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鳥の謳  作者: 千歳命
1/12

~出逢い~


 哀しまないでください、

死は誰にでも訪れるものなのですから――


 なんやかめっさ悲しく切なそうに、そやけどもウチを必死に励まそうと震えながらもそう言うてくれる彼に、ウチは口を開いて見せるも何も答えることが出来ひんかった……。ただただ、目いっぱいに溜まった塩辛い雫を必死に堪えて見せては、小刻みに震えてしもうている唇をきゅっと噛み締めて、精いっぱいの笑顔で優しう微笑みかけてあげる。透き通ったように白く冷たくなってしもうた彼の手を、摩るかのように温かく握り締めてあげることぐらいにしか――。

彼の笑った顔が見たくて――。

彼の微笑んだ表情が見たくて――。

 彼の安心した顔が見たくて――。

 彼のために――、

 彼の不安を取り除くため――。

 彼の恐怖を取り除くために――。

 そないして自分の――、

 自分の心にも、言い聞かせるために――。

 かなり無理をしていることなんやて、十分に分かっていた――。いや、無理しすぎとうていることぐらい、十二分に分かり切っていた。そやけども、そう言うて見せ笑顔でごまかすしか方法がないんやってことも、ウチは悲しすぎるほど十分に理解していたんや。

 そやから――そやからこそ、なんやって言い聞かせ。

 そう思うてまうと、ふいに熱い悲しさと悔しさにいっぱいにあふれてしもうた涙が、音もなしに頬を伝い止めどなく流れ落ちてゆく――。

涙を流すことで、この悲しみと言うトゲを抜くことが出来るんやったなら、ウチはたとえ涙を枯らしたとしても、この悲しみ言うトゲを抜こうとしていたんやろうか……。



「……全くもう、たいくつの『た』も出てきーひんくらい、たいくつやわ」

 まるで苦ったらしくてまずい薬を飲み干すかのごとく、ウチはそう悔しそうにそう呟いて見せるしかあらへんかった。人生十六年、高校一年の青春真っ盛りの春うらら。恋し恋されの誉れ高き希望やった、もといあの厳しうて辛い受験戦争を勝ち取って憧れの府立高校に入学することが出来て有頂天になりすぎてもうとったウチは、何気ない日常のさなか暇を横臥するためにだけに、そう親友とともにしゃべっていた。

「ホント、三倉かなでさんは哀れな人よねえ」

「哀れとか言わんといてえさ……」

「本当のことじゃない」

「他人言われたら、もっと哀しゅうなるやんか――」

 そんなブー垂れたウチの言葉に、親友である高畠あゆみが呆れた風に笑いを堪えつつ相槌を打って来る。そこまでホンマのことを言われてまうと、却って妙に腸が煮えくり返って来る気持ちが沸き起こってしもうて、ウチは不貞腐れて口を尖らせて見せるしかあらへんかった。そうして不貞腐れを見せているウチの気持ちをようやく気付いてくれはったんか、あゆみはバツ悪げに頭をかいては、

「まぁ――そう、ね。うん、これもほろ苦い青春の一ページの思い出だなんて思った方が断然良いと、私は確信しているわよ?」

「それに、あんな事故を起こしたのにこれくらいの怪我ですんだのだから、逆に運が良かった方だと思うしね」

 と、何故かウチに向こうてではなくウチの怪我をしてもうた左脚に向かって、慰めの言葉をかけて来た。

「それは、そうかもやけど――」

――むぅ、慰めて欲しいのはウチの方やのに。なんでウチの左脚に向かってそんなん言うんやねんっ!

 そう、ウチはめっちゃツッコミを入れて言ってやりたかったんやけど、実際に怪我をしてしもうてるんはウチの左脚なので、面白くなさげな表情をしてそのまま聞き流すしかあらへんかった。

 ああー……、何時見ても痛々しいったらありゃせえへん。

恐る恐る、ウチは首を持ち上げては左脚を覗き込んでみた。怪我の大きさを示す真っ白なギプスに、ちょこんと出たつま先には、生々しく黒ずんだ血の後なのかそれとも打ち身によってなんか、事故の物々しさを示した後が鮮明にウチの目に映し出されていた。痛みは麻酔が切れてしもうたんか、ズキズキと昨日辺りから痛々しさを存分に残している。改めてこの痛さを知ってまうと、怪我はするもんやないなぁと思い知らされる。それを見やると、ウチは溜息混じりに枕に頭を埋め天井を見上げてみた。白みがかった面白うない天井が、何処か憎たらしさを覚えて仕方があらへんなかった。

「そうそう、知っている? かなで」

 ふと、あゆみが面白くなさそうにしているウチを気遣ってやろうか、そう尋ねて来はった。けどウチは、

「知らへん」

 と、即答してやった。

「当たり前よ。まだ何も話してなんかいないんだから! で、話を戻すけどね、実は話しと言うのはあの神楽坂さんのことなのだけど――」

 そう言ってみせるあゆみの顔が、ふふんと不敵に微笑む。

ちょーっと嫌な予感がしてもうた。

あーいややな、耳ふさぐべきやろうか?

