~恋は盲目~
「ど、どないしよう……」
「ホンマ、どないすれば――」
――ウチは、自分の知らぬ間に五階にある祐一くんの病室五〇三号室の前に立ちすくんでしもうていた。自分でも、どないしてここまで来たんか曖昧で覚えておらへん。ただただ知らぬ間に、歩いてここまでやって来ていたみたいやった――。
――なんてごまかせたなら、ホンマ楽やったのになぁ。
「もう……何やってんねん。ヤバい死ねる――ホンマには、死ねひんにゃけど。けど、死ねるくらいめっさはずいわ……」
ホンマは、重たい気持ちで不安な気持ちでここ病院の五階までようやくたどり着いて来ていたんや。
祐一くんと再会してから二日目。今日ウチは、病院を退院することになっていた。当たり前の事やけど、あの後以来祐一くんには一度も会っていいひんかった。そして、昨日も……。
分からひんかった――。
祐一くんの気持ちが――。
祐一くんの心が――。
祐一くんの、あの表情が――。
何故祐一くんは、あんなにも悲しく、そして怒ったかのような表情をして見せていたんやろうか? 最初に会った時は、あんなにも嬉しそうに喜んでいはったのに……。
ウチのせい――?
うぅ、やっぱウチのせいかも?
絶対そうやって……。
この明るさ? のせいで友人からよく「場違いや」と怒られることはあるけど、あの時はそんなんはしてなかったはずにゃけど……どうなんやろ?
うやむやな気持ちだけが、今のウチの心を支配していた。やから、なのかもしれひん。ウチが祐一くんに会いに行こうと思い立ったんは……。
そやけどそう思う反面、怖さなどから身体がガチガチになってなかなか言う事を聞いてくれひんくって……。
やっぱ、場違いやったんやろうか……?
ウチ、もしかして祐一くんに嫌われているんやろうか……?
そう言う不安も感じてしまい、身体が祐一くんの病室に行くんを今まで躊躇っていたんや。そやけど、そう言うてもウチは祐一くんに会いたい言う気持ちも何処かにはあった。てか、何処かじゃなくてめっさあったんや。
そやから、強張る身体を無理やり引っ張る形でこの祐一くんの病室である五〇三号室前までようやくやってこられたものの、そこでまた躊躇ってしもうて「どないしよ」とただ今立ちすくんでしまっていた次第なんや。
ウチ、またやらかしてしもたかも。
「……やからって、いきなし押しかけていくんはもっとアホや」
夜這いやないけど、女子としてははしたない気がする。
全く持って、ウチは情けないやんな――。
ま、これがウチやからしゃーないけど。
もう強気で押していくしかあらへんか。
嫌われても、文句はなしやな。
そう思うと、なんとなしに「くはぁ……」と、溜息があふれんばかりに出て来てもうた。何を焦っていてるんやろうか、ウチは……。
「ああもうもうもうっ!」
ゴンゴンゴンッと、柱に頭をぶつけてみる。
他の患者さんが、いきなしウチが柱に頭をぶつけたもんやから、いぶかしげにウチの横を避けて通っていく。
やっぱ、緊張しているせいなのかも――。
ちょこっと額が赤くなってしもた。
額が切れてなくてよかったけど。
「よし! 覚悟を決めたわ!」
コンコンコンッ、意を決してウチは祐一くんの病室のドアを震える手でノックすることにした。握っている手の中が熱を帯び、冷や汗をじっとりとにじませてくる。
「……」
「……あり?」
待ってみたんやけれども、返事はあらへんかった。
留守なんやろうか? まさかまさか、居留守とか使っていいひんよね……?
いやいや、そもそもホンマにここなんか……?
嘘や! ここまで来て、空回り~?
慌てて表札確認してみると、確かに表札には祐一くんの名前がある。
ダイジョウブ、間違いないわ。
なら、なんで出てきいひんのやろ?
ああ、音が足りなかったんかも。ともう一度、ノックをしてみることにした。
「はい、どうぞ」
今度は返事があった。
ああ、いてよかったぁ!
