龍王達
二人の維心は、揃って会合に赴いた。
こちらの世の維心が、シンを誘って共に行ったのだ。維月は最初心配したが、やはり二人とも王だった。なんの問題もなく行って、帰って来た。
心配して付いて行った洪いわく、他の王は悪夢でも見るかのような目で二人を見、会合の間に入って行ったあとは、中は静まり返って、一体話し合いは進んでいるかと、外で待つ皆が心配するほどであったそうだが、意外にも早く終わって、維心達二人を筆頭にすぐに出て来たのだそうだ。
洪が思うに、あれは誰も何も発言する気力を失ったのだろうと言うことだった。最強の龍王が一人居ても逆らえなかったものを、二人となると刃向う気力もなくなるだろうとの事だった。
シンは元々が龍の宮で居たので、全く同じ設えのこちらの宮にもすぐに慣れて、与えらえた対で毎日を過ごしていた。碧黎が次元の末路を報告して来るまでの間、どちらにしてもシンは自分の身の振り方を決める訳にも行かず、宮で書を読んだりと静かに過ごしていた。維月は、そんなシンの部屋を訪れた。
「維心様?」
シンは、書から顔を上げた。
「維月ではないか。」シンは驚いた顔をした。「こちらの維心はどうした?このように一人で来ておってよいのか。」
維月は頷いた。
「あちらの維心様はただいま宮の会合にお出になっておりまする。」維月はシンに寄って行った。「ご書見ですか?」
シンは頷いた。
「こちらの書はの、我の知らぬものもあるのだ。我の居った世から400年も経っておるゆえ…その後の記録を見ておるのよ。なかなかに興味深いぞ。」
維月は微笑んだ。
「まあ、こちらは、維心様が居られた時と、400年前までは同じでありましたか?」
シンは頷いた。
「そうよの。大体においては同じであるな。細かい所で違う…義心の歳であるとか、あと、ここの次元では既にずっと前から月に何か居るとの認識があって、その後の交流があったのだが、我らの所では月にはなんの気配もないからの。闇というものも無い。我らの次元の人は、皆穏やかであったな。黒い霧など出たこともない。ゆえ、おそらく月は現れなかったのであろうな。」
維月は興味深げにそれを聞いていた。そうか、闇があって光がある。碧黎は、闇の存在をなんとかしようとして十六夜と若月を作った。闇のない世なら、月は居なくて当然なのだ。
維月は維心の横に座って、その書を覗き込んでふむふむと感心していた。シンは苦笑すると、維月の肩を抱いて頬に頬を摺り寄せた。
「維心様…。」
維月はシンを見上げた。シンは維月をじっと見つめた。
「気に掛けずとも良いと言っておるのに…そのように頻繁に我を訪ねずとも。」
シンの優しげな瞳に、維月は少し赤くなった。
「そのような…こちらで維心様がご存知なのは私ぐらいなのに。それに、維心様を放っておくなんてこと、私には出来ませんわ。」
シンはため息を付いて維月を抱き寄せた。
「知っておる顔ばかりであるのに、向こうは我を知らぬ。主もおそらく、このような思いを我が宮でしておったのであろうと思うと、いたたまれぬわ。初めあのように扱ってすまなかった…この姿で冷たくされては、主もさぞつらかったであろう。」
維月は首を振った。
「維心様は大切にしてくださいましたわ。なので心細さも最初だけでございました。でも、私のせいで義心となんだか微妙な感じに距離が開いてしまっているようで…少し辛かったですが。」
シンはフッと笑った。
「気付いておったのか。あれは主を望んでおったようであるから…我が力で主をものにしたと思うておったのであろう。だが」と暗い顔をした。「最後には我を救って逝った。あれはそういうやつであったのだ。」
維月はシンをいたわるようにそっと抱きしめた。
「維心様…。」
シンは穏やかに微笑むと、維月に口付けた。愛している…この気持ちは嘘ではない。なのに、ここでは自分は偽物の維心でしかない。このまま、この次元で穏やかに二人きり、どこかで暮らすことが出来るなら、どれほどに幸福であるのか。維月と共に居たら、憂さ事も何もかも消えてしまう。シンはそのまま維月を寝椅子に倒し、激しく唇を合わせた。
「そこまでであるぞ。」維心の声が飛んだ。「いくら別次元の我でも、我の目の前でこれ以上は許さぬ。ま、不思議と腹は立たないのだがな。」
