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鳥の謳  作者: 千歳命
2/12

~再見~

「ああ――彼、どないしているんかなぁ……?」

 ほふー。

 と、ふいに溜息混じりに漏らしたウチのそんな言葉に、ファッション雑誌を読んでいたあゆみがふいに顔を上げて来た。ウチにはファッション雑誌やなくて、クロスワードやったんがまた腹が立つ。

 ま、暇やからやりますけどねっ!

 けど、全然解けへん。これ、少し難しすぎるん違う……?

「うん? ああ、あの時出会ったと言う男の子のこと?」

「あ。うん、まぁ……」

「なあなあ、『むーらん・ど・ら・ぎゃれっととか言うんを描いたフランスの画家』て?」

「『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』? 『フランスの画家』? だったら、ルノワールて画家ね。有名なのは『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』て作品よ」

「さっすがあゆみ! おかげで『F』の文字が解けたわ」

「てか、あたしがやったんじゃ意味ないじゃん。あんたに買ってあげたのに……」

「せやね――」

 文句を言うて来たあゆみの言葉も上の空、と言った感じでウチはぼんやりとしていた。そう、あの出逢いの一件以来ウチは彼のことばかり考えていたんや。今でもそれが目にありありと浮かんでは離れひん。とても可愛くて、そして笑顔も何もかもがとても素敵で、あとポンカン――はもうええとしてやって! うー、なんでポンカンが頭に浮かぶんやろ……。

そんな彼が……ってちょっと変、かもしれひんにゃけど――。

「……変態」

「にゃっ!?」

「変な声出してどうしたのよ?」

「え、え? あ、いやさっき――」

「??」

「」

「ナンデモナイノデス……」

――王子様に出会った『白雪姫』も、多分こんな感じで一目惚れしたのかもしれひんのかな? そう思えるほどに、ウチは彼のことを気にしていたんや。その言葉にあゆみは、どう言う訳か不機嫌な表情を見せてくる。

「……否定しないのね」

「なんか、あゆみ怖い――」

「なんか言った?」

「あ、う、いいや。うん……。今まで見て来た男の子とは、明らかに違う感じがしてやね」

「そう、なら良かった(・・・・)わ――」

 否定――。

そう言えば、なんでしいひんかったんやろう? いいや、今にして思えば出来ひんかったの間違いかもしれひんにゃけど……。

「――シカトかよ」

「へ? ご、ごめん! なんか言うた?」

「大したことじゃないから、もういいっ!」

「か、堪忍や――」

「最近、ホント上の空よね?」

「うん……」

 ウチはクロスワードを置きゴロゴロとしながらふと、窓の外を何気なしに眺めてみた。

 窓越しに映る空はいつも青く、何処からともない雲をぷかりふわりと泳がせていて淡々とその景色をウチに伝えてくる。しかし淡々と伝えてくるはずなのに、ウチはなんやかもの悲しく、寂しい感じがしてしもうた。まがい物なのに、どうしてこうも明白なんやろう? そして、どないして空を眺めていると、こんなにも悲しく寂しく思えてしまうんやろう? 分からへん……全てが分からひん、にゃけれども――。

 ――やからこそ、現代の人たちは限りなく在る空を見なくなってしもうたんかもしれひん……。

悲しみや寂しさが、とても大嫌いなんやから――。

って、ウチ詩人みたいな。

「誰が詩人ですって?」

「にゃにゃっ!?」

 また聞かれてた??

「……もしかして、声に出してた?」

「いいや」

「なら、どないして――」

「はっ、もしやエスパー……」

「んなわけあるかーい! 正直あんた、顔に出やすいから分かりやすいのよ」

「ふにゅ……。なるほど」

「……さてと、そろそろ時間ね。それじゃあ」

 いつものごとく、腕時計に目をやりバックを抱えてあゆみがそう言って来た。そう言えば、最近何故か良くお見舞いに来てくれてることに、今ようやく気が付いた。

 てか、今気がついたわー。なんて言ってしまえば、あゆみに殺されかねないので黙っておくことにする。

「そう……。あんな、あゆみ」

「んん?」

 ウチの言葉に、あゆみがふと脚を止めてきた。

「そう言えば……幽霊さんの件は、どうなったん?」

「うん? ああ、あれね」

「う、うん」

 そやそや。なんや、あれ以来何も言うてこんから気になっててん。

「あれはもうナシよ」

「」

 えっ? 今、なんていうた?