「なんと彼氏が出来たみたいよ!」

「ぎゃっ!」

「な、なに?! その奇声は?」

「耳ふさいどけば良かったかも……聞き間違いかもしれひんからもっかい言って」

「彼氏が出来たんですって」

「ぎゃぎゃぎゃ~っ!」

「じぇじぇじぇ~の真似はやめな」

「ちっ、バレたか。しかしホンマなん?」

「本当よ」

 そうあゆみが言うた瞬間、ウチはクラッとめまいがしてしもうて、驚いた表情を見せやおら起き上がろうとしてもうたが出来ずに、仕方なくそのままあゆみに尋ねてみた。

「なんやって!? ウソや、あの娘がか?」

「そうみたい、しかも驚くことなかれ。なんでもその彼氏ってのが、小泉くんってもっぱらの噂なのよ」

「がっはああぁ!?」

 あゆみはウチの反応がよほど面白かったんやろうか、楽しそうにこくこくと頷いて見せてはそう言うてきた。

 ショックや……めっさショック。

「マジでぇ~。うぅ、先越されちゃった! 絶対にあの娘よりは、と思ってはったのになぁ……」

「それにしても小泉くんなんかぁ、ちょっと暑苦しい男子やね。ああ、そやけど案外お似合い……なんかもしれひんね」

「かもね」

 ちょっと、ほんのちょっとだけ悔しく思うて、そう彼女たちをウチは褒め称えるように言うてみた。と言うんも神楽坂さんと言う娘は、ちょっとミステリアスな娘やったからや。それが最近良く小泉くんと言う男子と一緒にいるのを見かけたもんやから、果たしてそうやったりするんやないかなーと言う噂が絶えなかったんやけれども……。そっか、やっぱりそうやったんやね。

 ただそう思ってまうと、また悔しさが湧き出て来てまう。やっぱり何かしらの特徴とか、魅力って必要なんやって思うんやけども、生憎ウチにはその何かしらの特徴や魅力とか、お笑いのセンスとか、お笑いのセンスとか特にないんやもんね。

 ちなみに二度言うたんは、関西弁しゃべっているのにないから、やねんけど……。

 そもそも関西弁しゃべる人が皆面白いと思うたらアカンねんで!

 てか、面白ければモテるとかも間違ごうとるねんっ!

 やから未だに誰からも告白されずにおって、ちょっとだけ、ホンマちょっとだけやで?なんや寂しかったわ……。

「青春よねぇ」

「ぶーっ!」

 頬を膨らませ悔しそうにしているウチが可笑しいんやろうか、あゆみがニヤニヤと不適な笑みを浮かべながら、そう呟いて来る。皮肉たっぷりに言うて来たためにウチはカチンと頭に来ていた。

「ここにその、青春って言うんを横臥したくて悔やんでいる若者が若干、若干一名ばかりいてはるんですけどね……っ!」

「ははは」

 そう言うてまうと、なんやかまた寂しく思えて来て仕方があらへんかった。せめて、お見舞いに来てくれる男子さえいてくれはったならなぁ……。やなくても、こうウチを優しういたわってくれるロマンチストな男子がいてくれはったならなぁ……とか本気で考えてみるんやけれども、クラスで関西のおっちゃんとからかわれてしもているウチに誰がしてくれるんやろ? てか、そもそもそんな気の利く男子なんてウチのクラスにいてるんか? いやいやおらへんやんかっ。ああ、残念!

 みんな彼女持ちか女子の気持ちなんか分からんて言うんが、今の現実やな。

 それに、こんな左脚はやっぱあんまし他人には見せたくあらへんしなぁ……。

 やっぱ、コレはいくらなんでも恥ずかしすぎるしどん引きされそうなんやもん。

 そう思いつつ、もう一度左脚にくっついたギプスを見つめてみた。相変わらず何の変哲もないただの真っ白なギプスに、ウチは落胆を浮かべずにはいられひんかった。

 するとあゆみが、ウチのことを気にしてなんかマジックを持ち出しなんか書こうとしてきたので、慌てて止めた。なんでも、三年の大河内先輩言う野球部の主将の台詞を書こうとしていたらしい。

「青春ストライークッ!!」

 ウソ止めえさっ! ギプスが汗臭くなる気がする! てか、大河内先輩なんて知らへんしっ! 誰やの!?

 写メ見せてもらったら、残念! ウチのタイプやなかった……。

 そうそう。なんでウチがこうなったんかって言うと、やな。あれは――今日を数えてちょうど三日くらい前の夜、脳裏に焼き付き忘れられない、出来事やったな。

 うむ、そうやねん。ちょうど三日月が出て来ていた頃、ウチはちょうど親にねだって買ってもろうたばかりのバイクを走らせていた時やった。てか、ウチの家は学校から遠いし電車やバスも通らへんかってバイク通勤はなんと許可されていたんや。んで、ライトと赤いランプを照らした車がすいすい隣を何台も通り過ぎて行きはったので、夜はまだそんなに更けていいひんかったような気がする。ウチはあゆみとは別の友達の家から帰る途中(ここは特に注意してもらいたいんにゃけど)安全運転で、ホンマに安全運転でバイクをゆるゆると走らせていたんやで。

