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鳥の謳  作者: 千歳命
11/12

~もしも願いが~

 病院の中に運び込まれた祐一くんは、すぐさまに緊急治療室ICへと移された……。

長い管に身体を繋がれて、祐一くんはめっちゃ苦しそうな表情を浮かべたまま診療を受けている……。

 これがホンマの祐一くんの姿なんやと思うと、ウチはなんやか申し訳ない気持ちがいっぺんに圧しかかって来たようで、もういっぱいいっぱいやった。

 こんなことなら、祐一くんを連れ出さなきゃ良かったかも……。

 今更悔やんでも悔やみ切れない思いがどうしようもなく脳裏をかすめてしまい、パリパリになったウチの頬を熱く濡らし出す。全身びしょ濡れになったにもかかわらずウチは、胸の奥底が熱く苦しくなるのを感じながら祐一くんを見守っていた。

 ――てか、見守るしかウチには方法があらへんかった。

 悔しいよぉ、祐一くん。

 なぁ、祐一くん……。

 祐一くんはさぁ、大切な命の時間を削ってまでウチと一緒にいてくれていたけど……。

 やけど……祐一くん自身は、それでホンマに良かったん――?

ホンマにそんなんで、祐一くんは幸せだったん――?

 悔しくて、切なくて、ウチはそんな思いをめちゃくちゃ疑問に抱いていた……。

「ごめん……なさいっ! ホンマ――ホンマに、ごめぇん……っ!!」

 悔しくて歯がゆくて、泣きじゃくりながらウチは嗚咽を漏らして泣いていた。

「謝って許してくれる、とは、思えひんけどぉ……」

 ホンマにどないかしたくて、けれどもどないかしたくてもどないにも出来ひんでいる自分がすっごく腹立たしくて、ウチは顔を手で覆い尽くし必死に気持ちを抑え込もうとした。涙が、とめどなしに頬を伝ってはまた静かに流れ落ちて行く。

 出来ることならば、祐一くんと変わってやりたかった。出来ることならば、祐一くんと病気を変わってあげたかった。

ホンマ……ホンマに……。

「……かなで」

 ウチが苦しそうに悲しみにくれていると、あゆみがタオルを持ってやってきた。

「あゆみぃ……」

「……」

 お互い言いたい事が山ほどあるはずなんやけれど、今はあえて何も言わないことにしていた。

「……ほら、着替えとタオル。風邪引かないように、すぐに乾かして着替えなさい」

「……」

「ほらってば」

「……ごめん」

「え?」

「ホンマごめん! 堪忍や! ウチは、ウチは――」

「……バーカ」

「――」

「これでいい? 病院では静かになさい。あと、今はあんたの懺悔なんてどうでもいいの」

「……うん」

 そう言ってウチは、あゆみから差し出された着替えを受け取る。看護師さんらのご好意で、ひとまず入院患者さん用の浴室を借りて熱い湯船に浸かり冷えた身体を温める。そうして急いで緊急治療室ICの前に戻ってみると、あゆみが腕を組みながら険しい表情で待っていた。

「……祐一くんの容態は、どうなん?」

 ウチのその言葉に、あゆみは力なく首を横に振ってみせる。

「医者の話しでは、良くもった方だって……」

「――」

 分かっていたこととは言え、その言葉に愕然としてしもた……。

 長い沈黙が、ウチとあゆみの間を流れる。

「ごめん――! ホンマにごめん――!! 堪忍や!」

「ウチが……ウチが、祐一くんを連れ出していなければ、無理やり連れ出したりしていなければ――!!」

 悔しさと申し訳なさでいっぱいになり、ウチは今までのことをあゆみに申し訳なさそうに、土下座をして謝っていた。そやけれどそんなウチを、あゆみは何故か叱ろうとはせずに優しく慰めてくれる。ホンマはあゆみとしてもやはり、悔しさでいっぱいなはずなんやろうに……。

「――もう顔を上げて」

「……あたしの方こそ、ごめんなさい」

「へっ……?」

 静かに、けれども意外な慰みの言葉を浴びせられて、ウチは戸惑いの表情であゆみの瞳を見つめるしかあらへんかった。そんなウチにあゆみの瞳は、めっちゃ優しくて同時に、哀しそうやった。