「ナシよ、ナシ」

「あ、そう……なんや。ちょっと残念、やね。あとね、見舞いに来てくれるんはホンマありがたいんにゃけど、どうしてウチなんかのために……そない頻繁に来てくれるん?」

「……」

「や、ダメとか迷惑とか言うてへんねんにゃで? むしろ、めっちゃ嬉しいんやよ?! ホンマに嬉しいんにゃけど、なんて言うかいつも来てくれてあゆみは大丈夫なんかなって――。あははは」

「ほうほう」

「うぅ、ただ気になってしも……て」

「……ごめん、堪忍や」

 ワタシの言葉に、あゆみお得意の相手を煙にまいた不敵な笑みがこぼれる。

「なんで謝るのよ?」

「やって――」

「アホね。ただのきまぐれよ」

 あ、さいですか――。

 ウチは心の中で、そう呟いていた……。


「ええ天気――」

 風がさわさわと、青々した木々等を踊らせている昼下がり。ウチは庭師さんがホースから撒き散らされる虹色の欠片を横目に、松葉杖と一緒に散歩をしていた。

「でも、今日もいいひんかな……」

 あの男の子に出会ってしもうてからと言うもの、ウチは良く暇な時にはベッドから抜け出し、リハビリを兼ねて病院の敷地内を散歩するようになっていた。それと言うのも、彼ともっと話しをしたいと思うていたからやし、何よりウチは彼の事がめっちゃ気になったと言うか、まあ彼のことを毎日考えていたからである。

あゆみは何故かそんなウチの熱心さにいつも侮蔑するような、でも気を使ってくれてはるようなどちらとも取れひん言葉を掛けてくる。一、二度「なんでそんなん言うんやねん」と尋ねてみた事があったんやが、相変わらずと言う感じで、あゆみは「ただのきまぐれ」とウチを煙に巻いていく感じで不敵に笑いながら答えてくれてしまう。

てか、それしか答えてくれひんにゃけど。しかも、やからと言って何もしてはくれひん。ただただ、ウチのことを見守りつつ(?)笑うてはると言った具合なんやねん。うむむ、腹が立つと言えば腹が立つ感じは見受けられるんにゃけど……。

ホンマに、なんなんやろう……?

最近良くしゃべっていてるんにゃけど、未だにあゆみの考えている事が理解出来ひん時があって、ウチは顔をしかめて見せるしかあらへんかった。

「ちょっと疲れたかも……」

 松葉杖を使うている時って、余計に体力を使うんやもんね。

とりあえずウチは疲れてしもうたから、遊歩道の近くにあったベンチにどかっと腰を下ろしてみることにしてみた。腰を下ろした瞬間、それとなしに溜息のようなものが、ウチの腹の底から口へと吐き出されてまう。

めっさおっさん臭いわww

って、何自分で自分をつっこんでんやろ。

いやマジで、ウチは元々九州出身で、関西に一時期おって、そこからこっちに来たから貞操ないわけやないんやけど。

「あーあ。今日も見当たらひんかったなぁ……」

 もう一度だけでも彼と話しをしてみたいと思うてはいたんにゃけど、当の本人が見つからずにすでに二日ばかりが過ぎてしまっていた。明後日にはもう、ウチは退院してしまうんや。そやから、そやからそれまでには、なんとしても彼を見つけたいと思っているんにゃけれども……。

落胆の溜息だけが、情けなくも途切れなく出て来る。

そやけどもこんなにも、彼のことを気にかけているだなんて――。

あゆみに見られたら、絶対またアホにされて笑われてしまうやろうねなどと苦笑いを浮かべつつ、ウチはまぶしげに空に見上げてみることにしてみた。相も変わらずと言う感じで、太陽と白い雲は青空を優雅に浮かんでいる。時折風がそよりと涼しくなびいて来て、じっとりと汗ばんだウチの頬を軽く撫で付けて来た。

「ねぇ、お姉ちゃん。そこにあるの、取ってくれない?」

「ほえ――?」

 突如そう言われて、ウチは驚きあふれつつ、声のした方を見てみる。すると名札をつけた小学校低学年らしい女の子が、こちらの様子を覗き込むように伺っていた。

「えっ? な、なに?」

 ウチは何がなんなのか分からず、きょとんとして見せるしかあらへんかった。

そのウチの様子に、

「そこにあるの、取って?」

「そこ――?」

と、女の子がもう一度言って来た。その言葉に、ウチは慌てて辺りを見渡してみる。するとウチの左脚の隣に、真ん丸くて白いボールが転がっているのを発見した。ウチはそれを拾い上げると、「ああ、これやな?」と女の子に見せてみた。