 そしたらふと、交差点に差し掛かった時やった。ふいに脇の方から、車が信号無視して来て飛び出して来はったんや! そう、もちろんウチの方の信号機は青で、あっちの信号機の方は赤になっていたはずや。突然のことに驚いたウチは慌ててハンドルを切り急ブレーキを掛けた。そやけども間に合わず、そのまま車の側面に激突。そしてその時に、左脚を強く殴打してしまい転倒。慌ててぶつかった車から相手が降りてきて心配してきはったんやけど、気付けばウチの左膝のズボンが真っ赤に染まっていたんや。ああ――やってもうたなぁ、うへえ……すごい血やな。そう何故か冷静に思うたウチとは対称的に相手はかなり驚いてしまい、そのまま救急で病院に運ばれ緊急手術を行うことになった。まぁ不幸中の幸いかもちろん命に別状はなく、左脚は切り傷とヒビが入っている程度。ただ、かなり肉がえぐられてしもうていたらしく、手術で四十も縫う羽目になり大事を取ってただ今入院中と言うわけなんや。

そうは言うけど、この前まではそれはもうだるいわ痛いわ泣きそうになるわで、ホンマにもう辛くて情けないったらありゃしなかったんにゃで。しかも駆けつけて来た両親には泣かれ怒られのオンパレードやって、バイクも完治するまでしばしお預けやし……。改めてウチは思い知らされてしもうたわ、事故は起こすものなんやない。事故は巻き込まれるものなんやって言う事実をね! ああ、自分が事故を起こしたわけやないんやけれどホンマ情けないったらあらへんわ……。

 そのウチのけだるそうで、情けなさそうな表情を読み取ってくれたんやろうかな。ふいにあゆみが、

「ふうん……かなりつまらなさそうにしているわね?」

 と、また不適にニヤニヤ微笑んで来はった。

むぅ、この娘はこの状況を結構楽しんでいてるな? こっちはかなり痛い辛い思いをしたて言うんに……。そやけども、こんなん時のあゆみの思い付き言うんは、とてもためになったりする。ちょっと癖になるような刺激を与えてくれるからなんや。とは言うものの少々エキセントリック、刺激が強すぎることもあるため、慣れていいひん人にはあゆみの思い付きはあんまりオススメしかねるけれどもやね。

「ね、ね、ね。今日はどんなことを思い付いたん? 面白いこと? 楽しいこと? たいくつでもう酸欠になりそうなんやわ。勿体付けずに早く言ってえな、なあ早う言うてぇさ」

 わくわくと子供のようにしてみせるウチに向こうて、あゆみが勿体付けるかのごとくまあまあと抑え付ける。

「……そう言えばかなでって、幽霊を信じていたりする?」

 突如そのような戸津拍子もないことを言われてしまい、ウチは目を瞬かせ驚いてしまった。そやけれども、これがあゆみの面白い話だと感付くと、ウチは慌てて首をひねって考えてみることにした。

「はっ? え、幽霊……? 面白い話とかやなくてなん?」

「うん。面白い話とかそんなんじゃなくて」

「う~ん……そうやね。まあ、信じないこともないんやケド――」

「なんだ、それだったらダメね」

「待って待ってって! なんでなん? ……まさか、この病院にまつわる怪談か何かの怖い話しとかなん? いやや止めてぇさ、ウチはそんなん話とかちょっと……てか、ホンマに苦手なんやから!」

 しかしながらその言葉に、あゆみは何故が呆れていた。

「面白い話なんかじゃないって言ったでしょ……。それにあたしは、いつも面白いことや楽しいことを考えているわけじゃないんだからね」

 あゆみの声のトーンがふいに落ちていた。

「そやったら、何の話なん……?」

「……うん。かなでと仲良くなりたいと言う、まあとっても気弱な幽霊さんが今屋上で待っていたりするかもしれないんですって。ああ、けど、別に信じないんだったらば――」

「ちょ――ちょっと待ってぇ! 話しが全然見えてきーひんにゃけど?」

 そう慌てて言ってみて打ちは、一応頭の中で整理をしてみることにしてみた。

「あの……もう一度聞くんにゃけどな、幽霊さんがなんやって?」

「早い話しが、友達になりたいって言う幽霊さんが今屋上にいるみたいなんですって……。だからまあ、その幽霊さんのために今からちょっと屋上に行って挨拶をしてきてくれないかしらっての話しよ。ね、全然難しいことなんかじゃないでしょ? あんたなら誰とだって仲良くなれるし」

「ウチはムツゴロウか何かか!?」

「懐かしい! まだご健在だっけ?」

「話し反らさんといて!」

 その言葉に、ウチはあゆみを睨み付けた。冗談やを言うているとばかり思ったからや。それに、さっきも言うたと思うんにゃけどウチはそう言う類はホンマに苦手なんやもん。……苦手なんやけど、しかしながらあゆみは、涼しげな表情を浮かべてはウチのことを見つめ返してくる。

「……ふ、ふふん。さては、冗談やろー?!」

「何が?」

「ウチを怖がらせて、あとで笑いものにしよ思うて、そんなん言うただけやろ? 騙されひんよ?」

「……」

「だ、だいたいやな。ま、真昼間に幽霊が現れることなんかあらへんもん!」

「ガクガク震えながら言う台詞じゃないわね」

「う、うるさいわ!」

「おバカ? あ、関西人はアホがいいんだっけ?」

「どっちもかわらへん! てか、ウチはこんな口調やけど元は関西人じゃないし!」

「幽霊は昼間にだってその辺をうようよしているのよ? 昔の『丑寅の刻に幽霊が現れる』って言う定説を未だに信じていたりしないの。あらあら。ほら、そこにも。ああ、あそこにもうようよいるわ――」

