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二人の維心

気が付くと、そこは月の宮のあの部屋であった。

そこは何事もなかったかのように静まり返っている。蒼が走り出た。

「十六夜!維心様!もう駄目かと思った…次元が巻き戻しを始めて…。」

「そうよ。」と碧黎がふてくされたように言った。「こっちはこっちで大変だったのだ。このように時間を掛けよってからに。」

十六夜が床に座り込んで、別次元の維心を抱えたまま言う。

「あのな、お前一回実行部隊やってみろ!気の流れが半端なくて、維月の気が流されちまって読めなかったんでぇ!あの時一瞬凪いだから見つけられたが、もう少しで間に合わねぇ所だった。」

維心も座り込んだまま、腕の維月を見た。

「維月!しっかりいたせ!」

維月は気を失ったまま、涙を流している。あの、最後の時に見たのは義心だった。義心は自らの王を助けようと、こちらへ自分の気を使い切ってまであの維心を放り投げて来た。そして、自分は次元の崩壊と共に、地に飲まれて行った…あれは、やはりこちらの義心と同じ。どこまでも王に忠実で…しかし、己の意思ははっきり持っている。

維心は、傍らで朦朧となり、それでも膝を付こうともがいている義心を見た。

「よい。」と維心はそれを押さえた。「主は任務を離れよ。少し休め。回復してから職務をこなせばよいぞ。」

それでも義心はやっと膝を付くと、頭を下げた。

「は!」

そばに控えていた月の宮の軍神、李関が進み出る。義心は李関に肩を預けて立ち上がり、そこを出て行った。

十六夜が床に別次元の維心を降ろすと、スッと立ち上がった。

「動けるようになったぞ。」と蒼を見た。「月ってのはありがたいもんだな。あれが無いとオレは、立ち上がることも出来ねぇ。」

蒼は苦笑した。

「あれが本体なんだから当たり前じゃないか。とにかく、その維心様を寝かせる部屋を準備させるよ。」

維心が維月を抱いて立ち上がった。

「いや、よい。このまま我が宮へ帰る。我の回復には龍の宮へ戻るのが一番早いからの。十六夜、主も来るか?」

十六夜は頷いた。

「ああ。この維心のことも気になるが、維月のことも気になる。蒼、輿を準備してくれないか。」

蒼は頷いて傍の軍神に命じる。碧黎が、気を失っている別次元の維心を見て言った。

「連れ帰ってしもうたのだな。他の神ならいざ知らず、維心を連れ帰るなど…何かなければ良いが。」

維心は気遣わしげに碧黎を見た。

「それは…ここの世では適応できないかもしれぬということか?」

碧黎は首を振った。

「いや、精神力は並ではないゆえ、それに主と共に居っても何もないゆえ、大丈夫だとは思うがの。あちらの次元のことだ。これがあちらの世に与えていた影響は大きい。抜けた後、きちんと次元を消せておればよいが、もしも残ってしまっておったならどうなるか…想像もつかぬ。我があれを止めた時、少し巻き戻しが始まり掛けておった。本来なら余裕を持って出来た所を、あのようにぎりぎりまで居るゆえ。」

十六夜が言った。

「精一杯急いであれだったんだ。仕方ねぇじゃねぇか。とにかく連れて帰っちまったんだからよ。」

碧黎は恨めし気に十六夜を見た。

「なぜに主はそうなのよ。いくら慌てていたとしても、どさくさに紛れてあのように言いおってからに。」

十六夜は面倒そうに言った。

「あの時は仕方ねぇだろ。こっちも必死だったんでぇ。」

碧黎はふて腐れたように言った。

「いくら必死であったとはいえ、初めて父と呼んだのがあれでは、我は少なからず傷ついたわ。」

「わかったよ。」十六夜は手を振った。「これからはバカとは言わねぇよ、親父。」

碧黎は意外にもものすごく嬉しそうな顔をした。

「これが親の実感というものかの。願わくば維月にも父と呼んでもらいたいものよ。」

「言っとくよ。」と、維心を見た。「じゃあ、行こう。維月を早く落ち着かせたい。」

維心は頷いて、十六夜と共にそこを出て行った。

別次元の維心は、輿に乗せられて運ばれて行った。


目を開けると、そこは見慣れた維心の寝台の、天蓋の天井だった。私は、いったいどうしたのだったかしら…夢を見ていたの?

隣から、聞きなれた声がする。

「維月?目が覚めたか。気分はどうか?大事ないか?」

維月はそちらに頭を向けた。維心が、維月を気遣わしげに覗き込んでいた。

「維心様…」

維月はじっと維心を見た。髪が短い…それに、結婚指輪が挿してある。これは、私の維心様…。

「ああ」維月は維心に抱きついた。「維心様…!維心様…!お会いしたかった!」

維心は維月を抱き締めた。

「おお維月、遅くなってすまぬ。我は必死に主が落ちた時間を探して…しかし、はっきりとわからなくての。碧黎が最後に特定したのが、あの時であった。危うい所であった…もう離さぬぞ。」

維月はだんだんと記憶がはっきりとして来るのを感じた。そうだった、次元の崩壊に巻き込まれて…。

「維心様は?!」維月はがばっと顔を上げた。「あの維心様は…連れ帰ることが出来たのでしょうか?!」

維心はゆっくり頷いた。

「連れ帰った。この宮におる…あちらもそろそろ気を回復して目覚める頃であろうの。」

維月はホッとしたのと同時に、義心が最期に王を助けて死んで逝ったのを思い出して、悲しくなった。義心は、私が維心様の妃になってから、王の事は快く思っていないことは感じでわかった。だが、やはり最後には命を懸けて守ったのだ…やはり筆頭軍神で、最後まで職務を全うして逝った。でも、連れ帰ったものの、あの維心様はここでどうすればよいのだろう。それに…私は、この維心様の妃なのに。私…。