女の子がは、「うん、それ」と言いたげにこくりと頷いて見せる。そこでウチは、そのボールを「はい」と女の子に渡してあげた。ボールをもらった女の子は、

「ありがとう!」

 と言い、にんまりと笑みを浮かべて見せた。その女の子の笑顔に、「ふふふ」とウチも笑顔になって満面の笑みを浮かべて見せる。しかし女の子は、ウチの事にもう気にも止めずその場から立ち去って行く。少しだけ、ほんの少しだけ寂しい気がした。

「隣、よろしいですか?」

「ふえっ……!?」

 突如、後ろから聞こえて来たあの良く透き通った優しげな声に、ウチは思わず飛び上がらんほど驚いてしまった。そして慌てて後ろを振り向いてみると、その声の主はまぎれもなくあの方だった。ニット帽をかぶったパジャマ姿の彼や。彼はにこやかな表情でウチを見つめて来てくれていた。

「あ――、ああ……っ!!」

 あかん! ついつい指を指してもうたっ!

 慌ててウチは指を引っ込め、あとずさりしそうになる身体を抑える。ドッドッドッと胸の鼓動が喚き散らす。彼に聞こえてしまうんやないかともおどおどしつつ、「え、ええよ……!」と曖昧に頷いて見せた。実際、それほどまでに心臓が張り裂けそうなほど悲鳴を上げていたんやねん。

 てか、声裏返ったきがするしっ!

 ああ、もうアカンかも……。

 やっと出会えたと言うんに、全くもって情けないわ……。

 しかしなんのその。彼はウチの事には気にも止めず、軽やかな歩みでストンとウチの隣へと座って来る。女の子のごとく美しいような、可愛らしいような彼の顔が、今ウチの目の前に舞い降りて来たんや。ああ――まさに夢のようでそう思った瞬間、またウチの心臓が張り裂けそうなほどに悲鳴を上げて来てしもうた。

自分が厭らしいし、情けない……。

「ふう」

「……」

欲望におぼれてかけてしまいそうになっていたことにはたと気付き、ウチは彼に申し訳なさそうに視線を落としていた。妄想ばかりが頭の中をめまぐるしくぐるぐると回り、顔から火が出そうになる。

――ああ、なんてはしたないんやろ。

アカンねん、アカンねんてばっ!

 女子は清楚であるとかなんとか誰かが言うんにゃけど、実際の女子はそこまで清楚やないって証明しているようなもんやんか……。

あほやろ、あほ……。

そやから考えれば考えるほどに、自分の不甲斐なさが身に染みてしまい、ウチはめっちゃ情けなさを感じていた。

「微笑ましいですねぇ……」

「ええっ――!?」

 一瞬ウチの事を言って来たんやと勘違いしてしまい、大きく目を開けて慌ててウチは彼を見つめてみた。が、そのウチの驚きに彼は苦笑して見せて、

「ほら、さっきの女の子ですよ……。なんだかとても楽しそうにしていますですよね? それがなんだかとても微笑ましい限りで、良いなぁっと――」

 と、指差してにこやかに言って来た。その指差してきた視線の先には、あのボールを取ってと言って来た女の子と、その友達が楽しげにボール遊びをしていた。

「ああ、そう……やね」

 ほっとするような残念がるような感じでそれとなしに、ウチはぽつりとそう呟いていた。そうやんな、まさかウチのことだなんて……。なんだか取り越し苦労な思いをしてしもうて、ホンマウチはは心臓が口から飛び出るくらい恥ずかしくって仕方があらへんわ!

「……そう言えば、ずっとボクを探してくれていたんですか?」

「――」

 今度こそ、とばかりにそうふいに彼から尋ねられてしまい、ウチは思わずドキリとしてしまい、

「へっ――?」

 と、声を裏返し彼に尋ね返してしまっていた。その問い掛けに彼も戸惑ってしまう。

「あれ……?」

「い、いややね――」

確かに……確かにウチは、彼を探していた――。そやけどしかし、それやとなんとも……また厭らしい女子に見られてしまうかもしれない。ここは正直にホンマの事を言うた方がええんやろうか? それとも、白を切って嘘を吐くべきなんやろうか? ……いやいや、どちらにしても彼に不快な思いをさせることは明らかなはずなんやもん。もしそうやとしたら――ってか! ウチが彼を探していたって、どうして知っているんやろう? もしかして、ウロウロしていたところでも実は見られていたん――?

