室の窓を開け放ってあげることにした。

それを見て、祐一くんが袋からシャボン玉を出しさっそく病室の外にシャボン玉を飛ばす準備をした。

「それじゃあ、いきますね!」

「ええよ」

「ふぅっ……!」

 息を吹きかけられて、シャボン玉はまるで命を与えられ初めて外の世界へと出かけて行った仔鹿のように、よたよたと危なげにふわふわ浮かぶ。

「わぁ……っ!」

「うまいうまい♪」

「子供じゃないんだから、当然です」

「それはそうやね」

 そやけど、祐一くんによってふわりふんわり浮かばされたシャボン玉は、風に乗ってゆらゆら遠くへより高くへ上って飛んでいく。楽しい、面白いシャボン玉。しかしながら楽しいはずなのに、何故か物悲しい……面白いはずやのに何処か切ない……。そんな雰囲気が、まるでシャボン玉の中に包まれているかのようやって、なんやか場違いな気がして仕方があらひんかった。

「……」

「楽しいですね!」

「せやね」

 そう言うんはやはり、病院と言うまるで箱の缶詰に押し込まれていると、そんな風な気持ちになってしまうからなんかもしれひん。もう二度と出られひんような雰囲気が、病院全体にガスのごとく充満していて、その楽しさと嬉しさを打ち消してしもうているようやった。そやからこそ、こんなんにもウチの気持ちはあやふやになってしまうんかもしれひん……。

 そう思ってしまうとウチは、楽しい、面白いはずやのに祐一くんの頼みとは言えシャボン玉を買って来たことを、少しばかり後悔してしもうていた。

「かなでさん、かなでさん」

 そやけどそんな気持ちの沈んでもうたウチを他所に、ふと祐一くんがちょいちょいと手を振りウチのことを呼んで来た。

その言葉に、

「んー。何なん?」

と、ウチはその気持ちを押し殺して優しくにこやかに微笑んで見せると祐一くんは、開け放った窓からふぅっとシャボン玉を窓の外に、また飛ばして見せた。

「ほらほら、あれ大きくないですか?」

風に乗せられて、ふわりふんわり浮かぶそのシャボン玉らは、何処かしら危なっかしげでしかしながらめっさ優雅に、虹色のそれは空へと舞い上がっていく。

「ふふん。ウチならもっと大きく出来るで?」

「マジですか? やってみてくださいよ!」

「よっしゃ!」

 祐一くんストローを渡されたので、負けじとウチもふうっとシャボン玉のストローを吹いて見せようとした。

 ――ところが、だった。

 あ、そう言えば祐一くんと間接キス――。

 そう気が付いてもうて、ウチはストローを咥えるのをはたと止めてもうた。

「ん? どうして止まったんです?」

「え? う……。あ、あ――。ななな、なんでもあらへん!」

 ウチはちょこっと頬を赤くして見せると、恐る恐る間接キス――やなくてっ!

 シャボン玉やっ! シャボンのストローを咥えて見せると、一気に吹いて見せた。

 ウチのシャボン玉が空に放たれ、祐一くんのシャボン玉と交じり合う。

 ふと気になって祐一くんの顔を覗き込んでみると、祐一くんはとても楽しそうに笑っていて、なんやかウチ何考えていたんにゃろ……。アホらしと、今までの不安な気持ちがいっぺん吹き飛んだ気がした。

 てか、あゆみに見られてたら絶対に「スケベ」とか言われてしまうやんっ!

 ちっ違うからな?! そんなん、ちょっとだけ――ほんのちょこっと気にしただけやからっ! 何をって……かか、間接キスをやっ!

「……ボクの顔に何かついてますか?」

 ふと、ウチに見つめられているのが気になったんか、祐一くんがそう尋ねて来た。

「う、うげえっ……!?」

「そんなにびっくりしなくても……」

「うあ――、か堪忍やで!? そ、そやないねん、ううん……。そないな意味で見つめていたわけやないんや。祐一くんが、めっさ楽しそうやって……そう! 買って来たかいがあってホンマに良かったあって思うただけやし」

「はははっ、子供っぽくて恥ずかしいですよね。……こんなのではしゃいでいるだなんて」

「……そやけど、ウチとしてはそんな風に無邪気に楽しんでくれている祐一くんのほうが、やっぱ好きやわ」

 その言葉に、はっとする。するとウチの話しを聞いていた祐一くんが、まるで少女のようにぼっと顔を真っ赤していたからや。

「か、かなでさん――」

あたっ! あいたたっ! 言うた本人(ウチ)もなんやか耳やら頬やらめっさ熱い!

ダメ! ダメや! 今のはナ――。

あ。いやいや、ナシやないんにゃけど、今言う言葉な、なくって……!

「ご、ごめんやぁ……ウチもめっさはずいw」

「うぅ~……なんだかズルいです!」

 そう言うて、顔を真っ赤にした祐一くんがプンスカ怒ってくる。

 怒っている祐一くんが、可愛すぎた。

 アカン――もうダメやわ。めっさ可愛すぎるわ!