ちょっとほっとしてみる。
初めて祐一くんと出会った時と変わらない、あの透き通ったような綺麗な声やった。その声を聞いた瞬間、ウチはようやく祐一くんの病室に来ているんやって実感し、ものすっごく緊張も出てきてしまい、コホンッとなんとなしに咳払いをしてみた。
格好つけたわけやないで?
「あ、あのぅ……ウチな、かなでやけど――」
声が裏返って震えてしもうているんやないかと不安になるほどに、ウチはか細くめっちゃ緊張したようにそう言うてみた。その言葉で、祐一くんがどう思うんやろうか、ウチは想像してみるんがとても怖かった。もしかしたら、あの別れた時のようなめっさ露骨に嫌そうな顔をして見せては「なんでいるのですか?」 と、ぶしつけに尋ねられそうなそんな気さえしてまう。いやいや、最悪の場合やったらそのまま門前払いか追い返されそうな気も……。
そしたら、「約束したやしっ☆」っていわな――。てか、「☆」でええんかな……。
いや、めっさ失礼ちゃうか――!?
もう、また場違いなことを――。
なんてそう思うていると、祐一くんがドアからそろりと顔を覗かせて来た。驚きあふれていているような顔からして、ホンマにウチが来てくれるんて思っていいひんかったんやろうか。そないして祐一くんは、ウチのことを追い返そうと――は、しいひんかった。ほんで、ぶしつけにウチに尋ねて――も、きいひんかった。
「――どうぞ」
むしろむちゃくちゃはにかんだ笑顔で、ウチのことを迎え入れてくれたんや。そのことに、ウチは逆に驚いてしまっていたんは、ちょこっと内緒やで?
「なんや、その……突然お邪魔して、ごめんなさい?」
「なんで「?」なんですか?」
「あ。う。え、いや――」
「かなでさんは時々不思議なことを言いますよねえ」
「やっぱり、関西弁が影響しているんですかね?」
「うぅ……はずいわ」
そう申し訳なさそうに謝ってみると、祐一くんはいたって怒ってもいいひんし「そんな、迷惑なんかじゃないですよ?」 と、笑顔をウチにくれたのである。そんな祐一くんの言葉に、ウチはホンマ助けられて癒されたような気さえしてもうた。
「しかし、驚きました。ホントに来てくれたんですね?」
まだ驚いているらしく、祐一くんは笑顔を見せながらもそう言いつつ笑っていた。冗談やろー思うてたんやね。まあ、嫌がられるよりはましやったかもしれひんけど……。
「うん、まぁ……約束したことはちゃんと守らなあかん。あかん、し」
裏を返せば、あまり約束はしないってことなんやけど……。
てか、なんで二度言うたんねん!?
「ふふふ、そうみたいですね? あ、どぞどぞ入ってください」
祐一くんの言葉にウチはまたまたほっとして、なんだか照れくさくなってしもうた。
ウチ、まだ可笑しいこと言っていいひん……よね?
「あ、あとポンカンンジュースも買って来たんやで」
祐一くんの病室に入りつつ、ウチはそう言ってやった。
祐一くんの病室は、個室やった。
「わはっ、覚えていてくれたんですか?」
ウチがポンカンジュースを差し出して見せると、祐一くんが嬉しそうに飛び跳ねる。
「いいえー。しっかし、何処に売ってあるんか分からひんくて、探すのにめっさ苦労したわ」
「ありがとうございます、あとで頂きますね。そう言えば今日、退院の日でしたっけ? おめでとうございます(・・・・・・・・・・)」
「あ、うん――。その、ありがと……。そやけどね、残念ながらそう言う喜びの言葉を祐一くんに言うてもらいたくて、わざわざここに来たわけやあらへんの」