「んん? あれれ、ボクを探していたんじゃないのですか?」

「あ――、う――」

「ん~?」

「えっとぉ……ごめんなさいっ!!」

「へっ、何がですか?」

 悩みに悩んだ末に謝ったウチをよそに、彼はふと手に持って来ていたスケッチブックを開きながら、突如そう尋ねて来た。思いがけなかったその問いかけと反応に、ウチはなんて言葉を返せば良いのか分からず、また戸惑ってしもうた。

「何が、て――っ!!」

「?」

 そう言おうとしてみるも、言葉が続かない。それほどにウチは今、彼になんて言えばええんか言葉が見つからひんかったんや。

「いろ、い、ろ……。探し、てたこと、とか――。ゆゆ、湯ぼ……指さした、とか――」

「湯ぼ?」

「ゆ、ゆびや!」

「ああ、はいはい」

「それ、から……それ、から……」

「くすくす」

「う、う――!」

「いいですから、もう少し落ち着きましょう」

「う、お。は、はひ……」

それでもウチはなんとか、たどたどしくも彼に謝ったことの説明をしてみることにしてみた。すると彼がふいに、申し訳なさそうにウチを見つめて来て、

「ああ――気にしていたのでしたら、ごめんなさい。別に、そんなつもりで言ったわけじゃなかったのですけど……」

 と、謝って来た。その言葉に、ウチは全身全霊を込めて首を振って見せるしかあらへん。

「ううん、ううん、謝ることないねん! 気にしてないのだったなら、ホンマに良かったあ! と言うか、むしろウチの方こそごめんね!? 堪忍や! ってか、そのぅ……ここ二、三日の間、ウチのこと実は見とったんかな? ウチが、自分探しているとこ――」

「まさか! そのぅ……人伝えに、うん。人伝えで聞いたんですよ。その、探している女の子がいるって――」

 苦笑いを謝って見せるウチに、彼は驚いた表情を見せつつも、そう優しく確認するように言い放ってくれた。

 それでも、やっぱり誰かに見られていたのは恥ずかしかった。

 ウチは居たたまれなくなる思いがして手混ぜをしていた。

「……そうそう。ボクは相模(さがみ)です」

「ふえっ!?」

「相模祐一と言います。自己紹介、忘れていましたね。名前はなんて言うんですか?」

 こちらを向いては、祐一くんはそう言って自己紹介をして来た。それにウチは恥ずかしさから目を逸らし、頭をポリポリとかく。

「あー……ウチはぁ、三倉。三倉かなでと言います。あの、この通り関西弁やから、関西出身かと思ったらちごうて、元は九州生まれの女の子ですねん。でも親の転勤とかの関係で関西に一時期おって。あ、育ちとかはこっちなんやけど――」

 なんやねん、自分のこと「ですねん」て……! ねえっ!

アホやろっっ!? わざわざ育ちはこっちなんやけどって、元は九州生まれとか言うんもめっさアホやで!

 アホや、ホンマにウチのアホッ! ああもう、穴があったら入りたいわぁ!

 そう思いつつもウチと祐一くんは、なんとかお互いの名前を名乗り合い自己紹介をした。名前を名乗り合うんは、なんやか気恥ずかしい感じがする。昔からそうやったんにゃけど、ウチはあんまし説明が得意な方ではあらへん――てか、苦手なんやねん!!!

 しかしながら――。

 そう思いながら、ウチは祐一くんの顔を覗き込むように見てみた。微笑んで見せている祐一くんのにこやかな表情が、ありありとウチの瞳に映し出される。

 しかしながら――、説明するんは苦手やなんやかんや言いつつもウチは、祐一くんの可愛らしさや微笑んだ表情の愛しさを誰かにめっちゃ説明したくなっていた。いいや、ホンマはめちゃくちゃしたいんねん。うぬぼれていやがると言われたかてかまやせーへんにゃもん。

 それほどまでに、祐一くんの――相模祐一くんの存在が、ウチの何処かで膨れ上がっていた。

 ホンマに――。

 ホンマに、祐一くんは他のヒトとは違う、何かをもっているんやねん。そやから――そやからこそ、なのかもしれひん。

ウチが、祐一くんにこれほどまでに惹かれた理由は……。

 それにしても……ホンマに祐一くんは、大人びた感じをしている。おませなガキんちょは良く見かけるんにゃけれど、祐一くんはそう言った類なんかやない。まるでホンマに大人って感じで、すごく物静かで冷静やし――。