「――や、やめてえさ!」

 顔を真っ青にし耳と目ををぎゅっと塞ぎ、それでもあゆみの声が聞こえてしまうため、枕を頭におおいウチは怒鳴り散らしてみた。

「……なあんてね!」

するとあゆみはチロッと舌を見せ付けて来た。

「へっ……?」

「う・そ・よ♪」

「ちょっ、ひどいわ! 嘘吐いたん?!」

「当たり前でしょ、あたし霊感ないから分かるわけないもの」

「その冗談はたち悪いわ!」

「あれれぇ、それともかなでは……」

「もうっ!」

「テヘペロ☆」

「何がテヘペロ☆ や! 寿命が縮まるかと思うたわ!」

「ゴメンってば!」

 確かに、あゆみには霊感が全くないことは元から知っていた。

そやけど、むう……なんやか騙されたことにフツフツと腹が立ってしもうた。

 そう口を尖らせていると、あゆみは取り繕うようにこんなことを呟いて来た。

「あはは。まあでも、友達になりたがっているヒトが今屋上で待っているって言うのは嘘じゃないんだけどね……」

「……そんなん言うても、もう信じてあげひんからね?」

 遊ばれるのはもう堪忍やと言いたげに、ウチはあゆみをちょっと突き放してみた。

 しかし当のあゆみの目は、何故かまっすぐにウチを見つめて来る。

「――ふっ」

「?」

「別にね、本気で信じてくれなくても良いのよ。むしろ……いいえ、なんでもないわ。とりあえずは、散歩がてら行ってみる気はないかしら?」

「えっ――」

 正直そう言われてみても、ウチはあんまり良い顔をしいひんかった。そりゃあ、リハビリにはなるかもしれひんし、あゆみの目を見てみて、これは嘘なんかやないことは分かっていた。うんでも、そう言うても、気が乗らないものは気が乗らないんやもん。どうして、あゆみがわざわざ誘って来るんかな……。喉に魚の細くて長い骨が刺さってしもうたかのように、釈然としいひんかった。そこへ返答に困っているウチに気が付いて、あゆみは補足を加えて来た。

「そうそう、その待っているヒトというのはね。ちょっとかっこいい(?)男の子だから――」

「(?)てなんやねん……」

「あたし基準からしたら、かっこいいって意味」

 そうあゆみがぽつりと言うた瞬間、「やった!」と心の中で小さくガッツポーズをしてもうてい自分がいたのは、ちょっとだけ内緒。

「あ、でも――」

「?」

「……で、どうするの?」

「え。いや、どうするて……」

 そやけど、そう言われても先ほどの問題がふいに浮かび上がって来てしもうた。

 こんな左脚を他人には見せたくあらへんて言う、気持ちや……。

 そう考えていると、ふいにあゆみがウチの気持ちに気付いて来てくれた。

「脚のこと、もしかして気にしているの?」

「そりゃあ……」

 見てくれを考えひん女性なんて、いるはずがあらへんもんね。

 するとあゆみは何故か、鼻で笑った風な感じをウチに見せ付けて来た。

「可笑しい……やろか?」

「あ、ううん。ごめんごめん、そう言う意味じゃないの」

 ほんなら、どう言う意味――?

 そう喉まで言葉が出かけて、ウチは慌てて口を噤んだ。時々感情的になると、思うてもうたことをすぐ口にしてしまう癖が、どうもウチにはあんねん。

 気をつけねばいかんね。

「ほらほら、どうするの?」

「う……」

「ま。はっきり言っとくけど、かなでの好きにすると良いわ。興味があるならちょっと行ってみれば良いし、あまり興味がなければ断ってくれても全然かまわないし……」

「……ごめん、ちょいと考えさせてな。別に興味があらへんわけや、ないねん。ただ、そやけどやっぱりこの脚が、なぁ――」

「そうよね……」

 正直、新しい出会いは必要だと思うんやよ?

 そやけどやっぱり、女の子はいつでも綺麗でありたいねん、いたいねんと言う思いが強いだけに躊躇われてしもうたんや。

 そのことはあゆみを分かってくれてはるから、まあ理解してくれた……とは思う。

「分かったわ。それじゃあその幽霊さんには、直接あたしから断りを入れておくから。『あんたんみたいに、直接ウチに会いに来いひんヘタれ幽霊なんかとは会いたくあらへん!』ってねw」

「ちょっ……そんなん一言も誰も言うてひんやん! ウチはただな、この脚を見てドン引きされたくあらへんってだけで――」

「あはははっ♪ 冗談よ、冗談。大丈夫、ちゃんと分かっているから」

「……」

 ホンマに分かっているんやろうか……?

 あゆみの気持ちはようわからん。けど――。

 少し不安があったんにゃけど、ここはあゆみに託すしかあらへんかった。

「それじゃあ、あたしはそろそろ……」

 腕時計を覗き込んであゆみがふいにそう言って来る。それにウチは急にしょぼくれた。て言うんもこれからまた、たいくつで長い夜が始まろうとしているからやった。

「あ、そうそう」

 あゆみがふいにそう言ってバックから紙パックのポンカンジュースも渡して来た。

「あ、おおきに――」

 て言うか、なんでポンカンジュースなん……?