「あれ、そうなんですか? ……じゃあ、一体なんのために?」
そう不思議そうに尋ねて来る祐一くんにウチは、隠し持っていた鉛筆を差し出してみることにした。ほんで、それを見た瞬間祐一くんは、
「あっ!」
と、指を差して大声を上げてみせたのである。
「忘れ物……やろ?」
「そう! そうなんですよ! ああ良かった、てっきり誰かにとられてしまったのではないかと――」
「こんなん、て言うたらあれやけど。ここは日本やから捕られる心配はあらへんよ?」
『6B』と書かれてあったその鉛筆は、普通の『HB』とは濃いさや硬さが違う鉛筆やった。実はこの前祐一くんがウチと別れる時に忘れて行ったものやったんやよ。そやから昨日、祐一くんが取りに戻って来るんやないんかなと思って待ってはったんにゃけど……。
「ああ! でもホントに良かった、これがないとなかなか自分の思う良い絵が描けなくて……。普通の文房具屋さんには、『6B』なんて鉛筆はなかなか売っていないものですからね。だからもう、なくしてしまったと時はどうしようだなんて焦っていたところだったんですよ!」
「ああ、それは堪忍やなぁ――。そんなに困っていたんやったなら、もっと早くもって来るべきやったわ」
「いえいえ、見つかっただけでも良かったです。本当に、本当に見つけてくれてありがとうございました――」
そう言っては『6B』の鉛筆を優しくなぞるように撫でて見せる祐一くんの表情が、なんやか寂しげに見えてしもうた。
「……絵、ホンマに大好きなんやね?」
「え? ええ、まあ……。でも、全然下手っぴなんですけどね」
「そうなん? 祐一くんの絵を全く見たことあらひんから、下手なんかどうか分からひんにゃけど――。ああそやそや。やったらちょっと、退院祝いとしてウチにその『スケッチブック』の中を見せてくれひんかな? くれるんでも、全然かまわひんけど――」
そう、冗談交じりでウチが尋ねてみる。すると祐一くんは笑顔で、
「それはダメですっ」
と、即答して来た。これにはさすがのウチも苦笑してしもうた。
「う~ん、それやったら下手かどうかは、判断出来ひんにゃけどなぁ……」
「それでも、ダメです。絶対に!」
「頑なやね」
「プライバシーの侵害にあたりますからね」
「でも、ちょっとだけ――」
「だから、ダメですってば」
「ちぇー」
祐一くんはどう言うわけか、頑なにウチがスケッチブックの中を見ることを拒んでくる。しまいにはベッドにあったスケッチブックを胸に抱きしめては、絶対に見せませんからね! と言いたげに、頬を脹らませてはウチを睨み付けてきた。そやけど、そんなん祐一くんがちょっと可愛らしく思えたんは――、やっぱウチだけかもしれひん。
しかしそうまで頑固に拒否されてしもうたなら、ウチにはもはや見せてくださいと頼み込む勇気はもてひんかった。と言うか、半ば冗談のつもりやったから祐一くんがそこまで頑なに拒むやなんて……。可愛いことは可愛いんやけどやから仕方なしに、スケッチブックの中を見ることはまた諦めざるいいひんかった。そやけどもちろん、今度また会ったら「スケッチブックの中を今度こそ見せて」と言うイタズラやイジりをしてやれと言う、気持ちだけは浮かんだんにゃけどネ。
「――さてと、それじゃあウチはそろそろおいとますることにするわ」
そう言って来るウチの言葉に、祐一くんはふいに悲しげな表情を浮かべて来た。
「あ。もう、行っちゃうんですか……?」
ウチの顔をじっと見つめては、祐一くんが寂しそうにそう尋ねて来る。
おお、もしかしてもしかして……?