 ウチがそう思っていると、ふと祐一くんがウチの顔を見つめ返してきていた。

「そうそう、勘違いしているかもしれませんが、ボクはかなでさんより三つほど年上で十八歳ですからね?」

 げげげげげっ!!?? 実は年まで勘違いしたん!? てか――

「えっ? うそ……? そんなんなリやから、ウチはてっきり祐一くんは年下か同い年くらいやと――」

 そう言いかけて、ウチは慌てて口を噤んだ。そんなんなりやなんて言ってしもうたし、年上に対して、「くん」付けやなんて失礼に当たるからやった。

 ああもうっ!! アホアホ! 地球一周して月にでも頭突っ込みたいわ!

そう思っていると、祐一くんはウチの言葉に少し哀しげな表情をしてみせる。

「あ、やっぱりそう思っていたんですか……? やだなぁ……年下か同い年くらいに見られるのって」

「う。そ……そやけどもね、老けて見られるよりはましなんやないの? ほら、ふけ顔って見られるよりかは――」

「まあ、それはそうかもですけど……」

 いやんっ! なに、そのじと眼は!? 怖い、てかまたウチはアホなことを……。

 慌てて取り繕うもまだ納得がいかないのか、祐一くんが不満そうに口を尖らせる。でもそないなところが可愛くて、年下か同い年に見られてまう原因なんやろうなぁ。そやけどウチはちょーと意地悪やから、そう言うことは教えてやらないことにしてやった。

「そやけどね、時々難しい顔をして見せることがあるやろ? そう言うところは、ちょっと乙女心をくすぐって大人っぽいなって思うわ」

「それ以外は、子供っぽく見えるんですね……?」

「たはは、褒めているつもりなんやけどなぁ」

 そうウチが言って見せるも、祐一くんは何故かぷくぅっと頬を大きく脹らませて、何故か不機嫌な顔になってしもうた。

 もうっ! なに彼のテンション下げてんねんっ!

褒めるのって、案外難しいもんなんやな……。

「ごめんなさい、別に子ども扱いしたわけやないんにゃけど……」

「知りません」

「うあ……」

 そう謝ってみると今度は、祐一くんはすねた表情をしたままぷいっとそっぽを向いてしもうた。それにウチはオロオロと慌ててみせるしかなかった。間違ったことは言っていないんにゃけれど、やっぱり謝らないわけにはいかないやん。ウチは散々謝ってみたが、祐一くんの怒りが収まらないのかなかなか許してはくれひんかった。そして祐一くんは、ますますツンと唇を尖らせ突っぱねてしまう。それにウチはほとほと困りますます申し訳なさを感じてしまい、反省しもうた。

 すると、や――。

「……なんてね」

「ほへっ?」

すると祐一くんがいきなりそんなことを言って来る。それにウチは、何がなんなのか理解出来ひんくて思わずキョトンとしてしまっていた。

「ちょっとやりすぎましたかね」

「ひ、ひどいやんか、もしかしてからかっていたん?!」

 でも、別に祐一くんに対して怒りは湧いてきいひんかった。

 その言葉にウチは祐一くんにからかわれたんやと、ようやく理解することが出来た。

「あはは、まあそんなところですかね。実は自分でも、ちょっと子供っぽいなとは気付いていましたですから」

 そう祐一くんは、ウチに笑いかけながら説明して来てくれた。その言葉に、ウチはほっとしつつもこくこくと軽く頷いてみせる。

「そうやったんや……そやけど、良かったわ。機嫌悪くなってへんで」

 すごく反省していた分、そんな風に祐一くんが笑って許してくれたのでウチは安堵した。そやけど、やっぱもう一度きちんと謝っておこうと思うた。

「……そやけど、やっぱりそうやもんね。子供扱いをされてしまうんて、誰でも嫌やもん。あんなんこというて、ホンマにごめんなさい。堪忍や」

「はははっ、もう気にしていませんから。祐一くんとか、気軽に呼んでくれてもかまいません。でもホントにボクは、こう見えてもまだまだ子供だし、笑われるかもしれませんが子供でありたいとは思っているんですよ」

