~エピローグ~
「……あーあ全く、最期の最後まで世話を焼かせる兄なんだから」
歩きにくい砂浜に足をとられぬように気を付けつつ、あゆみがそうぶつくさ文句を垂れてくる。
「ははは……」
「笑ってんじゃないわよ!」
「う、堪忍や」
ウチとあゆみは今、ウチと祐一くんが最後に行っていたあの海の砂浜に来ていた。
海は相変わらず、優しくも厳しい姿を見せてくれている。
ただもちろん、あの時とまるで一緒やないけれども。
ほんで今日は彼が亡くなってから、ちょうど四十九日が経とうとしていた。
「ああもう、風がうざい……っ!」
「――悪いわね。あゆみ」
そう申し訳なさそうに言って見せると、
「……ふんっ。本気で悪いと思っているのなら、兄の最後の願いなんか叶えないでちょうだいよ」
とやはり文句を言いつつも、あゆみは「ったくしょうがないわね」とウチに小瓶を渡してきた。その小瓶には、白い砂てか粉のようなものが入っている。それは、彼の遺骨の一部を小さく細かく砕いたものをさらに細かくしたものやった。何やかんやと言うても、あゆみはあゆみやったりするから、ウチは好きなんやで?
まあそやけど、気色悪い言われたないから、あえて言わへんにゃけどね。
「あーあ、まだ信じられないな……」
「せやね」
……まあウチも他人のことはとやかく言えひんやけど、祐一くんが亡くなった直後のあゆみはホンマにひどい状態やった。ほんに……そやけれど、今は立ち直りあゆみの持ち味である毒舌も戻りつつあるようで、ちょっと安心したわ。
てか、毒舌が戻っただけでなくひどくなった気が……。
「あ? 今、悪口呟いたでしょ?」
「言ってへん! 言ってへん!」
「どーだか」
「……」
地獄耳もさらにひどくなっている気がするわぁ……。
「さて、と」
ちなみに、祐一くんの最後の願い――。
それは二人で行った思い出の場所に、この海に、自分の遺骨を撒いて欲しいとのことやった。散骨とか、言うらしい。
ちなみに散骨する場合は、ちゃんと役所に届けないけひんねん。
「さあ、祐一くん。着いたで――」
彼のスケッチブックを持ちながら、波打ち際にようやくたどり着き、ウチは小瓶の蓋を開け放つと中の砂のようにさらさらになった骨を手のひらに掬い出して、風に乗せてみた。
「――」
サァ――。
風がみるみるうちに彼の骨を攫って行っては、中空を舞っていく……。
悲しみや苦しみ、その全部をまるで吹き飛ばすかのごとく。
何処までも遠く、何処までも高くに――。
「……変なの」
そんなウチと舞って行く骨の様を見送りながら、またぶつくさとあゆみは文句を垂れてきていた。あゆみ曰く、四十九日の迎え方としては法事を行いお墓に埋骨する言うんが一般的なんやと言う……。うん、それはもちろん分かっているわ。
そやけども、やね。
そやけど、祐一くんはそれを彼は望まなかったんやから、しゃーないやん。
「まあまあ、心の持ちようやってことで」
「はいはい―……っと」
呆れ果てたように、あゆみがそう言って息を吐く。
ふと上を見上げてみると、撒いた粉と鳥が優雅に風に乗って空を泳いでいた。
「空高くまで上がったなぁー」
「そうね……」
青い空を自由に飛び回る鳥は、祐一くんが夢見ていたものの一つやった。
このウチがもらったスケッチブックにも、それは描かれていた。
ちなみにその絵の中には、すっごい笑ったウチの似顔絵も描かれてあった。ひそかに描いていたらしく、まあそやからウチには見せれひんかったんも、それで納得がいった。
見つけた時はめっさ嬉しくて、ほんで少しだけ恥ずかしかったわ。
祐一くんとの、唯一の大事な形見の品や……。
たぶん、他の人を好きになって結婚して――、子供も出来て成長したとしてもこれは、絶対に絶対に捨てひんと思う。
てか、確信やな。
「――」
「……そうまでして、自由になりたかったのかなぁ」
ふとあゆみが、寂しげにぼやいてくる。
「あゆみ……」
描いていたのが鳥とかやったから、あゆみとしては祐一くんが辛い闘病生活がイヤやったんやと、思っているらしい。
「ううん、それは違うと思うわ――」
あゆみの寂しげな言葉に、ウチは否定して見せた。
「え――?」
「確かに、祐一くんはいつか『鳥になりたいな』と言うてはったんやけれど……。やけれどそれは――、どんなに離れていたとしても、どんなに遠くにいたとしても何時でも何処でも大切な人の元に帰って来られる。うん、そんなん出来る羽が欲しかったからやないかと、ウチは思う――」
めっさ妹思いの、そんな優しい兄(祐一くん)やから――。
あの、教会で出逢ったおじいさんのように……。
何時でも何処でも、きっとそんな風に……。
やって、その証拠に――。
最後まで、あゆみの友達でいてあげてくださいね――。やって。
「……臭い台詞ね」
「にははは……」
「まるで御伽噺だわ」
「……そやけど、幽霊の話しよりかは幾分ましやない?」
「――ふん」
その言葉に、あゆみがウチに向かってにんまりと微笑みかけてきた気がした。
ウチらはしばしの間、その海を眺めていた……。
波の音が、ウチらを包み込んでくる。
「海風はやっぱり冷えるわね」
「……そろそろ戻ろっか」
「そやね」
そう言って見せると、ウチらは砂浜から引き上げることにした。
――♪
「……」
その瞬間、ウチはふと誰かに呼ばれたような気がして振り返ってみた。
風がふいに、優しく舞った――。
その風の中、鳥が踊るように謳っていた――。
「どうしたのよ?」
「――ううん、なんでもあらへん!」
ウチは笑いながらそう言ってみせると、少し先を歩くあゆみの後を追いかけることにしたのやった――。
ウチと彼との思い出の謳は、これでおしまひであります――
了
終わりでございます。
最後までお付き合いくださった方、誠にありがとうございます!!