「あたしが兄を紹介したばっかりに、かなでには辛い思いばかりをさせてしまって……。あたし、ひどいよね……」

「へ?」

「兄のことだけを考えて、親友を……。あゆみの気持ちなんか、本当はこれっぽっちも考えていなかったんだよ……? 本当に謝らなきゃいけないのは、あたしの方なんだよ」

「……」

 そう言ってあゆみは、今度は緊急治療室ICにいる祐一くんを見つめる。

「本当に、どうしようもないブラコンよね」

 いやでも、それは唯一血の繋がった兄妹やから――と喉まで出かけて、ウチは言葉を慌てて飲み込んだ。

 あゆみのブラコンは、それとは違うからやった。

「……本当はね、あたし現実から逃げていたの。この世でたった一人の兄がいなくなるのを恐れて、現実から目を逸らし、さらにはその苦しみを親友であるかなでに擦り付け押し付けていた――」

 きっとあゆみも、耐えられないほど辛い苦しみと悲しみやったに違いない……。

 そう思うと、やっぱしウチは申し訳なさが先行していた。

「……そう言えば、海に行けて兄は楽しそうにしていたの?」

「あ……うん」

「そっか――それなら、良かった。本当に……。兄はね、最初そんなあたしのせいで笑わなくなってしまっていたの。心から笑うのを忘れてしまっていた……」

「――」

「笑わなくなったのは、あたしのネガティブのせいなの……。本当のあたしは、どうしようもない根暗な人間。だからあたしのせいだって分かっていたけど、あたしにはどうにも出来なかった。そして初めてかなでと逢った時の兄が、まさにそうだった……。でも、かなでに逢うようになって兄は徐々に心から笑うようになっていった。それを気付かせてくれたのが他でもない、かなでだったんだよ……? かなで自身は、全く気付いてなかったかもしれないけれど。けれど……だから最期まで尽くしてくれて、本当にありがとう――」

 ふいに、そうあゆみがそれとなしに頭を下げてお礼を言って来た。

「あゆみ……」

 そやけどそれに、ウチはなんとも言えひん感じを抱いていた。

 お礼を言うんは、こっちのはずやのにと……。

すると担当の本間先生が緊急治療室ICから出てきて、小さく頷いて来た。何かの合図かと思ったら、本間先生の小さな頷きにあゆみがウチの顔を見てきた。

「……かなで。多分、これが最後だと思う……。だから、かなで一人で言って来て」

「――分かった」

 コクリと頷いてみせると、ウチは涙を拭い立ち上がっては緊急治療室ICへと向かおうとした。

「かなで――」

「……なに?」

 あゆみに呼ばれて、ふとウチは振り返ってみせる。

「……ごめん、なんでもないわ」

「そう――」

 なんとなしに、あゆみが言いたい気持ちは分かっていた。分かっていたために、ウチはあえてそれを問いただそうとはしいひんかった……。

 冷たい、何も感じさせない機械に命を守られて、祐一くんはどんな思いでいるのやろうか……?

 こんな結果になってしもうて、ホンマにごめん――。

 雑菌を入れないため防菌服に身を包み、緊急治療室ICに入り色々な管につながれた祐一くんの元へ行ってみると、ウチはめっちゃ胸が締め付けられるような気がして辛かった。

 いくつもの祐一くんの顔を見て来た中で、今見ている顔が一番辛そうやった。こんなにも辛そうにしていると言うのに、ウチは何も知らなかったんや、ウチは何も見えていいひんかったんや。――いいや、あえて祐一くんが見せてくれひんかったのかもしれへん。こんな自分を、見て欲しくないんやと……。

「祐一――くん」

「……」

 今目の前にいる祐一くんは、まるで眠りの森のお姫様のような姿やった……。

 起こしてしまうんがなんやか申し訳なくて、ウチはそっと祐一くんの手を握り締めてみる。冷たくて青白いすべすべとした祐一くんの肌が、なんやかウチには辛そうにしているように見えて、先ほど止めたはずの涙がまた止めようもなく頬を伝って流れ落ちて来た。