「そのヘタれ幽霊さんからの差し入れ。お大事にって」

「――」

 その言葉に、ウチは鳩が豆鉄砲を食ったように驚きあふれてしもうていたんは、言うまでもあらへんかった――。


「ええ天気やな……」

 太陽がようようと照り付けてくる昼下がり、週一のベットシーツ変えのため、ウチは病室から追い出されしまい病院の敷地内にある遊歩道でぶらりぶらりと散歩をしていた。脚はまだ少しばかり痛いし、慣れればあれやけど松葉杖がめっちゃ邪魔で仕方があらひんかったんにゃけど、それでも前よりかは断然痛みは消えてなくなってはいた。

遊歩道の回りには、森林とまではいかないにしても点々と桜や楓と言った後ウチの良く知らへん様々な木々が、無造作に立ち並んでいる。そして舗装をしとらん砂利道の遊歩道は、ウチの歩こうとしている先を先導し、何処か不思議の国へと(いざな)おうとしていた。咲き誇っていた桜の花びらはとうに散ってしまい、それを身にまとっていた枝にぽつぽつと芽生えた新緑がまだ初々しさを残し、事務のおじちゃんやろうか、そんなん方が撒き散らしていた水滴を大いに吸い太陽の光りを反射して、きらきらとまばゆいばかりに輝かせていた。

ほんで果てのない空は晴天とばかりに青々と、ただただ一筋の飛行機雲と、そしてぼんやり薄っすらと見える真っ白な雲を映し出しているばかり。

「ホンマ、ええ天気や……」

 本日二度目のぼやき。三日前の惨劇はホンマ何処へやら、ウチはほのぼのとした気分でまぶしそうに空を眺めてみた。

 一時の幸せ――。

 そう、入院して初めて気が付いたんにゃけど、ウチは初めて至福のひと時を手に入れたような気がしたんよ。今まで全く気が付きもしいひんかったんにゃけど、今こうして全く何も考えずに社会からはみ出されてしまうと、社会の時間の早さに圧倒され「ああそうなんやな……。人間ってやっぱ、こんなにもちっぽけなんやったんや」と思い知らされ、一生懸命に背伸びをして勉学やら部活やら何やらでめっちゃがんばっていたあの頃が嘘のように、何だか肩の荷が下りた感じがして、ほっとしてしまうんや。

 何故なんかは分からへん。どうしてそう思えるかも分からひん。分からひんにゃけれども、ほっとした安堵感がどうしようもなくウチを包み込んで来るのである。きっとそれはここの時間だけ、別の空間やからなんやろうなと結論づけることにしてみた。まぁそれも、退院するまでのつかの間なんやから、今は十それを分楽しんでおかひんともったいない気もするんにゃけどね……。

 そうもの思いに浸っていた瞬間やった。

「――ぃぃ~……」

 ふとかすれたような弱々しい何かの声が、ふいにウチの耳に飛び込んで来たような感じがした。その声にふと立ち止まり、辺りをキョロキョロと見渡してみる。そやけれど、声の主は見当たらない。

 空耳やったんかな……?

 そう思い、仕方なしにウチは踵を返し歩き出そうとした。

「ぴぃー……」

 ホンマにかすれたような、とても弱々しい声をウチははっきりと耳にし、また慌てて辺りをキョロキョロと見渡してみた。今度はしっかりと聞いたし聞こえた。鳥の鳴き声のような、とてもか細いその鳴き声やった。

「なんやねん……」

 ウチはその声を聞いた瞬間、胸騒ぎを覚えて仕方があらへんかった。と言うのも以前、野鳥を拾ったことがあり密かに育てていたことがあったからやった。結局、その野鳥は亡くなってしもうたんにゃけれど、その時の鳴き声と先ほどの鳴き声とがあまりにも似すぎていたからやった。今にして思えばアホなことをしてしもうたなと笑ってしまうんにゃけど、その時は居ても立ってもいられなくなってしまい、左脚を怪我している事を忘れて、夢中で脇の林の方へと入って行っていた。ほんでかすかに聞こえてくるその、小さな弱々しい声を聞き逃すまいとするように、しっかりと耳を研ぎ澄ましてみた。

 その声は先程より大きく聞こえて来た。とは言うものの、やはりか細くて弱々しい。ウチは鳴き声の主との距離を見極めるために、瞳をきゅっと閉じ耳に全神経を集中させてみる。そして鳴き声の主を驚かさないようにそろりそろり、そのかすかな鳴き声を頼りに近付いて行った。

 もうすぐそこまで近付いて来ていると感じ取ると、ウチは閉じていた瞳をそっと見開き地面に穴の開くほど目を凝らし、鳴き声の主を探していた。

 何処やろ……?

 何処にいるんや……?

 大丈夫やって、ウチ見た目こんなんやけどめっちゃ優しいんよ?

やから、そんなんこわがっとらんとでてきい……?