維月は、維心を見た。

「維心様、私はあちらで、あの次元の維心様に乞われて、その妃でありました。三か月間だけでありましたが…こちらの維心様と全く同じ生い立ちであられて、そして父上のことは未だ嫌われたままの…とても孤独な維心様で…。」

維心は維月をじっと見ていたが、フッと笑って頷いた。

「そうであろうとは思うていた。我が主を見てそのままにしておくはずはないゆえの。きっと、あの我もそうであったのだろう。己でもびっくりのそっくりさであったわ。今でも、この宮の者は皆困っておる。あちらもこちらも維心であるからの。髪の長さで判別するよりない。それに」と少し黙って、困ったように笑った。「不思議と全く腹が立たぬのよ。他の男が主に触れておって平常心であることはなかったが、向こうで主を見つけた折り、あやつが主の肩を抱いておったのを見て何も思わなんだ。むしろホッとした…我が共に居ったのだと思うて。」

維月は驚いた顔をした。

「それは…何か同化しているということでしょうか?私も、あの維心様が他人とは思えなかった。好むものや話し方、考え方までそっくりで。何度錯覚しそうになったことか。」

「我は、次元のことは良く知らぬ。これを機に、いろいろと明らかになればよいが。」

維心は、考え込んだ。あれは別次元の我。こちらでは、一体何をさせれば良いものか。我が同じような境遇に陥ったら、どう考えたろう。とにかく、本人に聞くしかない。

「では、もう一人の我の所へ行くか?」維心は言った。「ここであれを知るのは、主だけであろう。我が連れて参ろうぞ。」

維月は少し戸惑いながらも、維心に手を取られて、別次元の維心が眠る部屋へと歩いた。


維心は、目を覚ました。

ここは龍の宮…気で分かる。つまりは、また巻き戻されたということか。しかし、常の時と違うのは、自分には崩壊の記憶がこの瞬間からはっきりと残っていることだ。このまま、生きて行けというのか。また何百年も、崩壊するとわかって居ながら、その時々に皆を守り…。

維心は身を起こして回りを見た。自分の寝室ではない。そして、維月も居なかった。もちろん、維月は自分の次元へ無事に帰ったのだから、もう自分の前に現れることはないのだろう。もし、崩壊の寸前に現れたあの時のように、維月がひと時でも現れることがあるのなら、自分はきっと、この時もそれを待って生きて行けるのに。維心はそう思った自分を心の中で咎めた。いや、あのような思いは、もう二度とさせたくはない。これでよかったのだ…維月は別次元の我と共に居るのだから。

侍女が入って来た。

「お目覚めでいらっしゃいますか?」なぜかためらっているように見える。「お召し変えはどういたしましょう。」

維心は頷いた。

「頼む。」と、出て行き掛けた侍女を呼び止めた。「ああ、我は昨夜、なぜにここに?」

侍女はまた、困ったように維心を見た。

「我が王がお連れになりました。私はそれより他はお聞き致しておりませぬ。」

侍女は出て行った。維心は混乱した。我が王?…ここは我が宮ではないのか。まさか、ここは…。

何人かの侍女が着物を持って現れ、維心を着替えさせて行く。維心は、侍女に聞いても無駄であろうと思っていた。なので、その王がここへ来るのを待とうと心に決めた。

維心の着替えが終わってしばらくした時、維月が戸を開けた。

「維心様…?」

維心は、もう会えないと思っていた維月を見て、立ち上がった。

「維月!主…無事であったのか。」

維月は頷いて維心に駆け寄った。維心がその手を取って維月を見つめると、視界の端に、他の姿が映った。

それは、自分と同じ姿の男だった。

「…主の世か。」維心は言った。「同じ我…維心であるな。」

相手は頷いた。

「そうだ。我はここの王、維心よ。」と維月に手を差し出した。「これへ、維月。」

維月はハッとして、別次元の維心を見たが、おとなしくこの次元の維心の手を取って椅子に腰掛けた。

「今、念で呼んでおいたゆえ、直に十六夜も来るであろう。この次元の月よ。主と話したいと、ここに滞在しておるのだ。」と椅子を指した。「座らぬのか。」

相手は頷いて座った。ここはあの崩壊した次元とは違う、維月の居た次元なのだ。この安定した不安のない空気…間違いなく、我は次元を渡った。

「まず、あそこで地に飲まれたはずの我が、なぜにここへ来ておるのだ。」

別次元の維心は言った。こちらの次元の維心は答えた。

「義心が飛び出して来ての。」と維月を気遣うような目をした。「主を我らに、気で送り届けた後、地に飲まれて行った。王を頼むと言い残して。」

相手は驚いたような顔をしたが、頷いた。

「あれも力があるゆえ、あの刹那繰り返しの記憶が戻ったのであろう。だが、あれは主らのところの神が止めたのであろう?」

維心は首を振った。

「そのはずだが、はっきりとは言い切れぬようだった。確認が出来次第話そうぞ。」

別次元の維心は、まだ混乱しているようだった。無理もない…。維心は思った。我が同じように別次元で自分だけ生き残っていたら、どうしたらいいのかわからなかったであろう。

戸が開いた。

「目が覚めたか。」十六夜が、いきなり入って来て無遠慮に座った。「維心。」

両方の維心が振り返った。十六夜はため息を付いた。そっくりだ。困ったもんだ。

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