「祐一くん……。祐一くん……」

 もはや、何を言ってやれば良いんか見当が付かへんかった。それほどまでに、ウチの胸はめっさ熱くいっぱいいっぱいで詰まっていた……。

「――かなで……さん?」

 ふいに祐一くんが、目を覚ましウチの名前を呼んで来た。その言葉にウチはつい興奮してしまい、

「祐一くん……っ!?」

 と、あふれんばかりに大声で叫んでしもうた。そんなウチの大声に、祐一くんは何故か可笑しそうにクスクスと笑って見せる。

「もう……そんなに大声出さなくても、ちゃんと聞こえています――よ?」

「うん――うん!」

 そう言って来た祐一くんの言葉を久しぶり聞いた気がして、ウチは嬉しくて何も言い返すことが出来ひんかった。

 その間にも、祐一くんはウチの顔を見つめ優しく微笑みかけて来る。

 あの優しくて、可愛らしい祐一くんの笑み……。

「ごめん……なさい。ウチが、ウチが付いていながら――」

 唇をぎゅっと噛み締め、ウチはそう猛省するしかあらへんかった。その言葉に、ただただ祐一くんは首を横に振っては、微笑むのみやった。そのただただ首を横に振って微笑んでくれる祐一くんに、ウチは何故やか知らへんけれども、また申し訳なさがこみ上げて来てしまい、目頭がまたとてつもなく熱くなる。

「ホンマに、ごめんなさい――」

 そう申し訳なくもう一度謝った言葉に、祐一くんは静かに言う。

「……かなでさん。死ぬことって、一体なんなのでしょうね?」

「へ……?」

 なんやか寂しそうにそう言って問いかけて来る祐一くんに、ウチは何も答えることは出来ひんかった……。

「あ、ううん……。別にそんな、考え込まなくても良いんですよ? ただ――ただですね、かなでさんは『死』について、どう思っているのかなぁ? なんて、少し気になったものですから……」

「――!」

 そう言う祐一くんから、余分な力が抜けていく。

 ああ、時間(とき)が来たんやな――。

 そう悟った瞬間、ウチはただただ必死に目いっぱいに溜まった塩辛い雫を必死に堪えて見せて、小刻みに震えてしまう唇を噛み締め、白く冷たくなってしもうた可哀想な祐一くんの手を握り締めては、精いっぱいの笑顔で優しう微笑みかけてあげて、そないして不安そうな瞳でじっとこちらを見つめて来る祐一くんの瞳に、悲しみと悔しさを隠し精いっぱいの笑顔で、微笑んで見せることしか出来ひんかった――。

「かなでさん……」

「……ボクは今まで、『死』について怖い、苦しい、恐怖としか、感じてはいませんでした。――でもしかし、今は少し違います」

「祐一くん……」

「ああ、そうだ。あのボクが大事にしていたスケッチブック、良かったらかなでさんにあげます……。ボクからの、最後のプレゼントです。ボクにはもう、必要、ないですか――ら」

「――そんな、そんなん言わんといてや! いややっ! ウチを置いていかんといて! ウチを置いて、いかんといてよ……」

「泣かないでください……。こうやって大好きな女性に看取られて、ボクはとっても嬉しくて幸せなんですよ? ホントに、これ以上ないくらい――」

「そ、そうや……! 今度は、何処に行こうか!? 行きたいところがあるなら、リクエストちょうだい、ね? 絶対――絶対に、連れて行ってあげるから……! やから――」

 そう必死に宣言して見せるウチを、祐一くんは困ったようなでも嬉しそうに笑う。

「かなでさんはやっぱり、笑顔が似合います……」

「うぅうぅぅ――」

「……哀しまないでください、死は誰にでも訪れるものなのですから――。ボクの場合、他の人よりちょっとだけ時間が早かっただけのこと……。それと、ありがとうございます――。貴女(かなでさん)に会えていなかったら、きっとボクは最期の最後まで後悔の念で、死ぬに死に切れなかったと思い……ます」

「ゆう……いち――くん」

 耐え切れひんくなった涙が、ポロポロとウチの頬をまた熱く濡らしては、零れ落ちて行く。

「ああ、でも――でもですね……。聞いて欲しいことが、願い事が、実は一つだけあるんです。それをもし聞いてくれたら、ホントに嬉しいかも……」

「願い事? ……う、うん! もちろん、ええで!? って言うか、何個でも願い事を叶えてあげるし、いつでも聴いてあげる……わ!」

「ホントに、ですか? それ、じゃあ――」

「――」

 ウチの耳に囁くように言い終わって、祐一くんは涙を浮かべながらにこやかな表情を見せてくる。

「ありがとう……。貴女(かなでさん)のこと、世界で一番愛しています――」

「ゆういち……くん」

そう言ってしまうと、祐一くんはようやくと言う感じで静かに眠りに付いたんやった……。

それから三ヵ月、祐一くんはもう二度と目覚めることはあらへんかった……。

それはあっけなかった……。

 実に、あっけなかった……。

 そう――それはまるで瞬きをした瞬間のように、小さくそして儚く……。

 美しい優しい笑顔を、浮かべたまま――。



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