シンは身を起こした。維心は腕を組んで立っている。維月は維心を見た。
「維心様?会合は終わられたのですか。」
維心は頷いて手を差し出した。
「主は隙を見てはこちらへ来るゆえ、探す手間は省けて良いがの。我が妃がそのようにふらふらとしておってはならぬ。さあ、戻るのだ。」
維月は立ち上がって維心の手を取った。
「では、主は侍女達と共に先に帰っておれ。我はこの維心と話があるゆえの。」
維月は何か言いたげだったが、おとなしく侍女について、居間へと帰って行った。
それを見送ってから、維心は自分にそっくりなシンに向き合った。
「さて、シンよ。話がある。」
と、シンの前の椅子に座った。シンはため息をついた。
「維月のことであるか?あれはすまぬと思っておる…我は、維月を前にすると抑えが利かぬのでな。」
維心は笑った。
「それは我もそうであるのでわかっておるわ。そのことではない。」と維心は真剣な表情になった。「この次元のことだ。碧黎も言っておったのだが…あの、主らの次元と繋がる穴が開いた時、少なからずこちらの次元も影響を受けておった。本来ならすぐに閉じてしまうものを、維月が落ちておったので長く開けて居らねばならなかった。ゆえ、こちらも少し不安定になっておるようでの。特に月の宮の周辺が激しく損傷しておるようで、次元の亀裂が入ってそれを塞ぐために我が宮の龍達も駆り出されておる。」
シンは考え込むような顔つきになった。
「月の宮…維月の記憶で見た所によると、あれは北の領地に跡に出来た所であるの。」とじっと考えた。「我の次元では、そこは何もないのであるが、確かに崩れて来たのはあの辺りからであった。軋み始めた時、真っ先に崩れておったのは毎回そこだ。やはり、まだ我の次元はどこかに存在しておるのか。」
維心は首を傾げた。
「いや、連動しておるのかどうかはわからぬ。しかしこの次元で、あの辺りが弱いのは確かであるようだな。我が世では、あの辺りは月の守りがあるゆえ、かなり強いはずであるが、それが無ければもっとひどいことになっておるのではないかと懸念しておるのよ。まあ今は十六夜が文句を言いながら踏ん張っておるゆえ、あれ以上のことにはならぬが、早急に何か対策を考えねばならぬ。」
シンは頷いた。
「まず、向こうの次元が何であるかを見るべきではないか。もしも亀裂が走るたびに同じ所へ繋がっておるのなら、他の次元の干渉によるものであるかもしれぬ。そうでないのなら、単にこちらの次元が損傷しておるのだろうから、次元空間の壁とやらを修復する必要があるぞ。しかし…そのようなことが出来るのは、おそらく我らぐらいのものであろう。しかもどれぐらい気を使うか分からぬ。あまりに損傷が大きければ、手に負えぬであろうしの。碧黎はどうであるか?」
維心は首を振った。
「主の次元を探すのに深い瞑想状態に入っておると、あれの片割れの陽蘭が答えて来た。おそらく見つけるまでは我に返ることはなかろうて。」
シンは維心を見た。
「ならば我らがやるしかないな。亀裂の入った次元とやら、見に参るか。」
維心は頷いた。
「よし、参ろうぞ。維月は、言うとまた付いて参ると聞かぬゆえ、黙って参ろうぞ。また吸い込まれでもしたら敵わぬからな。」
シンは苦笑すると、先に立って庭側の窓の方へ歩いた。
「我は三か月しか一緒に居らなんだが、大層に気の強い女であるな。だが、あれの深さに助けられもした…我はあのように穏やかに崩壊を迎えたのは初めてであるからな。」
維心はそれについて歩きながら言った。
「我も、何かあるたびにあれには助けられて来たのよ。精神的に支えられておるのだ。だがしかし、あれゆえの悩みも尽きぬのだ。主も、己の次元の維月に出逢おうておったらきっとわかったはずよ。」
シンは驚いた顔をした。
「我の…?」
維心は不思議そうな顔をした。
「?そうであろうが。あれは我の維月であるが、主にも維月はおるはず。我があれに出逢おうたのは、1700歳を半分超えた頃であったからの。主の次元がそこまで存続しておったら、現れたであろうよ。」
シンは、窓から飛び立ちながら考え込んだ。
「我の、維月…。」
二人は月の宮へ向けて飛んだ。