「へえ……」

 力強く言って見せるその言葉に、ウチは思わずぷっと笑ってしまった。そやけれどもそれは、あざけ笑うだとか苦笑いだとか、そう言った笑いや全然なくて、ホンマに可愛らしく、愛しいなぁっと言う思いでいっぱいの笑いやったんよ。

「そやけど。その気持ち、少し分かる気がするわ……。ウチもね、時々思うことがあるんねん。今のような悲しい大人には少しなりたくなんかあらへんなぁって――もっと純粋で素直な大人でありたいわぁって」

 そう嘆きつつウチは大げさに言って見せるも、祐一くんは何故か相槌を打たず苦笑いを浮かべて見せていた。その時のウチはまだ、祐一くんが何故に苦笑して見せて来たのか、理解していいひんかったけど……。

「そう言えば、『スケッチブック』を大事そうに持っていたようやけど、絵とか描いたりしてはるん?」

 ふと話題をそらそうと、ウチは何気なく祐一くんに対してそう尋ねてみた。すると祐一くんは、何故か困ってしもうたようなとても恥ずかしいような、なんとも言えひん表情を一瞬ウチに見せて来たんにゃけど、次の瞬間その表情はとうに消えては、苦笑で笑いかけて来はった。

「?」

 何故また祐一くんは一瞬、なんとも言えない苦笑いの顔をして来たんやろう…?

その様子にいくばくか疑問を感じつつも、ウチはもはやすでにその疑問を考える事をあきらめてしもうていた。と言うか、あの時はまだその疑問すら感じていいひんかったかもしれへん。

だってそうやろ? そんなん答えのないようなあやふやな疑問をいつまでも考えていたって、なんの解決にもならへんにゃもん。いつまでたっても考えても仕方がないもんにずっと考え続けることは、時間の無駄なことやし浪費するだけなんや。そのせいで頭がアホのように硬くなってしまうんよりかは、柔らかく柔軟な発想をした方がええんやって、思うんが普通や。

少なくともウチはそう思っているからこそ、こう言う風な楽観的な考えた方になってしまうんにゃけどね。

てか、こんなん失言ばかりしてしまうってことでもあんにゃけど……。

そう思ってはると、祐一くんが苦笑しつつやっと重い口を開けて来た。

「ええ、まぁ……。小さい頃からずっと絵が好きで描いて来ています」

「小さい頃から! 才能あるんやね!」

「才能なんて全然ないです。下手の何やらですよ」

「いやいや、小さい頃からやったらさぞ上手やろー」

「だから、下手ですって」

「へぇ……そやったら、スケッチブックを見せて。――って言うんは、さすがに無理なお願い……やろうね?」

「ええ、さすがにそれは無理なお願いなのですよ」

 ああ、即答されちゃった……。

「そっかぁ、それはめっちゃ残念。……ってことは、将来の夢も絵に関することやったりするん?」

「……まあ、将来的にそう出来たら一番なんですけどね。あ、でも笑わないでくださいよ? 絶対に! えっとぉ……なんだか自分の夢を他人に話すのって恥ずかしいことですね――。今のボクの夢は、何処かに就職するとかじゃなくてこの絵を描きながら、世界中を旅して回る事……なんですよ」

 そう言って見せた祐一くんの顔が、なんだかほのかに赤くなっていた。やはり恥ずかしいんやろうかな。若いのに無理やと決め付ける謙虚さが、またいとおしく思えふっと微笑んでしもうた。

「……へえ、ええやんかぁ。その世界中を旅して回る夢って言うの。うん、決めた。それやったらウチは、祐一くんの助手にでもなって色々なとこに付いて行こうかな? ――そうや、今度ウチのバイクで何処かへ行ってみようやん?」

 そうウチが尋ねてみると、何故か祐一くんは一瞬凍りついたような表情をして見せウチを見つめて来ていた。

「それで……ですか?」

「えっ? 何が……やの?」

 なんやか冷や汗が、フツフツと湧いて来て喉がカラカラになって来てもうた。

「ギプスをはめている理由。事故ったからなんですね? バイクで」

「あっ――」

 ウチはそう痛いところを指摘されてしまい、何故だか申し訳ない気持ちにさいなまれてしもうた。

 でももう、バレてしもうたんならしゃーない。

「はははっ――。うんでもまぁ、そうやね。いやいや、そやけどもやね。ウチが事故を起こしたんわけやないやよ。相手が信号無視で、急に飛び出してきてぶつかって来たんやから。それにほら、たいした事はないんや。ちょっとヒビが入ったくらいで、ギプスなんてホンマは付けひんくても良かったくらいやし……」