「どこにいるん――」

 ウチは目を皿のようにして、必死になって探し回っていた。そっと手の平を地べたに置き、声の主を誤って踏んでしまわないように慎重に慎重を重ねながら。

 ところが、夢中になって探しすぎてしもうとった。

 ふいに、反対側の方からも自分の視界に見知らぬ手がぬっと、突如として現れて来ていたんや。

「えっ――?」

 あまりの突然の出来事にウチは目を丸くしてしまい、見知らぬ手の持ち主を見ようと顔を上げてみた。その瞬間――。

 ゴチンッ――。

「いっ……!」

 目から星が出て来た気がするわ……。

 相手とのおでことおでこがぶつかり合ってしまい、ウチはその痛さに顔をしかめつつ、おでこを押さえるしかあらへんかった。

「っ~……!」

 痛いやんかっ! そう言おうとしたんやが、咄嗟にウチは口を噤んだ。

 相手も痛かったらしく、頭を押さえて痛がっているからやった。

 しゃーない、このぐらいで勘弁したるわ。

 ○本の芸人ならこう言うてたかもね。

「えっと……ごめんなさい」

 じんじんと痛いおでこを擦りながらもウチは、ぶつかってしまった相手に申し訳なさそうに謝ってみた。

「いえ……こちらこそ、申し訳ありません」

「いや、ウチのほうこそ……」

 良く透き通った優しげな、それでいてとても柔らかな声で、相手も申し訳なさそうに謝って来てくれた。なんや女の子っぽい気がするんにゃけれども、どうやらぶつかって来た相手は男の子やったらしい。ウチはその良く透き通った優しげな声に一瞬ドギマギしつつも、顔を見上げてみた。

「――」

 見てみると、黒のニット帽をかぶったパジャマ姿の男の子が半ば涙目になりつつ、とても痛そうにおでこを押さえていた。その子の顔を見た瞬間、ウチはメールを受信した携帯のようにピピピッと心を奪われて魅入ってしもうていた。

 実際、それほどにかっこいいと言うた感じの男の子ではなかったんやけど。むしろ、可愛らしいと言うた方がホンマは正しいかもしれひん。年齢は、一つ下か同じ年――? いいや、ウチとはそう大して変わらへんくらいかもしれひん。鳥の鳴き声のように優しく柔らかな声に、ウルウルと潤んだ瞳が童顔には何故か良く似合っている。男の子にしては透き通った白い肌はとても際立っており、ちょっとひ弱で何処か囚われのお姫様を連想させてしまう。兎にも角にも、それはもう男の子にしては、可愛らしくて仕方があらへんかった。もう可愛らしうて可愛らしうて、守ってあげたいわぁってなるような男の子やったんやねん。もちろん、彼に実際そう言ってみれば怒られてしまうかもしれひんやろうからウチの心の中に秘めとかなな。

 恋は盲目やって良く言わはるんにゃけど、あながち間違っていいひんかもしれひん。今考えてしまうと、それはホンマに一目惚れに似た感じやったんやもん……。

 あ……れ?

そやけど、ふいに遠い記憶の中で、彼をいつか見かけていたような気がして仕方があらへんかった。

何処でやっけ……?

結構、最近やった気するんやけど――。

「……? どうしましたか?」

 じっと見つめて来ていたウチを不審に思ったんやろうか、彼が不思議そうにそう尋ねて来た。それにウチは見惚れていることに気が付いてしまい、慌てて目をそらしてもうた。

「あ、いえ――ちょっとね」

 もしかしてウチ、今厭らしい目で彼のことを見つめていたんやろか?

 そうウチは思ってしまうと申し訳あらへんようになり顔から火が出るくらい熱くなってしまい、その場から逃げ出したくなってもうた。しかしながら、当の彼はそんなウチのことなど気にも留めずに、

「……そう言えば、何か探しモノですか?」

 と、尋ねて来た。

「――あ」

 あっ、うん。まぁ……もちろんウチの考えとは裏腹に気にもされずに良かったとは思うんにゃけどね。思うんにゃけど……女の子としては、全然ってのも何かな――。

 誤解されてしもうたら非常に困るんにゃだけど、何故だかウチはちょっとばかしにつまらなさを感じるしかあらへんかった。

まあホンマに、誤解されてしまもうたなら非常に困るんにゃけどねっ!

「ちょっと、ね――」

 彼に気を取られて忘れてしもうていたわ。そう言えばウチは、あの声の主を探していたんやったんや!

 そう思うて彼を見てみると、彼はウチに向かって満面の笑みを浮かべて見せて来る。その彼の可愛らしさに、ウチはまたもドギマギとしてしまい胸を高鳴らせてしもうたんはまたまた内緒や。

「もしかして、小鳥を探していませんでしたか?」

「え……?」

「ああ、やっぱり」

 どうやら彼も、あの声を聞いて探して回っていたらしい。

 ウチは彼のその言葉を聞いて、ちょっと嬉しくなってしもうた。するとウチと彼は、何故まるで互いを確認し合うかのようにじぃっと顔を見つめていたことに今ふと気が付き、それが妙に恥ずかしくなってしまって慌てて目をそらすしかあらへんかった。ほのかに顔が熱くなるのを感じてしまい、彼をまたそっと見てみる。すると彼も、ウチと同しように恥ずかしくなってしもうたんやろか顔を赤らめて視線をそらしていた。