「今、なんて言うてくれたん?」
「――あ、なんでもないです。どぞどぞ、お帰りクダサイ」
「冷たっ! もうちょっと、余韻に浸らせてくれたって……」
「ふふふ。でも、本当に帰るんですね……?」
「うん、まぁ……。その、時間も時間やしね――」
「病院も寂しくなりますね」
「……」
そのなんとも名残惜しげな祐一くんの言葉が、何故か重くウチにのしかかって来た。ウチはホンマ何をそんなに、焦っているんやろうか? 良く分からひんかったんにゃけど、ウチは明らかに焦りを感じていた。
ほんで祐一くんは、そんなウチを見ながら寂しそうな笑みを浮かべてしもうている――。
「――また、来るから。ポンカンジュースを買って」
「え?」
焦りを感じていたウチは、ふいにそんな言葉を漏らしていた。その言葉に、祐一くんは静かに顔を上げる。
「誰も、もうお別れやなんてそんなん言ってひんもん。また、絶対に来てやるんやから。そやから――」
そう言いかけ、また祐一くんに「別に寂しくなんかありませんよ?」 と、あのたこ殴るされた気分の悲しげな事を言われそうな気がしたんやけど、それでもウチは最後まで言い切ってやろうと決心していた。しかし意外にも、祐一くんはじっとウチの言葉をおしまいまで待っていてくれて、なんだかほっとした。
「そやから――、その時まで待っているんやで?」
さよならやバイバイは、あえて言わないことにしたった。何故ならば、その言葉でもう二度と祐一くんとは会えないような気がしてしもうたから――。
「かなでさん……」
そのウチの言葉に、今まで不安そうな顔をしていた祐一くんの表情が、フッと一変して笑顔になっていた。そして祐一くんは、ウチと同じのように、
「はい、その時まで――待っていますです」
と、答えて見せる。その言葉がなんだか可笑しくて、溜まらずに二人は笑い合った。どないしてなんかは、やはり分からない。そやけども、心の底から二人は笑い合っていた。そないしてウチは、また来ると言う約束をして、彼の病室を後にしたんやった――。
「ううっ、めっさだるすぎですわ……」
「お嬢様言葉にしても変わらないわよ?」
「あうあうあう。そんなん言うたってええ~!」
「だるいだるい言っていたら、もっとだるくなるからやめな?」
「うぅ……」
……あんな。ホンマに、天国から地獄へと突き落とされる思いって言うんは誠にあることでして、入院生活からありきたりな学校生活に戻る言うんは、今やウチにとって耐えがたいものになっていた。まず始めに厄介やったんは、高校の授業の内容に全く付いていけずに勉強が分からなくなってしもうていたことやった。
「勉強がサボれる!」
と、本気で喜んで勉強をサボりにサボりまくっていた結果。入院生活が裏腹と言うか、仇になってしまい、今はただひたすら授業に付いて行くため勉学に精を出さなくてはならなくなってしもうたんや。こうなるくらいならば、入院中でも少しは勉強しとくべきやったんかなっと後悔してみるも、よもや入院中へ逆戻りする事も出来ひんくってただただ後悔のみが、ウチをせめぎ立てて来る。全く持って、情けないですわホンマに……。
ほんで次に辛かったんは、クラスメイトが事故の事でウチをからからうことやった。女子のみんなは優しかったりするんやけど、男子がもう……。「傷跡見せろよ」とか、「いい男見つけて事故ってんじゃねえよ」とか。ええい、うるさいわ! ウチのせいじゃあらひんやもん! いやもうホンマに、勘弁して欲しいくらいやわさ……。頼りの綱であるあゆみも、なんや知らんぷりっってなくらい助けてなんかくれひんにゃもん。ほんでもって、梅雨の特徴である高温多湿――つまりは東南アジア辺りのみに起こるじとじと感でもうノックダウン。うん、病院はとても快適やったから身体がついていけひんくなってんやよ。てか、今年は梅雨に入っているにもかかわらず雨があまり降らんといて、この町では早くもヒートアイランド現象が起きているとかいないんやとか。他にもまだあるんにゃけど、面倒やから後は色々勝手に考えてちょうだいな。おかげで午前の授業でもう、ウチの頭ん中はタイヤのパンクよろしく、パソコンのフリーズした感じで真っ白になってマシタ――。
「ふふ、お疲れのご様子ね?」
「ああ……?」
「まあ! 言葉まで忘れるほど?」
「――ふざけとるん?」
「あんた、原始人並みだもの」
「……」
そう言って、ケラケラとヒトを見下したように言うて来る薄情者のあゆみ。そのあゆみの言葉にさえ、もはやお疲れ気味のウチの耳には届いていいひんかった。
「いいこと教えたげる♪」
「んん……?」
と、机に頭を預け情けない言葉を出して来るウチに、あゆみは哀れみの笑みを浮かべて見せる。