「あははっ、堪忍やって♪」

「むう……なんだか楽しそうですね?」

「言葉にしてもうたしネw」

「もう……恥ずかしかったですからね!」

「うん♪」

 正直な話、そんな風に自然と「好きや」と祐一くんに言えたんはウチ自身もめっちゃ驚いていた。

 そやけれども、好きなんが祐一くんやから――ううん、祐一くんやからそんな風に好きやと言えたんかもしれひん。

 そう思っていると、もうシャボン玉の液がなくなってしまったんか、祐一くんがシャボン玉を飛ばすのを止めてベッドに戻り始めてしまった。

そこで窓を締め、ウチもそれに続く。

「はあ、でもとても楽しかったです。そう言えばこんなに暑かったのに、わざわざシャボン玉を買いに行かせてしまったんですね。すみませんでした」

「あ、別に気にせえへんでもええのに。ウチが買いに行くって言うたんやから」

「でも、夏は女の子の大敵なんですよね? 今更ですけどなんだか申し訳なくて……」

「……祐一くん」

 そんな祐一くんの言葉に、あゆみの面影が少し重なってしもうた……。

「もう……そやから、気にせえへんでもええんやってば。まあホンマのところは、やっぱ女の小やから日焼けとかあまりしたくはないんやけど――けど祐一くんの頼みとあらば、ウチはむしり喜んでさせてもらうわ」

「……でも、身体は大事にしてくださいね?」

 ウチの言葉に、祐一くんは少し困ったような顔して言って見せる。

全く、祐一くんは少しばかりウチに対し気を使いすぎるん違う? まあ、そんなんところが男の子だけど可愛らしく見えて、むしろええんやけどね……。

 そう思いつつ微笑んで見せると、祐一くんも微笑んでいた。

 つかの間の休息――。

 ところが、突然の出来事だった――。

 ドッ……。

「……っ!?」

「うくっ――! うぅぅ……」

「へ? な、なに!?」

「がっは……!」

「祐一くん――っ!? ねえ、祐一くんってば!!」

 ふいに、つかの間の休息に嫉妬した病魔がまるで邪魔をしてくるかのごとく、祐一くんを襲い出したのである。

「ど、どないしよう!? ね、ねえ!?」

ウチは突然のことに驚いてしまい、何も出来ず硬直してしまう。その間にも、祐一くんは真っ青な顔をしながら心臓のある左胸をぎゅうっと掻き毟るようにしてみせる。そしてふいに、ウチに助けを求めてきた。非常にヤバい状況やと、咄嗟に思った。

「あ、ああ!!」

どないしよう、どないしよう……っ! しかし、どうにかせねばとウチは慌てていた。すると、ようやっとナースコールがウチの目に入った。

「そ、そや! 人を呼ばないと! あ、ナースコール! ナースコールや!」

「くっ――!」

ウチはナースコールに飛び付き、勢い良く押した。看護師さんの応答に、ウチは「すんません! 早く、早く!! 助けて、祐一くんを助けてください――っ!」と必死に助けを叫ぶように呼んでいた。さらに意識が朦朧とし、うつぶせに倒れそうになる祐一くんの身体を必死に支えてみせる。

「大丈夫!? ねえってば!!」

嫌や嫌やっ……!! こんなん突然、ウチはどないしたら――!?

「祐一くん、お医者さん呼んだからね?! お願い、しっかりしっかりして……っ!」

「う……くぅっ――!!」

「祐一くん!? 祐一くん!? しっかりして、祐一くんっっ!?」

 ああお願いや、神さま――!!!

 ウチは今まで、神さまを信じてひんかったけど……っ!

 けど、けどけど――っ!!!

 これからは神さまを信じる、そやから祐一くんを――、祐一くんをたすけてぇ!!!!

 一滴の涙が、ウチの頬から落ちていく――。

 すると、やった――。

 ガタンッ――。

「!?」

その願いが、ようやく通じたのやろうか。

「先生、こちらです!!」

「患者をベッドに寝かせて!!」

「チアノーゼ起こしてる!」

その声をかわきりに、看護師さんとお医者さんが病室に厳しい表情でドカドカと祐一くんの病室へと入って来たのである。

「心エコーの準備!」

 主治医らしい先生が、顔面蒼白の祐一くんを見てふいに声を荒げた。

「どいて!」

「……っ」

 ドンッ、ウチは看護師さんにどつかれてしまいしぶしぶ隅にどけるしかあらへんかった……。

 祐一くん――。

 すぐさま大きな機械が運ばれて、祐一くんの身体を覆い隠す。

「脈はどれくらい!? 血圧は!?」

 隣にいた看護師さんが祐一くんを支えつつ早口で伝える。

「そう――祐一くん、大丈夫!? 聞こえてる!? 今から、楽になる薬を方に打つからね!? しっかりねぇ!?」

「コフッ――!」

「――っ!」

 その瞬間、祐一くんの口から大量の血液が吐き出される。

「吐血!! 人工呼吸管理を行って! ガーゼ!」

「気道損傷、チアノーゼわずかに……。気道確保しながら酸素投与、強心薬も打って。そうゆっくり、ゆっくり少しだけだから落ち着いて、息をして――」

何かものすごい剣幕で先生が看護師さんに向かって叫んでいるけど、内容までは良く分からへんかった。ウチは邪魔にならないように、けれども祐一くんが無事であることを祈りつつ仕方なく静かに廊下へ出るしかあらへんかった。祐一くんがどうか無事であることを、すごく祈って……。