 これが、ウチと彼との出会いやった――。

「ぴぃ~……」

「あ、またや」

「どこからでしょう?」

 突拍子もない、かすれたようなとても弱々しい声に、ウチらは一瞬にして現実世界へと戻されてしもうた。ふいに鳴き声のした方を向いてみると、赤ピンク色をした生まれたてであろう鳥の雛が、プルプルと体を震わせて、必死に動き回ろうとしていた。そやけれども、まだ目も見開いていないし羽も十分はえそろっていない、そんな状態では満脚に動き回ることが出来るはずもあらへんで、ただただ生まれて来て申し訳ないと言った儚げと哀愁だけが漂っていた。

「可哀想に……」

 彼はそれを見て、雛の方へ近付いて行き、そっと優しく温かく雛を抱き留め抱え上げた。雛の方は、抱きかかえられて驚いてしまったのか、もぞもぞと懸命に動き指と指の間にある隙間の方へ隙間の方へと入って逃げようとする。そう必死にもがいてくるのがなんだかこそばゆいらしくて、彼はクスクスと可笑しそうに笑う。

「怖かったね……」

 彼は笑いながら、雛にそっと胸に近付け、ぬくもりを感じている。トクン、トクンと言う心臓の音がにわかに伝わって来る感じがした。雛もそれに安心したのか、声をあまり出さなくなっていた。

 ウチはそんな彼と雛の微笑ましい姿に、ただただ見入っていた。

 ふと、彼はウチが微笑んでいることに気が付いて、にこりとウチに向かってにこやかに微笑みかけてくる。それにつられて、ウチも笑顔になって笑ってしもうた。

「なんの雛なんやろうね?」

 ウチはふと雛を覗き込んでは、それとなしに彼に尋ねてみた。

「多分、この子はヒヨドリの雛だと思います」

 と、彼は雛に目を移し答える。

「へぇ~、詳しいんや?」

「ええ、まあ……。この辺は良く、ヒヨドリの巣があったりするんですよ。だから、そうじゃないかなぁっと……知っていますか? ヒヨドリはですね、ピーヨ、ピーヨ。と鳴くのが特徴なんです」

 そう言って鳴くマネをして見せる彼の顔が、なんだか得意げやった。

 はわわわ、めっさ可愛ええやんっ!

「へぇ~、そうなんやね。そう言えば、朝早く起きてみると良くそんな鳴き声がしていたような気がするかも……」

「この辺は案外静かで、いろんな鳴き声が聞こえてきますからね」

 全くもってそのとおりやねん。自然が近くにあるからか、ウグイスの声も聞こえたりするんやって。ただ、盛りの付いた猫の声は少々五月蝿かったりするんにゃけれども。すると「ぴぃ~」と、雛もそれに賛成するかのように鳴いて来た。

「けど、何処から落ちて来たんかな? この雛は」

 思い出したように、ウチはふとそう言って見せ木々の間辺りを見渡して探してみた。すると彼が、

「あ、あそこから落ちたみたいですよ?」

 と、高い木の上にあるヒヨドリの巣を指差して来た。その言葉に、ウチはふと彼の視線に合わせ上を見上げてみる。

 小さな小枝を集めて高い場所に作られた巣は、簡素でこぢんまりとしているが温かく、中ではこの巣から落ちた雛の兄弟達が安心して暮らしていた。

「うーん、ウチらの背よりちょっと高いところにあんねんなぁ……」

 ふと見上げてみて、ウチはそう考えて呟いてみせる。その言葉に彼も、

「高いところにありますですねぇ……」

 と、言葉を漏らして来た。

「う~ん、これじゃあウチでも届きそうもあらへんなぁ……。しかも、脚を怪我しているからなおさらダメかもしれひん」

 自慢ではあらへんにゃけど、こう見えてもウチは学校内で背の高い方に入るんにゃ。ただ、ウチの背ではあともうちょい足りへん位置に巣はあった。

「ええ、届きそうにもありませんですね……」

 さて、どないしまひょか……?

 院内に戻って、脚立を借りて来る手もあるんにゃけど――。

 そう考え込んでいるウチの横で、彼の瞳が真っ直ぐに雛の巣を見上げている。口を真一文字に結び、とても不安そうにひどく心配げに……。

「……」

「うん。よっしゃ! ほな、そのまま脚を広げていてな」

「えっ……?」

 そう言ってウチは、松葉杖を持ったまま腰を低くした。彼は、ウチの言葉の意味に理解出来ておらず、不思議そうに首を傾げてみせる。その瞬間ウチは、彼の股をくぐりそのまま彼を肩に乗せることにした。いわゆる、肩車をしたんや。まあ本来は、女性のウチが上になる方がホンマは普通かもしれないんにゃけどね……。