 ウチは苦笑いを浮かべ頭をかきながら、ことのあらましをざっとだが説明し弁解してみた。が、それを祐一くんは、真剣に聞いているように見えて、ウチはなんかまた申し訳ない限りでいっぱいやった。

「まあ、肉はえぐられて何十針か縫ってさ。まだ痛みはあるんやけど、けどホンマにもう大丈夫、なんやよ――?」

「――と言うわけで、明後日にはもう退院なんや」

 そう苦笑しつつ言って見せるが、ウチはなんだか複雑な思いやった。そう言うんもせっかく念願やった祐一くんと再会出来たと言うんに、もうお別れやと思うとやはり悲しさが湧いて出て来てしもうたから。もちろん、祐一くんと出会ったのはこれが二回目なわけやって、思い入れなどないに等しいんにゃけど……って、あれ? ホンマに思い入れってないんやろうか――? 嘘だけは吐いたあかんやろ、ウチ。

 そう思い直しながら祐一くんを見て一瞬、ウチはドキリとしてしまい大きく瞳を見開いてしもうた。祐一くんがとても悲しげな表情を浮かべて見せためやからやった。

「そう……ですか」

 俯きながら、祐一くんはまるで沈んだような声を出して、そう言って来る。

「う……あっ、あのね! そやけど、大丈夫や。やって退院と言うても、まだ抜糸はすんでいないねん。そ、そやから、まだ通院をしないといけひんわけやし……」

 ああ、また何をほざいているんにゃろ……情けないわ。

 そう言ってみるも、祐一くんの瞳はやはり悲しげなままやった。

 ズキンッ――。

 何故なんやろう……?

 胸に何かひどく、トゲのようなものがつっかえた感じがして、胸がきゅっと締め付けられるようなすごく嫌な思いやった。なんなんやろう、この気持ちは……? ただただウチに分かることと言えば、祐一くんを悲しい思いにさせてしまったと言う事実だけ……。

 めっちゃ嫌な思いやった……。

「あっあのね、そんなん悲しまなんといてや? ウチな、毎日病院に来るから。そっ、そやから――」

「……別に悲しんでいませんよ?」

 祐一くんの凛とした涼しげな言葉が、ウチの耳にふっと障る――。

「へっ――?」

 ふいにそう言われてしまい、ウチは戸惑いを隠しきれひんかった。

 てか、それが普通って気付けって! このアホウ!

 気が付いてみると祐一くんはもう、悲しげな表情をしていいひんかった……。

「……もしかして、ボクが悲しんでいるように見えましたか?」

「……」

 その言葉に、ウチはもうこれ以上にないってくらい赤面してしまい、穴があったら入りたい気持ちやった。

 いやもう、月越えて宇宙の果てイスカンダルでもかまわへんかも。

 そやけどもそれと同時に、祐一くんが悲しいことを実は隠しているような気がして、ならひんかった。

 とは言うても、実際のところ祐一くんは悲しんでいないと言うているわけやって、ウチは祐一くんのその言葉を信じてみるしかなんにゃけど――。

 そう思ってみるも、ウチは残念な気持ちと恥かしさでいっぱいだった。

 あーあ、こんなん勝手な女やから男の子に告白されんねん。

「あの……何か、かなでさんを悲しませてしまったのでしたら、ホントにごめんなさい。ボクは全然、気にしていませんから」

「うん、いやまぁ……別にイインヤ。祐一くんが全然気にしていないんやったら、ウチはホンマ別に――」

「もしかして、名残惜しいんですか?」

「うえっ――!?」

 ふいに心を見透かされてしもうたような気がしてしまい、ウチは驚きあふれて慌てふためいてしまうしかあらひんかった。

 てか、「うえっ――!?」ってなんやねん。

 なんや吐いたわけやないんやしっ!

そんな図星のウチに、祐一くんは優しく微笑む。

「ふふふっ――。別に良いんですよ? そんな風に思ってくれましても。だってボクも……悲しいって気持ちは全然あまりませんけど、なんだか名残惜しいなぁっとは、感じていたもんですから」

「うん――?」

 その言葉に、ウチはまたも驚きあふれてしまい、眼をパチクリしつつ祐一くんの顔を覗き込んでみる。しかし祐一くんは楽しげに遊んでいる子供たちを眺めながら、何事もなかったようにニコニコとしていた。

 え、どう言う意味やろ……?

 それは遠まわしに、寂しいってことなんやろうか?