 祐一くんがこうなったんは、どうやらこれが初めてのことではなかったらしい……。そやけれど、ウチの目の前では初めてのことやった。そやからウチは、驚き硬直してもうて全く何も出来ずにいた。まさか、祐一くんがこんなにも恐ろしい病魔に襲われているやなんて知る由もなかったもんやから……。

「……」

 どれくらい、時間が過ぎたんやろう……。長椅子に座り頭を抱えるように祈っていると、病室から静々と先生たちがようやく出て来た。先生たちの安堵感からして、どうやら祐一くんは大丈夫やったようや。ほっとしたウチは先生たちにお礼を言うて、許しをもらって祐一くんの病室に入ることにした。

 点滴を打たれベッドにいる祐一くんが、神妙な面持ちで窓の外を眺めている。小さな肩が、なんだか弱々しく震えているように見えてしまい、胸の奥が何故かズキリと痛んで仕方があらへんかった。

「祐一くん――」

「……起きていても、大丈夫なん?」

 ベッドの横にそっと立ちながらそう心配そうに尋ねて来たウチの言葉に、祐一くんは振り返らずに小さく頷いて見せる。

 ふと気が付けば、青々としていた外が濃くなって来て少し赤みを帯びたように見える。どうやら、気づかぬ間にめっちゃ長い時間が過ぎていたようや。揚々と照り付けて来る太陽が、西の空に沈んで行きまた一段と赤みがかっている。

「……あの」

 ふと、祐一くんがウチの方を振り返っては、名前を呼んで来たような気がした。

「ん?」

 と、祐一くんから呼ばれた気がしたウチは顔を上げ祐一くんの顔を見てみる。ウルウルと潤んだように綺麗な輝きを放つ祐一くんの瞳が、ウチの目の前に映し出される。そっと触れへんと壊れてしまいそうな、あやふやなでもろいガラス細工のようにピカピカとしている祐一くんの瞳。それが今、ウチの目の前に――。

「……何も、聞かないんですね」

「……」

 ウチをまっすぐ見つめる祐一くんの唇が、そう発する。

別に、祐一くんのことを知りたくないわけやあらへんかった。ただ――、言いたくないことを聞くんはなんやか気が引けたから。そやから、祐一くん自身が何か言うまでは尋ねないようにしていただけ……。

「……」

 そう祐一くんに伝えると、祐一くんは哀しいような切ないような顔をなんやかしてくる。

「正直にいいますね、見た通りボクは病気を抱えています……。まあ、だから入院しているんですけどね。……その病気はすごく重い病気なんです。今回のようにこの先かなでさんにも迷惑をかけてしまうかもしれません。けれどもそんなボクは、かなでさんに何もしてやれないし、それに――」

「……」

「――かなでさん。なんでそんなに……ボクに優しくしてくれるんですか?」

「え――?」

 意外な質問が祐一くんの口から出て来て、ウチは驚いてしまった。その言葉に、ウチは何を言えば良いのか戸惑ってしまう。祐一くんは、そのことを……ウチが優しくしてくれることに、どうやら不安を抱いていたらしい。そう感じてしまうと、何故やかしくしくと心が痛んでくる……。

「……ねえ、祐一くん」

 祐一くんの気持ちを探るように、ウチはそっと声を掛けてみる。

「祐一くんは、ウチと一緒にいて楽しいやろか?」

「……」

「ウチはな――祐一くんと一緒にいて、めっさ楽しい……」

「――っ!」

「めっさ楽しい。そなけで――そう言う理由だけやと、アカンかなぁ?」

 その言葉に何故か、祐一くんはどうしようもなくめっちゃ哀しそうな顔をして見せると、そっぽを向いてしもうた。

そないしてぽつりとぼやくように、

「ごめんなさい、帰ってください……っ! そしてもう二度と、来ないでください……っ! お願い、本当にお願いしますっ!!」

 と、吐き捨てて来た。

「……」

 その言葉に、ウチはただただ黙って従うしかあらへんかった――。


 心は、シャボン玉のように儚い――。

心は、シャボン玉のように悲しい――。

心は、シャボン玉のように切ない――。

 だから触れられてしまうと、

 だから知られてしまうと、

 すぐに割れてしまう――。

 悲しく切なく、そして儚く、

 パチンッと――。

 ボクの心も、シャボン玉のように悲しく切なく、そして儚いものなんです……。

だから――だから、怖いんでしょうね?

ボクのことをかなでさんに知られるのが、そしてボクの心に触れられるのが――。

 だから――、

 だから、もう――。

 ボクなんか――。

 ボクなんかに――。

 もう、かまわないで――。



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