「……辛い授業が終わるまで、後二時間三十分余りよ。まだまだ辛いことが待っているかもしれないけど、がんばって勉学に励んでちょうだいね」
「ふん、他人事やと思ってからに……。そやけどウチらって、こんなにも辛い学校生活を送って来ていたんやろうか? 今思えば、なんやか信じられひん――」
「そうねえ……あたしは毎日来ているから、そう辛くは感じないけど」
「やっぱり、長く休んだ人には、辛く感じられるかもね」
「不登校になった生徒の気持ちが分かる気がするわ……」
「あんたそんなか弱くないっしょ?」
そう言うてきたあゆみを、ウチはギロッと睨みつけた。
「慣れでしょ、慣れ」
「うーん……」
慣れ……なんかなぁ。慣れと言うもんは怖すぎるもので、ホンマ率直に考えて、病み上がりであるウチからしてみれば、普通の学校生活でもかなり辛い。新鮮にさえ聞こえるはずやった先生の言葉が、ハングル語なんやろうか、それともフランス語か何かなん……? ううん、もしかしたら今やもう失われてしもうた古代マヤ語かもしれひん。まるでそう思えてしまうほどに、とにもかくにも理解出来ひんねん。読解不能とはまさにこのことやって、今やウチは外国の授業か、それともアンドロメダにいる宇宙人の授業を受けているんやないやろうか、と言う錯覚さえも覚えてしもうている。それほどまでに、サボることは危険! ってことに、その時初めてウチは気付かされてしもうたわけなんやな。それと同時に、学校生活と言うありきたりな生活から隔離されてしもうとったことに後悔をしてしまった。いやいや、後悔と言うんよりは挫折に近いかもしれひんかも……。
「もうダメやわあ、お姉はぁん……」
ウチはまるでか弱い妹を演じるように、あゆみに助けを乞おうとした。
「は?」
「助けてえさ……」
「あはは、ワタシに助けなんか求めてどうするのよ?」
「こう言うのは、自分の問題でしょ? 自分でなんとかしなきゃ」
ええ、そやね。
でも、確かにそうかもしれひんけど……。
そやけどあゆみが、このクラスで一番にウチの事情と言うんを知っているわけで、そやからあゆみがウチにとっては一番頼れるんやないの。
そう言おうとしたら先を読まれてしもうていた。
「いいえ、違うわね。それより、彼に助けてもらった方が断然良いっしょ」
「彼――?」
あゆみの言葉に、ウチはふいに頭を持ち上げ眉をひそめてみた。
「そう、祐一くんって言う子によ。年齢は違うかもしれないけど、その子はもう十八歳の年上なんでしょ? なら、ワタシなんかよりも勉強出来ると思うし何より、かなでと同じ境遇でワタシなんかよりも、もっとかなでの気持ちが分かってくれていると言う気がするのよね。うん、と言うかポンカンジュースでも彼に買っていってあげれば、きっと喜んで手伝ってくれると思うわよ?」
「まあ、確かに――」
そう考えて見せ、ふとウチは浅からぬ疑問を思ってしもうた。どないしてあゆみは、祐一くんのことを知っていてるんやろうかと――。
「ねえ、あゆみ――」
「なに?」
「どないして、祐一くんのことを知っているん……?」
「――」
「それに自分、あゆみに祐一くんがウチらよりも年上やってこと、教えていたっけ? それだけやない、彼がポンカンジュース大好きやってことも――」
そのウチの問いかけに、あゆみは何故かクスッと不敵な笑みを浮かべて見せる。
「――何言っているのよ? かなでってば、もう頭が耄碌してしまったの? いろいろと教えてくれたじゃないの。それに、かなでの行動は単純明快で分かりやすいのよねぇ。嘘が吐けないと言うか……とにもかくにも、こちらが知りたくないことまで嫌と言うほど丸分かりになってしまうのよ。どうせ今日も、通院をこじつけにして会いに行こうとしているつもりなんでしょ? バレバレなんだからね」
「えっ――」
ピンポイントな正解に、ウチは驚きあふれてしもうた。そうや、ウチはこの辛くてきつい授業が終わった後に、通院と言う名目上で病院に行き祐一くんに会いに行こうと思っていたところなんや。
「なっなんで、そこまで分かるんっ!?」
「入院してホントに頭が耄碌しちゃったの……? だから、かなでの行動が、単純で分かりやすいって言っているんじゃん。さっきからずぅっと上の空で――、授業が早く終わって欲しいみたいにそわそわした態度を取っちゃってさ。もう、いつ先生に見つかって『私の授業がそんなにつまらないか?』て、怒られやしないかってあたしの方が、気が気でなかったんだからね?」
「う――」
この時初めて、自分の性格と言うもんを呪いたいと思ったことはあらへんかったな。
「まあ、別に良いじゃないの。知っているのはどうやら今のとこワタシだけみたいだし、邪魔する気も何もさらさらないし」
ん?