 彼ウチよりたいじゅ……げふんっげふんっ! が少なそうやし。

「えっ? わっわっ!」

 突如肩車をされ、彼は驚きあふれ慌てふためいた。大きく縦に揺れては戻り、二人のトーテムポールはようやくなんとか真っ直ぐに立つ。

「うわぁ、高い……」

 下を見下ろしてみた彼の声が、なんだか震えて聞こえた。それになんだかウチは不安を覚えてしまい、

「突然にごめんな? 高いところ、大丈夫やった?」

 と、尋ねてみる。しかしながら彼は、震えつつもしっかりとウチを見据えて、

「いえ、大丈夫です」

 と、はっきりしっかりと言って来てくれた。それを聞いたウチは、素直にその言葉を受け止めることにした。

「これで届くんやない?」

「はい、十分です!」

「……良かった、ほんなら雛を巣に戻してあげよ」

「はい……」

 そう言ってみせるウチに彼は頷き、両手いっぱいに大切そうに抱き抱えられた雛を、恐る恐る巣に戻してあげる。戻してあげる途中、彼の両手が危なっかしげに細かく震えていて、ウチは雛を落としてしまわないかと肝を冷やしてしもうたけど、なんとか巣に戻す事が出来て、めっちゃ安堵した。

「良かったですね、戻る事が出来て」

 元に戻る事が出来た雛を見て、彼が優しげに微笑みかけて来る。その言葉に雛は、「ぴぃー!」と、まるで彼の言葉に相槌して見せるように、元気良く答えて見せてくれた。その言葉に、ウチも満足げに微笑んで見せる。

「ひゃっ!?」

ところがやった、その瞬間下にいたウチの元にブーンッと何処からともなく飛んで来た見たこともない大きな蜂が出くわし、ぎょっと驚いて慌てふためいてしもうたウチはふいにバランスを崩してしもうたのである。

「えっ? えっ? わわわっ!」

上にいた彼も巻き添えを喰らい、ぐらりとバランスを崩してもうたウチはそのまま地面に尻餅を付いて、彼は地面に身を投げ出されたかのようになってしもうた。

「――っ!」

「たぁ――っ!」

 尻餅を付いて上を見上げてみたウチの顔に、彼の身体が迫ってくる――。

「――大丈夫ですか?」

「はっはひ……」

 うへえ……。

 そやけどズシッ、痛さとかしびれたような感覚は全く感じられひんかった……。

 閉じていた目を開けてみると、彼はウチの横に倒れこんでいたのだ。

 ああー……。

 間一髪のところ、彼はウチを避けてくれたらしい。

 そんなんことして、自分の方が大丈夫やないんやないかと言うのに、ウチのことをこれほどまで心配してくれる彼に、ちょっと申し訳なさを感じてしまう。

「てか、あんたこそ大丈夫なん!?」

「え、ええ……、問題ありません」

「……そか」

「です」

 その言葉にウチらは、何故かしらプッと吹いて笑い合ってしもうた。ふいにヒヨドリの巣を見上げてみた。ちょうどその時、母鳥が戻って来て雛たちに餌を与えてあげている。

 元気に鳴いているやんか。

 あの()は、ちゃんと餌をもらっているんやろうか……? もしかしたら、さっそく兄弟げんかで取り合っているのかもしれひんね――。

「でも、ホンマ良かった……」

 そんな楽しげなことを考えつつ、ウチは自然と顔がほころんで何気なしに微笑んでいた。その言葉に彼も微笑む。

「自然は、ただそこ(・・)にあるからすばらしいんですよ――」

「えっ――?」

 ふいに、彼がそう呟いて来た。その言葉にウチはドキリとさせられてしもうた。彼に、心を読まれてしもうたような気がしたからである。驚きつつも、ウチは彼の顔を見てみた。彼もウチと同様、ヒヨドリの巣を見上げていた。ふと、彼がこちらを振り向いて来た。突然のことやったからウチは、また慌てて目線をそらす。

 あ、少し頬を赤めてしもてたかも。

「……さてと。用事も終わりましたしそれじゃあ、ボクはこのへんで。大好きなポンカンジュースを買いに行かないといけないので」

 クスッとはにかんだように微笑み、彼は何事もなかったかのように立ち上がってみせ、服をはたきその場を後にしようとした。

 ポンカンジュース……?

「えっ? ちょっとまっ――!」

 ウチは行ってしまう彼を慌てて止めようと、そう叫ぼうとした。ところがその言葉を、彼はふいに止めて、

「かなで(、、、)さん、今日は付き合ってくれてホントにありがとうございました。それじゃあ、また――」

 と、片目を瞑り満面の笑みを浮かべて見せ、そう言って来はった。その言葉と彼のウィンクにウチはただただ、

「え、ええ……。ほな、また(、、)――」

 と目をぱちくりしながらしか言えひんかった。そして彼は、院内へと戻って行ってもうた……。

「……」

 可愛い子やったなぁ……。

 ポンカンジュース……。

そう言えば、彼の名前も聞いてひんかった……。

……あれ? あの子、ウチの名前知ってへんかった?

ねえ、確か言うてたやろ?

なんで? なんでなん?

なんで、やろ?

気のせい――?

ああうん、でも。また何時か、出会えたらええんにゃけど……。

ポンカン……は、もうええかな。

うん、偶然やと思うし!

ウチはそんなくだらなさ過ぎることを考えつつ、自分の身体を松葉杖でようやく起こし、その場を後にしたのやった。

自然は、ただそこ(・・)にあるからすばらしいんですよ――

 彼がウチに向かって発して来た、その何気のない言葉が頭の片隅に甦る……。

今考えてみると彼と出会ったのは決して偶然なんかやなくて、必然的の神様がくれた運命やったんかもしれひん。

そう、今考えてみればそれはまぎれもない必然的な出会いやった――。



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