 でも、悲しくはないって言ってはったし――。

「……良いですねぇ、子供たちは」

「あ。えっええ、そうやね……」

 祐一くんの言葉に、遊んでいる子供たちを見やりウチはそれとなしに答えてみた。あんなにも元気に、そしてまだ悩みもなさそうに楽しく遊んでいる子供たちが、なんやかうらやましく感じられた。

「――ボクですね、ふと思った事があるんです」

「ん、ん? 何を?」

「出来る事なら、ずっとずっと子供でいたいなぁっと。ずっとずっと、変わらないでいたいなぁっと……」

「……へ、へえ。どないして?」

「だって本来なら変わらないことって、とてもすばらしいことじゃないですか。だけど、ボクたちは日々時間と共に変わっていくんですよね……。一日、一秒単位でボクらは違うのです。子供は大人になって成長をしたり、大人は年をとってお年寄りになったり――。それは進化の過程で確かに必要なことかもしれないです。必要なことかもしれないですけど――けれどもふと立ち止まってみることもまた、必要だと思うからなのです。どうして、みんな変わっちゃうのかなぁ? ボクは、変わりたくなんかないのに――」

「――」

 その言葉に、とても違和感があった。ただ、その違和感が何なんかはまだ分からへん。分からへんのやけれども、それにとても嫌な感じがしたのは間違いなかった。しかしながら、今のウチにはその言葉の真意が分からず何も返す言葉が見つからひんかった。

 何故そんなにも、大人を嫌うんやろ……?

 いや、それ以前に変化を嫌っている……?

 どないしてなん?

 そう、祐一くんにすごく尋ねてみたかったんは事実やった。そやけれども、それを尋ねさせひん距離がウチと祐一くんの間にはあって、容易には尋ねられひんかった。

 ちょこっと嫌な感じ――。

 ホンマに、ちょこっとだけやねん。そやけど、そのちょこっとが嫌な感じ――。

 こんなにも近くにいるんに、こんなにも近くにいるはずなんに、めっさ遠くに感じられるやなんて……。

 いやや――。

 ウチはそんなんいやや――。

「あ、あんな――」

「……さてと、そろそろ戻らなきゃですね」

「せ、せやね――」

 急に話しの腰を折られてしまい、ウチは落胆するしかなかった。

「話しに付き合ってくれてありがとう、今日はとても楽しかったです。ボクはいつも暇なので、宜しかったらいつでも遊びに来てください。あ、そうそうついでにポンカンジュースなんて買って来てくれたら大喜びしますよ? それじゃあ、退院おめでとう――」

 そう言うて祐一くんは、平然とした様子でウチに別れの挨拶をして来た。その言葉にまたも違和感を覚えてしまい、

「あ、待ってや――!」

と、気付いた時にはすでにウチは祐一くんを引き止めてしもうていた。

「……なんですか?」

 うやうやしそうに、祐一くんはウチを見つめてはそう尋ねて来た。そっけなく、突き放すような感じやった……。その言葉をふいに聞いてもうた瞬間、ウチはどうしようもなく返す言葉を失ってしもうた。こんなにも、冷淡に接せられてしまうとは夢にも思っていいひんかったからである。

「――う」

「あっ――、いえ……」

「……」

 祐一くんの冷たい視線が、とても痛々しく思えてならなかった……。

「……ああ、そうや。えっと、遊びに来てって言うていたんにゃけれど――何号室、なん?」

 かろうじて返せた言葉が、これやった。

「ああ――……場所知らなかったんですね」

「……」

全くもってなんとも情けないんやろ……。その質問に祐一くんはとても不満に思うたみたいに、ウチの顔を振り返って見ようとはせずに唇を尖らせて答えてきた。

「……五〇三号室です。五階の」

「五〇三……号室やね? 分かった、わ。ポンカンジュース持って、必ず行く――から」

 ウチが勇気を振り絞ってそう言って見せると、祐一くんは何故か返事もせずにそそくさと病室に帰って行ってしもうた。そんなん祐一くんの様子に、ウチはめっさ悲しい気持ちになってしもうたんは言うまでもない。

 何故なんかは、全然分からへん……。

 そやけども、祐一くんを悲しませてしまった事実だけは、嫌やけれども目に見えとって心が痛んでしもた。

 ああ、ホンマ情けない――。

 ホンマに……。

 ウチはどうすることも出来ず、空を見上げて哀しむしかあらへんかった――。



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