あれ、ホンマにそうなん?
ホンマにホンマに、そうなん?
何か隠しているんやあらへんの?
じっと睨み付けてそう尋ねようと思ってみたけど、これ以上何かあゆみにしゃべってしまうと、また墓穴を掘って尻尾のようなモノをつかまれてしまう気がしてしまい、ウチは慌てて口を噤んだ。
すると五限目の始まりのチャイムが、高々と鳴り響いて来た。
「さ、もうちょっとよ。気合い入れて頑張りなさい」
「ふえ~い……」
「やれやれ――」
「あとでサクラハウスのショコラアイス奢ってあげるから――」
「にゃにゃっ!? ホンマ!?」
「気合い出た?」
「うんうん!」
ちなみにサクラハウスのショコラアイスは、言わずと知れた地元の名産品であり、濃厚なアイスでJK――女子高生には人気なんやで。
「そ、じゃあ頑張りましょ?」
「ほーい!」
「あ、ちなみにだけどさっきの冗談だから♪」
「え」
「奢らないから、自分で買ってね♪」
「早いよ!?」
「あはははっー」
それを合図にあゆみや友達たちがいそいそと、自分の席へ戻って行く。その様子をぼぅっと眺めていたウチはまだ、あゆみがどないして最近妙に突っ掛かって来るんか疑問に思ってしまい、仕方があらへんかった。そりゃあ、ウチの一番の親友なんやから突っ掛かって来るのは当然かもしれひんにゃけど……。けど、それは高校に入ってからや――正確には、あゆみとウチがここの高校を受験した時からやった。
あゆみとウチは同じ中学校にいたんやが、三年まで全く面識も同じクラスにもなったこともあらへんかった。しかも全校生徒六百人をゆうに超えてしまうマンモス学校(あ、死語やなw)やったから、同じクラスの子とでも影が薄いと全くと言って良いほど分からへんねん。で、三年の時にようやく一緒のクラスになったわけなんやけど、残念ながらウチはその時はあゆみのことなど気にも留めてあらへんかった。だいたい中学三年は受験で、それどころやあらへんかったんも一因やもんな……。それでそのまま受験戦争が始まったわけなんやけど、まあ生徒たるもの受験が終わって卒業までは、ピリピリと神経を尖らせておかなくちゃああかんっ! と言うわけで、ウチらは当然のごとく、卒業まで神経をピリピリと尖らせられていた。そう言うわけで、ホンマにあゆみのことは中学時代全く知らへんかったんや。そう、グループやって別々やった。ほんで受験の時にあゆみと会ったわけなんやけど、幸か不幸か受験のその時ウチは、消しゴムを忘れて困り果てていたんやな。するとあゆみが「あたし、消しゴム二つ持っているの。良かったら貸してあげるわよ」と言ってくれて、おかげでウチもあゆみも今の高校に受かって、ほんでウチらの友情は始まったと言うわけや。
簡単やけどこう言う経緯で、ウチらは親友になったんや。ただ、親友にはなったんやけど親友の期間が短いために、ウチはまだあゆみのことをあんまり知らへんねん。あゆみ自身があまりしゃべりたがらないせいもあるかもしれひんにゃけど、それは仕方ないと思うんや。やって、誰だって秘密の一つや二つはあるものなんやし。そんなわけで、そのままズルズルとあゆみをあまり知らないままでいる。でもこれが、ホンマの友達のままでいられる条件やってウチは思っている……と言うか確信やな。あまりくっつきすぎると逆に、些細なことでケンカしてしまうもんやから。やから微妙に少しばかり離れた関係でいられればうまく行くと言うわけや。
でも、そやからなのかもしれひん……。
時折あゆみが、まったくの別人に見えてしまう時があるんは……。
ま、そんなことはどうでもええんにゃけど。
そう思うと、またウチはぼぅっとしながら祐一くんのことばかり考え込んでしもうていた。
この時からすでにウチは「恋」と言う不治の病に冒されてしもて、中毒ってやつになっていたのかもしれひん……。